- 著者: Winston Patrick Kuo, Shidong Jia (編者); 第1章: Mingyi Shang, John S. Ji, Chao Song, Bao Jun Gao, Jason Gang Jin, Winston Patrick Kuo, Hongjun Kang; 第2章: Kuo WP, Tigges JC, Toxavidis V, Ghiran I; 計35章・国際多施設共著
- Corresponding author: Winston Patrick Kuo (CloudHealth Genomics, Ltd., Shanghai; Westchester Biotech Project, Asbury Park, NJ, USA)
- 雑誌: Methods in Molecular Biology (Springer Protocols / Humana Press)
- 発行年: 2019
- Epub日: N/A
- Article種別: Protocol
- DOI: 10.1007/978-1-4939-7253-1
背景
細胞外小胞 (extracellular vesicles; EV) は、直径約30〜1000 nmの膜由来粒子であり、エクソソーム (エンドソーム経路由来、約30〜150 nm)、マイクロベシクル/エクトソーム (細胞膜直接出芽由来)、アポトーシス小体の3カテゴリに大別される。EVは核酸 (DNA・mRNA・miRNA・ncRNA)・タンパク質・脂質を内包し、近接・遠隔の細胞間コミュニケーション媒体として機能する。健常・病態双方において、EVは免疫応答の活性化/抑制、細胞増殖、がん転移など多様な生理学的役割を担うことが報告されている (Shang et al. 2019)。
EVの生合成は古典的エンドサイトーシス経路に依存する。細胞膜がクラスリン被覆ピットを通じて内側に陥入し輸送小胞を形成後、早期エンドソームから後期エンドソーム (多小胞体; MVB) へと成熟する。ESCRT複合体 (ESCRT-0/I/II/III) がユビキチン化タンパクを認識・仕分けして腔内小胞 (ILV) を形成し、MVBが細胞膜と融合することで細胞外に放出される。放出されたEVの血中半減期は5〜10分であり、肝・脾・肺の組織常在マクロファージによって除去される (Choi and Lee 2016)。Rab4・5・11は早期エンドソーム、Rab7・9は後期エンドソームに存在し、エンドソーム成熟の分子マーカーとして機能することが知られている (Thery et al. 2002)。
従来の組織生検は侵襲性が高く、生検の約25〜50%しか下流解析に十分な材料が得られないという根本的制約があった (Shang et al. 2019)。一方、EVは血液 (血清・血漿)・尿・唾液・脳脊髄液・卵胞液・母乳・精液・肺胞洗浄液・涙液など多様な生体液から回収可能であり、スクリーニング、腫瘍内不均一性評価、治療応答モニタリング、微小残存病変検出を可能にする液体生検プラットフォームとしての臨床応用が急拡大している (Shang et al. 2019)。Precision Medicineの時代における本分野の重要性の高まりに対して、標準化された単離・定量プロトコルの整備が急務であったが、その技術的基盤は未確立であった。特に、多様な生体液や研究目的に応じた最適なEV単離・精製・キャラクタリゼーション手法の選択に関する包括的なガイドラインが不足しており、研究の再現性や比較可能性を阻害する要因となっていた。
目的
本プロトコル集は、EV研究に必要な技術的手順、具体的には単離、精製、キャラクタリゼーション、イメージング、ラベリング追跡、下流ゲノム/プロテオーム解析、各種生体液からの回収、幹細胞や寄生虫由来EV産生、マウスモデル応用、治療的利用に関する再現可能なプロトコルを提供することを目的とする。これにより、精密医療におけるEVの診断・治療的応用を加速させることを目指す。国際的専門家グループの知見を集約することで、単一技術では解決できない複合的EV研究課題への対応ガイドを提供し、EV研究の標準化と発展に貢献する。
結果
EV単離法の特性比較とプロトコル選択指針 (Part I): 超遠心法 (100,000〜120,000g、Momen-Heravi 2019) はEV単離のゴールドスタンダードであり最も広く用いられる手法である。生体液の50% PBS希釈とEDTA (0.3 μL/mL) 添加によりEV凝集を防止する。スピン時間が長すぎると共凝集タンパクが増加するため条件最適化が必要であり、Beckman Coulter社のk因子計算ツールによるローター変換が推奨される。逐次濾過法はEVの機能的完全性を保ちつつ大容量サンプル (200 mL以上) を処理できる点で、in vitro/in vivo機能アッセイを目的とする場合に優れた選択肢となる。Trans-membrane pressureを1.5〜2.0 PSIに制御し、5回ダイアフィルトレーション (各200 mL PBS) で自由タンパクを効率的に除去できる。紙基材フィルター法は装置不要で10 μLという極少量の血清からEVをカラーメトリック検出できる低コスト法として、ポイントオブケア診断への応用が見込まれる。磁気ビーズ法は表面マーカー特異的サブポピュレーション単離が可能で、少量の臨床検体や特定EVサブタイプ解析に適している。
SECによる精製の優位性 (Part II): SECカラムに血漿サンプルを負荷するとEVがタンパク質汚染から効率よく分離され、簡便・高再現性の点で推奨される。iodixanolはスクロースよりも粘度が低く、EV-ウイルス分離においてスクロースより優れた分解能を示す。密度勾配での収束には最大60時間を要するEVサブポピュレーションも存在するため、平衡達成時間は個々のEV種・ローター・チューブ長に応じて調整が必要である。PEGポリマー沈殿法はプロテオーム解析ワークフローに適したEV回収法として提示されており、複合精製プロトコルと用途に応じて使い分けることが推奨される。
キャラクタリゼーション手法の相補的運用 (Part III): 蛍光NTAは粒子径・濃度・蛍光標識の同時計測が可能で品質評価の中核手法となる。TEM/クライオTEMはEV形態を直接可視化し、NTAと組み合わせることでEV調製物の品質管理が実現する (Fig 3c, d)。ウエスタンブロットはCD9/CD63/CD81等のEVマーカーを確認するための標準的品質検証法であり、アルブミン等の血漿タンパク汚染検出にも使用される。表面プラズモン共鳴はEV表面のリガンド-受容体相互作用をリアルタイム定量でき、特異的EVサブポピュレーションの機能解析を可能にする。マイクロキャピラリーチップシステム (Chapter 17) は、微細加工デバイスを用いてEVの多項目解析を可能にし、高感度かつ高スループットなキャラクタリゼーションに貢献する。
生体液別プロトコルの最適化 (Part VII): 卵胞液は小容量かつ粘度・タンパク質含量が高く、密度勾配超遠心と商業キットとの比較評価を含む専用プロトコルが整備された (Chapter 26)。唾液はiodixanol密度勾配超遠心前にソニケーションと濾過の前処理が必要であり、EBV関連シグナルが第2分画に濃縮されることが示された (Chapter 27)。尿は膀胱がん診断を目的としたマイクロ流体デバイス (二重濾過) による非侵襲的EV検出プロトコルが確立されており (Chapter 29)、前立腺がんバイオマーカー (PCA-3・TMPRSS2-ERGキメラmRNA) のEV内検出実績と組み合わせて臨床活用が期待される。
RBC由来EVの特性 (第2章): 赤血球 (RBC) 保存中にCa2+上昇→スクランブラーゼ活性化→ホスファチジルセリン外葉露出→補体制御タンパク (CR1・CD55・CD59) 喪失という機序でEVが形成される。補体活性化 (MAC成分: C5b6、C7、C8、C9) により直径160〜180 nmの小胞が細胞溶解なしに産生されることが電子顕微鏡で確認された (Fig 3)。Percoll密度勾配によるRBCの新旧分離、コブラ毒因子による補体系の代替経路活性化実験でEV形成機序が実験的に示されている。補体制御機能低下はRBC輸血副反応リスクと関連し、EV解析が輸血医学に応用できることが示されている。ナノフローサイトメトリー解析では、補体活性化により250 nmのEVが細胞溶解なしに形成されることが示された (Fig 3a, b)。RBCの老化に伴い、新しいRBCはより大きく、古いRBCはより小さく、密度が高くなることが示された (Fig 1, Fig 2)。
治療応用事例 (Part X): DC由来EV cell-free vaccineの非小細胞肺がん維持免疫療法Phase I/II試験データが引用されており、EV担体を活用した免疫療法の最前線を示している。curcumin搭載EV・let-7a miRNA搭載EV (EGFR発現乳がん細胞への静脈内EV投与、GE11ペプチド-PDGFR膜貫通ドメイン融合タンパクによるターゲティング) の前臨床試験が記載されている。Delta-like 4・matrix metalloproteinasesを含む内皮細胞由来EVが血管新生を促進することも示されており、治療標的としての可能性が検討されている。
考察/結論
先行研究との違い: 本書は、EV研究の技術的多様性を35章、Part IからXという構成で単離から治療応用まで一貫したプロトコル集として整理した点で、これまでの単一技術に焦点を当てた先行研究や論文集とは一線を画している。Methods in Molecular Biology (Springer Protocols) シリーズにおいてEV分野を対象とした初期の包括的プロトコル書籍として、本書は2017年刊行時点のEV研究基盤を体系化した。超遠心法は既存の多くの研究で標準法として使用されてきたが、本書は逐次濾過法、SEC、磁気ビーズ法という代替手法を同等の詳細さで提示することにより、研究目的、施設環境、サンプル種別に応じた手法選択指針を示した。各単離法間での収量、純度、機能保持のトレードオフに関する横断的な比較視点は先行の単独技術論文では得られなかった独自性であり、本書の貢献として重要である。また、urine、saliva、follicular fluid等の生体液特異的プロトコルの個別収録により、生体液ごとの物性の違いに対応した実用的手順書としての価値が高い。
新規性: 本書は、EVの生合成から液体生検診断、多様な単離精製手法、各種生体液別プロトコル、DC由来EV cell-free vaccineの臨床試験事例までを系統的に収録した点で新規性を持つ。特に、赤血球由来EVの形成メカニズムに関する詳細な解析 (Kuo et al. 2019) や、マイクロ流体デバイスを用いた尿中EV検出プロトコル (Liang et al. 2019) など、これまで報告されていない具体的な技術的進展が多数含まれている。これにより、EV研究の新たな方向性を示し、精密医療におけるEVの診断・治療的応用への道筋を明確に提示した。
臨床応用: EVが包括的液体生検を可能にする非侵襲的プラットフォームとして位置づけられており、EGFR、KRAS、BRAF等ドライバー変異の非侵襲的モニタリングへの臨床応用が期待される。組織生検の25〜50%しか下流解析に使えないという制約と対比すると、EVベースの液体生検の臨床的優位性は明確である。治療応用については、DC由来EV vaccineのPhase I/II試験到達が本書刊行時点での最前線であり、EV担体を用いた薬物送達、免疫療法の臨床開発が今後の主流となることが見込まれる。新生児医療における治療的EV応用 (Willis et al. 2019) や腫瘍細胞由来EVの治療利用 (Liu et al. 2019) など、多様な疾患領域での臨床的有用性が示唆される。
残された課題: 超遠心法は長時間スピンによるタンパク共凝集、逐次濾過法は圧力管理の煩雑さ、磁気ビーズ法はコスト、SECは収量の問題といった各手法固有の限界が残存する。生体液ごとの粘度、タンパク質含量、EV濃度の違いに対応した前処理条件の標準化、および臨床グレードGMP準拠の大量製造システムの確立が今後の主要課題として挙げられる。EVと生体標的との相互作用の解明、安全性・有効性の確立、そして個別製剤化の実現も残された課題である。これらの課題を克服することで、EVの診断・治療ポテンシャルを最大限に引き出すことが可能となる。
方法
書籍構成・全体設計: 本書は全35章から構成され、Part IからXまでの系統的な構造を持つ。各チャプターは国際的専門家グループが担当し、Abstract、Key Words、Introduction、Materials、Methods、Notesの統一フォーマットで記述されている。35章を通じた複数技術の組み合わせを提示する複合的プロトコル集として設計されており、読者が自身の研究目的に応じて適切な手法を選択・組み合わせることを可能にする。
Part I 単離 (5手法、Chapter 3〜7):
- 超遠心法 (Chapter 3、Momen-Heravi 2019): 逐次遠心 (300g×10分: 死細胞除去→10,000〜20,000g×20〜30分: 大型アポトーシス体・マイクロベシクル除去→100,000〜120,000g×70分以上: エクソソーム単離)。生体液はPBSで50%希釈後に0.3 μL/mLのEDTAを添加しEV凝集を防止する。密度勾配精製 (スクロース30% Tris/sucrose/D2O液、75,000〜160,000g×75分〜24時間) またはiodixanol勾配でさらなる高純度化が可能である。密度収束には最大60時間を要するEVサブポピュレーションも存在する。
- 逐次濾過法 (Chapter 4、Heinemann & Vykoukal 2019): 0.1μm PES (ポリエーテルスルホン) メンブレン真空濾過→500 kDa MWCO (分子量カットオフ) 中空糸フィルターによる接線流濾過 (TFF、trans-membrane pressure 1.5〜2.0 PSIに維持、5回ダイアフィルトレーション)→0.10 μm track-etched PCメンブレン濾過 (3.0 PSI以下) でサイズ均一な分画を回収する。大容量 (200 mL以上) バイオフルード対応で機能的EV保全に優れる。
- 紙基材フィルター法 (Chapter 5、Hsiao & Chen 2019): セルロース紙をEV捕捉分子で化学修飾し、10 μL血清から10分以内にpaper-based ELISA (pELISA) でカラーメトリック検出する。SEM・トランスクリプトーム解析と組み合わせてEVサブポピュレーションを評価可能である。装置不要で低コストなポイントオブケア診断応用に適する。
- フィルターベースmRNA単離法 (Chapter 6、Yamamoto et al. 2019): フィルター担体でEVからmRNAを直接単離し、高スループット遺伝子発現解析に供する。
- 磁気ビーズ法 (Chapter 7、Pedersen et al. 2019): 表面マーカー特異的捕捉 (CD63・CD9・CD81抗体コートビーズ) または汎用捕捉 (phosphatidylserine結合タンパクビーズ) でEVサブポピュレーションを選択的回収する。少量臨床検体・特定表面マーカー解析に適する。
Part II 精製 (3手法、Chapter 8〜10):
- PEGポリマー沈殿法 (Chapter 8、Brown & Yin 2019): ポリエチレングリコール (PEG) によるEV沈殿回収。プロテオーム解析ワークフローと高い親和性がある。
- サイズ排除クロマトグラフィー (SEC、Chapter 9、Lobb & Moller 2019): 血漿サンプルをSECカラムに負荷するとEVがタンパク質汚染から効率よく分離される。簡便・高再現性・機能保全性の点で推奨される精製法である。iodixanol (C35H44I6N6O15) はスクロースよりも粘度が低くEV-ウイルス分離において優れた分解能を示す。
- 複合精製プロトコル (Chapter 10、Lane et al. 2019): 超遠心・SEC・免疫ビーズを組み合わせた段階的精製。下流解析の目的に応じてモジュール的に各ステップを選択できる設計である。
Part III キャラクタリゼーション (7手法、Chapter 11〜17):
- 表面プラズモン共鳴 (SPR、Chapter 11): EV表面の特異的タンパク-タンパク相互作用をリアルタイム定量する。
- ウエスタンブロット (Chapter 12): CD9・CD63・CD81等のテトラスパニンマーカーでEV品質確認、アルブミン等の汚染検出を行う。
- 蛍光NTA (nanoparticle tracking analysis、Chapter 13、Carnell-Morris et al. 2019): Malvern NanoSight等を用い粒子径・濃度・蛍光強度を同時計測する。品質管理の中核手法である。
- フローサイトメトリー (Chapter 14): EV表面マーカーの多重測定を行う。
- SE-HPLC (サイズ排除高速液体クロマトグラフィー、Chapter 15): サイズ排除高速液体クロマトグラフィーによる分子量分布測定を行う。
- 多重表面抗原染色 (Chapter 16): 大型EVの複数表面マーカーを蛍光標識抗体で同時解析する。
- マイクロキャピラリーチップシステム (Chapter 17、Akagi & Ichiki 2019): 微細加工デバイスによるEV多項目解析を行う。
Part IV〜V イメージング・ラベリング (Chapter 18〜21): TEM (透過型電子顕微鏡)/クライオTEM (Chapter 18、Cizmar & Yuana 2019)・蛍光顕微鏡 (Chapter 19)・Lactadherin-Gaussia luciferase融合タンパクを用いたin vivoルシフェラーゼ追跡 (Chapter 20、Takahashi et al. 2019)・多重レポーターによるRNA翻訳追跡 (Chapter 21)が含まれる。
Part VI〜VII 下流解析・生体液別 (Chapter 22〜29): 抗体捕捉後miRNA抽出 (Chapter 22)・モレキュラービーコンによるmiRNA検出 (Chapter 23)・SEC+質量分析によるプロテオーム解析 (Chapter 24)・PEGワークフロー+プロテオーム解析 (Chapter 25)が記載されている。生体液別では卵胞液 (Chapter 26)・唾液 (Chapter 27)・母乳 (Chapter 28)・尿 (マイクロ流体デバイス二重濾過、Chapter 29) の各プロトコルを個別収録する。
Part VIII〜X 応用編 (Chapter 30〜35): 電場によるEV内容物放出 (Chapter 30)・マラリア原虫由来EV産生 (Chapter 31)・幹細胞由来EV単離 (Chapter 32)・固形腫瘍マウスモデルでの末梢EVバイオマーカー同定 (Chapter 33)・新生児医療への治療的EV応用 (Chapter 34、Willis et al. 2019)・腫瘍細胞由来EV治療利用 (Chapter 35、Liu et al. 2019)に関するプロトコルが提供される。本プロトコル集の各章では、詳細な実験手順に加えて、トラブルシューティングや注意点 (Notes) が記載されており、研究者が再現性高くEV研究を実施できるよう支援する。統計解析手法については、各章のデータ解析セクションで個別に言及されており、例えば、蛍光NTAによる粒子濃度比較にはStudent’s t-testが用いられる場合がある。