- 著者: Javier Mariscal, Tatyana Vagner, Minhyung Kim, Bo Zhou, Andrew Chin, Mandana Zandian, Michael R. Freeman, Sungyong You, Andries Zijlstra, Wei Yang, Dolores Di Vizio
- Corresponding author: Dolores Di Vizio (Cedars-Sinai Medical Center, Los Angeles, CA, USA); Wei Yang (Cedars-Sinai Medical Center, Los Angeles, CA, USA); Andries Zijlstra (Vanderbilt University Medical Center, Nashville, TN, USA)
- 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-06-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 32944167
背景
タンパク質S-アシル化(パルミトイル化)は、システイン残基への長鎖脂肪酸(主にパルミチン酸)の可逆的共有結合修飾であり、タンパク質の約20%に存在するとされる最も広範な脂質修飾である Linder et al. NatRevMolCellBiol 2007。この修飾は、タンパク質の疎水性を増加させ、細胞質タンパク質を細胞膜へ一時的にターゲティングさせる役割を持つ。さらに、パルミトイル化はタンパク質を脂質ラフトなどの膜微小ドメインに繋ぎ留め、タンパク質の活性、安定性、および多タンパク質複合体形成を調節する重要な機能を持つことが知られている。パルミトイル化はがんを含む様々な疾患で頻繁に異常調節されることが報告されているが、パルミトイルチオエステル結合の不安定性と脱パルミトイル化サイクルの速さから、パルミトイルペプチドの検出は従来の質量分析では困難であり、大規模なプロファイリングが制限されてきた Zhou et al. JProteomicsBioinform 2014。この技術的な課題が、パルミトイル化の生物学的役割の完全な解明を妨げてきた。
細胞外小胞(EV)は、がんの進行において重要な役割を果たす膜結合粒子であり、循環バイオマーカーの有望な供給源として注目されている。EVは脂質二重膜を豊富に含む粒子であるため、パルミトイル化タンパク質はEVの生合成や積荷選別において、EVへの動員に重要な役割を果たす可能性が指摘されていた。インシリコ解析では、EVがSwissPalmデータベースに登録されたパルミトイル化タンパク質の13.2%を含み(細胞の4.3%の約3倍)、特に差次的発現タンパク質において、大型EV(L-EV)で43%、小型EV(S-EV)で32%がパルミトイル化タンパク質の候補と予測されていた。しかし、EVのパルミトイルプロテオームを網羅的に解析した研究はこれまで存在せず、この分野には大きな知識ギャップが残されていた。EVの分類と特性評価に関する国際的なガイドラインであるMISEV2018も、EVの異質性を強調し、その生合成と機能の理解にはさらなる詳細な分子解析が必要であると指摘している Thery et al. JExtracellVesicles 2018。
前立腺がんにおいては、L-EV(ラージオンコソーム)とS-EV(エクソソーム)が機能的に異なることが既に明らかになっている Minciacchi et al. Oncotarget 2015。L-EVは細胞膜からの直接的な出芽によって形成されることが多く、S-EVはエンドソーム経路に由来するエクソソームと、細胞膜からの出芽に由来する小型のエクトソームの両方を含むとされている Colombo et al. AnnuRevCellDevBiol 2014。これらのEVサブタイプのパルミトイルプロテオームを比較することは、EVの生合成機序とがん特異的バイオマーカーの解明に重要な情報を提供することが期待された。特に、パルミトイル化がEVへのタンパク質選別においてどのような役割を果たすのか、また、特定の疾患バイオマーカーの検出にどのように応用できるのかは未解明であった。本研究は、この知識の不足を埋めることを目的とする。
目的
本研究の目的は、前立腺がん細胞株(PC3およびDU145 DIAPH3-KD)由来の大型細胞外小胞(L-EV)と小型細胞外小胞(S-EV)について、改良型LB-ABE (Low-Background Acyl-Biotinyl Exchange) 法とラベルフリーLC-MS/MSを組み合わせた初の包括的パルミトイルプロテオーム解析を実施することである。具体的には、L-EV、S-EV、全細胞溶解液(WCL)、および膜分画(M)間でパルミトイル化タンパク質の分布の違いを比較し、各EVサブタイプに固有のパルミトイルプロテオームシグネチャーと、前立腺がん特異的なパルミトイル化タンパク質を同定することを目指した。さらに、パルミトイル化阻害剤2-ブロモパルミテート(2-BP)を用いた実験により、パルミトイル化がEVへのタンパク質積荷選別に果たす役割を検証することも目的とした。これにより、パルミトイル化がEVの生合成およびカーゴ選別を調節する翻訳後修飾であるという仮説を検証し、疾患バイオマーカーの選択的検出の可能性を探る。
結果
包括的パルミトイルプロテオームの初同定とEVにおける濃縮: LB-ABE法とLC-MS/MS解析により、FDR<0.01で合計2,408種のパルミトイル化タンパク質が同定された。高信頼度フィルタリング (n=2 replicates以上で検出、相対存在量5%以上) 後には2,133種のタンパク質が残った (Suppl. Table 1)。このうち1,803種はSwissPalmデータベースおよび/または先行研究で既知のパルミトイル化タンパク質であり、330種 (15.5%) は今回初めて同定された新規パルミトイル化タンパク質であった。新規同定タンパク質の約65%は、バイオインフォマティクスツールによってパルミトイル化システインが予測されていた。注目すべきことに、EVは細胞と比較してパルミトイル化タンパク質の割合が約3倍高く (細胞: 4.3% vs EV: 13.2%)、EVの膜富化組成がパルミトイル化タンパク質の濃縮を促進することが確認された (Suppl. Figure 1A)。全4画分 (WCL, M, L-EV, S-EV) で141種のタンパク質が高存在量で一致し、388種が可変存在量を示した。S-EVでは31種、L-EVでは98種がそれぞれ特異的に高存在量を示し、S-EVがL-EVよりも限定的なパルミトイルプロテオームシグネチャーを有することが示された (Figure 2e, f)。
L-EVとS-EVにおける異なる細胞内起源を反映したパルミトイルプロテオームシグネチャー: L-EVに富化されたパルミトイル化タンパク質は58種同定され、主に細胞質起源 (60.4%) であった。これらのタンパク質は、タンパク質局在調節、安定性維持、アクチン骨格組織化に関連する分子 (GSN, FSCN1, ACTR3, ROCK2, ANXA1, ARF1, CORO1B) が主体であった。また、分子シャペロン (HSP90AA1) やシャペロニン含有T複合体 (CCT2, CCT3, CCT4, CCT7) もL-EVで富化され、小胞輸送への関与が示唆された (Figure 4a, b)。一方、S-EVに富化されたパルミトイル化タンパク質は44種同定され、主に形質膜起源 (59.1%) であった。これらには、P型ATPaseスーパーファミリーのトランスポーター (ATP1A1, ATP1B1, ATP2B1)、陽イオントランスポーター (SLC12A2, SLC39A6, SLC46A1)、およびシグナル伝達関連タンパク質 (ANXA6, LPAR1, GNB1, LYN, NTSR1, OXTR, STX4) が含まれた (Figure 4a, b)。注目すべきことに、CD9はパルミトイル化タンパク質としてもS-EVで有意に富化されていた一方、CD81のパルミトイル化型はL-EVで有意に富化されており (Suppl. Table 1)、CD81が全タンパク質レベルではS-EVマーカーと分類されるのとは対照的であった。この結果は、パルミトイル化の状態が特定タンパク質のEV画分への選別を決定する可能性を示唆する。
前立腺がん特異的パルミトイル化タンパク質の同定: インシリコ解析で同定された92種の前立腺がん関連遺伝子のうち、EV画分で高存在量を示したものとして、STEAP1 (Six-Transmembrane Epithelial Antigen of the Prostate 1)、STEAP2、およびABCC4 (多剤耐性関連タンパク質4) が同定された。STEAP1はS-EVで優位に発現し、STEAP2とABCC4はL-EVで優位に発現した。これら3つのタンパク質は、TCGAデータベースにおいて、他臓器がんと比較して前立腺がんで特異的な高発現を示した (Figure 5c)。フローサイトメトリー解析により、これら3種のタンパク質がL-EV表面でも確認された (Figure 6d-f)。特に、STEAP1は高転移性PC3細胞由来EVで細胞自体と比較して強く発現していた (Figure 6a)。
2-BP阻害によるEV積荷へのパルミトイル化依存性の実証: パルミトイル化阻害剤2-ブロモパルミテート (2-BP) 10 µMでの処理により、STEAP1 (p=0.003) とSTEAP2 (p=0.001) のEV搭載量が有意に減少した (Figure 7a, b)。この結果は、パルミトイル化がこれら前立腺がん特異的タンパク質の脂質ラフト会合とEVへの積荷選別に必須であることを示唆する。ABCC4のEV搭載量には有意な変化は認められなかった (p=0.070)。また、Cav-1のEV搭載量は2-BP処理によって変化せず (Suppl. Figure 3C)、パルミトイル化が全てのタンパク質のEV積荷を一様に制御するのではなく、特定のタンパク質に選択的に作用することを示唆する。2-BP処理はEVの放出量 (n=2 replicates) や回収タンパク質量 (n=2 replicates) に影響を与えなかった (Figure 7d, e)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、L-EVとS-EVが細胞内の異なる区画を起源とすること(L-EVは主に細胞質・アクチン骨格関連、S-EVは主に形質膜・トランスポーター・シグナル伝達関連)を、パルミトイルプロテオームの観点から初めて実証した。この発見は、L-EVとS-EVが単なるサイズの違いだけでなく、生合成経路、分子組成、機能においても根本的に異なる別個の小胞クラスであるという見解を支持する。これまでのEV研究では、総タンパク質レベルでの解析が主流であったが、本研究はパルミトイル化という翻訳後修飾に焦点を当てることで、EVへのタンパク質選別の新たな側面を明らかにした。特に、CD81が総タンパク質レベルではS-EV(エクソソーム)のマーカーとして広く使用されているにもかかわらず、そのパルミトイル化型がL-EVに富化されるという知見は、従来のEVマーカーの解釈に新たな視点を提供するものであり、先行研究とは対照的である。このことは、パルミトイル化の状態が特定タンパク質のEV画分への積荷選別を決定しうることを示唆する。同様に、CD9のパルミトイル化型がS-EVに富化されていることは、テトラスパニンのパルミトイル化がEV生合成におけるテトラスパニン濃縮微小ドメイン (TEM) 形成に関与するという既存の仮説と一致する。
新規性: 本研究で初めて、前立腺がん細胞由来のL-EVとS-EVのパルミトイルプロテオームを包括的に解析し、2,408種のパルミトイル化タンパク質を同定した。このうち330種(15.5%)は新規パルミトイル化タンパク質であり、EVにおけるパルミトイル化タンパク質の濃縮(細胞の約3倍)を初めて実証した。また、前立腺がん特異的なSTEAP1、STEAP2、ABCC4のEV搭載がパルミトイル化依存性であることも新規に示した。これは、これらのタンパク質のEVへの積荷が脂質ラフト会合を通じて促進されることを示唆する。STEAPs (Six-Transmembrane Epithelial Antigen of the Prostate) はがんの進行、酸化還元制御、鉄/銅代謝に関与する膜タンパク質であり、循環EVバイオマーカー候補としての価値とともに、パルミトイル化を標的とした治療的EV産生制御の可能性を示している。
臨床応用: パルミトイルプロテオミクスは、従来のプロテオミクスでは検出困難な膜タンパク質や脂質修飾タンパク質の解析に有力な手法であり、EV生合成機序の解明、がん特異的バイオマーカー開発、EVを利用した診断法の精密化に重要な基盤を提供する。本研究で同定された前立腺がん特異的パルミトイル化タンパク質は、液性生検における疾患バイオマーカーとして臨床応用される可能性を秘めている。特に、LB-ABE法は高存在量タンパク質の除去を可能にし、低存在量ながら生理学的に重要な疾患関連タンパク質の検出を促進する点で、診断的価値が高い。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究で同定された新規パルミトイル化タンパク質のパルミトイル化部位の特定と機能的意義の解明が挙げられる。また、パルミトイル化がEVへのタンパク質選別に果たすメカニズムを詳細に解析するため、特定のパルミトイルトランスフェラーゼや脱パルミトイル化酵素の関与を検証する必要がある。さらに、本研究で確立したLB-ABE+LC-MS/MSによるEVパルミトイルプロテオーム解析の枠組みを、他のがん種、EVサブタイプ、および生体液サンプル(例: 患者血漿)へ応用し、その汎用性と臨床的有用性を検証することが今後の研究の方向性となる。Limitationとして、本研究は主に前立腺がん細胞株由来のEVを対象としており、生体内の複雑な環境におけるパルミトイル化の役割を完全に反映しているとは限らない点が挙げられる。
方法
前立腺がん細胞株PC3(ATCCより入手)とDU145 DIAPH3-KD(DIAPH3 shRNA安定発現株、研究室で樹立)を、DMEMに10% FBS、2 mM L-グルタミン、1% PenStrepを添加した培地で培養した。EV産生細胞の生存率は、トリパンブルー排除法により99%以上であることを確認した。EVの単離は、18×150 cm²プレートで90%コンフルエントに培養後、24時間血清飢餓状態で条件培地を収集し、差速遠心法を用いて実施した。具体的には、300 gで浮遊細胞を除去、2,800 gで10分間遠心して細胞デブリを除去、その後10,000 gで30分間(4°C)遠心してL-EVを回収した。上清をさらに100,000 gで60分間(4°C)遠心してS-EVを回収した。回収されたL-EVおよびS-EVのペレットは、Optiprep密度勾配(5/15/25/30% iodixanol、100,000 g、3時間50分)を用いてさらに精製した(L-EV画分は1.10-1.15 g/mL、S-EV画分は1.10 g/mLの密度に回収)。精製されたEVの特性解析は、TRPS (Tunable Resistive Pulse Sensing) およびウェスタンブロッティング (WB) で実施した。
LB-ABE法では、まずタンパク質を50 mM TCEP (tris(2-carboxyethyl)phosphine) で還元した。次に、非パルミトイル化システイン残基を50 mM N-エチルマレイミド (NEM) と25 mM 2,2’-ジチオジピリジン (DTDP) で二段階ブロックした。その後、2 M中性ヒドロキシルアミン (Hyd) でパルミトイルチオエステル結合を切断し、1 mM biotin-HPDPでビオチン化を行った。ビオチン化されたパルミトイルタンパク質は、ストレプトアビジン親和精製により濃縮され、50 mM TCEPで溶出後、メタノール/クロロホルム沈殿法で回収された。L-EV 300 µg (n=3 replicates)、S-EV 250 µg (n=2 replicates)、全細胞溶解液 (WCL)、および膜分画 (M) をLB-ABEで処理後、FASP法 (Filter-Aided Sample Preparation) でトリプシン消化し、EASY-nLC1000とLTQ Orbitrap Eliteハイブリッド質量分析計 (2時間グラジエント) を用いてLC-MS/MS分析を行った。
質量分析データは、MaxQuant (v1.5.5.1) を用いてUniprot_Humanデータベース(2016年1月版、20,985配列)に対してAndromedaアルゴリズムで検索された(FDR<0.01)。高信頼度タンパク質は、2複製以上で検出され、かつ相対存在量が5%以上の条件でフィルタリングされた。統計解析には、rank productアルゴリズム、Studentのt検定、Stouffer法が用いられ、FDR<0.05を統計的有意性の基準とした。同定されたタンパク質の機能アノテーションは、SwissPalmデータベース、Ingenuity Pathway Analysis (IPA)、およびDAVID (Database for Annotation, Visualization and Integrated Discovery) ツールを用いて実施された Huang et al. NatProtoc 2009。パルミトイル化阻害実験では、2-ブロモパルミテート(2-BP、10 µM)をPC3細胞に24時間処理し、EVへのタンパク質搭載量への依存性をウェスタンブロッティングにより評価した。EV-TRACK知識ベース (EV-TRACK ID: EV190069) に関連データが提出された VanDeun et al. NatMethods 2017。