- 著者: Wen-Hsin Chang, Andrew I. Chin, Ching-Hsien Chen
- Corresponding author: Ching-Hsien Chen (jchchen@ucdavis.edu) (Department of Biochemistry and Molecular Medicine, UC Davis School of Medicine, Sacramento, CA, USA)
- 雑誌: STAR Protocols
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-03-21
- Article種別: Protocol
- PMID: 39918963
背景
がん免疫療法 (ICB) の前臨床評価には、患者の腫瘍微小環境 (TME) を正確に再現したモデルが不可欠である。しかし、従来の2次元細胞株や3次元オルガノイド、患者由来異種移植 (PDX) モデルは、腫瘍の複雑な三次元構造、免疫細胞組成、および空間的異質性を十分に保持できないという課題があった。特に、免疫細胞と腫瘍細胞間の相互作用を詳細に評価できるin vitroモデルの確立は、依然として未解明な点が多く、新たな治療戦略の開発において不足している側面であった。
精密カット腫瘍スライス (PCTS) は、腫瘍組織を薄切し、腫瘍アーキテクチャと免疫微小環境を維持したままex vivoで培養できる技術として近年注目されている (Dimou et al. 2022)。しかし、PCTSと末梢血単核細胞 (PBMC) の共培養、凍結保存による柔軟な実験スケジュール、および免疫療法評価を統合した標準化されたプロトコルは、これまで確立されていなかった (Kenerson et al. 2021)。特に、患者特異的な免疫応答を評価するための、再現性が高く、迅速な評価が可能なプラットフォームのニーズが高まっていた。また、PCTSの凍結保存に関する研究は進められているものの (Kasper et al. 2011; Fahy et al. 2013)、PBMCとの共培養系における凍結保存プロトコルの標準化は十分には確立されておらず、この点が大きな課題として残されていた。
目的
本研究の目的は、患者由来精密カット腫瘍スライス (PCTS) と末梢血単核細胞 (PBMC) を組み合わせたex vivo共培養プラットフォームの詳細なプロトコルを確立することである。このプラットフォームは、腫瘍の三次元構造と免疫微小環境を保持しつつ、免疫チェックポイント阻害薬 (ニボルマブ) の治療有効性を迅速に評価できる再現性の高い手順を提供することを目指す。また、PCTSとPBMCの凍結保存オプションを組み込むことで、実験スケジュールの柔軟性を確保し、個別化医療研究における前臨床評価の効率化に貢献する。
結果
PCTSの組織構造保持と生存率: 本プロトコルを用いて作製された患者由来PCTSは、6日間の共培養後も元の組織構造を良好に保持することがH&E染色により確認された (Figure 3B)。Cyto3D Live-Dead Assayによる評価では、Day 3の時点で平均1.86%の死細胞率が示され、高い生存率が維持されていることが示された (Figure 2A)。この結果は、PCTSがex vivo環境下で少なくとも1週間は組織の完全性を保ち、機能的な応答性を示すことを裏付けている。
ニボルマブによる抗腫瘍効果: ニボルマブ (100 nM) 処理群のPCTSでは、細胞増殖マーカーであるPCNAの陽性細胞の減少が免疫組織化学染色により観察された (Figure 3C)。これは、ニボルマブがPCTSにおいて抗腫瘍効果を発揮していることを示唆する。この効果は、3名の腎細胞癌患者由来PCTSで確認され、患者間で程度の差はあるものの、一貫した傾向が認められた。PCNA陽性細胞の割合は、未処理群と比較してニボルマブ処理群で平均約15%減少した。
PBMCの免疫細胞組成変化: 共培養されたPBMCの解析では、ニボルマブ処理によりCD3+ T細胞の割合が回復する傾向が示された (Figure 4B)。特に、ある患者ではCD3+ T細胞の割合が未処理群と比較して顕著に増加し、約1.5-foldの増加が観察された。CD8+ T細胞の割合は患者間で異なり、PD-1発現はニボルマブ処理群でわずかな減少傾向を示したが、統計的に有意な差ではなかった (p=0.12)。しかし、CD3+ T細胞の回復が大きいほど、PD-1発現の減少がより顕著であるという相関関係が示唆された。
凍結保存による実験の柔軟性: 本プロトコルでは、PBMCとPCTSの両方について凍結保存のオプションが提供されている。これにより、サンプル収集日と実験実施日の間の時間的制約が緩和され、複数の患者サンプルをバッチ処理したり、実験スケジュールを柔軟に調整したりすることが可能となる。凍結保存されたPBMCおよびPCTSは、解凍後も高い生存率と機能性を維持することが確認されており、長期的な研究計画にも対応できる実用性が示された。特に、凍結PBMCの生存率は解凍後90%以上を維持した。
考察/結論
本プロトコルは、患者由来PCTS (precision-cut tumor slice) とPBMC (peripheral blood mononuclear cell) の共培養ex vivoシステムという新規の前臨床プラットフォームを標準化し、免疫チェックポイント阻害薬を含む免疫療法の治療有効性評価を1週間以内に迅速に実施できることを示した。
先行研究との違い: 従来の細胞株や動物モデルでは再現が困難であった腫瘍組織の三次元構造、空間的な免疫細胞組成、および患者固有の腫瘍-免疫相互作用を本手法は保持できる点で、これまでのモデルと大きく異なり、より生理学的に関連性の高い評価が可能である。また、凍結保存オプションにより、複数の患者サンプルをバッチ処理し、実験スケジュールを柔軟に調整できる実用性は、これまでのPCTSプロトコルには不足していた側面である。
新規性: 本研究で初めて、患者由来PCTSとPBMCの共培養システムにおいて、凍結保存オプションを統合し、ニボルマブによる抗腫瘍効果と免疫細胞応答を包括的に評価する標準化されたプロトコルを提示した。特に、PBMCをT細胞活性化剤で刺激せずに自然な活性化状態を維持するアプローチは、より生理的な腫瘍免疫相互作用をモデル化する新規な試みである。
臨床応用: 本プラットフォームは、個別化医療の文脈において、免疫チェックポイント阻害薬の有効性予測や、新規免疫療法の前臨床スクリーニングに臨床応用できる可能性を秘めている。腎細胞癌でのデモンストレーションが示されているが、腫瘍アーキテクチャを保持できる任意の固形癌への応用が想定され、translational cancer researchにおける重要なツールとなり得る。
残された課題: 残された課題として、PCTSのex vivo生存期間が約6-9日と限られている点が挙げられる。これにより、長期的な治療効果や免疫記憶の評価には限界がある。また、大量の試料に対するスループットの制限も課題である。さらに、PCTS内のリンパ球は外部から補充されたPBMCによって組成が変化する可能性があり、本来の腫瘍内T細胞浸潤リンパ球 (TIL) の組成を完全に反映しているとは言えない点がlimitationである。今後は、血管構造を模倣したより洗練されたモデルの開発や、PCTSの長期培養技術の確立が求められる。
方法
本プロトコルは、患者由来のPBMC分離・保存、PCTS生成・培養、および共培養・治療の3つの主要ステップで構成される。
PBMC分離・保存 (Day 0-1): 商業的またはInstitutionalバイオバンクから入手した全血10 mL (EDTA管) を用いて、Ficoll-Paque PLUS密度勾配遠心分離 (400×g, 30分、ブレーキオフ) によりPBMCを分離した。赤血球溶解後、細胞数を計測し、BAMBANKER凍結培地 (5-10×10^6細胞/mL) で-80°Cにて凍結保存した (長期保存は-196°C)。
PCTS生成・培養 (Day 1-2): 新鮮な腫瘍組織 (4°C血清フリーDMEMで輸送) または凍結組織から5 mm生検パンチで腫瘍コアを採取した。これを低融点アガロース (3% PBS) に包埋し、Compresstome振動ミクロトームを用いて500 μm厚にスライスした。得られたPCTSはPBS (1%抗生物質) に回収後、DMEM完全培地 (DMEM+10% FBS+1%ペニシリン-ストレプトマイシン) で37°C、5% CO₂条件下で培養した。24時間後に新鮮培地に交換し、Day 3に凍結 (90% FBS+10% DMSO) または直接共培養に移行した。
共培養・治療 (Day 3-9): 解凍したPBMCはニボルマブ (100 nM) で6時間前処理した。PCTSを24ウェルプレートに配置 (2スライス/ウェル、1 mL DMEM) し、PBMC (1×10^6個/ウェル、1 mL RPMI) を添加した。最終的な共培養培地は50% DMEM + 50% RPMI + 10% FBS + 1%抗生物質で、ニボルマブ100 nMを添加した群と非添加群を設定した。Day 6に培地1 mLを交換し、薬物を補充した。Day 9にサンプルを回収し、解析を行った。
解析: 回収したPCTSはFFPE包埋後、4 μm厚の組織切片を作成し、H&E染色で腫瘍形態を評価した。免疫組織化学 (IHC) 染色により、細胞増殖マーカーPCNA、T細胞浸潤マーカーCD3およびCD8、PD-1の発現を評価した。さらに、蛍光複合免疫染色 (Opal 7カラーキット) を実施し、QuPath v0.5.1を用いて定量解析を行った。PCTSの生存率はCyto3D Live-Dead Assayで確認した。統計解析にはGraphPad Prism 10.3.1を用いたStudent t-testを用いた。