• 著者: Tsukasa Kadota, Yu Fujita, Jun Araya, Naoaki Watanabe, Shota Fujimoto, Hironori Kawamoto, Shunsuke Minagawa, Hiromichi Hara, Takashi Ohtsuka, Yusuke Yamamoto, Kazuyoshi Kuwano, Takahiro Ochiya
  • Corresponding author: Yu Fujita (The Jikei University School of Medicine, Tokyo, Japan); Takahiro Ochiya (Tokyo Medical University, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-08-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34377373

背景

特発性肺線維症 (IPF) は、その原因が不明であり、進行性かつ不可逆的な肺実質線維化を特徴とする難治性疾患である。患者の予後は極めて不良であり、中央生存期間は約3年と報告されている Raghu et al。既存の抗線維化薬であるピルフェニドン (PFD) とニンテダニブは、肺活量低下速度を有意に抑制するものの、線維化の完全な抑制や回復には至らず、疾患の進行を実質的に阻止する新たな治療アプローチが強く求められている King et al、Richeldi et al。これらの既存薬には限界があり、より効果的な治療法の開発が不足している。

IPFの病態生理には、発生期の肺遺伝子発現プログラムの異常な再活性化が関与することが広く示唆されている Chanda et al。特に、繰り返される肺胞上皮障害後の異常な創傷治癒過程において、TGFβ (transforming growth factor β) とWNTシグナリングが中心的な役割を担うことが確立されている。TGFβはSMAD2/3経路を介した古典的な線維化促進作用に加え、WNTリガンドの発現誘導を通じてβ-カテニンを介する古典的WNT経路、WNT-Ca2+経路、および平面内細胞極性 (PCP) 経路を活性化し、筋線維芽細胞分化や細胞老化を促進することが知られている Schafer et al。IPF肺では、気管支上皮の細気管支化 (bronchiolization) が特徴的な病理所見であり、老化した化生上皮細胞が線維芽細胞巣 (fibroblastic foci) を覆っていることが報告されている Chilosi et al。

間葉系幹細胞 (MSC) やII型肺胞上皮細胞 (ATII) の細胞注入療法は、IPFの実験モデルにおいて有望な抗線維化効果を示してきた Ortiz et al。しかし、スケーラビリティ、再現性、安全性、およびその作用機序の不明確さから、臨床応用には依然として多くの課題が残されている。一方、細胞外小胞 (EV: extracellular vesicle) がmiRNAやタンパク質などの生物活性分子を搭載し、細胞間コミュニケーションを媒介することが広く確立されている Kosaka et al。MSC由来EV (MSC EV) がMSCの再生・免疫調節効果を少なくとも部分的に担うことも示されている Lee et al。先行研究では、喫煙曝露を受けたヒト気管支上皮細胞 (HBEC: human bronchial epithelial cell) 由来EVが筋線維芽細胞分化を誘導することが報告されており Fujita et al、この知見を逆説的に解釈すれば、健常なHBEC由来EVが逆に抗線維化効果を持つ可能性が仮説として浮上した。この分野におけるHBEC EVの抗線維化作用に関する詳細なメカニズムは未解明であり、新たな治療戦略開発のための知識ギャップが存在する。

目的

本研究の目的は、正常なヒト気管支上皮細胞 (HBEC) 由来細胞外小胞 (EV) の抗線維化メカニズムをin vitroで詳細に解析することである。具体的には、TGFβ誘導性の筋線維芽細胞分化、細胞老化、およびWNTシグナリング経路に対するHBEC EVの影響を多角的に評価する。さらに、ブレオマイシン (BLM) 誘発肺線維症マウスモデルを用いて、HBEC EVのin vivoでの有効性を実証し、その治療的応用可能性を明らかにすることを目指す。本研究は、既存治療薬では対応できないIPFの進行を阻止する、より効果的な治療戦略の基盤を確立することを目指す。

結果

HBEC EVによるTGFβ誘導性筋線維芽細胞分化の強力な抑制: BEAS-2B EV、HBEC EV、HSAEC EVはいずれも、TGFβ誘導性のI型コラーゲンおよびα-SMAのLFにおける発現をWBおよび免疫蛍光染色で有意に抑制した (Figure 1b, c)。HBEC EV (10 µg/ml) は、PFD (10 µg/mlの臨床Cmax相当量) およびニンテダニブ (100 nM) よりも強力に筋線維芽細胞分化を抑制した (p<0.05)。HBEC EVには用量依存的な抑制効果も認められた (Figure 1e)。重要なことに、LF EV、HUVEC EV、THP-1 EV、およびがん細胞株EV (A549、PC9、PC14) はいずれも抑制効果を示さず、抗線維化活性が肺上皮細胞由来EVに選択的であることが示された (Figure 1d)。さらに、IPF患者由来LFにおいてもHBEC EVが筋線維芽細胞分化を有意に抑制し (p<0.05)、疾患線維芽細胞に対する有効性も確認された (Figure 1h)。この効果は、in vitro実験において、HBEC EV (n=3 replicates) がTGFβ1刺激によるI型コラーゲンおよびα-SMAの発現をPBS対照と比較して有意に抑制したことからも裏付けられる。

細胞老化の選択的抑制: HBEC EVは、TGFβ誘導性のp21発現上昇およびSA-β-gal (senescence-associated β-galactosidase) 染色陽性化 (細胞老化マーカー) を、HBECおよびIPF由来LFにおいて有意に抑制した (p<0.05-0.001) (Figure 1f, g, i)。この老化抑制効果は、MSC EVやHSAEC EVよりも優れていた。IPF LF (n=3 donors) においても、TGFβ誘導性p21発現がHBEC EVにより有意に抑制された (p<0.05)。HBEC EV処理により、HBECのSA-β-gal陽性細胞の割合はTGFβ単独処理群の約40%から約15%へと減少した (p<0.001)。

WNT/β-カテニン選択的阻害機序の解明: SMAD2/3、PI3K/AKT、MAPK、NOX4シグナルへの影響を解析したところ、HBEC EV処理によりこれらは抑制されず (MAPK、AKTはわずかに活性化)、WNT/β-カテニンシグナリングのみが選択的に抑制された (p<0.05) (Figure 2a, S2A)。核/細胞質分画では、TGFβ処理によって核および細胞質両分画のβ-カテニンが増加したが、HBEC EVはいずれも有意に抑制した (p<0.001) (Figure 2b)。RNA-seq解析では、TGFβ経路、細胞外マトリックス、コラーゲン線維形成関連遺伝子がGSEAにより下方調節されることが確認された (Figure S2D, E)。WNT/β-カテニン古典的経路の複数のリガンドおよび標的遺伝子の転写が抑制されたのみならず、WNT-Ca2+経路およびPCP (平面内細胞極性) 経路の必須成分も同時に抑制された (Figure 2c, d)。これらの結果は、HBEC EVがWNTシグナル経路を介して筋線維芽細胞分化を抑制することを示唆する。

miRNA積荷の機序的役割の実証: HBEC EVの上位30 miRNAのうち25種がIPF肺で低発現 (GEO GSE32538、IPF/UIP 106例 vs 非疾患50例) であり、健常肺で多く発現するmiRNAがIPFで失われていることを示した (Figure 3c)。DIANA-mirPath解析では、HBEC EVの上位30 miRNAの主要ターゲットパスウェイとしてWNT、TGFβ、FoxO、Hippoシグナリングが同定された (Figure 3d)。機能的トランスフェクション実験により、miR-26a/26b/141/200aのミミックはLF (n=3 replicates) のWNT5A発現を約0.5-foldに、miR-16/148aのミミックはWNT10BおよびWNT3A発現をそれぞれ有意に抑制することが確認され (p<0.05)、HBEC EV搭載miRNAが複数のWNTリガンドを同時に標的とすることで抗線維化効果を発揮する機序が明らかになった (Figure 4g, h, i)。HBEC EV処理後のLFにおいて、これらの候補miRNAの発現レベルが有意に増加しており (miR-16で約2.5-fold増加、p<0.001)、miRNAが受容細胞であるLFに効率的に転送されていることが示された (Figure 4j)。

in vivo:ブレオマイシン肺線維症モデルでのAshcroftスコア改善: BLM誘発肺線維症マウスモデル (n=16 mice/group) において、HBEC EVの気管内投与はAshcroftスコアを有意に改善した (BLMコントロール群 5.8±1.0 vs BLM+HBEC EV群 3.3±1.5、p<0.05) (Figure 6c)。ハイドロキシプロリン量もHBEC EV投与群で有意に減少した (p<0.05) (Figure 6e)。HBEC EV群はBM-MSC EV群よりも優れた抗線維化効果を示した。免疫組織化学染色により、β-カテニン、p21、p16の発現低下が確認された (Figure 6f)。血液生化学検査では毒性所見は認められなかった。PKH67標識HBEC EVは気管内投与翌日に肺組織内に取り込まれていることが確認され、EV投与経路の妥当性が支持された (Figure S6B)。

考察/結論

本研究は、正常なHBEC由来EVがTGFβ誘導性の筋線維芽細胞分化と細胞老化を、既存薬であるPFDやニンテダニブよりも強力に抑制することを示した初の研究である。この知見は、IPFに対する細胞フリー吸入療法という新たな治療コンセプトを提示するものである。

新規性: 本研究で初めて、HBEC EVの抗線維化作用がWNT/β-カテニンシグナルの選択的阻害を介して発揮されることを明らかにした。TGFβ刺激はSMAD経路のみならずWNTリガンド発現誘導を介してβ-カテニン核移行を促進するが、HBEC EVはSMAD、MAPK、AKT、NOX4への影響なしにWNT古典的および非古典的経路の両方を選択的に遮断した。この選択性は、HBEC EVに搭載されたmiRNA (miR-16、miR-26a/26b、miR-141、miR-148a、miR-200a) がWNT5A、WNT10B、WNT3Aといった複数のWNTリガンドを同時に標的とする多重制御によるものと考えられる。

先行研究との違い: これまでの研究ではMSC EVの抗線維化効果が報告されてきたが、本研究ではHBEC EVがMSC EVよりも強力な抗線維化作用を示すことをin vitroおよびin vivoの両方で実証した点で、これまでの報告と異なる。また、HBEC EVに搭載されたmiRNAプロファイルがIPF肺で低発現であるという知見は、これらのmiRNAがIPFの発症・進行に関与する可能性を示唆するとともに、健常HBEC EV投与がその欠乏を補完することでIPF微小環境を正常化するという治療コンセプトの生物学的基盤となる。

臨床応用: EVを用いた細胞フリー療法は、細胞注入に比べてスケーラビリティ、再現性、安全性に優れ、凍結保存や品質管理が容易であるという実用的な優位性がある。気管内投与によるEVの肺内取り込みが確認されたことは、吸入製剤としての開発可能性を強く支持する。IPF患者由来の肺線維芽細胞においてもHBEC EVが筋線維芽細胞分化と細胞老化を有意に抑制したことは、HBEC EVがIPFの臨床現場において有効な治療選択肢となる可能性を示唆する。

残された課題: 今後の検討課題として、まずGMP (Good Manufacturing Practice) 準拠のHBEC EV製造工程の確立、最適投与量および投与スケジュールの決定、ならびに臨床試験デザインの策定が挙げられる。また、本研究ではmiRNAの役割に焦点を当てたが、HBEC EVが運ぶ他の非miRNA成分 (タンパク質など) が抗線維化メカニズムに寄与する可能性も残されている。TGFβは多様な下流の調節因子を標的とするため、HBEC EVによるTGFβ作用の阻害メカニズムはWNTクロストークに限定されない可能性があり、他のメカニズムも調査すべきである。さらに、TGFβはIPFにおける肺線維症の唯一のドライバーではないため、TGFβ-WNTクロストークの調節以外のHBEC EVの抗線維化メカニズムも検討する必要がある。細胞培養システムの技術的制約により、肺胞上皮細胞に対するHBEC EVの抗老化特性を決定できなかった点、およびIPFサンプル収集の限界から、IPF肺上皮細胞を用いた抗老化現象を検証できなかった点もlimitationである。これらの課題を克服し、HBEC EVの薬理学的特性をIPFサンプルを用いてさらに詳細に検討することが、臨床応用に向けて極めて重要である。本研究は、HBEC EVのIPF治療への応用可能性を初めて実証し、肺上皮細胞由来のTGFβ-WNT軸を標的とするmiRNA搭載EV療法という新規治療戦略の基盤を提供するものである。

方法

細胞株・一次培養細胞の準備とEV単離: HBEC (Lonza社購入または自施設単離、1次から4次気管支由来)、BEAS-2B細胞、HSAEC (ヒト小気道上皮細胞、末梢肺組織より単離)、骨髄由来MSC (BM-MSC、理化学研究所細胞バンク)、正常ヒト皮膚線維芽細胞 (NHDF)、および肺線維芽細胞 (LF: 非IPF由来およびIPF患者由来) を使用した。HBEC EVの産生は、50-80%コンフルエントの10cmディッシュで48時間新鮮なBEGM (Bronchial Epithelial Growth Medium) 中で培養後、条件培地から超遠心法 (35,000 rpmで70分または44,200 rpmで45分) でEVを単離し、PBSで洗浄後再懸濁した。EVの特性解析は、ウェスタンブロッティング (WB) (CD9、CD63、CD81、Hsc70、Tom20)、ナノ粒子トラッキング解析 (NTA: nanoparticle tracking analysis) (NanoSightシステム)、クライオ位相差透過型電子顕微鏡 (TEM)、およびサイズ排除クロマトグラフィー (SEC) (EVSecond L70、GL Sciences) を用いて行い、MISEV2018 (Minimal Information for Studies of Extracellular Vesicles) 基準に準拠した Théry et al. JExtracellVesicles 2018

in vitro評価: LFまたはHBECにTGFβ1 (2 ng/ml) を72-96時間刺激後、WB (I型コラーゲン、α-SMA、β-actin、p21、p16、β-カテニン、活性型β-カテニン、ヒストンH3) と免疫蛍光染色で筋線維芽細胞分化および細胞老化を評価した。HBEC EVは10 µg/ml (2×10⁹粒子/ml) の濃度で使用した。既存薬であるPFD (10 µg/mlおよび500 µg/ml) とニンテダニブ (100 nMおよび1,000 nM) との比較実験も実施した。シグナリング解析では、SMAD2/3、PI3K/AKT、MAPK、WNT/β-カテニン、およびNOX4経路をWBで評価し、核/細胞質分画によりβ-カテニンの核移行を確認した。RNA-seq (Illumina HiSeq 2500、GRCh38、TopHat2+Cuffdiff) とmiRNA-seq (QIAseq miRNA Library Kit、Illumina NextSeq 500、miRBase 21) を用いて、包括的なトランスクリプトームおよびmiRNAプロファイルを解析した。GSEA (Gene Set Enrichment Analysis) とDIANA-mirPath v3.0ソフトウェアを用いてパスウェイ解析を実施した。miR-16、miR-26a/26b、miR-141、miR-148a、miR-200aのmiRNAミミックをリポフェクタミントランスフェクション (30 nM) により導入し、機能を確認した。質量分析 (nanoLC+Q Exactive Plus、MASCOT) によりEVプロテオームを解析した。

in vivo評価: C57BL/6Jマウス (Charles River社) にブレオマイシン (BLM、2.5 U/kg) を気管内投与後、7日目と14日目にHBEC EV、BM-MSC EV、NHDF EV (各2.0×10⁹粒子/body) を気管内投与した。対照群としてPBS投与群とBLM単独投与群を設定した。17日目に肺組織 (Ashcroftスコア、H&E染色、マッソントリクローム染色、免疫組織化学 [β-カテニン、p16、p21]) と左肺のヒドロキシプロリン量を評価した。血液生化学検査により毒性評価を行った。PKH67標識HBEC EVを気管内投与し、翌日の肺組織での取り込みを確認した。統計解析はStudentのt検定、またはANOVA (analysis of variance) 後にTukeyまたはDunnettの多重比較検定を用い、p<0.05を有意差ありと定義した。