• 著者: Friese-Hamim M, Clark A, Perrin D, Crowley L, Reusch C, Bogatyrova O, Zhang H, Crandall T, Lin J, Ma J, Bachner D, Schmidt J, Schaefer M, Stroh C
  • Corresponding author: Christopher Stroh (Merck Healthcare KGaA, Darmstadt, Germany)
  • 雑誌: Lung Cancer
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2021-12-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34942492

背景

MET (mesenchymal-epithelial transition factor) 遺伝子の exon 14 skipping (METex14) 変異およびMET遺伝子増幅は、非小細胞肺がん (NSCLC) における極めて重要な治療標的であり、それぞれ約3-4%および1-5%の頻度で認められる (Hong et al. 2021)。高活性かつ高選択的なMET阻害薬であるtepotinibは、これらの変異を有する進行・再発NSCLCに対して臨床的有効性を示し、承認されている (Paik et al. 2020)。しかし、NSCLC患者の約25-40%が経過中に脳転移を発症し、MET陽性NSCLCにおいても極めて高い頻度で脳転移を合併することが知られている (Sperduto et al. 2016; Digumarthy et al. 2019)。中枢神経系 (CNS) への転移は、患者の予後を著しく悪化させ、神経認知機能障害による生活の質 (QOL) の低下を招く深刻な病態である (Peters et al. 2016)。

従来の化学療法薬や多くのキナーゼ阻害薬は、血脳関門 (BBB) の透過性が極めて低く、またP-glycoproteinなどの排出トランスポーターによる能動的排出を受けるため、頭蓋内病変に対する有効性が限定的であった (Chamberlain et al. 2017)。そのため、優れたCNS移行性を有し、脳転移に対して高い抗腫瘍活性を示す新規標的治療薬の開発が強く望まれている。METシグナル伝達系の異常はCNS転移の生物学的プロセスに深く関与していることが示唆されており、NSCLCの脳転移病変においてMET増幅や過剰発現が高頻度に観察される (Preusser et al. 2014)。

近年、tepotinibのMETex14変異陽性NSCLCに対する頭蓋内効果が、臨床試験のサブグループ解析や症例報告において示されつつある (Le et al. 2021; Roth et al. 2020)。しかしながら、MET阻害薬の中枢神経系への移行性と脳転移における抗腫瘍効果を系統的に評価した前臨床データは極めて不足していた。特に、患者由来異種移植 (PDX) モデルを用いた直交性 (正位局所) 脳転移モデルにおける詳細な薬物動態学的・薬力学的検証はこれまで報告されておらず、前臨床段階における大きな知識ギャップが存在していた。さらに、脳転移病変におけるBBBの破綻 (リーキーネス) の程度が、薬剤の頭蓋内有効性にどのように影響するかという点も未解明であった。本研究は、これらの不足している知見を補うため、ラットを用いた薬物動態試験およびMET駆動型NSCLC脳転移由来の直交性PDXモデルを用いて、tepotinibの脳移行性と頭蓋内抗腫瘍効果を系統的に検証することを目的とした。

目的

本研究の目的は、選択的MET阻害薬tepotinibの血脳関門 (BBB) 透過性と脳組織内における薬物動態学的特性を定量的に評価することである。さらに、肺がん脳転移患者から樹立された皮下および直交性 (頭蓋内) 患者由来異種移植 (PDX) マウスモデルを用いて、tepotinibのin vivoにおける抗腫瘍活性を検証する。具体的には、ラットにおける非結合脳対血漿濃度比 (Kp,uu) を算出してCNS移行性を評価し、高レベルMET増幅を有するNSCLC脳転移モデルに対するtepotinibの腫瘍退縮効果を磁気共鳴画像法 (MRI) を用いて可視化・定量化する。また、MRI造影効果に基づくBBBのリーキーネスと頭蓋内抗腫瘍効果との相関性を解析し、tepotinibの治療効果が既存のBBB破綻に依存するか否かを検証することで、臨床における脳転移治療への応用可能性を前臨床段階で確立することを目指す。

結果

tepotinibの優れた脳移行性と結合特性: 雄性Wistarラット (n=3) に対するtepotinibの24時間静脈内持続注入試験において、定常状態における脳組織中の平均総濃度は505 ± 22 ng/g、血漿中の平均総濃度は177 ± 20 ng/mLであった。これにより算出された総脳対血漿濃度比 (Kp) は2.87 ± 0.24であり、脳組織中に血漿の約3倍の総薬物が分布していることが示された。平衡透析法による結合特性評価では、ラット脳組織におけるtepotinibの非結合分画 (fu, brain) は0.35% ± 0.06、ラット血漿における非結合分画 (fu, plasma) は4.0% ± 0.4であった。これらの値から算出された非結合脳対血漿濃度比 (Kp,uu) は0.25であり、血脳関門を通過して脳実質内に十分な遊離薬物濃度が維持されていることが実証された。

皮下PDXモデルのスクリーニングと分子プロファイリング: 肺がん脳転移由来の皮下PDXモデル20種を対象としたtepotinib 30 mg/kg qdによるスクリーニングの結果、LU5349およびLU5406の2モデルにおいて顕著な腫瘍退縮が認められた (Fig. 1A)。治療終了時における腫瘍体積変化率 (%TV) は、LU5349で-12%、LU5406で-88%であった。NanoStringを用いた分子プロファイリング解析により、これら2モデルのみがGCN > 10に達する高レベルのMET遺伝子増幅を有していることが判明した (Fig. 1B)。平均MET GCNはLU5349で11.2、LU5406で24.2であり、いずれも顕著なMET mRNAの過剰発現を伴っていた (Fig. 1D)。また、LU5349モデルにおいてはKRAS G12C変異の共存が確認された (Fig. 1C)。

皮下PDXモデルにおける臨床関連用量での抗腫瘍効果: スクリーニングで同定されたLU5349およびLU5406モデルにおいて、臨床関連用量であるtepotinib 125 mg/kg qdを投与した検証試験 (n=5 mice/群) では、両モデルにおいて極めて強力な腫瘍退縮効果が確認された (Fig. 2A, B)。LU5349モデルでは、投与21日目における平均腫瘍体積がtepotinib群で13.5 ± 0.0 mm³であったのに対し、ビヒクル群では1,280.3 ± 114.8 mm³に達した。LU5406モデルにおいても、投与16日目の平均腫瘍体積はtepotinib群で13.5 ± 0.0 mm³、ビヒクル群で1,452.6 ± 150.7 mm³であり、tepotinib投与群ではほぼ完全な腫瘍消失が維持され、顕著な100-fold以上の腫瘍体積減少 (100-fold decrease) を達成した。

直交性PDXモデルにおける頭蓋内抗腫瘍効果: NOD/SCIDマウスの脳内に直交性移植されたLU5349およびLU5406モデル (n=10 mice/群) に対し、tepotinib 125 mg/kg qdを投与した結果、頭蓋内病変に対しても極めて顕著な腫瘍退縮効果が誘導された (Fig. 2C, D)。治療終了時における頭蓋内腫瘍体積変化率 (%TV) の中央値は、LU5349で-84%、LU5406で-63%であった。ウォーターフォールプロット解析が示すように、tepotinib投与群の多くの個体において完全またはほぼ完全な頭蓋内腫瘍の退縮が観察されたのに対し、ビヒクル群では中央値で300%以上の腫瘍増大が認められた (Fig. 3A, B)。

頭蓋内抗腫瘍活性とBBBリーキーネスの非相関性: T1CE MRIを用いた血管透過性評価 (n=4 mice/群) では、すべての移植腫瘍内において、BBBが維持された領域と破綻した領域が混在していることが可視化された (Supplementary Fig. 1)。BBBリーキーネスの感度 (腫瘍体積に対する漏出領域の割合) は個体間でばらつきが大きく、LU5349 (Day 4) では32%から77%、LU5406 (Day 2) では20%から56%の範囲であった (Fig. 3C, D)。しかしながら、治療初期におけるBBBリーキーネスの程度と、最終的な頭蓋内腫瘍体積変化率 (%TV) との間には統計学的に有意な相関は認められなかった (LU5349: Spearman r=0.15, p=0.72; LU5406: Spearman r=0.28, p=0.55)。この結果は、tepotinibが既存のBBB破綻の有無や程度に関わらず、良好な脳移行性によって頭蓋内腫瘍に対して均一に効果を発揮できることを示唆している。

考察/結論

先行研究との違い: 多くの第一世代キナーゼ阻害薬が血脳関門 (BBB) の透過性不足や排出トランスポーターによる影響で脳転移への効果が限定的であったのに対し、本研究で示されたtepotinibの非結合脳対血漿濃度比 (Kp,uu) 0.25は、優れた中枢神経系移行性を有するEGFR阻害薬osimertinibのKp,uu (0.21) に匹敵する高い値であった。また、tepotinibの総脳対血漿濃度比 (Kp) 2.87は、他のMET阻害薬であるcapmatinib (ラットにおけるKp 0.09) やcabozantinib (マウスにおけるKp 0.20) などのこれまでの薬剤と比較して著しく高く、中枢神経系への移行特性において明確な優位性を示す。

新規性: 本研究は、MET遺伝子高増幅を有するNSCLC脳転移患者由来の直交性PDXモデルを用いて、tepotinibの頭蓋内抗腫瘍効果を本研究で初めて系統的に実証した。さらに、T1CE MRIを用いた解析により、頭蓋内腫瘍退縮効果がBBBのリーキーネス (破綻度) と相関しないことを新規に明らかにした。これは、tepotinibがBBBが保たれた微小転移巣や腫瘍周辺部に対しても、高い脳移行性によって十分な治療効果を及ぼし得ることを示す重要な知見である。

臨床応用: 本研究の前臨床データは、METex14変異またはMET増幅を有するNSCLC脳転移患者に対するtepotinibの臨床的有用性を強く支持する。臨床試験 (VISION試験) の脳転移サブグループ解析において示された全身および頭蓋内奏効や、複数の症例報告における劇的な頭蓋内効果を裏付ける薬物動態学的・薬力学的根拠を提供するものであり、放射線治療の延期や回避を可能にする新たな治療戦略の確立に貢献する。

残された課題: 今後の検討課題として、tepotinib長期投与における頭蓋内特異的な耐性獲得メカニズムの解明や、軟膜播種モデルに対する有効性の検証が挙げられる。また、本研究で使用した免疫不全マウスモデルでは宿主の免疫応答が排除されているため、腫瘍微小環境における免疫細胞とtepotinibの相互作用についてはさらなる検証が必要であるというlimitationが存在する。

方法

薬物動態学的評価および結合特性測定: 雄性Wistarラット (n=3) を用いて、tepotinibを3.66 mg/kg/hourの速度で24時間静脈内持続注入し、定常状態における血漿中総濃度 (Cplasma) および脳組織中総濃度 (Cbrain) をUPLC-MS/MS (ultra-performance liquid chromatography-tandem mass spectrometry: 超高速液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法) により測定した。総脳対血漿濃度比 (Kp) はCbrain/Cplasmaとして算出した。また、平衡透析法を用いて、ラット血漿および脳組織におけるtepotinibの非結合分画 (fu, plasmaおよびfu, brain) を測定し、非結合脳対血漿濃度比 (Kp,uu) を (Cbrain × fu, brain) / (Cplasma × fu, plasma) の式から算出した。

皮下PDXモデルのスクリーニングと分子プロファイリング: 肺がん脳転移由来の皮下PDXモデル20種をNOD/SCID (non-obese diabetic/severe combined immunodeficiency) マウスの右側腹部に移植して確立した。腫瘍体積が150-250 mm³に達した時点で、tepotinib 30 mg/kg qd (経口投与、n=1/モデル) またはビヒクル対照群 (n=1/モデル) に割り付け、感受性をスクリーニングした。感受性を示したモデルについて、NanoString nCounter®プラットフォームを用いて、MET遺伝子コピー数 (GCN)、mRNA発現レベル、および関連遺伝子の変異プロファイルを解析した。高レベルMET増幅はGCN > 10と定義した。

皮下PDXモデルにおける有効性の再確認: スクリーニングで感受性を示したLU5349およびLU5406モデルを用いて、より大規模な群 (n=5 mice/群) でtepotinib 125 mg/kg qd経口投与の抗腫瘍効果を検証した。この用量は、ヒトにおける承認用量500 mg qd (活性成分450 mg) と同等の遊離薬物曝露量およびリン酸化MET阻害レベルを達成するように予測された臨床関連用量である。腫瘍体積はデジタルキャリパーを用いて週3回測定した。

直交性PDXモデルの確立と頭蓋内有効性評価: 雌性NOD/SCIDマウスの右前頭葉に、LU5349またはLU5406の腫瘍細胞 (約200,000細胞/2 µL PBS) を立体定位脳手術により注入し、直交性脳移植モデルを確立した。腫瘍が定着したマウスをtepotinib 125 mg/kg qd経口投与群 (n=10 mice/群) またはビヒクル対照群 (n=10 mice/群) に無作為に割り付け、治療を開始した。頭蓋内腫瘍体積は、11.7 T前臨床MRIシステムを用いたT2w (T2-weighted: T2強調) 画像 (T2w MRI) により定期的に測定した。主要評価項目は腫瘍体積変化率 (%TV) とした。

血脳関門 (BBB) リーキーネスの評価: 直交性PDXモデルのサブセット (n=4 mice/群) において、T1CE (T1-weighted gadolinium contrast-enhanced: T1強調ガドリニウム造影) MRI (T1CE MRI) を用いて血管透過性 (BBBのリーキーネス) を評価した。T1CE MRIで造影効果を示す領域 (リーキー領域) とT2w MRIで同定された腫瘍領域をVivoQuant™ソフトウェアでマニュアルセグメンテーションし、腫瘍体積に対する漏出領域の割合 (Sensitivity) を算出して、抗腫瘍効果との相関をSpearman correlation (スピアマン順位相関係数) を用いて統計解析した。生存期間の比較にはlog-rank (ログランク) 検定を用いた。