• 著者: Ke Xu, Na Yin, Min Peng, Efstathios G. Stamatiades, Amy Shyu, Peng Li, Xian Zhang, Mytrang H. Do, Zhaoquan Wang, Kristelle J. Capistrano, Chun Chou, Andrew G. Levine, Alexander Y. Rudensky, Ming O. Li
  • Corresponding author: Ming O. Li (lim@mskcc.org) (Immunology Program, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Science
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-01-21
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33479154

背景

T細胞が抗原刺激を受けて活性化し、エフェクターT (Teff) 細胞へと分化・増殖する過程において、代謝経路の劇的な再プログラミングが生じることは広く知られている。特に、酸素が存在する環境下であっても解糖系を優先的に利用する「有酸素下解糖 (Warburg効果)」へのシフトは、T細胞の生存やエフェクター機能の維持に不可欠であると考えられてきた (Wang and Green, 2012; MacIver et al., 2013)。先行研究においては、解糖系酵素である乳酸デヒドロゲナーゼA (LDHA) が細胞傷害性T細胞のサイトカイン産生を促進することが報告されていたが (Peng et al., 2016)、解糖系代謝がT細胞の分化や活性化を制御するシグナル伝達経路とどのように直接連関しているのか、その具体的な生化学的メカニズムは未解明であった。さらに、T細胞における解糖系の重要性そのものについて疑問を呈する報告もあり (Ma et al., 2019)、代謝とシグナル伝達の相互作用に関する理解には依然として大きな知識ギャップが存在していた。このように、免疫代謝分野における詳細な分子機序の解明は不十分であり、シグナル伝達と代謝を結びつける生化学的データは決定的に不足していた。

特に、T細胞の生存・分化を制御する主要なシグナル軸であるPI3K (phosphoinositide 3-kinase)-Akt-Foxo1 (forkhead box O1) 経路において、T細胞で主要に発現するPI3Kδ (phosphoinositide 3-kinase delta) アイソフォームのATP (adenosine triphosphate) に対するMichaelis定数 (Km) は約118 μMと極めて高い。これは、TCR (T cell receptor) 近位シグナル分子であるZap70 (zeta-chain-associated protein kinase 70) のKm値 (約3 μM) と比較して著しく高く、PI3K活性が細胞内のATP濃度変化に対して極めて敏感に反応する「生化学的センサー」として機能する可能性を示唆していた。しかし、解糖系由来のATP産生が実際にPI3Kシグナル伝達の生化学的律速因子として機能し、T細胞免疫応答を制御しているかという点については、直接的な実証データが不足していた。本研究は、LDHAを介した解糖系ATP産生がPI3K-Akt-Foxo1シグナル伝達を調節する生化学的レオスタットとして機能するという仮説を検証し、代謝とシグナル伝達の統合的な制御メカニズムを解明することを目的とした。

目的

本研究の目的は、解糖系酵素であるLDHA (lactate dehydrogenase A) 依存的な代謝活性が、CD8+エフェクターT細胞におけるPI3K (phosphoinositide 3-kinase)-Akt-Foxo1シグナル伝達経路を直接的に調節しているかを検証することである。具体的には、遺伝子欠損マウスモデルおよび薬理学的阻害剤を用いて、LDHA欠損がT細胞の増殖、分化、および抗微生物免疫応答に与える影響を多角的に評価する。さらに、細胞膜透過処理技術を用いた外因性ATP補充実験により、解糖系由来のATPがPI3KによるPIP3 (phosphatidylinositol 3,4,5-trisphosphate) 生成の生化学的律速因子として機能しているかを実証し、栄養代謝と成長因子シグナル伝達が高度に統合された「生化学的エネルギーセンサー機構」の全貌を明らかにすることを目指す。

結果

LDHA発現のPI3K依存的誘導: LM-OVA感染後の脾臓から回収したH-2Kb-OVA+ CD8+ Teff細胞において、LDHAのタンパク質発現量はナイーブCD8+ T細胞と比較して 5.0-fold に増加していた (Fig. 1A)。抗CD3抗体による刺激強度依存的にLDHAおよびその転写因子であるc-Mycの発現が増加し、この誘導はPI3K阻害薬CAL-101の添加によって完全に消失した (Fig. 1B, C)。一方で、TCR近位シグナルであるpZap70およびpLATはCAL-101処理による影響をほとんど受けなかった。この結果は、Teff細胞におけるLDHAの発現が、TCR近位シグナルではなくPI3K-c-Myc経路を介して選択的に制御されていることを示している。

LDHA欠損による抗菌免疫不全と分化障害: Tbx21 Cre Ldha fl/fl マウス (KO) において、LM-OVA感染7日後の抗原特異的H-2Kb-OVA+ CD8+ T細胞の割合は、WTマウスと比較して 1% 未満にまで著明に減少した (Fig. 1D)。このT細胞減少は感染後7日、24日、60日、および二次感染3日目のすべてのタイムポイントで一貫して観察された (Fig. 1E)。KOマウスでは細菌の排除が著しく遅延し、脾臓における細菌数が有意に高値を示した (p<0.001) (Fig. 1F)。WTおよびKOのOT-I T細胞を用いた1:1共移植実験 (n=3 mice) では、KO T細胞はWTに対して著しい競合劣位を示し、CFSE希釈解析から増殖能の低下が確認された (Fig. 2A, B)。さらに、KO T細胞はCD44hiCD62Lloのエフェクター表現型への移行が障害され、CD62Lhiの発現を維持していた (Fig. 2C)。また、KLRG-1hi CD127lo SLEC (short-lived effector cells) の割合が著しく低下し、KLRG-1lo CD127hi MPEC (memory precursor effector cells) の割合が相対的に増加していた (Fig. 2C)。

Akt-Foxo1シグナル伝達の選択的減弱: KO OT-I T細胞において、pAkt(T308)、pFoxo1(T24)、およびpFoxo1(S256)のリン酸化レベルは著しく低下していた (p<0.001) (Fig. 2D)。対照的に、TCR近位シグナルであるpZap70およびpLATのリン酸化は正常に維持されていた。Aktによるリン酸化を受けない活性型Foxo1変異体を発現する Foxo1 AAA/+ マウス (n=4 mice) では、抗原特異的CD8+ T細胞の著明な減少、CD62Lの高発現維持、およびKLRG1の発現低下が観察され、LDHA欠損マウスの表現型が正確に模倣された (Fig. 2F)。この結果は、LDHAがAkt-Foxo1経路を活性化してFoxo1を抑制することにより、Teff細胞の適切な活性化と分化を支持していることを裏付けている。

解糖系ATPによるPI3K活性の生化学的制御: Cd4 Cre Ldha fl/fl マウス由来の活性化T細胞 (n=3 cells) では、細胞内ATPレベルの低下に伴い、AMPKα (AMP-activated protein kinase alpha) のリン酸化 (p-AMPKα T172) が亢進していた (Fig. 3B)。SLOを用いた細胞膜透過処理により、細胞外からATPを直接補充したところ、LDHA欠損T細胞で減弱していたpAktおよびpFoxo1のリン酸化が劇的に回復した (p<0.0001) (Fig. 3C)。さらに、PI3Kの直接的な活性指標である細胞膜上のPIP3生成量を定量したところ、LDHA欠損細胞ではPIP3量が著しく低下していたが、SLOを介した外因性ATPの補充によってWTと同等レベルにまで回復した (Fig. 3D)。この結果は、解糖系由来のATPがPI3KによるPIP3生成の直接的な基質・律速因子として機能していることを示している。

細胞内レドックス制御とエネルギー代謝シフト: LDHA欠損T細胞では、ピルビン酸から乳酸への変換障害に伴い、細胞内のNAD+/NADH比が 0.5-fold 以下に有意に低下していた (p<0.01) (Fig. 4B)。Seahorse解析の結果、KO T細胞 (n=5 replicates) ではECAR (細胞外酸性化速度) が著しく低下する一方で、OCR (酸素消費速度) および予備呼吸能 (SRC) が有意に上昇していた (Fig. 4C)。WT T細胞において、ATP合成酵素阻害薬であるoligomycin処理はAktおよびFoxo1のリン酸化を抑制したが、ミトコンドリア脱共役剤であるFCCP処理、あるいはoligomycinとFCCPの併用処理は、ミトコンドリア呼吸を代償的に亢進させることでAkt-Foxo1シグナルを維持した (Fig. 4E)。しかし、解糖系が破綻しているKO T細胞では、FCCPによるシグナル回復効果は全く認められなかった (Fig. 4E)。同様の現象はヒト初代T細胞においても確認され、LDHA阻害薬によるAkt-Foxo1シグナルの抑制がSLO-ATP補充によって回復した。

考察/結論

本研究は、解糖系酵素LDHAを介した代謝活性が、単なるエネルギー産生経路にとどまらず、PI3K-Akt-Foxo1シグナル伝達経路を精密に制御する生化学的レオスタットとして機能していることを明らかにした。PI3KδのATPに対するKm値 (約118 μM) がZap70などの他のキナーゼと比較して著しく高いという生化学的特性に基づき、解糖系由来のATPがPI3KによるPIP3生成の直接的な制限因子となるという「代謝-シグナル統合モデル」を提唱した。

先行研究との違い: これまでの免疫代謝研究では、解糖系の活性化がT細胞のエフェクター機能に重要であることは知られていたが、特定の代謝酵素がシグナル伝達分子の活性を直接的にゲーティングする機構は未解明であった。本研究は、解糖系代謝の低下がTCR近位シグナルを損なうことなく、PI3K-Akt-Foxo1シグナルを選択的に減衰させることを示した点で、代謝とシグナルを並行プロセスとして捉えていた従来の知見と大きく異なる。

新規性: 本研究で初めて、LDHA依存的な解糖系ATP産生がPI3Kシグナルを駆動し、それによって誘導されたc-MycがさらにLDHA発現を高めるという「解糖系-PI3K正フィードバックループ」を新規に同定した。この生物エネルギー的フィードバック機構は、免疫細胞におけるWarburg効果の存在意義を説明する新しい概念である。

臨床応用: 本研究で見出された代謝-シグナル制御機構は、がん細胞におけるWarburg効果の維持機構の解明や、がん治療における代謝標的療法の開発といった臨床応用に直結する。また、腫瘍微小環境におけるグルコース枯渇がT細胞のPI3Kシグナル減弱を引き起こし、免疫機能障害 (エフェクティブネスの低下) を誘発するメカニズムの説明にも資する。この知見は、がん免疫療法においてT細胞の解糖系代謝を人為的に強化・維持する新たな治療戦略の構築に臨床的有用性を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、PI3Kδ以外のPI3Kアイソフォームが同様のATPセンシング能を有しているかどうかの検証が必要である。また、腫瘍微小環境における乳酸蓄積やpH低下が、本フィードバック機構に与える影響についての詳細な解析も、今後の重要な研究方向性として残されている。

方法

マウスモデル: 本研究では、エフェクターT細胞特異的にLDHAを欠損させた Tbx21 Cre Ldha fl/fl マウス (KO) および、ナイーブT細胞段階からLDHAを欠損させた Cd4 Cre Ldha fl/fl マウスを作製した。対照群には野生型 (WT) である Ldha fl/fl マウスを使用した。バックグラウンドとして C57BL/6J マウスを用いた。抗原特異的なCD8+ T細胞応答を評価するため、OT-I TCRトランスジェニックマウスを交配させた。また、Aktによるリン酸化を受けない変異型Foxo1を発現する Foxo1 AAA/+ マウス (Foxo1 S319A/T24A/S256A) を用いて、LDHA欠損の表現型模倣実験を行った。

感染モデルおよび同種移入実験: Listeria monocytogenes-OVA (LM-OVA) 感染モデルおよびリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス (LCMV) 感染モデルを使用し、生体内での抗微生物免疫応答を評価した。同種移入実験では、CFSE (carboxyfluorescein succinimidyl ester) で標識したWTおよびKOのOT-I CD8+ T細胞を1:1の比率でWT宿主マウスに共移植し、LM-OVA感染後の増殖および分化を競合的に評価した。

シグナル伝達および生化学解析: 抗CD3および抗CD28抗体刺激後のT細胞からタンパク質を抽出し、pAkt(T308)、pFoxo1(T24/S256)、pZap70(T319)、pLAT(T191)の免疫ブロット解析を行った。PI3K阻害薬 (CAL-101)、ATP合成酵素阻害薬 (oligomycin)、ミトコンドリア脱共役剤 (FCCP) を用いてシグナル変化を追跡した。細胞膜透過処理には SLO (streptolysin O) を使用し、外因性ATPを細胞内に直接導入した。PI3Kの活性測定として、免疫蛍光染色法を用いて細胞膜上の PIP3 量を定量化した。

代謝プロファイリング: 細胞内NAD+/NADH比をルミネッセンス測定法で定量した。細胞外酸性化速度 (ECAR) および酸素消費速度 (OCR) は、Seahorse XFアナライザーを用いて測定し、解糖活性および酸化的リン酸化活性を評価した。

統計解析: 群間比較には、Student t-test (対応のないt検定および対応のあるt検定) または二元配置分散分析 (two-way ANOVA) を使用し、統計的有意性を評価した。