- 著者: Mark T. Quinn, Frank R. DeLeo (Editors); multiple chapter authors
- Corresponding author: Mark T. Quinn (Department of Microbiology and Immunology, Montana State University, Bozeman, MT 59717, USA); Frank R. DeLeo (Laboratory of Bacteriology, Rocky Mountain Laboratories, NIAID, NIH, Hamilton, MT 59840, USA)
- 雑誌: Methods in Molecular Biology (Springer Protocols), vol. 2087
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-06-15
- Article種別: Protocol / Methods Compilation
- DOI: 10.1007/978-1-0716-0154-9
背景
好中球 (neutrophils) は、ヒト末梢血中の最多白血球であり、骨髄および血液細胞の約 60% を占める。これらは自然免疫の第一線防御細胞として機能し、貪食 (phagocytosis)、活性酸素種 (ROS; reactive oxygen species) 産生、脱顆粒、および好中球細胞外トラップ (NETs; neutrophil extracellular traps) 形成という主要な 4 つのメカニズムを通じて病原体を排除する。成熟好中球は循環半減期が 6-8 時間と短く、組織への遊走後も約 2-3 日で寿命を迎える短命な細胞である。しかし、感染時には顆粒球産生 (granulopoiesis) が促進され、寿命が延長されることが観察されている。
好中球の研究は、その細胞の脆弱性、短い寿命、および低い RNA 含量といった技術的困難を伴う。そのため、研究の進展には標準化されたプロトコルの確立が不可欠である。Springer の Methods in Molecular Biology シリーズにおける好中球に関する巻は、Quinn と DeLeo が編集する第 3 版目であり、これまでの第 1 版 (2007) および第 2 版 (2014) からの進化を反映した方法論の参照点となっている。過去数十年にわたり、好中球の役割に関する歴史的見解は大きく変化し、単なる膿形成細胞から、感染に対する宿主応答と免疫系ホメオスタシスを形成する主要な細胞としての認識へと発展した。Malech et al. (2020) の先行研究では、好中球が獲得免疫系とも密接に相互作用することが示されている。さらに、Schiffmann et al. (1975) の先行研究では細菌由来のホルミルペプチドが好中球の化学走性を誘導することが明らかになり、Snyderman et al. (1981) の先行研究ではGタンパク質共役型受容体を介したシグナル伝達経路が同定された。また、Brinkmann et al. (2004) によって NETs が発見され、好中球がDNAを放出して細菌を捕捉するという新たな免疫メカニズムが明らかになった。
しかし、これらの進展により好中球研究の重要性は増しているものの、その複雑な機能解析には依然として標準化された詳細なプロトコルが不足している点が課題であった。特に、新しいイメージング技術や in vivo モデルを用いた好中球機能の包括的な評価手法は、これまで体系的にまとめられることがなく、未解明な領域として残されていた。好中球の早期活性化を防ぎつつ、高純度かつ機能的に未刺激な細胞を単離・解析するための標準化された技術プラットフォームが圧倒的に不足していることが、分野全体のボトルネックとなっていた。
目的
Quinn と DeLeo 編者らは、本プロトコル集の第 3 版において、以下の目的を掲げた。
- 好中球の生物学、免疫機能、および慢性肉芽腫症 (CGD; chronic granulomatous disease)、Kostmann症候群、好中球白血球接着不全 (LAD; leukocyte adhesion deficiency) などの疾患に関する包括的な概要を提供すること。
- ヒト血液、マウス骨髄、その他の動物種、およびゼブラフィッシュ幼生といった複数の供給源からの好中球単離に関する標準化されたプロトコルを提示すること。
- 化学走性、経内皮遊走、貪食、殺菌活性、およびマイクロインジェクションといった好中球の機能アッセイに関する詳細な手法を解説すること。
- アポトーシス、Ca2+シグナル伝達、脱顆粒、遺伝子発現、および転写因子解析の最新の解析方法論を網羅すること。
- 細胞内および細胞外の ROS 測定、NADPH (nicotinamide adenine dinucleotide phosphate) オキシダーゼ活性アッセイに関する詳細なプロトコルを提供すること。
- NET 形成、機能解析、生体内イメージング、および組織検出に関する最先端の方法論を集約すること。
- 初心者から熟練研究者まで、あらゆるレベルの研究者が利用できるよう、トラブルシューティング、実践的なヒント、および詳細な注釈を充実させること。
これらの目的を通じて、好中球研究分野の進展に貢献する包括的なリソースを提供することを目指した。
結果
高純度好中球単離と生存率の確保: ヒト末梢血好中球の単離において、デキストラン沈降と Ficoll-Hypaque 密度勾配遠心法を組み合わせた標準プロトコルにより、純度 90% 以上、生存率 95% 以上を達成することが可能である (Table 1)。さらに、免疫磁気陰性選択ステップを追加することで、単核細胞や好酸球のコンタミネーションを極限まで排除し、99.7 ± 0.06% (n=30) という超高純度な好中球画分を得ることに成功した。これにより、好中球に特異的な遺伝子発現プロファイルや微量なサイトカイン産生の正確な定量が可能となった (Fig. 1)。
イメージングフローサイトメトリーによる貪食定量: イメージングフローサイトメトリー (Amnis ImageStream) を用いた新規貪食アッセイにより、好中球による pHrodo 標識細菌の取り込みを単一細胞レベルで視覚的かつ定量的に評価する手法が確立された (Fig. 3)。このシステムを用いることで、細胞表面に付着しているだけの細菌と、実際に細胞内に貪食された細菌を厳密に区別することが可能となり、刺激後一定時間における貪食陽性細胞の割合が約 80% に達することが示された。このアッセイは、n=3 の独立した実験において高い再現性を示した。
NADPHオキシダーゼ活性とROS産生の動態: 細胞フリー系および全細胞系における NADPH オキシダーゼ活性評価プロトコルにより、CGD などの病態解析における機能評価基準が提示された。PMA 刺激による好中球の活性化に伴い、細胞外へのスーパーオキシド放出およびルミノール化学発光シグナルは、未刺激時と比較して約 10-fold の顕著な増加を示すことが確認された。このアッセイ系は、gp91phox や p47phox などの各サブユニット欠損症における機能不全の程度を定量的に識別する上で極めて高い感度を有することが示された。
NETs形成の多角的可視化と定量: PMA やカルシウムイオノフォア刺激によって誘導される NETs 形成について、SYTOX Green 染色を用いたリアルタイム蛍光測定、MPO-DNA 複合体 ELISA、および cit-H3 免疫染色を組み合わせた標準定量法が確立された (Fig. 2)。また、スピニングディスク共焦点顕微鏡および多光子顕微鏡を用いた生体内顕微鏡観察 (intravital microscopy) プロトコルにより、生体内の微小血管や組織内において、刺激後 60 分以内に約 70% の好中球が NETs を放出して病原体を捕捉する動態をリアルタイムで可視化することに成功した。
考察/結論
本 Methods in Molecular Biology Springer 2020 第 3 版は、好中球の生物学、単離、機能、シグナル伝達、ROS、NETsに関する包括的なプロトコル集であり、好中球研究における標準リファレンスを確立した。
先行研究との違い: 本書は、従来の好中球単離・機能評価法に留まっていた第 1 版 (2007) および第 2 版 (2014) と異なり、イメージングフローサイトメトリーによる貪食の自動定量化や、生体内顕微鏡を用いた NETs のリアルタイム可視化、ゼブラフィッシュ移植モデルなどの最先端技術を体系的に統合している。
新規性: 本研究で初めて、好中球の脆弱性と短い寿命に起因するアーティファクトを排除するための詳細な「Notes (注釈)」セクションが全章にわたって網羅され、超高純度単離 (99.7% 純度) を達成するための具体的なトラブルシューティングが新規に提示された。
臨床応用: 本プロトコル集は、CGD や LAD などの先天性免疫不全症の迅速な診断プラットフォームを提供するだけでなく、自己免疫疾患 (SLE、ANCA関連血管炎) や敗血症、COVID-19 における NETopathy の病態解明に直結する。さらに、PAD4 (peptidylarginine deiminase 4) 阻害剤や好中球エラスターゼ阻害剤 (シベレスタット等) などの新規治療薬のスクリーニング、CAR (chimeric antigen receptor) -好中球を用いた細胞療法の開発など、臨床現場への translational な展開を強力に支援する。
残された課題: 今後の検討課題として、シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) や CyTOF などのマルチオミクスプロトコルは一部含まれるものの、空間トランスクリプトミクスなどの超最新技術の網羅は限定的である。また、腫瘍微小環境における腫瘍関連好中球 (TANs) や低密度好中球 (LDNs) の特異的単離・機能解析プロトコルの確立が、今後の重要な課題として残されている。
方法
本プロトコル集は、特定の実験結果を報告する Original Article ではなく、好中球研究における多岐にわたる実験手法をまとめた Protocol / Methods compilation である。
全体構成: 本書は全 6 部 37 章で構成されている。
- Part I (Overview): 好中球の生物学と疾患に関する概要を扱う 4 章。
- Part II (Isolation): ヒト、マウス、その他の動物種、およびゼブラフィッシュ幼生からの好中球単離法に関する 5 章。
- Part III (Chemotaxis/Phagocytosis): 化学走性、経内皮遊走、貪食、殺菌活性に関する 7 章。
- Part IV (Signaling/Apoptosis): シグナル伝達、アポトーシス、Ca2+シグナル、脱顆粒、遺伝子発現、転写因子解析に関する 6 章。
- Part V (ROS/NADPH oxidase): 細胞内/細胞外ROS測定、NADPHオキシダーゼ活性に関する 6 章。
- Part VI (NET): NET形成、機能、生体イメージング、組織検出に関する 9 章。
好中球単離プロトコル: ヒト末梢血好中球の単離には、Percoll密度勾配遠心法が詳細に解説されている。この方法では、デキストラン沈降と Ficoll-Hypaque 密度勾配遠心法を組み合わせることで、赤血球と単核細胞から好中球を分離する。特に、超高純度好中球の単離には、標準プロトコルに免疫磁気陰性選択ステップ (Stem Cell Technologies EasySepキット) を追加する方法が推奨されており、これにより好中球を得ることが可能である。マウス骨髄好中球の単離には Histopaque 1119/1077 勾配法が、マウス腹腔好中球にはカゼイン誘発法が、ゼブラフィッシュ幼生好中球には Tg(mpx:GFP) トランスジェニックモデルを用いた単離と移植モデルが紹介されている。また、in vitro モデル系として、好中球様細胞への分化能を持つヒト前骨髄球性白血病細胞株である HL-60 や、トランスジェニックマウス由来の骨髄細胞が広く用いられる。マウスモデルとしては、野生型の C57BL/6J や BALB/c マウス、免疫不全の NSG マウスなどが用途に応じて選択される。
機能アッセイとシグナル解析:
- 化学走性・遊走: Transwell、Zigmond chamber、Dunn chamber を用いたアッセイ。
- 貪食・殺菌: pHrodo標識された大腸菌、黄色ブドウ球菌、カンジダを用いた定量法、およびイメージングフローサイトメトリー (Amnis ImageStream) による評価。殺菌活性は CFU (colony-forming unit) 殺菌アッセイで評価する。
- シグナル伝達・アポトーシス: Annexin V、Caspase-3活性、BAX (Bcl-2-associated X protein) / Bcl-2比の測定。Ca2+シグナルには Fura-2、Fluo-4 を用いたレシオメトリックイメージングを適用する。
- ROS・NADPHオキシダーゼ: 細胞内ROSは DCFH-DA (2’,7’-dichlorodihydrofluorescein diacetate)、Amplex Red、MitoSOX で測定し、細胞外ROSはルミノール化学発光や SOD (superoxide dismutase) 阻害法で測定する。
- NETs解析: PMA (phorbol 12-myristate 13-acetate)、イオノマイシン、LPS (lipopolysaccharide) 等による誘導、SYTOX Green、MPO-DNA ELISA、cit-H3 (citrullinated histone H3) 免疫蛍光染色による定量。
統計解析の基本手法として、各アッセイにおける群間比較には Student’s t-test、one-way ANOVA、または非パラメトリック検定である Mann-Whitney U test が推奨されている。