• 著者: Emily Han-Chung Hsiue, Katharine M. Wright, Jacqueline Douglass, Michael S. Hwang, Brian J. Mog, Alexander H. Pearlman, Suman Paul, Sarah R. DiNapoli, Maximilian F. Konig, Qing Wang, Annika Schaefer, Michelle S. Miller, Andrew D. Skora, P. Aitana Azurmendi, Michael B. Murphy, Qiang Liu, Evangeline Watson, Yana Li, Drew M. Pardoll, Chetan Bettegowda, Nickolas Papadopoulos, Kenneth W. Kinzler, Bert Vogelstein, Sandra B. Gabelli, Shibin Zhou
  • Corresponding author: Bert Vogelstein, Sandra B. Gabelli, Shibin Zhou (Johns Hopkins University School of Medicine, Baltimore, MD, USA)
  • 雑誌: Science
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-03-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33649166

背景

TP53はヒトがんで最も頻度の高い変異遺伝子であり、約50%のがんで変異が認められることが、Alexandrov et al. Nature 2013Vogelstein et al. Science 2013などの大規模ゲノム解析研究により報告されている。その中でもR175H (Arg175→His) 変異はTP53のホットスポット変異の一つであり、大腸がん、膵臓がん、卵巣がん、肺がんなど複数のがん腫に横断的に出現することが知られている。TP53は腫瘍抑制遺伝子であり、その変異型タンパク質は通常、細胞内で転写因子として機能するため、従来の低分子標的薬剤や抗体医薬では細胞内タンパク質を直接標的とすることが技術的に困難であった。このため、変異型p53を標的とする薬剤は未だ開発されていない状況であり、この領域には大きなアンメットニーズが存在する。

ネオアンチゲン治療の理論的枠組みでは、がん細胞内で生成された変異由来ペプチドが主要組織適合遺伝子複合体 (MHC) クラスI分子に提示され、その複合体 (peptide-MHC; pMHC) を認識するT細胞応答を誘導することが可能であるとされている。しかし、R175H変異のような低発現のネオエピトープに対して、高親和性のT細胞受容体 (TCR) やTCR-mimic抗体 (TCRm抗体) を開発することは、技術的な課題が多かった。特に、細胞表面に提示されるネオアンチゲンの量が極めて少ない場合、T細胞を効果的に活性化させるための十分な親和性と特異性を持つ抗体の開発は未解明な点が多かった。この領域における知識ギャップが残されている。

これまでの研究では、TCRm抗体は細胞内タンパク質由来のpMHCを標的とする新たなクラスの薬剤として注目されてきた。TCRと比較して、TCRm抗体はより高い親和性を持ち、全長抗体、抗体薬物複合体、二重特異性抗体など、様々な治療フォーマットに容易に変換できる利点がある。しかし、これらの抗体が極めて低密度のネオアンチゲンを標的として、T細胞を効果的に活性化し、腫瘍細胞を殺傷できるかについては、十分な検証が不足していた。また、特定のHLAアレルに提示されるネオアンチゲンに対する高親和性抗体の構造的基盤も詳細には解明されていなかった。本研究は、これらのギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、TP53 R175H変異由来の9merペプチド(HMTEVVRHC)がHLA-A*02:01に提示された複合体を特異的に認識するTCR-mimic二重特異性抗体(H2-scDb)を開発することである。さらに、このH2-scDbが、変異型p53を発現する腫瘍細胞をT細胞依存的に殺傷できるか否かを、in vitroおよびin vivoモデルを用いて検証する。具体的には、H2-scDbのpMHC複合体に対する結合親和性と特異性を評価し、その結合の構造的基盤を原子レベルで解明する。また、細胞表面上のネオアンチゲン提示量が極めて低い条件下でも、H2-scDbがT細胞を効果的に活性化し、サイトカイン分泌と腫瘍細胞溶解を誘導できることを実証することを目指す。最終的に、このアプローチが従来の手段では標的が困難な他の変異を有するがんの治療に応用できる可能性を示すことを目的とする。

結果

ネオエピトープ提示の実証と極低密度での存在: MHC IP-MS解析により、HLA-A02:01陽性かつTP53 R175H陽性のKMS26細胞において、HMTEVVRHC/HLA-A02:01複合体が実際に細胞表面に提示されていることが確認された。しかし、その提示量は極めて低く、重同位体標識ペプチドとの比較から、KMS26細胞で1細胞あたり約2.4コピー、TYK-nuで1.3コピー、KLEで1.5コピーと推定された (Table S1)。これは従来のウイルス抗原が1細胞あたり数千コピーで提示されるのと比較して著しく低い値である。COS-7細胞にp53 R175HとHLA-A*02:01を共発現させた場合、約700コピー/細胞の提示が検出されたが、野生型p53では検出されなかった (Fig. S1A, B)。

H2-scDb抗体の高親和性・変異特異的認識: ファージディスプレイスクリーニングにより、p53 R175H/HLA-A02:01複合体を特異的に認識する複数のscFvクローンが同定され、その中で最も特異性の高いクローンがH2と命名された。H2-scDbは、SPR解析によりHMTEVVRHC/HLA-A02:01複合体に対して86 nMの解離定数 (K_d) で結合した (Fig. 1B)。一方、野生型ペプチドHMTEVVRCC/HLA-A*02:01複合体に対する結合は検出感度以下 (>10 μM) であり、約100倍以上の高い変異特異性を示した (Fig. 1A)。複数の抗CD3ε scFvをH2-scFvと連結して比較した結果、UCHT1が最も強力なT細胞活性化を誘導することが示され、H2-UCHT1-scDb (H2-scDb) がその後の実験に用いられた (Fig. 1C)。H2-scDbは69℃の単一融解温度 (T_m) を示し、安定した分子であることが示唆された (Fig. S3C, D)。

結晶構造による分子機序解明: H2-Fab/p53 R175H/HLA-A*02:01三元複合体の2.0 Å分解能でのX線結晶構造解析により、H2抗体の結合様式が明らかになった (Fig. 4)。H2抗体のCDR-H1、-H2、-H3ループとCDR-L3ループが、ペプチドのC末端側、特にR175H変異由来のHis175残基 (ペプチド8位) と隣接するArg174残基 (ペプチド7位) を「ケージ状」に囲む構造を形成することが判明した (Fig. 5C)。His175側鎖はH2抗体のAsp54 (CDR-H2) およびTyr94 (CDR-L3) と水素結合を形成し、これが変異特異性の構造的基盤となることが示された (Fig. 5C, Fig. S10)。野生型ペプチドのCys175ではこの水素結合が形成されず、H2抗体のTyr52 (CDR-H2) との立体衝突が生じるため、結合が阻害されると推測された。H2-FabのpMHCへのドッキング角度は36°であり、従来のTCRやTCRm抗体とは異なる結合様式を示した (Fig. 4G, H)。

in vitroにおけるT細胞依存的腫瘍殺傷効果: 健常ドナー由来のT細胞を活性化せずに用いたin vitro共培養系において、H2-scDbの添加により、HLA-A02:01陽性かつR175H陽性のKMS26細胞が効率的に殺傷された (EC50 約0.1-1 nM) (Fig. 2C)。この殺傷効果は用量依存的であり、サブナノモル濃度で認められた。HLA-A02:01陰性またはR175H陰性の細胞株(同じ細胞系の対照)では殺傷効果は認められず、MHCアロタイプおよび変異特異性の両方が厳密に保たれることが示された (Fig. 2B)。H2-scDbはT細胞のIFN-γ、TNF-α、IL-2、グランザイムB、パーフォリンなどのサイトカインおよび細胞傷害性顆粒タンパク質の分泌を誘導し、多機能的なT細胞応答を引き起こした (Fig. 2C, Fig. S4C-F)。リアルタイムライブセルイメージングにより、H2-scDb存在下でT細胞が腫瘍細胞周囲にクラスターを形成し、腫瘍細胞を溶解する様子が可視化された (Fig. 2D)。この高感度なT細胞活性化は、1細胞あたり数コピーから10コピー程度の極めて低いpMHC提示密度でも誘導可能であることが示された。

交差反応性の評価: スキャニング変異導入法を用いた解析により、H2-scDbの認識にはペプチド8位のHis175と7位のArg174が必須であることが示された (Fig. 5D, E)。この認識モチーフを用いてヒトプロテオームデータベースを検索した結果、STAT2、VPS13A、ZFP3由来の3つの相同ペプチドが候補として同定された (Table S7)。しかし、これらの候補ペプチドをパルスしたT2細胞や、全長タンパク質を発現させたCOS-7細胞を用いたin vitroアッセイでは、H2-scDbによるT細胞活性化は検出されず、これらのペプチドに対する交差反応性は認められなかった (Fig. 5F, Fig. S11C, D)。

in vivoにおける抗腫瘍効果: NSGマウスにヒトT細胞とルシフェラーゼ発現KMS26腫瘍細胞を静脈内移植したモデルにおいて、H2-scDbの全身投与は腫瘍増殖を有意に抑制した (Fig. 6A, B)。早期治療モデルでは、腫瘍移植1日後からH2-scDb (0.3 mg/kg/day) を投与することで、親株KMS26腫瘍の増殖が著しく抑制された (p=0.002)。一方、TP53遺伝子をCRISPRでノックアウトしたKMS26腫瘍に対しては、H2-scDbの効果は認められなかった (Fig. 6A)。確立された腫瘍モデルでは、腫瘍移植6日後からH2-scDb (0.15および0.3 mg/kg/day) を投与したところ、両用量で顕著な腫瘍退縮が観察された (p=0.002)。ヒトT細胞が存在しない場合、H2-scDbの治療効果は認められず、そのT細胞依存性が確認された (Fig. S12D)。

考察/結論

本研究は、従来drug-undruggableとされてきた細胞内変異タンパク質であるTP53 R175Hのネオエピトープを、二重特異性抗体 (MANAbody/H2-scDb) を介してT細胞依存的に標的化できることを初めて実証した画期的な研究である。TP53はヒトがんの約50%で変異し、R175Hはその中でも最も頻繁なホットスポット変異の一つであるため、本研究で開発されたTCRm二重特異性抗体 (MANAbody) は、次世代の広範ながん治療標的となる可能性を切り開いた。

新規性: 本研究で初めて、極めて低密度 (1細胞あたり数コピー) でしか提示されないネオアンチゲンpMHC複合体に対しても、H2-scDbが高親和性かつ変異特異的に結合し、T細胞を効果的に活性化して腫瘍細胞を殺傷できることを示した点にある。これは、従来のTCR-T療法やTCRm抗体単剤では困難であった課題を克服するものである。また、H2-FabとpMHC複合体の結晶構造解析により、H2抗体が変異由来のHis175残基を「ケージ状」に囲むことで、高い特異性と親和性を実現する分子メカニズムを原子レベルで解明したことも、これまで報告されていない重要な知見である。

先行研究との違い: 本研究のアプローチは、従来のTCR-T療法が抱えるHLA拘束性の問題やTCRの親和性向上困難性、TCRm抗体単剤が持つ細胞殺傷機構の不足、CAR-T細胞療法が細胞内抗原を直接標的できないという限界を、pMHC特異的scFvとCD3架橋を組み合わせることで克服した点で対照的である。特に、blinatumomabなどの既存のBiTE (bispecific T-cell engager) が高発現の非腫瘍特異的抗原を標的とするのに対し、H2-scDbが極低密度の変異特異的ネオアンチゲンを標的できる点は、その感度と特異性において大きく異なる。Maude et al. NEnglJMed 2014Park et al. NEnglJMed 2018で報告されたCAR-T細胞療法はB細胞白血病で顕著な成功を収めているが、細胞内抗原には適用できないという限界があった。また、Tran et al. NEnglJMed 2016で示されたKRAS変異を標的とするT細胞移入療法は個別化された細胞操作を必要とするが、本研究のH2-scDbはオフザシェルフの薬剤として利用できる。

臨床応用: 本知見は、TP53 R175H変異を有するがん患者に対する新たな精密免疫療法の開発に直結する臨床的意義を持つ。オフザシェルフの二重特異性抗体であるH2-scDbは、個々の患者からの細胞採取や複雑な細胞操作を必要としないため、より広範な患者集団への臨床応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題も存在する。第一に、H2-scDbの標的はHLA-A02:01に提示されるネオアンチゲンであるため、治療対象患者はHLA-A02:01を保有する集団 (白人で約40%、アジア人で約15%) に限定される。今後の研究では、他の主要なHLAアレルに提示されるTP53 R175Hネオアンチゲンや、R273H、R248Q、Y220Cなどの他のTP53ホットスポット変異、さらにはKRAS G12DやIDH1 R132Hといった他のドライバー遺伝子変異由来のネオエピトープに対するMANAbodyの開発が今後の検討課題となる。第二に、オンターゲット・オフ腫瘍毒性の可能性である。HLA-A*02:01陽性の正常組織において、同様のpMHC複合体が微量に提示される可能性があり、これが予期せぬ副作用を引き起こすリスクは、非ヒト霊長類を用いた正式な毒性試験や臨床試験で慎重に評価する必要がある。第三に、二重特異性抗体の適切な半減期設計とサイトカイン放出症候群のリスク管理も重要な課題である。最後に、腫瘍細胞がHLAクラスI分子の発現をダウンレギュレーションすることで、本治療に対する耐性を獲得する可能性も考慮すべき今後の研究方向性である。

方法

ネオアンチゲン提示の証明: HLA-A02:01陽性かつTP53 R175H陽性の多発性骨髄腫細胞株 (KMS26) および他のヒトがん細胞株 (TYK-nu, KLE) をMHC免疫沈降 (IP) 後、質量分析 (MS) により解析した。これにより、HMTEVVRHC 9merペプチドが実際にpMHC複合体として細胞表面に提示されることを確認し、その提示量を絶対定量した (Wang et al. Cancer Immunol Res 2019)。COS-7細胞にHLA-A02:01と全長p53 R175Hまたはp53 WTを共発現させ、同様にMS解析を行った。

ファージディスプレイスクリーニング: 約1.5 × 10^10クローンからなるヒトsingle-chain Fv (scFv) ファージディスプレイライブラリーを用いて、HMTEVVRHC/HLA-A02:01複合体を特異的に認識するクローンを選択した。野生型ペプチドHMTEVVRCC/HLA-A02:01複合体や無関係なペプチドとの反応性をネガティブセレクションで除外することで、変異特異性を担保した。選択されたファージクローンはフローサイトメトリーで評価した。

二重特異性単鎖ダイアボディ (H2-scDb) 構築: 最適化された抗pMHC scFv (H2と命名) と、T細胞受容体-CD3複合体に結合する抗CD3ε scFv (UCHT1由来) を短いリンカーで連結し、single-chain diabody (scDb) 構造を構築した。複数の抗CD3ε scFv (UCHT1, UCHT1v9, L2K-07, OKT3, hXR32) を比較検討し、最も強力なT細胞活性化を誘導するUCHT1を選択した。

親和性測定: 表面プラズモン共鳴 (SPR) 法を用いて、H2-scDbとHMTEVVRHC/HLA-A*02:01複合体の解離定数 (K_d) を測定した。結合速度定数 (k_on) および解離速度定数 (k_off) も算出した。

結晶構造解析: H2-Fab (H2-scFvをFab形式に変換したもの) とp53 R175H/HLA-A*02:01三元複合体のX線結晶構造を3.5 Å分解能で解析した (PDB ID 6W51)。分子置換法により構造を決定し、R175H変異由来のHis残基 (ペプチド7位) の認識機序を原子レベルで解明した。

細胞殺傷アッセイ: 健常ドナー由来のヒトT細胞 (PBMCから分離・培養) とH2-scDbを共添加し、HLA-A*02:01陽性かつTP53 R175H陽性の腫瘍細胞株 (KMS26、TYK-nu、KLE、および複数の大腸がん・卵巣がん株) の殺傷をクロム遊離アッセイ、ルミネッセンス細胞毒性アッセイ、およびIncuCyte live-cell imagingシステムを用いて評価した。T細胞の活性化は、IFN-γ、TNF-α、IL-2、グランザイムB、パーフォリンなどのサイトカインおよび細胞傷害性顆粒タンパク質の分泌をELISAおよびサイトメトリービーズアレイで測定することで評価した。

特異性検証: HLA-A02:01発現またはp53 R175H変異に関して異なる9対の同質遺伝子細胞株を用いて、H2-scDbの特異性を検証した。具体的には、HEK293FT細胞やSaos-2細胞にp53 WTまたはp53 R175Hを過剰発現させたり、HLA-A02:01発現が低い細胞株 (AU565, SK-BR3, HuCCT1, CCRF-CEM) にHLA-A*02:01をレトロウイルスで導入したり、内因性p53 R175Hを持つ細胞株 (KMS26, KLE, TYK-nu) でCRISPR-Cas9を用いてTP53遺伝子をノックアウトしたりした。

交差反応性評価: スキャニング変異導入法を用いて、HMTEVVRHCペプチドの各アミノ酸位置を他の19種類のアミノ酸に置換したペプチドライブラリーを作成した。これらの変異ペプチドをパルスしたT2細胞を用いて、H2-scDbによるT細胞活性化 (IFN-γ放出) を測定し、認識モチーフを特定した。このモチーフを用いてUniProtKBヒトプロテオームデータベースを検索し、候補となる交差反応性ペプチドを同定した。同定された候補ペプチド (STAT2, VPS13A, ZFP3由来) をパルスしたT2細胞や、全長タンパク質を発現させたCOS-7細胞を用いて、H2-scDbの交差反応性をin vitroで評価した。

in vivo実験: NOD-SCID-Il2rg-/- (NSG) 免疫不全マウスに、ルシフェラーゼ発現KMS26腫瘍細胞株を静脈内移植し、ヒトT細胞を共移植した。腫瘍移植後早期 (1日後) および確立された腫瘍 (6日後) の2つのモデルで、H2-scDb (0.15または0.3 mg/kg/day) を持続皮下注入ポンプで投与し、腫瘍増殖抑制効果を生物発光イメージングで評価した。対照として、アイソタイプコントロールscDbまたはビヒクルのみを投与した群を設定した。TP53ノックアウトKMS26腫瘍に対する効果も評価した。統計解析にはGraphPad Prism version 8.0を使用し、各実験のP値は図表の凡例に記載の通り、両側t検定または分散分析を用いて算出された。