- 著者: Tominaga N, Kosaka N, Ono M, Katsuda T, Yoshioka Y, Tamura K, Lotvall J, Nakagama H, Ochiya T
- Corresponding author: Takahiro Ochiya (National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Nature Communications
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-04-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 25828099
背景
脳転移はがん患者、とくに乳がん患者における重篤な死亡原因であり、予後を著しく悪化させる。脳転移の成立において鍵となるステップは、がん細胞が血液脳関門 (blood-brain barrier; BBB) を通過して脳実質へ浸潤する過程である。BBBは脳毛細血管内皮細胞・周皮細胞・アストロサイトの3種類の細胞が協調して構成しており、分子の受動拡散を厳密に制御している (Winkler et al. 2011; Ballabh et al. 2004)。BBB破壊はがん細胞の脳への extravasation に必須の事象と考えられ、Bos et al. 2009 は ST6GALNAC5 発現が乳がん細胞の脳内皮細胞への接着とBBB通過を促進することを報告している。しかし、BBB破壊を誘発する正確な分子機構は未解明のままであった。
がん細胞が分泌する EVs (extracellular vesicles; 細胞外小胞) は、タンパク質・mRNA・microRNA (miRNA) を内包して細胞間コミュニケーションを媒介し、がんの多面的な悪性化に関与することが知られていた (Valadi et al. 2007; Yang et al. 2011)。しかし、脳転移における EV の役割は未検討の部分が多かった。先行研究 (Zhou et al., 2014) は乳がん細胞由来 EVs がmiR-105を介してタイトジャンクションタンパク質 ZO-1 (zonula occludens-1) の発現を抑制し、血管内皮バリアを崩壊させることを報告していたが、脳特異的な転移メカニズムの解明には至っていなかった。本研究では、脳転移特異的に選択したがん細胞由来 EVs が、特定のmiRNAを介して能動的にBBBを破壊する分子機構を解明することを目指した。
目的
本研究の目的は以下の3点である。(1) 脳転移能を高めた乳がん細胞株をin vivo選択により樹立し、それらの細胞が分泌するEVのBBBに対する機能的影響を明らかにする。(2) EV中に含まれるmiRNAを同定し、BBB破壊における分子経路を解明する。(3) 同定した miRNAの患者血清での臨床的意義を検証する。
結果
脳転移細胞株の樹立とBBBモデルの確立:
MDA-MB-231-luc-D3H2LN (D3H2LN、高転移性ヒト乳がん細胞株) の2サイクルのin vivo脳転移選択により、高度脳転移能を持つ BMD2a・BMD2b 細胞株を樹立した (Figure 1a)。心腔内注射実験では、BMD1a 細胞はマウス5匹中3匹 (60%) に脳転移を形成したのに対し、親株 D3H2LN では15匹中1匹 (6.7%) に留まった (Figure 1b,c)。in vitro BBBモデルは最大 TEER 869.55 Ω·cm⁻² を達成し (n=12)、Claudin-5・Occludin・ZO-1・N-cadherin のタイトジャンクションタンパク質の膜局在が免疫蛍光染色で確認され、in vivo BBBを模倣した高品質なモデルとして機能した (Figure 1g)。
脳転移がん細胞由来EVはBBBを選択的に破壊する:
PKH67標識EVを用いた取り込み実験では、すべての細胞株由来EVが内皮細胞に取り込まれたが、BMD細胞由来EVは D3H2LN 由来EVより高い蛍光強度を示し (p<0.01)、脳内皮細胞へのトロピズムが示唆された (Figure 2b,c)。EVを in vitro BBBモデルに添加した結果、BMD2a・BMD2b 細胞由来EVにより TEER が有意に低下し (BMD2a vs D3H2LN: p<0.05、BMD2a vs D3H1: p<0.01) (Figure 2d)、NaF (sodium fluorescein) の apparent permeability coefficient (Papp) は BMD2a および BMD2b 由来EV添加群で D3H2LN・D3H1 対照群に比べ有意に高値であった (両群とも p<0.01) (Figure 2e)。
BBBを介した浸潤実験では、BMD2a・BMD2b 細胞はD3H2LN・D3H1 細胞に比べて高い脳実質側への extravasation 能を示した (p<0.05〜0.01)。EVの分泌を RAB27B siRNA または nSMase2 siRNA でノックダウンすると、BMD2a 細胞は腔内側には存在するにもかかわらず実質側へ移行できなくなった (p<0.01)。さらに、低転移性 D3H1 細胞にBMD2a・BMD2b 由来EVを前処置すると、D3H1 細胞のBBB透過が有意に促進された (p<0.01) のに対し、D3H2LN 由来EVでは促進効果が小さかった。
EVはin vivoで脳に優先的に取り込まれ脳転移を促進する:
XenoLight DiR 蛍光標識EVをマウス尾静脈に投与し6時間後に観察したところ、BMD2a 由来EVは D3H2LN 由来EVに比べて脳内への取り込みが多く、脳血管透過性も Tracer-653 プローブで確認された。脳転移促進試験では、BMD2a 由来EVを前処置したマウス (n=9) では5/9匹が脳転移を形成したのに対し、D3H2LN 由来EV前処置群では1/9匹にとどまり、陰性対照群では脳転移は認められなかった (Table 1)。ルシフェラーゼ強度で評価した脳内転移負荷も BMD2a EV群で D3H2LN EV群より有意に高値であった (p<0.05) (Figure 3b)。HE染色および抗ヒト vimentin 免疫蛍光染色でも、BMD2a EV処置マウスの脳でのみがん細胞の存在が確認された (Figure 3d)。 EVに含まれるmiR-181cがBBB破壊を誘導する:
miRNAマイクロアレイ (2,006プローブ) 解析の結果、BMD2a・BMD2b 由来EV中では miR-181c が D3H2LN 由来EVに比べて有意に高発現していた (p<0.01)。一方、がん細胞自体の細胞内 miR-181c 発現に有意差は認められなかった。BMD2a・BMD2b 由来EVを添加した内皮細胞では miR-181c 発現が有意に上昇しており (p<0.01)、EVを介した miR-181c の内皮細胞への移送が確認された。
合成 miR-181c を内皮細胞にトランスフェクションすると、Claudin-5・Occludin・ZO-1・N-cadherin・アクチンが細胞膜から細胞質へ異所局在し、TEER が有意に低下した (p<0.01)。タンパク質発現量はmiR-181c 過剰発現後も変化せず、あくまで局在変化によるBBB破壊であることが示された。
患者臨床データの解析では、乳がん患者血清EV (n=56) 中の miR-181c は脳転移患者 (n=10) で非脳転移患者 (n=46) より有意に高発現していた (p<0.05、t-test)。Stage IV 脳転移患者 (n=10) は stage III 非脳転移患者 (n=13、p<0.05) および stage IV 非脳転移患者 (n=6、p<0.05) のいずれと比較しても miR-181c が高値であった (Mann–Whitney U-test)。
PDPK1がmiR-181cの標的遺伝子としてアクチン動態を制御する:
miR-181c トランスフェクション後の内皮細胞を対象としたマイクロアレイ解析 (12,243プローブ) および EV処置後の解析から、PDPK1 (3-phosphoinositide-dependent protein kinase-1; 58〜68 kDa) のmRNA・タンパク発現が有意に低下していた (p<0.01) (Figure 6a-f)。PDPK1 の3’UTR ルシフェラーゼレポーターアッセイ (n=6) で miR-181c が PDPK1 3’UTRに直接結合することが確認された (p<0.01) (Figure 7d)。
PDPK1 siRNA 処置細胞ではタイトジャンクションタンパク質・N-cadherin・アクチンの局在が miR-181c 処置細胞と同様に細胞質へ移行し、TEER が有意に低下した (p<0.01)。ウェスタンブロット解析では、BMD2a・BMD2b 由来EV処置内皮細胞および miR-181c または PDPK1 siRNA 処置細胞において phospho-cofilin (Ser3; 19 kDa) が有意に低下していた (p<0.01)。PDPK1 の抑制 → cofilin の脱リン酸化 → 活性型 cofilin によるアクチン重合の異常 → タイトジャンクション・アドヘレンジャンクションの解体という連続した分子経路が解明された。
考察/結論
本研究は、脳転移乳がん細胞が分泌するEVが、miR-181cというmiRNAを介してBBBを能動的に破壊する新規の分子機構を明らかにした。本研究で初めて示されたことは、EV内包 miRNAがタンパク発現量ではなくタンパク局在の変化を通じてBBBの完全性を損なうという点である。miR-181c は内皮細胞において PDPK1 (3-phosphoinositide-dependent protein kinase-1) の3’UTRに直接結合して転写後抑制を引き起こし、PDPK1 の下流シグナル経路である cofilin リン酸化を阻害する。脱リン酸化 (活性型) cofilin はアクチン線維を切断・解重合させ、その結果としてタイトジャンクション・N-cadherin が細胞膜から細胞質へと移行し、BBBバリア機能が失われる。
先行研究 (Zhou et al., Cancer Cell 2014) と異なる点として、Zhou らは miR-105 が ZO-1 の発現量を直接抑制するというmRNA分解型のメカニズムを提唱していたが、本研究はアクチン動態の制御を介したタンパク局在変化という全く別の経路を同定した。また Zhou らの研究が全身の血管内皮バリア破壊を議論していたのに対し、本研究は脳転移に特化した器官特異的トロピズムのメカニズムを焦点としており、EVが脳に優先的に蓄積するという新たな知見を加えている。miR-181cは肝細胞がんや基底細胞がん、乳がんとの関連が先行研究で報告されており、悪性腫瘍における普遍的なonco-miRNAとしての位置付けが本結果によってさらに強化された。
EVの器官特異的トロピズムを担う EV 膜表面分子の同定は今後の研究課題として残されており、その解明によりEVを標的とした脳転移予防療法の開発が期待される。
本研究の臨床的意義として、乳がん脳転移患者の血清EV中 miR-181c が非脳転移患者より有意に高く (p<0.05)、ステージを揃えた比較でも一貫して高値であったことは、miR-181c が乳がん脳転移の液体生検バイオマーカーとなりうる可能性を示唆する。治療戦略上は、EV分泌を阻害する (nSMase2/RAB27B ターゲット) あるいはmiR-181cの機能を阻害するアンタゴmir的アプローチが、脳転移予防・BBB保護のための新規な戦略となりうる。さらに、EVを介したBBB破壊機構は逆に薬物脳送達系 (drug delivery system) への応用の可能性も秘めており、中枢神経系疾患治療への展開が期待される。
本研究の limitation (限界) として、EVによるBBB破壊への miR-181c の寄与の程度が定量的に明確でない点、EVが複数の生理活性分子を内包するため単一miRNAによる説明が部分的にしか成立しない点、および in vitro モデルがヒトBBBを完全に再現しない点が挙げられる。今後の課題は、前向きコホートによるバイオマーカー検証および EV 表面分子の同定を通じた器官特異的送達機構の解明である。しかし、in vitro・in vivo・臨床データの三者が一貫して同一の仮説を支持しており、EVを介した脳転移メカニズムの理解に重要な知見をもたらした。
方法
脳転移細胞株の樹立: ヒト乳がん細胞株 MDA-MB-231-luc-D3H2LN (D3H2LN) を7週齢の免疫不全 (C.B-17 Icr-scid scid) 雌マウスに心腔内 (i.c.) 注射 (2×10⁵ 細胞/100 μl) し、26〜30日後にin vivo imaging system (IVIS) でルシフェラーゼ発光を確認した脳転移巣から細胞を回収・培養 (50 μg/ml Zeocin 選択培地)。この選択を2サイクル繰り返すことで脳転移デリバティブ細胞株 BMD2a・BMD2b を樹立した。
in vitro BBBモデル: サルの脳毛細血管内皮細胞・周皮細胞・アストロサイトの初代培養を用いた3層型 BBB キット (PharmaCo-Cell Co., 日本) を使用した。BBBの完全性は transendothelial electrical resistance (TEER; 最大869.55 Ω·cm⁻²) および sodium fluorescein (NaF; MW 376.27) を用いた透過性試験により評価した。
EV調製: 培養上清を 2,000g・10分で初期遠心後、0.22 μm フィルターで細胞残渣を除去し、differential ultracentrifugation (110,000g・70分) でEVペレットを回収した。EVのサイズはおよそ100 nmで、エクソソームマーカーである CD63・CD9 を発現するが Cytochrome C (ミトコンドリア間膜タンパク) は陰性であり、典型的なエクソソームマーカープロファイルを有することを確認した。
miRNAプロファイリング: EV由来totalRNAに対し Agilent SurePrint G3 Human miRNA 8×60K マイクロアレイ (2,006プローブ) を用いた。2倍以上の発現変動を有意な差異の基準とした。
患者血清サンプル: 国立がん研究センターで採取された乳がん患者血清 n=56 (脳転移あり n=10、脳転移なし n=46) を用い、血清EVのmiR-181c発現をqRT-PCRで定量した (IRB承認 No.2013-111)。
ルシフェラーゼレポーターアッセイ: PDPK1 の3’UTRをpsiCHECK-2ベクターにクローニングし、pre-miR-181c (100 nM) と共に HUVEC または HEK293 細胞にコトランスフェクション (n=6) し、miR-181c と PDPK1 3’UTRの直接結合を確認した。
統計解析: Student’s t-test または Mann–Whitney U-test を使用し、p<0.05 を有意水準とした。