- 著者: Alberto Sanchez-Aguilera, Mariam Masmudi-Martín, Andrea Navas-Olive, …, Fátima Al-Shahrour, Liset Menendez de la Prida, Manuel Valiente
- Corresponding author: Manuel Valiente (Centro Nacional de Investigaciones Oncológicas, CNIO, Madrid); Liset Menendez de la Prida (Instituto Cajal, CSIC, Madrid)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-08-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 37652007
背景
脳転移は癌患者の生活の質 (Quality of Life: QoL) に甚大な影響を及ぼし、てんかん発作や認知機能障害などの神経学的症状を頻繁に引き起こす。これらの症状は、これまで主に腫瘍の質量効果 (mass effect) に起因すると考えられてきたが、その妥当性には疑問が呈されており、腫瘍サイズと神経認知障害の程度が必ずしも相関しないことが報告されている (Gerstenecker et al. 2014; Wefel et al. 2018)。転移性癌細胞が脳実質に浸潤し、神経細胞やグリア細胞と相互作用することで脳機能に影響を与えることは示唆されていたが、その影響の多様性や腫瘍種依存的なメカニズムは未解明であった。
先行研究では、転移性細胞が神経様挙動を示すこと (Neman et al. 2013) や、N-メチル-D-アスパラギン酸受容体 (NMDAR) シグナルが乳癌脳転移を促進することが報告されている (Zeng et al. 2019)。しかし、これらの研究は主に癌細胞側からの神経回路への影響に焦点を当てており、脳機能への具体的な影響や、腫瘍増殖、免疫環境、神経浸潤といった個別の解析を超えて、神経回路の機能的変化を統合的に捉える試みは不足していた。特に、異なる原発巣由来の脳転移モデルが宿主の神経回路に与える電気生理学的影響の多様性を包括的に評価し、そのパターンに基づいて脳転移のサブタイプを同定する研究はこれまで報告されていない。本研究は、腫瘍と神経回路の相互作用の多様性を包括的に理解し、その機能的影響を定量的に評価するためのギャップを埋めることを目指した。
目的
本研究は、異なる癌腫由来の脳転移モデルが宿主の神経回路に与える電気生理学的影響を多次元的に評価し、機械学習アルゴリズムを用いてその影響パターンに基づく実験的脳転移サブタイプを同定することを目的とした。また、腫瘍の質量効果やグリア反応とは独立した神経回路障害のメカニズムを解明するため、サブタイプ特異的な分子機構 (免疫細胞組成、神経伝達遺伝子) の解析を実施した。さらに、電気生理学的特徴量を用いた早期予測モデルの構築と、その汎化性能の検証を目指した。
結果
脳転移モデル間の電気生理学的活動の多様性とその質量効果・グリア反応からの解離: 本研究では、3種の脳転移モデル (482N1肺癌、E0771-BrM乳癌、B16/F10-BrMメラノーマ) を頭蓋内に定位注入し、腫瘍形成後に電気生理学的解析を実施した。482N1モデルは3モデル中で最も顕著な神経回路障害を示した。具体的には、腫瘍同側皮質におけるデルタ波 (1-4 Hz) パワーの有意な変化 (p=0.0037)、シータ波 (4-12 Hz) パワーの著明な減少 (p<0.0001)、スロウガンマ波 (40-60 Hz) パワーの変化 (p<0.0001)、および海馬SWR (100-200 Hz) パワーの有意な低下が482N1モデルで観察された (Fig 1G)。これらの電気生理学的変化は、腫瘍の大きさ (Fig 2B) や神経膠症 (グリア反応) (Fig 2D) とは相関せず (r<0.3)、腫瘍サイズは3モデル間で有意差がなかった (F(2,19) = 1.884, p = 0.1793)。これは、神経回路への影響が腫瘍の物理的な占拠効果ではなく、腫瘍種特異的な分子機構によって異なる様式で生じることを強く示唆する。さらに、482N1モデルでは対側半球のシータ波パワーにも有意な変化が認められ (Fig 1I)、遠隔の神経回路にも影響を及ぼすことが判明した。これらの結果は、個々の脳転移モデルが局所的 (新皮質) および近傍構造 (海馬) の両方で神経伝達に異なる影響を与える可能性を示唆するものであった。
抑制性シナプスの減少と微小環境カルシウム活性への影響: シナプス密度解析では、電気生理学的に最も高い障害を示した482N1モデルにおいて、抑制性シナプスマーカー (V-GAT1/Gephyrin共局在) が有意に減少していた (p=0.0153 vs E0771-BrM) (Fig 3C)。この抑制性シナプスの減少は神経回路の過興奮性と関連すると考えられ、482N1で観察されたリプルパワー低下の機構的基盤として提案された。一方、興奮性シナプスには有意な変化は認められなかった (Fig S3B, S3C)。遺伝子改変マウスモデル (LSL-CamBI) を用いたex vivoオルガノタイプ培養でのカルシウムイメージングにより、482N1転移巣が微小環境のカルシウム活性にもより強い影響を与えることが示された (p=0.0022 vs E0771-BrM) (Fig 3E)。これは、482N1モデルが神経回路機能に与える影響が多角的に確認されたことを意味する。
免疫微小環境とEGR1を中心とする分子プロファイルの同定: CIBERSORTxを用いたTAM (Tumor-Associated Macrophage) 組成の推定では、metastasis-associated macrophage (MAM) のサブタイプ (特にApoe+サブセット) が3モデル間で有意に異なっていた (p=0.0002) (Fig 2E)。482N1ではApoe+MAMが他モデルより多く推定され、これが神経回路への影響と関連する免疫微小環境の差異を反映している可能性が示唆された。バルクRNAシーケンス (RNA-seq) 解析により、482N1腫瘍組織で51個の神経コミュニケーション関連遺伝子が他モデルと比較して差異発現していた (Fig 3F)。転写因子解析では、早期成長応答タンパク質1 (EGR1) が482N1特異的遺伝子発現プログラムの中心的制御因子として同定・検証された (Fig 3G, 3H)。EGR1は神経可塑性やシナプス伝達制御遺伝子の上流転写因子であり、腫瘍-神経相互作用の分子リンクとして位置づけられた。さらに、482N1癌細胞のシングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) 解析では、EGR1陽性細胞が複数のクラスターに分布し、腫瘍壊死因子アルファ (Tumor Necrosis Factor alpha: TNF-α) シグナル伝達経路が共通して濃縮されていることが判明した (Fig 3N)。これらの結果は、脳転移による神経回路障害が特定の分子プログラムによって媒介される可能性を示唆する。
機械学習による脳転移サブタイプの高精度分類と早期予測能力: 電気生理学的特徴量 (デルタ、シータ、スロウガンマ、SWRパワーなど) を入力としたDecision Treeモデルを訓練した。主成分分析 (Principal Component: PC) 空間に投影されたデータを用いたモデルの平均分類精度は0.77±0.02 (p<0.00001) で、ランダム分類 (正解率0.33) を大きく上回った (Fig 5C)。この結果は、LFPスペクトル特徴量のPC解析が脳転移サブタイプを識別するのに役立つことを示唆する。早期予測として、腫瘍注入7日後の時点での電気生理記録データを用いた場合でも、分類精度0.73±0.09が達成され (p<0.00001)、腫瘍体積が小さい時点での予測可能性が示された (Fig 5D)。これは、機械学習ツールが個々のLFPスペクトルシグネチャの標準統計解析に頼るよりも、早期に転移の存在を予測する能力が優れていることを示している。
汎化性能の検証と新規肺腺癌モデルへの適用: モデルの汎化性能を評価するため、leave-one-out交差検証を実施したところ、一貫した性能が確認された (Fig S5F, S5G)。さらに、新規肺腺癌細胞株393N1および2691N1をマウス脳に注入し、同モデルで電気生理計測を実施した。Decision Treeモデルによる分類では、両株とも98-100%の精度で482N1と同一サブタイプに分類された (Fig 5G)。これらの新規細胞株は、他の評価モデルと同等の腫瘍サイズを生成し (Fig S5I)、482N1モデルと同様の電気生理学的特性を誘発した (Fig S5J)。この結果は、神経回路影響パターンが腫瘍の生物学的特性を反映した安定した特徴量であることを裏付け、モデルの優れた汎化性能を示した。
考察/結論
本研究は、脳転移が宿主の神経回路に与える影響が腫瘍種によって異なるパターンを示すことを電気生理学的かつ定量的に実証し、機械学習により再現性高く分類可能であることを示した新規な研究である。これまでの先行研究では腫瘍増殖・免疫環境・神経浸潤を個別に解析していたが、本研究は神経回路の機能的変化を統合的なサブタイプ指標として活用した点でと異なり、独自性がある。腫瘍のサイズや神経膠症とは独立した神経回路障害は、腫瘍由来分子 (EGR1制御遺伝子群など) が直接的にシナプス機能を変化させることを示唆する。特に、肺腺癌モデルである482N1が最も顕著な神経回路障害を示したことは、原発巣の種類が神経機能への影響に影響を与える可能性を示唆するが、この関連性についてはさらなる検証が残された課題である。
臨床的意義として、神経回路への影響パターンが早期 (day 7) に検出可能であり、将来的には非侵襲的脳波 (Electroencephalography: EEG) モニタリングと組み合わせた早期予後予測への臨床応用が期待される。これにより、脳転移の診断と特性評価における外科手術の必要性を最小限に抑える可能性が生まれる。また、EGR1のような分子メディエーターの同定は、神経回路障害を標的とした新たな治療戦略開発の基盤となる可能性がある。EGR1は神経可塑性だけでなく、血管新生にも影響を与えることが知られており (Fahmy et al. 2003)、これらのメカニズムが複合的に神経回路機能に影響を与えている可能性も考えられる。
今後の課題としては、EGR1の機能的役割の直接的な検証 (shRNAノックダウン・過剰発現実験など)、ヒト脳転移検体での同様の神経回路影響の解析、神経回路障害が腫瘍増殖や免疫逃避を促進するか否かの因果関係の解明が挙げられる。本研究は実験モデルと限られたサンプルサイズに基づいているが、ヒト脳転移の複雑性を診断するためには、系統的な神経認知評価と客観的かつ検証済みのテストを臨床現場に組み込むことが不可欠である。この取り組みにより、脳転移に関連する神経認知障害の質の高い臨床データベースが構築され、前臨床研究の検証と潜在的な臨床介入の設計に役立つであろう。
方法
本研究では、3種のsyngeneicマウス脳転移モデル (482N1肺腺癌、E0771-BrM乳癌、B16/F10-BrMメラノーマ) を頭蓋内定位注入により確立した。これらのモデルは、全身性接種時の転移部位のばらつきを排除するため、脳実質に直接接種された。電気生理学的解析は、覚醒下頭部固定マウスにおいてin vivo多チャンネル電極記録 (Local Field Potential: LFP) により実施された。LFPは腫瘍周辺の皮質および海馬領域から記録され、デルタ波 (1-4 Hz)、シータ波 (4-12 Hz)、アルファ波 (8-14 Hz)、スロウガンマ波 (40-60 Hz)、ファストガンマ波 (70-90 Hz)、およびシャープウェーブリップル (Sharp-Wave Ripple: SWR) (100-200 Hz) などの広範な周波数帯におけるパワーが定量された。データはデシベル変換され、標準化された比較が行われた。
シナプス解析は免疫組織化学により実施され、抑制性シナプスのプレシナプスマーカーであるV-GAT1とポストシナプスマーカーであるGephyrinの共局在が評価された。また、遺伝子改変マウスモデル (Genetically Engineered Mouse Model: GEMM) LSL-CamBIを用いたex vivoオルガノタイプ培養でのカルシウムイメージングにより、微小環境のカルシウム活性への影響が評価された。
腫瘍関連マクロファージ (Tumor-Associated Macrophage: TAM) のプロファイリングは、確立された脳転移巣のバルクRNAシーケンス (RNA-seq) データからCIBERSORTx (Newman et al. 2019) を用いて推定された。神経コミュニケーション関連遺伝子およびその他の遺伝子の発現解析もバルクRNA-seqで実施された。RNA-seqリードのアライメントには Dobin et al. Bioinformatics 2013 が使用され、遺伝子発現差解析には Love et al. GenomeBiol 2014 が、遺伝子セット濃縮解析 (Gene Set Enrichment Analysis: GSEA) には Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 が用いられた。RNA-seqデータの前処理にはNextpresso (Gran˜a et al. 2018) パイプラインが、リードカウントには Anders et al. Bioinformatics 2015 (Anders et al. 2015) が、アライメントにはBowtie (Langmead et al. 2009) および Li et al. Bioinformatics 2009 (Li et al. 2009) が用いられた。
さらに、482N1癌細胞のシングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) 解析も実施され、細胞クラスターの同定、遺伝子発現プロファイルの解析、および早期成長応答タンパク質1 (Early Growth Response protein 1: EGR1) 陽性細胞における遺伝子シグネチャ濃縮解析が行われた。scRNA-seqデータは Stuart et al. Cell 2019 (Stuart et al. 2019) パッケージを用いて解析された。
機械学習分類モデルとしてDecision Treeが採用され、電気生理学的データから抽出された主成分分析 (Principal Component: PC) 特徴量を入力として訓練・検証された。モデルの訓練には腫瘍注入後9-10日目のデータが、早期予測の検証には7日目のデータが用いられた。モデルの汎化性能を評価するため、leave-one-out交差検証と、新規肺腺癌細胞株393N1および2691N1を用いた外部検証が実施された。