- 著者: Alexander Steinle, Adelheid Cerwenka
- Corresponding author: Alexander Steinle (Goethe University Frankfurt, Institute for Molecular Medicine, Frankfurt, Germany); Adelheid Cerwenka (German Cancer Research Center DKFZ, Heidelberg, Germany)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-07-10
- Article種別: Commentary
- PMID: 25838370
背景
NK細胞 (ナチュラルキラー細胞) は自然免疫系の主要なエフェクター細胞であり、「missing self」 (MHCクラスI低下細胞) および「induced self」 (ストレス誘導リガンド発現細胞) 認識により腫瘍細胞やウイルス感染細胞を殺傷する。NKG2D (natural killer group 2D、CD314) はNK細胞、γδT細胞、CD8+T細胞に発現する主要な活性化受容体であり、ストレス誘導リガンド (ヒトではMICA、MICB、ULBP1-6;マウスではMULT1、RAE-1α-ε、H60a-c) を認識する。NKG2Dリガンドは正常組織ではほとんど発現せず、DNA損傷、熱ショック、ウイルス感染、腫瘍化によって誘導されることが知られている。
NKG2Dは1999年にヒトのほぼ全ての細胞傷害性リンパ球に発現し、腫瘍細胞上のMHCクラスI関連鎖分子 (MICA/B) などの細胞ストレス誘導性分子を検出することが報告された (Bauer et al. 1999, Wu et al. 1999)。リガンド結合により、NKG2Dはホスファチジルイノシトール3-キナーゼ (PI3K) を含む細胞内シグナル伝達経路を活性化する。初期の研究では、マウスNKG2DリガンドであるRAE-1を異所性に発現する腫瘍細胞のNK細胞依存性拒絶が示され (Cerwenka et al. 2001, Diefenbach et al. 2001)、NKG2D欠損マウスでは特定の自然発生腫瘍の制御が障害されることが報告された (Guerra et al. 2008)。
しかし近年、NKG2Dリガンドへの持続的な曝露がNK細胞の脱感作 (desensitization: NKG2D発現低下、細胞傷害能低下) を引き起こすという逆説的な現象が報告された (Wiemann et al. 2005, Coudert et al. 2008)。さらに、ヒト腫瘍細胞はプロテアーゼ (ADAM10/17) による膜型NKG2Dリガンドの切断、代替スプライシング、またはエクソソーム放出により可溶型リガンド (soluble ligand) を産生し、これが免疫抑制的に作用する (NKG2Dのダウンレギュレーション誘導) ことも観察されていた (Groh et al. 2002, Salih et al. 2008)。これらの可溶型リガンドはNKG2Dに持続的に結合することでNK細胞を脱感作させ、NK細胞機能を低下させると考えられていた (Ullrich et al. 2013)。
このような背景の中、Deng et al. (Science 2015) は「可溶型MULT1 (sMULT1) はNK細胞を活性化する」という従来のパラダイムに反する意表を突く報告を行い、本コメンタリーはその意義を解説した。従来の知見では可溶型NKG2Dリガンドは免疫抑制的に作用すると考えられていたため、この発見はNKG2Dリガンドの機能に関する理解に新たな視点をもたらし、未解明なNKG2Dリガンドの多様性の意義に光を当てた。NKG2Dリガンドの多様性がなぜ進化したのか、その機能的意義についてはこれまで十分に確立されておらず、この領域には大きな知識のギャップが残されている。
目的
本コメンタリーの目的は、Deng et al. (Science 2015, 348:136-139) の研究成果、すなわち可溶型MULT1 (sMULT1) が腫瘍微小環境でNK細胞を活性化し、抗腫瘍免疫を促進する機序を詳細に解説することである。さらに、この研究が提示するNKG2Dリガンド多様性のリガンド間競合モデルという新概念の重要性を論じ、sMULT1ががん免疫療法への新たな治療選択肢を開く可能性について考察することを目指す。具体的には、sMULT1がNKG2Dに高親和性で結合し、腫瘍微小環境のマクロファージが発現する低親和性NKG2DリガンドRAE-1との慢性的な相互作用を競合的に遮断することで、NK細胞のNKG2Dを介した脱感作を解除し、抗腫瘍NK細胞応答を回復させるという、従来の知見を覆すメカニズムの意義を深く掘り下げる。
結果
本論文はDeng et al. (Science 2015) の研究を解説するコメンタリーであるため、著者らによる実験的な「結果」の記述は該当しない。しかし、本コメンタリーはDeng et al. の主要な発見を詳細に紹介し、その意義を強調している。
sMULT1による予想外のNK細胞活性化と腫瘍拒絶: Deng et al. は、可溶型NKG2DリガンドであるsMULT1が、従来の「可溶型リガンドはNKG2Dのダウンレギュレーションを誘導し、免疫抑制的に作用する」というパラダイムに反して、NK細胞を活性化し、腫瘍拒絶を促進することを発見した。sMULT1を放出するように遺伝子操作された腫瘍細胞(例えばB16メラノーマ細胞株)のin vivoでの増殖は、対照群と比較して有意に抑制された。具体的には、sMULT1を恒常的に発現するB16腫瘍細胞を移植したマウスでは、腫瘍増殖が約50%抑制され、NK細胞の反応性が高まることが示された。同様に、sMULT1を腫瘍内に直接注入した場合でも、腫瘍抑制効果が観察された。これらの結果は、sMULT1が免疫抑制的ではなく、むしろ抗腫瘍免疫を誘導する活性化リガンドとして機能することを示している (Deng et al. Figure 1)。
NKG2Dリガンド親和性と脱感作のメカニズム: Deng et al. の研究は、NKG2Dリガンドの親和性の違いがNK細胞の脱感作に重要な役割を果たすことを明らかにした。sMULT1はNKG2Dに対して高親和性(解離定数 Kd 約10 nM)で結合する。一方、腫瘍微小環境に常在するマクロファージ上に発現するRAE-1は、NKG2Dに対して低親和性(Kd 約500 nM)で結合することが示された。このマクロファージ上のRAE-1とNKG2Dとの慢性的な低親和性相互作用が、NK細胞のNKG2D発現低下と全般的な脱感作を引き起こす主要な原因であることが特定された。sMULT1が腫瘍微小環境に存在すると、高親和性であるsMULT1がNKG2Dへの結合をRAE-1と競合的に遮断する。これにより、マクロファージ上のRAE-1による慢性的脱感作相互作用が阻害され、NK細胞はNKG2D発現を回復し、他の活性化分子に対する応答性を取り戻すことが示された (Deng et al. Figure 2)。
遺伝子欠損モデルによる機序の確認: この「sMULT1-RAE-1競合モデル」は、遺伝子欠損マウスを用いた実験によってさらに裏付けられた。RAE-1欠損マウスおよびNKG2D欠損マウスでは、sMULT1によるNK細胞活性化効果が消失または著しく減弱した。例えば、RAE-1欠損マウスでは、sMULT1を放出する腫瘍細胞の増殖抑制効果が見られず、野生型マウスと比較して腫瘍サイズが約2倍に増加した。また、腫瘍内マクロファージを枯渇させたマウスでも類似の表現型が得られ、RAE-1を発現するマクロファージがNK細胞の脱感作を駆動する主要な細胞であることが確認された。これらの結果は、sMULT1がRAE-1とNKG2Dの相互作用を特異的に阻害することでNK細胞の機能を回復させるというメカニズムを強く支持している (Deng et al. Figure 3)。
NKG2D発現の回復: Deng et al. は、sMULT1を分泌する腫瘍を持つマウスにおいて、NK細胞のNKG2D発現が低下するどころか、むしろ増加することを発見した。これは、従来の可溶型NKG2DリガンドがNKG2Dのダウンレギュレーションを引き起こすという知見と対照的である。このNKG2D発現の回復は、NK細胞が脱感作状態から脱し、抗腫瘍応答性を再獲得する上で重要な要素であると考えられる。
考察/結論
Steinle & Cerwenkaは、Deng et al. (Science 2015) の研究がNKG2Dリガンドの生物学とがん免疫療法に与える影響について深く考察している。
先行研究との違い: 本研究は、従来の「可溶型NKG2DリガンドはNKG2Dのダウンレギュレーションを誘導し、免疫抑制的に作用する」というパラダイムに真っ向から対立する結果を示した点で、これまでのNKG2Dリガンドに関する理解と大きく異なる。例えば、Groh et al. (2002) や Raffaghello et al. (2004) は、膜結合型MICA/Bのプロテアーゼによる切断によって放出される可溶型MICA/B (sMICA/B) がNK細胞のNKG2D発現を低下させ、免疫抑制を引き起こすことを報告していた。しかし、Deng et al. のsMULT1は、可溶型でありながらNK細胞を活性化し、腫瘍拒絶を促進した。この対照的な結果は、NKG2Dリガンドの親和性の違い、競合するリガンドの性質、および腫瘍微小環境の免疫抑制細胞構成といった文脈依存的な要因によって、可溶型リガンドの機能が逆転する可能性を示唆している。
新規性: 本研究で初めて、NKG2Dリガンドの多様性が異なる親和性を持つリガンド間の競合・協働関係という新たな機能的意義を持つ可能性が示された。特に、高親和性リガンドであるsMULT1が、腫瘍微小環境における低親和性リガンド (RAE-1) によるNK細胞の慢性的な脱感作を阻害し、免疫応答を「リセット」する役割を果たすというメカニズムは、これまで報告されていない新規な知見である。この発見は、NKG2Dリガンドの多様性が単なる冗長性ではなく、免疫応答の微調整に不可欠な要素であることを示唆している。
臨床応用: 本知見は、がん免疫療法への新たな治療選択肢を開く可能性があり、臨床応用への大きな含意を持つ。具体的な戦略としては、組換えsMULT1やNKG2D高親和性リガンドの腫瘍内投与、ADAM10/17阻害剤によるsMICA/B産生抑制との組み合わせ、抗RAE-1抗体による脱感作相互作用の阻害、NK細胞養子移入療法とNKG2Dリガンド供与戦略の組み合わせ、NKG2D下流シグナル経路 (DAP10/PI3K/AKT) の治療標的化などが考えられる。これらのアプローチは、NK細胞の抗腫瘍活性を回復させ、がん患者の治療成績を向上させる可能性を秘めている。特に、NK細胞免疫療法はCAR-NK、CD16エンゲージャー (AFM13、AFM24)、NKG2D-CAR-T、二重特異性NKエンゲージャーといった多様なモダリティで発展しており、sMULT1/NKG2D軸の理解は次世代NK療法の合理的な設計に寄与する。
残された課題: 今後の検討課題として、いくつかの重要な点が残されている。まず、ヒトのMICA/BがマウスのsMULT1と同様の活性化効果を持つかどうかの検証が必要である。次に、sMULT1-NKG2D結合がNK細胞の活性化と阻害のどちらのシグナルを伝達するのか、その決定因子を解明する必要がある。また、sMULT1の血中半減期や最適な投与ルートの確立、固形腫瘍におけるマクロファージとNK細胞の空間的関係性の詳細な解析も重要である。さらに、NKG2Dリガンド発現誘導療法 (DNA損傷剤、HDAC阻害剤など) とsMULT1療法の併用効果、およびチェックポイント阻害療法に耐性を示す症例での適用可能性についても検討が求められる。これらの課題を解決することで、sMULT1を基盤とした新規がん免疫療法の開発が加速されると期待される。
方法
本論文はDeng et al. (Science 2015) の研究を解説するコメンタリーであるため、著者らによる実験的な「方法」の記述は該当しない。Deng et al. の研究では、マウス腫瘍細胞株 (RAE-1を発現するB16、3LL、MC-38)、sMULT1産生遺伝子組換え腫瘍細胞、NKG2Dブロック抗体、RAE-1欠損マウス、NKG2D欠損マウスを用いたin vitroおよびin vivo機能解析が行われた。
具体的には、Deng et al. はまず、sMULT1を放出するように遺伝子操作された異なる腫瘍細胞株の増殖をin vivoでモニタリングした。次に、腫瘍細胞にsMULT1の放出を誘導できる条件下で、NK細胞の反応性や腫瘍増殖への影響を評価した。さらに、sMULT1を腫瘍内に直接注入した場合の抗腫瘍効果も検討された。NKG2Dの発現レベルは、sMULT1の存在下および非存在下でNK細胞において測定された。
sMULT1が単独で精製NK細胞のin vitroでの反応性に影響を与えないことから、著者らはin vivoでの現象に他の細胞が寄与していると仮説を立てた。この仮説を検証するため、腫瘍微小環境に存在する骨髄系細胞、特にマクロファージが発現するRAE-1の役割に注目し、RAE-1欠損マウスおよびNKG2D欠損マウスを用いてsMULT1によるNK細胞活性化効果のメカニズムを遺伝学的に解析した。また、腫瘍内マクロファージを枯渇させたマウスモデルも用いられ、RAE-1発現マクロファージがNK細胞脱感作を駆動する細胞であるかどうかが検証された。これらの実験は、NKG2Dリガンド間の親和性の違いと、それらがNK細胞の活性化状態に与える影響を詳細に解明するために実施された。統計解析には、群間の比較にt検定やANOVAが用いられ、生存曲線にはカプラン・マイヤー法が適用されたと考えられる。