• 著者: Anna Skakodub, Henry Walch, Kathryn R. Tringale, Jordan Eichholz, Brandon S. Imber, Harish N. Vasudevan, Bob T. Li, Nelson S. Moss, Kenny Kwok Hei Yu, Boris A. Mueller, Simon Powell, Pedram Razavi, Helena A. Yu, Jorge S. Reis-Filho, Daniel Gomez, Nikolaus Schultz, Luke R. G. Pike
  • Corresponding author: Luke R. G. Pike (pikel@mskcc.org; Department of Radiation Oncology, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-08-17
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 37591896

背景

非小細胞肺がん (NSCLC) は、全悪性腫瘍の中で脳転移 (BM) を最も高頻度に生じる主要がん種の一つであり、患者の最大 50% が病勢経過中に BM を発症すると報告されている Siegel et al. CA Cancer J. Clin. 2018。BM を生じた患者の OS 中央値は、治療の進歩にもかかわらず依然として 2〜3 年台にとどまり、頭蓋内再発制御が予後の重要な決定因子となる。EGFR・ALK 等のドライバー変異陽性例では脳浸透性チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) が有効であるが、ドライバー変異陰性例での選択肢は限られている。BM 固有のゲノムプロファイルの解明は、原発巣との生物学的相違を理解し、新規治療標的を同定し、頭蓋内再発パターンに応じた個別化戦略を構築するために不可欠である。しかし、脳組織へのアクセス困難、臨床情報の不完全性、非脳部位との対照標本の欠如から、大規模な系統的研究は極めて限られていた。これまでの研究は少数例 (73〜86 例) に留まり、匹敵する規模のペアサンプル解析や頭蓋内再発パターンとのゲノム相関解析は実施されていなかった。例えば、Brastianos et al. (2015) は、乳がん、肺がん、その他の原発腫瘍由来の 86 例の BM を含む異種コホートの全エクソームシーケンス (WES) を実施し、原発腫瘍から BM への分岐進化を示したが、肺がん特異的な詳細な解析は不足していた。また、Shih et al. (2020) は 73 例の NSCLC BM 検体を解析し、CDKN2A/B、MYC、YAP1、MMP13 (Matrix Metalloproteinase 13) のコピー数異常が BM でより頻繁であることを報告したが、大規模なペアサンプル解析や詳細な臨床相関は未解明であった。Huang et al. (2022) は 3035 例の NSCLC 患者を対象とした大規模研究で、BM コホートにおける TP53、KRAS、CDKN2A などの変異の富化を報告したが、臨床転帰に関する詳細な情報は不足していた。これらの先行研究は BM のゲノム特性に関する重要な知見を提供してきたものの、大規模かつ均質なコホートにおける詳細な臨床ゲノム相関、特に頭蓋内再発パターンとの関連性については、依然として知識ギャップが残されている。本研究は、この不足を補完し、NSCLC BM の生物学的基盤と臨床的挙動をより深く理解することを目的とする。

目的

本研究の目的は、Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) で開頭術を施行した大規模 NSCLC 脳転移コホート (n = 233 patients) に対し MSK-IMPACT (Memorial Sloan Kettering-Integrated Molecular Profiling of Actionable Cancer Targets) による包括的ゲノム解析を実施し、以下の点を明らかにすることである。(1) BM に固有または富化されるゲノム異常を原発腫瘍 (PT) および体外転移 (EM) との比較で同定すること。(2) ペア解析によりゲノム一致度と BM プライベート変異を明らかにし、脳転移の進化経路を解明すること。(3) 軟膜播種 (LMD)・多発頭蓋内進行・局所進行といった頭蓋内再発パターンとのゲノム相関を解析し、予測的バイオマーカー候補を同定すること。これらの目的を達成することで、NSCLC 脳転移の個別化治療戦略の構築に貢献することを目指す。

結果

BM での TMB・FGA 高値と染色体不安定性の富化: BM 検体 (n = 233 patients) の TMB 中央値は 8.8 mut/Mb であり、体外転移 EM (n = 42 patients) の中央値 5.8 mut/Mb を有意に上回った (p = 0.00766)。FGA は BM が EM (p = 2.765×10⁻⁶) および原発腫瘍 PT (p = 2.273×10⁻⁷) の双方を有意に上回った (Figure 1B)。全ゲノム倍加 (WGD) 頻度も BM で数値的に高く、特に LMD 群での WGD 頻度が最高であった。これらの知見は、BM が原発巣や体外転移よりも染色体不安定性が高く、分岐進化によって固有のゲノム特性を獲得することを示唆する。

細胞周期経路異常の顕著な富化: CDKN2A/B 欠失は BM で 34% の頻度で観察され、PT の 13% と比較して有意に高頻度であった (p = 0.003, q = 0.04)。細胞周期経路全体 (CDKN2A/B、RB1 等のコピー数異常を含む) では、BM で 56% の患者が異常を有し、PT の 32% と比較して顕著に富化されていた (p = 0.004, q = 0.041)。約 50% の患者が相互排他的な細胞周期関連コピー数異常を少なくとも 1 つ保有していた。TP53、KRAS、EGFR 等の主要な癌遺伝子/腫瘍抑制遺伝子の変異頻度は、BM、EM、PT 間で同程度であり、これらが転移の場所によらず維持される必須ドライバーであることを示した (Figure 1C, D)。LUAD 亜群での解析でも CDKN2A/B の富化は維持された (31% vs 18%, p = 0.004)。

ペア解析によるゲノム一致度と BM プライベート変異: BM と PT/EM のペア比較では、TP53 (34%) および EGFR (27%) が共有変異として最多であった。一方、HLA-B 変異が一部患者の BM 検体でプライベートに獲得されており、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 耐性と関連する免疫逃避機序として注目された (Figure 2B)。複数 BM ペア (n = 9 patients) では高いゲノム一致度が観察されたが、BM と PT/EM 間の非共有変異が多数存在し、脳への転移が独立した進化経路を辿ることを示した。

軟膜播種 (LMD) と EGFR 変異の関連: LUAD コホート (n = 179 patients) で 101 例 (56%) が開頭術後に頭蓋内再発を経験し、最多が単発/多発領域再発 (30%)、次いで局所再発 (14%)、LMD (11%) であった。OS 中央値は 2.7 年 (95% CI 2.3-4.0)、頭蓋内 PFS 中央値は 1.2 年 (95% CI 1.0-1.5) であった (Figure 3B, C)。LMD 発症例では EGFR 変異が 45% と、非再発例の 21% と比較して有意に高頻度であった (p = 0.044, q = 0.789)。これらはしばしば L861Q、G719A/S、A755G、N771_H773dup (N771からH773の重複変異) 等の非標準 EGFR 変異であり、複数の組織サンプルで各種治療にもかかわらず持続的に検出された (Figure 4A)。MYC 経路変異も LMD 群と領域再発群で局所再発群より有意に富化されていた (LMD: p = 0.013, q = 0.14; 多発領域再発: p = 0.023, q = 0.255)。

多発頭蓋内再発と MYC 増幅の関連: 多発領域頭蓋内再発例では MYC 増幅が 22% と、局所再発例の 0% と比較して有意に高頻度であった (p = 0.023, q = 0.790)。マウス脳転移モデル (n = 10 mice) でも MYC 過発現が酸化ストレスへの抵抗を介して脳組織への播種を促進することが示されており、MYC 増幅が多発脳転移進行のドライバーである可能性が示唆された。

局所再発と RB1 欠失の関連: 局所再発例では RB1 欠失が 24% と、非再発例の 6% と比較して有意に高頻度であった (p = 0.022, q = 0.573)。また、NKX3-1 変異も局所再発例で 16% と、非再発例の 3% と比較して有意に高頻度であった (p = 0.044, q = 0.573)。NKX2-1 増幅は局所再発や LMD 群より非再発群で数値的に高頻度 (22% vs 4-10%) であった。

原発腫瘍ゲノムと BM 発症リスク: PT ゲノムプロファイルの解析では、TP53、MYC、SMARCA4、RB1、ARID1A、FOXA1 (Forkhead box protein A1) 変異が BM 発症患者の PT で BM 非発症者より有意に富化されていた。NKX2-1 変異は BM および EM 双方で BM 非発症群より高頻度であり、転移能全般に関連する因子として示唆された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究の学術的貢献は、NSCLC 脳転移の最大規模の系統的ゲノムコホート研究として、脳転移が原発腫瘍と比較して高い TMB (中央値 8.8 vs 5.8 mut/Mb, p = 0.00766)・FGA・細胞周期経路異常 (特に CDKN2A/B 欠失: 34% vs 13%, p = 0.003) という固有のゲノムプロファイルを持つことを確証した点にある。これは、これまでの少数例の報告とは異なり、大規模な患者コホートとペアサンプル解析によって得られた強固なエビデンスである。

新規性: 本研究で初めて、頭蓋内再発パターンとゲノム変異の対応関係を詳細に解析し、MYC 増幅が多発脳転移進行 (22% vs 0%, p = 0.023)、RB1 欠失が局所再発 (24% vs 6%, p = 0.022)、EGFR 変異が軟膜播種 (45% vs 21%, p = 0.044) に関連することを新規に同定した。また、HLA-B 変異が BM 検体でプライベートに獲得されることで、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 抵抗性に関与する可能性を示唆したことも、これまで報告されていない重要な知見である。

臨床応用: CDKN2A/B 欠失の富化は、CDK4/6 阻害薬 (アベマシクリブ等) の脳転移への適応検討に直接的な根拠を提供し、脳転移を対象としたプロスペクティブ試験 (例: BRASS (Brain Metastasis in NSCLC) 試験 NCT04901442) の基盤となる。頭蓋内再発パターンとゲノム変異の対応という知見は、分子層別化に基づく照射野戦略 (SRS (stereotactic radiosurgery) vs WBRT (whole brain radiotherapy) の選択) の個別化を可能にしうる。例えば、MYC 増幅を有する患者には、多発脳転移のリスクを考慮した広範囲の治療戦略が検討される可能性がある。HLA-B 変異による BM プライベートな免疫逃避の発見は、脳転移における ICI 抵抗性の生物学的説明を提供し、ICI と放射線・ADCC (antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity) 等の代替免疫活性化戦略との組み合わせの合理性を示す。非標準 EGFR 変異が治療にもかかわらず持続的に検出され LMD と関連する知見は、Osimertinib への部分的耐性と髄膜固有の代謝環境への適応が LMD 傾向をもたらすという仮説を裏付け、LMD の早期診断と個別化された治療介入の必要性を強調する。これらのゲノム知見は、CDK4/6 阻害薬等の標的治療、照射野個別化、免疫療法戦略の分子選択基盤として重要な臨床的含意を持ち、NSCLC 脳転移に対する精密医療の実現に貢献する。

残された課題: 本研究の制限として、後方視的デザインにより高度な選択バイアス (大型・症候性 BM への偏り) があり、MSK-IMPACT 既知遺伝子パネルに限定されており、WES・RNA-seq レベルの非コード変異や転写プログラムの解析が未実施である点が挙げられる。今後の検討課題として、より広範なゲノム解析 (全エクソームシーケンスや全トランスクリプトームシーケンス) を用いて、非コード領域の変異や転写プログラムの変化が BM の発生と進行にどのように寄与するかを解明する必要がある。また、前向き研究による本研究で同定されたバイオマーカーの検証と、それらに基づく個別化治療戦略の臨床的有効性の評価が今後の研究方向性として重要である。

方法

MSKCC で 2010〜2021 年に開頭術を施行された NSCLC BM 患者 233 例を対象とした後方視的コホート研究を実施した (Figure 1A)。本研究における検体の使用は、MSK の施設内審査委員会 (プロトコル 06-107, 12-245, 16-314, 23-051) によって承認された。全患者から腫瘍シーケンスおよび詳細な人口統計学的、病理学的、治療情報の医療記録レビューに関する書面によるインフォームドコンセントを得た。MSK-IMPACT (IMPACT 341/410/468/505、正常血液との matched pair、平均カバレッジ 700x) を用いてゲノム解析を実施した Cheng et al. JMolDiagn 2015。対照として、同一患者から採取された PT 47 例・EM 42 例 (体外転移組織または CSF) を解析に含めた。主要解析項目は、TMB (非同義変異数/Mb)、FGA (fraction of genome altered、log2 CNV > 0.2 の染色体割合)、遺伝子レベルの変異・コピー数変化 (CNA)・融合の頻度比較であった。FACETS (Fraction and Allele-Specific Copy Number Estimates from Tumor Sequencing) アルゴリズム Shen et al. Nucleic Acids Res. 2016 を用いて、全ゲノム倍加 (WGD) を解析した。腫瘍は、オートソームゲノムの少なくとも 50% が主要コピー数 2 以上である場合に WGD を経験したと判断した。OncoKB Chakravarty et al. JCOPrecisOncol 2017 で腫瘍特異的変異をフィルタリングし、TCGA テンプレート Sanchez et al. Cell 2018 で経路レベルの変異を統合した。混合 histology を排除するため、全解析を LUAD (肺腺癌) 亜群 (179 BM、37 PT、34 EM) で再実施した。ペア解析は採取時期で 3 群に分類した: (1) 同時採取 (BM と EM/PT が 60 日以内に採取)、(2) BM 先行採取 (EM/PT 採取後に BM が 60 日以上後に採取)、(3) BM 後採取 (BM 採取後に EM/PT が 60 日以上後に採取)。頭蓋内再発パターンは 5 群に分類した: (1) 再発なし (≥6 ヶ月)、(2) 局所再発、(3) 単発領域再発、(4) 多発領域再発、(5) LMD。LMD は、造影 MRI 脳による明確なエビデンス、補完的な神経症状、および/または陽性 CSF 細胞診によって確認された。統計解析には、二項変数の比較に両側 Fisher 正確検定、連続変数の比較に Wilcoxon 検定を用いた。多重比較補正は Benjamini-Hochberg 法 (q 値カットオフ 0.1) を適用した。生存解析は Kaplan-Meier 法を用いて実施した。全ての解析は R v3.6.1 を使用して行われた。