- 著者: Mengzhu Chen, Xiuying Liu, Jie Du, Xiu-Jie Wang, Lixin Xia
- Corresponding author: Xiu-Jie Wang (Institute of Genetics and Developmental Biology, Chinese Academy of Sciences, Beijing); Lixin Xia (Shenzhen University, Guangdong)
- 雑誌: Oncotarget
- 発行年: 2017
- Epub日: 2016-11-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 27863400
背景
肺腺癌 (LUAD) と肺扁平上皮癌 (LUSC) はNSCLC (non-small cell lung carcinoma) の二大組織型であり、全肺がんの約85-90%を占める。病理学的にはLUSCがLUADより速く進行し、特に早期ステージからの腫瘍増殖速度が高いことが知られているが、その分子機序は2016年時点では不明確であった。TCGAを用いた包括的ゲノム解析により両サブタイプの分子的異質性が体系的に記載されており (Hammerman et al. Nature 2012; Collisson et al. Nature 2014)、EGFR変異に対する標的治療はLUADに有効である一方でLUSCには効かない等、治療反応性にも大きな差が存在する。
免疫系は肺がん進行を制御する重要な要素である。IRG (immune response gene、免疫応答関連遺伝子) の72遺伝子発現プロファイルが早期NSCLCの予後予測に活用されることが報告され (Roepman et al. Clin Cancer Res 2009)、腫瘍組織内の免疫マーカー発現が独立した予後因子として機能することも示されている (Suzuki et al. Clin Cancer Res 2011)。さらに腫瘍浸潤免疫細胞の組成と慢性炎症が肺がん進行・予後に与える影響も報告されており (Bremnes et al. J Thorac Oncol 2011)、免疫系とNSCLCの関係は多角的に研究されてきた。しかしながら、IRGがLUADとLUSCの各病期でどのように差異を持って制御されるかを系統的に比較した研究は不足しており、特に「両サブタイプの進行速度差にIRGがどう関与するか」という gap in knowledge が残されていた。LUSCの速い進行を免疫遺伝子発現の観点から解明することが、サブタイプ特異的免疫療法の合理的設計に向けた基盤となる。
目的
TCGAのLUAD・LUSC患者の縦断的RNAseqデータを用い、各ステージ (IA・IB・II・III・IV) にわたるIRGの発現変化をSTEM (Short Time-series Expression Miner) 時系列解析・GO解析・パスウェイ解析で系統的に比較し、LUSCがLUADより速く進行する分子的根拠としてのIRGサブタイプ間差異を特定する。
結果
IRG発現プロファイルは総遺伝子プロファイルより腫瘍と正常組織を明確に識別し、DEIRGはLUSCでLUADより多く同定された:PCA解析の結果 (LUAD n=36、LUSC n=32)、IRG発現プロファイルは総遺伝子プロファイルよりもLUAD・LUSC両方において腫瘍と正常組織を明確に分離した (Fig 1)。LUAD IRGでは第1主成分が61%の分散を説明し、LUSCでも同様に高い分離能が確認された。各ステージで約4100のIRGが発現しており、DEIRGの数はLUSCがLUADより多く検出された (Table 1: ステージIA上昇DEIRGはLUSC n=897対LUAD n=561、下降DEIRGはLUSC n=678対LUAD n=551; ステージII上昇はLUSC n=1,094対LUAD n=896、下降はLUSC n=950対LUAD n=570)。LUAD・LUSC共通の一方向性変化DEIRGの59%以上が同方向の変化を示し、これらでは免疫応答関連プロセスの下方制御と細胞周期/細胞分裂関連遺伝子の上昇が両サブタイプで共通していた。一方、LUSC特異的に抑制される遺伝子群ではLUADより多くの免疫関連GO termが濃縮されており (補足 Figure S3)、LUSCにおける免疫抑制の深度がLUADより大きいことが示された。これらの結果はIRG発現プロファイルがLUAD・LUSC両方で系統的かつ一貫した変化を遂げており、正常組織との分類マーカーとして有用であることを示している。
LUSCではKIF/プロテアソーム遺伝子がIA期にLUADより1ステージ早くピーク高発現し、細胞増殖促進が先行する:STEM解析でLUAD DEIRGには7つ、LUSC DEIRGには8つの有意濃縮発現パターンが同定された (p <0.05、Bonferroni補正) (Fig 2)。パターン11・27・35・42が両サブタイプに共通して検出されたが、パターン14・21・47はLUAD特異的、パターン2・3・12・39はLUSC特異的であった。特にLUAD DEIRGのパターン42とLUSC DEIRGのパターン35は共通してkinesin superfamilyタンパク (KIF2C、KIF20A等) とプロテアソームサブユニット (PSMB、PSMD、PSME3等) を含む細胞増殖・細胞周期促進遺伝子を多く含んでいた (Fig 3A、3B)。LUSCのパターン35はステージIAでピーク発現に達したのに対し、LUADのパターン42のピークはステージIBであり、LUSCでの細胞周期促進がLUADより1ステージ分早く始まることが示された。ステージIA時点での細胞増殖促進遺伝子の発現水準はLUSCがLUADを上回っており (補足表S4)、LUSCの臨床的に速い進行と一致した。KIFsは細胞分裂の調節と細胞内小胞・細胞小器官の輸送において重要な役割を持ち、プロテアソーム複合体の機能異常は複数の機序で発がんに寄与することが知られている。
MHC分子とケモカインがLUSCで初期ステージから急速に低発現となり、免疫監視からの逃避機構が形成される:一方向的下方制御DEIRGのパターン (LUAD: パターン11・21、LUSC: パターン2・3・11・12) に含まれるMHC分子 (HLA-A等のMHC class I抗原) とケモカイン (CCL3、CCL4、CCL5等) は、初期ステージからLUSCがLUADより低発現であった (p <0.001、補足表S5) (Fig 3C、3D)。MHC class I分子は抗原ペプチドのCD8陽性T細胞への提示と免疫認識の中核を担い、HLA抗原の消失が肺がん免疫回避機序として機能することが先行研究で示されている。ケモカイン (CCL3、CCL4、CCL5) はリンパ球やNK細胞の腫瘍局所への動員と、リンパ節への誘導による免疫監視の活性化に必須の役割を担う。これらの遺伝子の早期かつ急速な抑制がLUSCにおける免疫回避の速さを分子的に示す結果と解釈された。この知見は、LUSCではLUADに比べて免疫監視の主要な分子基盤が早期から崩壊していることを意味し、LUSCの臨床的悪性度の高さを免疫学的観点から裏付けるものである。
TLR・TCR経路がLUSCで選択的かつ強力に抑制され、自然免疫・獲得免疫の両アームが機能不全に陥る:パスウェイ濃縮解析でTLR (Toll-like receptor) シグナル経路とTCR (T cell receptor) シグナル経路がLUAD・LUSC間で最も顕著な発散的変化を示した (Fig 4A、4B)。TLR経路では上流のTLR群 (TLR2、TLR3、TLR4、TLR5、TLR7、TLR9) と下流エフェクター (CCL3、CCL4、CCL5、CD80、CD86) がいずれもLUSCでLUADより急速に下方制御された。TCR経路ではCD3D、CD3E、CD3G、CD247 (CD3-TCR複合体構成因子) と下流のZAP70がLUSCで特にステージIAから顕著に抑制された。Venn図解析でLUAD上昇・LUSC下降の発散的DEIRGは60遺伝子、LUAD下降・LUSC上昇は28遺伝子同定された (Fig 5A)。60遺伝子のGO解析でT細胞関連プロセス (T cell receptor signaling pathway等) が最上位GO termとして濃縮 (p <0.01、Bonferroni step-down補正) (Fig 5C)、CD3-TCR複合体メンバーとTLRがこのグループに含まれた (発現プロファイル: Fig 5B)。逆方向の28遺伝子 (LUAD下降・LUSC上昇) では細胞接着・細胞増殖関連機能が濃縮されており (Fig 5E)、LUSCの速い増殖を再度支持した。さらに各ステージで >5-fold変動 (FDR <0.1) を示すステージ特異的DEIRGを同定し (Fig 6A)、これらのGO解析でも増殖・転移関連GO termが両サブタイプで濃縮された (Fig 6B)。
考察/結論
本研究はTCGAの縦断的RNAseqを用い、LUADとLUSCにおける免疫応答関連遺伝子 (IRG) の発現変化を各病期 (IA-IV) にわたって系統的に比較した。LUSCがLUADより速く進行する分子的根拠として、免疫遺伝子発現の観点から二つの相補的機序が本研究で初めて体系的に示された。第一に細胞周期促進遺伝子 (KIF・プロテアソームサブユニット) がIA期から早期に活性化してLUADより1ステージ早くピーク発現に達すること、第二にMHC分子・ケモカイン・TLR/TCRシグナル経路が急速かつ深度大きく抑制されることで免疫監視回避がLUSCで先行すること、の二点である。これらは新規な (novel) 知見であり、LUSCの速い進行の免疫学的基盤を初めて分子的に説明するものである。
これまでの研究では、LUSCとLUADの分子的相違は主にドライバー変異・コピー数変化等のゲノム変異の観点から論じられてきた (Hammerman et al. 2012; Collisson et al. 2014)。本研究はこれと対照的に免疫遺伝子発現ダイナミクスの観点からLUSCの速い進行を解析しており、既報のゲノム解析が示すサブタイプ差異を相補する新しい視座を提供している。特にLUSCでTLR2-TLR9と CD3-TCR複合体が同時かつ初期から抑制されることは、自然免疫と獲得免疫の両アームが協調的に機能不全に陥るというこれまで報告されていない機序の組合せである。
本研究の知見にはいくつかの重要な臨床的意義がある。LUAD特異的に維持されるT細胞関連遺伝子 (CD3-TCR複合体等) は、LUADがPD-1/PD-L1阻害薬などの免疫チェックポイント療法に相対的に高い応答性を示す免疫学的根拠の一つとなりうる。逆にLUSCではTLR/TCR経路が急速に失われるため、免疫チェックポイント療法単独では免疫環境を十分に再活性化できない可能性があり、TLRアゴニストや他の免疫賦活剤との併用が臨床応用として検討に値する。KIFsとプロテアソームサブユニットの早期高発現はLUSC特異的な細胞増殖標的療法 (CDK阻害薬・プロテアソーム阻害薬等) の bench-to-bedside への橋渡しとなる可能性を示唆する知見でもある。
本研究にはいくつかのlimitationが存在する。バルクRNAseqのみを使用しているため、腫瘍浸潤免疫細胞と腫瘍細胞本体のIRG発現変化を区別できない点が最大の制約である。腫瘍微小環境における細胞種組成の違いがLUAD・LUSC間の発現差に寄与している可能性は否定できない。またステージIVは患者数が限られていたためSTEM時系列解析から除外されており、遠隔転移期の分子プロファイルは不十分である。さらに解析対象がTCGAコホートに限定され、人種・喫煙歴等の交絡因子の体系的補正が行われていない。今後の検討として、(1) scRNA-seqを用いた細胞種別IRG発現変化の精緻化、(2) LUSCにおけるTLR/TCR経路抑制の具体的メカニズム (エピジェネティック修飾・転写因子等) の同定、(3) 特定されたMHC分子・ケモカインの免疫チェックポイント療法応答性への機能的影響の前臨床検証、が残された課題として挙げられる。本研究の知見が将来のLUSC特異的免疫療法戦略の設計に寄与することが期待される。
方法
データソースとサンプル収集:TCGAデータベース (データバージョン 2014_06_14) からTCGA-Assembler (v1.0.3) を用いてLUADおよびLUSCのRNA-seqデータを取得した。選定基準は (1) LUADまたはLUSC患者由来、(2) 腫瘍と対応正常組織の両方でRNA-seqデータが利用可能、(3) TNM分類情報が完備していること、の3条件を全て満たすこととした。結果としてLUAD n=36例・LUSC n=32例が選択され、各患者サンプルをTNM情報に基づいてステージIA・IB・II・III・IVに分類した (補足表S1、S2)。
IRGリストの取得と解析対象の設定:IMMPORT (Immunology Database and Analysis Portal) から免疫系に直接・間接的に関与する6001 IRGのリストを取得した。各サンプルで正規化カウント ≥3 の発現IRGを解析対象として選定した結果、各ステージで約4100 IRGが検出された (Table 1)。
DEIRG (Differentially Expressed IRG、発現変動IRG) の同定:DEIRGの同定はedgeR (Robinson et al. Bioinformatics 2010、v3.10.0) で実施し、log2 RPKM比 (腫瘍/正常) を入力としてfold change >2かつFDR <0.1 (Benjamini-Hochberg補正) を適用した。各ステージで腫瘍と正常組織を比較し、一方向的上昇・一方向的下降・双方向性変化のカテゴリに分類した。
発現パターン・GO・パスウェイ解析:DEIRGの時系列発現パターンはSTEM (Short Time-series Expression Miner、v1.0) を用い、非パラメトリッククラスタリングアルゴリズムとBonferroni補正でp <0.05のパターンを有意濃縮パターンとして同定した (ステージIVは患者数制限のため除外)。GO解析はDAVID Bioinformatics Resources 6.7とREVIGO可視化ツールで実施した。パスウェイ濃縮解析はEnrichNet (ネットワークベース手法) で行い、濃縮遺伝子はPathview (R/Bioconductor、KEGG経路図上に可視化) で示した。発散的DEIRGのGO解析はCytoscape 3.3.0のClueGOプラグイン (v2.2.5) で実施し、LUAD上昇・LUSC下降の交差をBioVenn (Venn図作成) で可視化した。PCA (principal component analysis、主成分分析) はRのprcomp関数 (R v3.1.0、scale=T) で実行した。