- 著者: Wang L, Chen X, Dong C, Yin S, Liang L, Zhou A
- Corresponding author: Lun Li (lli@smu.edu.cn); Aidong Zhou (aidern0927@smu.edu.cn) (Southern Medical University, Shenzhen, China)
- 雑誌: STAR protocols
- 発行年: 2025
- Epub日: 2024-12-20
- Article種別: Protocol
- PMID: 39708324
背景
脳転移は固形癌患者の主要な死因であり、特に肺癌は脳転移の最も一般的な原発巣であると報告されている (Suh et al. 2020)。その発生率は20%から50%に及ぶことが知られている。脳転移の分子メカニズム解明や新規治療戦略開発のためには、脳組織に対して高い転移能を持つ腫瘍細胞株を用いた動物モデルの確立が不可欠である。しかし、市販の腫瘍細胞株の多くは脳転移発生率が低く、その前臨床モデルとしての有用性には限界があった。特に、免疫適格なC57BL/6マウスを用いたルイス肺癌 (LLC1) 脳転移モデルは、腫瘍免疫微小環境研究に重要であるにもかかわらず、高効率な脳転移亜株の確立に関する詳細なプロトコル情報が不足していた。これまでin vivo選択法により高脳転移性亜株が樹立されてきたが、その詳細な手順は未解明な点が多かった。このギャップを埋めるため、再現性高く高脳転移性LLC1亜株を樹立する実践的なプロトコルの確立が求められていた。脳転移の複雑な生物学は、Achrol et al. NatRevDisPrimers 2019 が包括的にレビューしているように、多岐にわたる要因が関与しており、その詳細なメカニズムの解明は依然として重要な課題である。また、Valiente et al. 2014 や Hoj et al. 2019 も脳転移のメカニズムに関する知見を報告しているが、特定の細胞株を高効率で脳転移させるための標準化されたプロトコルは手薄であった。
目的
本研究の目的は、ルイス肺癌 (LLC1) 細胞から、反復的な心腔内注射と脳転移コロニーのin vivo選択を4ラウンド経て、高脳転移性LLC1-BMT5亜株 (第5世代) を樹立するための詳細なプロトコルを提供することである。さらに、樹立されたLLC1-BMT5亜株の脳転移発生率および上皮間葉転換 (EMT) 関連の生物学的特性を検証し、その前臨床研究における有用性を示すことを目指した。本プロトコルは、脳転移の分子メカニズム研究および抗脳転移治療戦略開発を促進する基盤となることを意図している。
結果
高脳転移性LLC1-BMT5亜株の樹立: 4ラウンドのin vivo選択を経て確立されたLLC1-BMT5亜株は、心腔内注射後の脳転移発生率が100% (10/10マウス) に達した。これは親株LLC1の脳転移発生率12.5% (1/8マウス) と比較して統計学的に有意な増加であった (P<0.001、Mann-Whitney検定) (Figure 5C, 5D)。各選択ラウンドにおいて脳転移発生率は段階的に上昇し、第5世代で完全な脳転移能を獲得したことが示された。この結果は、反復的なin vivo選択が脳転移能の高い細胞集団を効果的に濃縮することを示唆している。
上皮間葉転換 (EMT) 表現型の獲得: LLC1-BMT5亜株は、親株LLC1と比較して、間葉系マーカーであるN-カドヘリンおよびSnailタンパク質の発現増加と、上皮系マーカーであるE-カドヘリンの発現低下を示した (Figure 5B)。これらの発現変化は、高脳転移性が上皮間葉転換 (EMT) プロセスの獲得と関連していることを強く示唆している。また、形態学的にも親株LLC1細胞と比較して、LLC1-BMT5細胞はより紡錘形に近い形態を示し、細胞遊走・浸潤能の亢進が示唆された (Figure 5A)。これは、EMTが腫瘍細胞の移動と浸潤能力を高め、転移を促進するというこれまでの知見と一致する。
プロトコルの技術的検証と汎用性: ルシフェラーゼ標識化により生物発光イメージング (BLI) で脳転移コロニーのリアルタイム検出が可能であり、脳転移の進行を客観的に評価できた。超音波ガイド下の心腔内注射は、細胞の注入成功率を有意に向上させ、心臓からの細胞漏出リスクを低減した。脳組織からの細胞回収においては、コラゲナーゼ1とTrypsin-EDTAの組み合わせが、他の酵素と比較して高収量かつ高生存率のLLC1細胞を回収可能であることが確認された。本プロトコルは、4T1乳癌細胞株にも応用可能であり、同様に高脳転移性亜株 (4T1-BMT5) の樹立に成功していることから、他の腫瘍タイプへの汎用性も示唆された。この汎用性は、様々な癌種の脳転移研究に貢献する可能性を持つ。
考察/結論
本プロトコルは、免疫適格C57BL/6マウスにおいて、高頻度かつ再現性高く脳転移を形成するLLC1-BMT5亜株を確立するための詳細な手法を提示した実践的な研究である。
① 先行研究との違い: これまでのin vivo選択法に関する報告は、詳細な手順が不足していることが多く、研究間の再現性確保が困難であった。本プロトコルは、細胞標識から注射、モニタリング、細胞回収、継代に至るまで、各ステップの具体的な技術的要点を詳述しており、従来の報告と異なり、研究者が高脳転移性亜株を効率的に樹立するための明確なガイドラインを提供する。特に、超音波ガイド下の心腔内注射や、コラゲナーゼ1とTrypsin-EDTAを組み合わせた脳転移巣の効率的な回収法は、プロトコルの信頼性を高める点で対照的である。
② 新規性: 本研究で初めて、ルイス肺癌細胞から4ラウンドのin vivo選択により、脳転移発生率100%という極めて高い転移能を持つLLC1-BMT5亜株を樹立するプロトコルを確立した。この高効率な脳転移モデルは、新規治療薬、免疫療法、放射線療法の前臨床評価において、これまで報告されていない高い実用性を持つ。また、LLC1-BMT5亜株が上皮間葉転換 (EMT) 表現型を獲得していることを明確に示した点も新規な知見である。
③ 臨床応用: 脳転移は固形癌患者の予後を大きく左右する病態であり、その治療法開発は喫緊の課題である。本プロトコルにより樹立されたLLC1-BMT5亜株は、ヒトの脳転移病態をより忠実に再現するin vivoモデルとして、脳転移の分子機序研究や、将来的な臨床応用を目指した新規治療標的の同定に貢献し、最終的には患者の治療成績向上につながる可能性を秘めている。このモデルは、特に肺癌脳転移の治療法開発におけるbench-to-bedside研究を加速させることが期待される。
④ 残された課題: 本プロトコルは、複数回のin vivo選択を要するため、実験期間が比較的長期にわたるというlimitationがある。全プロセスに約6〜7ヶ月を要するため、時間と労力の配分が重要である。また、脳転移亜株のin vitroでの継代回数が増えると、高脳転移性が失われる可能性があるため、低継代での凍結保存や定期的なin vivo選択による転移能維持が今後の課題である。さらに、LLC1-BMT5の脳転移能強化の分子基盤を単細胞RNA-seq解析などで詳細に解明することで、脳転移予防・治療の新たな標的発見につながることが期待される。
方法
細胞の準備とルシフェラーゼ標識化: ルイス肺癌 (LLC1) 細胞にEF1A-SV40-Fluc-IRES-Puroレンチウイルスベクターを感染させ、ルシフェラーゼを安定発現する細胞株を樹立した。これにより、生物発光イメージング (BLI) によるin vivoでの腫瘍追跡を可能とした。ピューロマイシン選択 (4 μg/mL、7日間) により標識細胞を精製した。ルシフェラーゼの発現は免疫ブロッティングにより検証された (Figure 1)。
脳転移マウスモデルの確立: 6〜8週齢の雌C57BL/6マウスを使用し、ソジウムペントバルビタールまたはイソフルラン麻酔下で、超音波ガイドを用いて左心室に5 × 10^4個のルシフェラーゼ標識LLC1細胞を29Gインスリン注射器で心腔内注射した。注射後、生物発光イメージング (BLI) により週次で脳転移の進行をモニタリングした (Figure 2)。細胞の凝集や沈降を防ぐため、注射直前に細胞懸濁液を再懸濁した。
脳転移コロニーの回収と継代: 脳シグナルが検出されたマウスは安楽死させ、脳を摘出した。摘出脳から脳転移巣 (BrMs) を分離し、眼科用ハサミで細切した。細切したBrMsは、コラゲナーゼ1溶液 (1 mg/mL、37°Cで30分間) およびTrypsin-EDTA溶液 (0.025%、37°Cで10分間) を用いて順次消化した。消化後、70 μmフィルターで組織塊を除去し、ピューロマイシン選択 (4 μg/mL、7日間) により腫瘍細胞を精製・継代培養した。このプロセスにより、初代の脳転移細胞株LLC1-BMT1が樹立された (Figure 3, Figure 4)。
in vivo選択の繰り返し: 上記の心腔内注射、BLIモニタリング、脳転移コロニー回収・継代のプロセスを計4ラウンド繰り返すことで、高脳転移性LLC1-BMT5 (第5世代) 亜株を確立した。この全プロセスには約6〜7ヶ月を要した。各ラウンド後には、低継代数の細胞を凍結保存し、転移能の維持に努めた。