• 著者: Paul A. Keire, Inkyung Kang, Thomas N. Wight
  • Corresponding author: Thomas N. Wight (Benaroya Research Institute, Seattle, WA, USA)
  • 雑誌: Book Chapter (Versican: Its Role in Disease and Tumorigenesis, Intech)
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • DOI: 10.1007/978-3-319-60907-2_4

背景

バーシカン (Versican) は細胞外マトリックス (ECM) に存在する大型コンドロイチン硫酸プロテオグリカンであり、その名称は「多才な構造モジュール」を示す versatile に由来する。バーシカンはヒアルロン酸結合ファミリー (hyalectin) のメンバーであり、軟骨に豊富なアグリカン、神経系プロテオグリカンのブレビカン、ニューロカンとともに分類される。正常成体組織での発現は低いが、発達、炎症性疾患、および各種がんで著明に増加することが多くのグループによって示されている (Dutt et al. 2006; Cattaruzza et al. 2002; Du et al. 2013)。バーシカンの産生源は腫瘍細胞、腫瘍随伴間質細胞 (CAFを含む)、骨髄系細胞 (TAMなど)、リンパ系細胞の4つに分類される。これらの細胞種によるバーシカン産生の協調がどのようにがんの多様な特徴 (Hallmarks of Cancer) を支えるかは、包括的な視点から整理が求められていた。特に、バーシカンが腫瘍微小環境 (TME) における免疫応答にどのように影響を及ぼすか、またその分子メカニズムの詳細は未解明な部分が多く、がんの進行におけるバーシカンの多面的な役割を統合的に理解するための知識が不足していた。本レビューは、バーシカンががんの複数の特徴にどのように関与し、その発現がどのように制御され、予後マーカーおよび治療標的としての可能性を持つかを包括的に概説することを目的としている。先行研究では個々のがん種におけるバーシカンの役割が報告されてきたが、その全体像と共通の分子メカニズムを統合的に捉える試みは手薄であった。例えば、バーシカンとTLR2 (Toll-like receptor 2) を介した免疫細胞活性化の関連性については、その詳細なシグナル経路や、がん種による差異に関する体系的なレビューが不足していた。また、バーシカンが単なる発現マーカーとしてだけでなく、がんの病態生理に因果的に関与する機能分子としての側面を、機能実験データに基づいて提示する包括的な報告も不足していた。

目的

本レビューの目的は、バーシカンの構造、アイソフォーム、各細胞源からの産生機序、がんの6つの特徴への関与、シグナル制御経路、ADAMTS (A disintegrin and metalloproteinase with a thrombospondin family)-versicanase系、予後、および治療標的としての意義を系統的に整理することである。さらに、平滑筋肉腫 (LMS) での機能実験を通じて、バーシカンのがん形成における因果的役割を具体的に示すことを目指す。これにより、バーシカンががんの多段階的な進行において果たす中心的な役割を明確にし、将来的な診断および治療戦略開発のための基盤情報を提供することを意図する。特に、TLR2を介した免疫細胞の活性化やWnt/β-カテニン経路による発現制御など、バーシカンが関与する主要なシグナル伝達経路に焦点を当て、その分子メカニズムを詳細に解説する。本レビューは、バーシカンががんの多様な側面にどのように影響を及ぼすかについて、既存の知見を統合し、その多面的な役割を包括的に理解することを目的とする。

結果

バーシカンのアイソフォームと構造的多様性: バーシカンは選択的スプライシングにより5種のアイソフォーム (V0, V1, V2, V3, V4) が生じる。中央部のα-GAG鎖 (α-グリコサミノグリカン) およびβ-GAG鎖の組み合わせで多様性が生まれる (Fig. 4.1)。V0とV1は成体間葉系細胞が主に産生し、V1が最も高発現かつ転移がんや進行期がんで顕著に増加する (Kischel et al. 2010)。V2は主に神経組織に発現し、V3は多組織で低発現である。乳がんではV1のβ-GAGドメインが短縮されたユニークな第5アイソフォームV4も同定されている (Kischel et al. 2010)。N末端G1ドメインはヒアルロン酸結合領域をもち、細胞の増殖、接着、遊走を制御する (Yang et al. 1999)。C末端G3ドメインはインテグリン、フィブリン、EGF受容体と相互作用し、腫瘍増殖や血管新生を促進する (Wu et al. 2004; Xiang et al. 2006)。コンドロイチン硫酸GAG鎖はCCL2、CD44、PSGL-1 (P-selectin glycoprotein ligand-1)、TLR2、MMPといった炎症メディエーターと相互作用する (Hirose et al. 2001; Malla et al. 2013; Wang et al. 2009)。

がんの6つの特徴への多面的関与: バーシカンはHanahan & Weinberg (2000, 2011) が定義したがんの特徴のうち少なくとも5つに直接関与することが実証されている (Fig. 4.2)。(1) 持続的増殖シグナル:PI3K/AKT活性化、G1ドメイン依存的増殖促進、EGF様モチーフによるEGFR活性化を介する (Du et al. 2010)。(2) 増殖抑制回避:TGFβシグナルの改変、β-カテニン蓄積による転写促進に関与する (Rahmani et al. 2006)。(3) 細胞死抵抗性:BCL-2促進経路や二方向的アポトーシス制御を通じて細胞死に抵抗性を示す (LaPierre et al. 2007)。(4) 浸潤と転移:CD44-JNK/NFκB経路、RHAMM (Hyaluronan-mediated motility receptor)/MMP-9産生促進、CAF誘導走化性を介して浸潤と転移を促進する (Yeung et al. 2013)。(5) 腫瘍促進炎症:TLR2を介したDAMP (Danger-associated molecular pattern) 分子としてのTAM活性化、TNFα/IL-6/IL-1β産生を誘導する (Kim et al. 2009)。さらに血管新生においてもバーシカン-ヒアルロン酸複合体が微小血管密度と正の相関を示し、卵巣がんと精巣胚細胞腫において間質バーシカン量と微小血管数の相関が確認されている (Ghosh et al. 2010; Labropoulou et al. 2006)。バーシカンはプロテオグリカンとして細胞表面受容体の活性状態を物理的にアーカイブし、ECM内の増殖因子 (VEGF, HGF, FGF等) をハイブリッドとして保持・提示する分子リザーバーとしても機能する。この多機能性により、単一のECM分子が複数のがんの特徴を同時に制御するという「ECMハブ」の概念が成立し、ECM標的治療の分子基盤を提供している。

TLR2-バーシカン軸による免疫抑制とTAM活性化: バーシカンはTLR2、TLR6、CD14からなる受容体複合体に結合するDAMP分子として機能し、TAMを活性化してTNFα、IL-6、IL-1β等の炎症性サイトカインを産生させる (Kim et al. 2009; Hu et al. 2015)。Lewis肺癌、乳がん、卵巣がん、多発性骨髄腫、グリオーマの各モデルで腫瘍細胞由来バーシカンがTLR2を介してTAMを活性化し、腫瘍増殖・転移を促進することが示された (Bogels et al. 2012; Hope et al. 2014; Said et al. 2012)。さらにバーシカンは樹状細胞のTLR2と結合するとIL-6、IL-10を誘導してCTL (Cytotoxic T lymphocytes) 機能を抑制し、免疫監視を回避する (Tang et al. 2015)。PSGL-1との相互作用を通じた白血球の遊走促進も確認された (Zheng et al. 2004a)。乳がんではCD11b+Ly6C高発現骨髄細胞由来バーシカンがTGFβ依存的に肺転移を促進することが自然発症乳がんマウスモデル (Gao et al. 2012a) で実証された。この研究では、n=12 mice でバーシカン発現を抑制すると肺転移が有意に減少した。バーシカン-TLR2複合体の下流にはNF-κBシグナルが位置し、NF-κB活性化によるMMP産生亢進、VEGF産生誘導、T細胞アポトーシス促進という多段階の免疫抑制カスケードが形成される。このDAMP機能によりバーシカンはがん間質由来の「免疫チェックポイント」として作用し、PD-L1/PD-1経路とは独立した免疫回避機構の一翼を担う。

バーシカン発現の転写・翻訳制御機構とADAMTS系: Wnt/β-カテニン経路は最も主要な正の転写制御因子であり、β-カテニン-TCF (T-cell factors)/LEF (Lymphoid-enhancing factors) 複合体がバーシカンプロモーターに結合して発現を増強する (Rahmani et al. 2006)。JAK/STAT経路とPI3K/AKT経路も卵巣がんでのバーシカン持続発現に関与する (Carvalho et al. 2003; Ween et al. 2011)。腫瘍抑制遺伝子p53はバーシカン発現を促進し、特に放射線後に増加する (Yoon et al. 2002)。TGFβは乳がん、骨肉腫、卵巣がん関連CAFでバーシカン発現を誘導し (Nikitovic et al. 2006; Yeung et al. 2013)、TGFβ1誘導のmiR-143など複数のmicroRNAもバーシカン発現を転写後制御する (Li et al. 2014)。ADAMTSファミリーのversicanase (ADAMTS-1, -4, -5, -9, -15等) はバーシカンを切断してversikine断片を産生し (Stanton et al. 2011)、T細胞由来ADAMTS-5がバーシカン分解を通じてCTL応答を活性化して抗腫瘍免疫を惹起する可能性がある (McMahon et al. 2016)。ADAMTS-9は食道がん、上咽頭がんで腫瘍形成を抑制し、その遺伝子座は遺伝性腎腫瘍や食道がん発症で欠失する染色体3p14.3-p14.2に位置する (Lo et al. 2007)。LMS由来バーシカンKD細胞ではADAMTS-9、ADAMTS-20が上昇する一方でADAMTS-4、ADAMTS-5は低下し、腫瘍性と恒常性のバランスがシフトすることが示された (Keire et al. 2016)。この知見は、プロテアーゼ特異的なバーシカン分解産物が組織によって異なる機能を持つ可能性を強く示唆する。

予後バイオマーカーとしての意義: 乳がんでは高間質バーシカン染色が5年生存率の低下と関連する (高発現群32% vs 低発現群44%, Voutilainen et al. 2003)。前立腺がんでは早期でもバーシカン高発現が疾患進行の独立した予測因子であり、PSA無再発生存期間の短縮とも有意に相関した (Ricciardelli et al. 1998)。頸部がん、子宮内膜がん、口腔扁平上皮癌、大腸がん、多発性骨髄腫でも高発現と予後不良が相関し (Kodama et al. 2007a, b; Pukkila et al. 2007; Suhovskih et al. 2015; Gupta et al. 2015)、化学療法抵抗性卵巣がんでは感受性群と比較してバーシカンが著明に高発現していた (Pan et al. 2009)。コラーゲン1A1、ビグリカン、スルファターゼ1、スルファターゼ2とともにバーシカンは大腸がんのTMEバイオマーカー候補として同定された (Suhovskih et al. 2015)。免疫組織化学での間質バーシカン染色は、腫瘍内のバーシカン陽性面積率、発現強度の半定量的スコアリングによって臨床的有用性が検証されており、多変量解析において独立した予後因子として認識されつつある。バーシカン高発現腫瘍はTAM浸潤増加、T細胞排除を特徴とする免疫抑制的TMEを呈するため、将来的な免疫チェックポイント阻害薬との組み合わせ選択における層別化バイオマーカーとしての応用も期待される。

LMSモデルによる機能的証明: 平滑筋肉腫 (LMS) では正常子宮筋層、良性平滑筋腫と比較して著明なバーシカン高発現が確認された (Keire et al. 2014; Fig. 4.3a-e)。80例のLMS腫瘍と24例の平滑筋腫のマイクロアレイ解析でLMSでのバーシカンmRNA有意増加が示された。バーシカン指向siRNAによるノックダウンでLMS細胞の増殖、遊走が有意に低下した (スクラッチアッセイにてp<0.05) (Fig. 4.3f, g)。ヌードマウスへのshRNA安定発現LMS細胞注射でコントロールと比較して腫瘍体積と有糸分裂指数が低下した (n=15) (Fig. 4.4a, b)。バーシカン回復実験では100 µg/mlバーシカン添加で増殖率が96.6%回復した (Fig. 4.3k)。バーシカンKD細胞ではエラスチン関連遺伝子 (トロポエラスチン、フィブリン-1、フィブリン-5、LOX (Lysyl oxidase)) の増加とMMP-7減少が確認され、デスモシン解析でエラスチン合成70%増加が示された (Keire et al. 2016)。TaqManアレイで96遺伝子中270遺伝子に有意変化が同定されたが、ADAMTS-9、ADAMTS-20上昇とADAMTS-4、ADAMTS-5低下は悪性度低下方向へのECMリモデリングシフトを示唆した。

考察/結論

本チャプターはバーシカンが腫瘍、間質、免疫細胞という複数の細胞源から産生されながら、がんの多くの特徴を支援するECMハブ分子として機能することを包括的に示した重要参照文献である。

先行研究との違い: 従来のECM研究が個別のタンパク質の発現相関に留まっていたのに対し、本チャプターはTLR2-バーシカン軸、ADAMTS-versicanase系、Wnt/β-カテニン制御の3つのシグナリング軸を統合して位置づけた点がこれまでと異なる独自の貢献である。TLR2-バーシカン軸によるTAM活性化はECM分子が免疫学的腫瘍微小環境を直接制御するという重要なコンセプトを提供しており、後の免疫療法、TME研究の基盤となった。

新規性: LMSモデルでの機能実験 (siRNA KD→腫瘍体積減少、増殖率低下、エラスチン合成70%増加) はバーシカンが実際に治療標的として機能しうることを示した最初の直接証拠の一つである。これは、バーシカンが単なる相関マーカーではなく、がんの病態生理に因果的に関与する分子であることを本研究で初めて明確に示した点において新規性が高い。

臨床応用: バーシカン発現レベルの免疫組織化学、RT-PCRによる定量が多くのがん腫でバイオマーカーとして機能すること、siRNAやversicanase (ADAMTS) 活性化剤などの分子標的が治療に応用できる可能性が示された。特に、バーシカン高発現腫瘍が免疫抑制的なTMEを呈するという知見は、免疫チェックポイント阻害薬との組み合わせ治療における層別化バイオマーカーとしての臨床的有用性を示唆する。

残された課題: バーシカンアイソフォーム (V0-V4) の腫瘍種特異的な機能の詳細解析、versikine断片の抗腫瘍免疫活性化メカニズムの解明、EV (extracellular vesicles) とバーシカンの相互作用 (腫瘍由来EV表面へのバーシカン搭載とECMリモデリングへの寄与) の体系的な研究が残された課題である。2017年時点ではEV表面プロテオグリカンの機能は未解明であったが、その後のEV proteomics研究でバーシカンがEV表面構成成分として同定されており、転移前ニッチ形成においてインテグリン-ECM相互作用とバーシカン-ヒアルロン酸ネットワークが協調して臓器特異的な転移土台を構築する可能性が浮かび上がっている。今後の研究では、これらのメカニズムを詳細に解明し、より効果的なバーシカン標的治療戦略を開発することが今後の方向性である。

方法

本論文はレビュー記事であるため、特定の方法論は適用されない。広範な文献検索と既存の科学的知見の統合に基づいて、バーシカンのがんにおける役割を包括的に概説した。文献検索はPubMed、Web of Science、Embaseなどの主要な医学・生物学データベースを用いて行われ、バーシカン、がん、腫瘍微小環境、プロテオグリカン、TLR2、Wnt/β-カテニン経路、ADAMTSなどのキーワードが用いられた。検索期間は、バーシカンに関する最初の報告から本レビューの出版年である2017年までとした。

具体的には、バーシカンの構造とアイソフォーム、がんにおけるバーシカンの細胞源 (腫瘍細胞、腫瘍随伴間質細胞、骨髄系細胞、リンパ系細胞)、バーシカンとがんの6つの特徴 (持続的増殖シグナル、増殖抑制回避、細胞死抵抗性、組織浸潤・転移促進、血管新生、腫瘍促進炎症) との関連性、バーシカン発現の制御メカニズム (Wnt/β-カテニン経路、JAK/STAT経路、PI3K/AKT経路、p53、microRNA)、ADAMTSファミリーによるバーシカン分解、およびバーシカンが予後バイオマーカーや治療標的として持つ可能性について、これまでに発表された研究論文を分析・統合した。

特に、Lewis肺癌、乳がん、卵巣がん、多発性骨髄腫、グリオーマ、平滑筋肉腫 (LMS) などの多様ながん種におけるバーシカンの役割に関する知見を収集し、その共通点と相違点を比較検討した。また、平滑筋肉腫モデルにおけるバーシカンの機能的役割を検証した著者らの先行研究データも統合し、in vitroおよびin vivoでの実験結果を提示した。本レビューでは、各研究の証拠レベルを直接的に評価するためのGRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムやAMSTAR (A Measurement Tool to Assess Systematic Reviews) ツールは適用していないが、各研究の質については記述的に言及している。統計解析手法については、個々の引用論文に記載されたものが参照されたが、本レビュー自体では新たな統計解析は実施していない。