• 著者: Sven Brandau (Editor), Anca Dorhoi (Editor)
  • Corresponding author: Sven Brandau (University Hospital Essen, West German Cancer Center) / Anca Dorhoi (Friedrich-Loeffler-Institut, Greifswald)
  • 雑誌: Methods in Molecular Biology (Springer/Humana Press)
  • 発行年: 2021
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Methods Book (Protocol Collection)
  • DOI: 10.1007/978-1-0716-1060-2

背景

骨髄由来抑制細胞 (myeloid-derived suppressor cells, MDSC) の研究は 1990 年代後半に「骨髄抑制細胞 (MSC)」の概念として始まり、その後急速に発展してきた。現在 PubMed での MDSC ヒット件数は数千件に達し、がん免疫療法における主要な免疫抵抗機構として広く認識されている (Sharma & Allison 2015)。MDSC は大きく多形核 (PMN-MDSC) と単球性 (M-MDSC) に大別されるが、これらが真に独立した「細胞種」を構成するのか、それとも病理学的な環境下で免疫抑制活性を獲得した好中球・単球・マクロファージを包括的に指しているのかという議論が今日でも続いている (Veglia et al)。PMN-MDSC と腫瘍関連好中球 (tumor-associated neutrophils, TAN) の表現型的重複も MDSC 同定を困難にする要因の一つであり、形態・マーカー・機能を一体で評価する必要がある (Casbon et al)。こうした背景から、MDSC 研究の再現性・信頼性を確保するための標準化されたプロトコル集の必要性は高まっており、従来は施設間で手技・判定基準がばらついており、再現性の担保が不十分であったという問題が指摘されていた。本書「Methods in Molecular Biology Vol. 2236」はその要求に応える初の包括的プロトコル集として刊行された。

目的

本書の目的は、MDSC の同定・単離・表現型解析・機能評価・in vitro 誘導・in vivo 可視化に関する再現可能なステップバイステップのプロトコルを提供し、MDSC 研究に従事する初学者から経験豊富な研究者まで、実験間・施設間の標準化を促進することである。がん・感染症・炎症を含む多分野の研究者が参照できる横断的プロトコル集として設計されている。

結果

MDSC の表現型解析プロトコル群: ヒト末梢血 MDSC の免疫表現型解析 (Chapter 1、Bruderek ら) では、PMN-MDSC (Lin⁻ HLA-DR⁻/low CD33⁺ CD11b⁺ CD15⁺) と M-MDSC (Lin⁻ HLA-DR⁻/low CD33⁺ CD14⁺) の標準 7 色フローサイトメトリーパネルが提示され、ゲーティング戦略が詳述されている (Table 1)。非ヒト霊長類 (NHP) サンプルでのフェノタイピング (Chapter 2、Lin ら) は種差に注意した抗体クロスリアクティビティ検証の重要性を示し、カニクイザル・アカゲザルでの 14 色パネルが記載されている。マウス脾臓 MDSC の単離・表現型解析 (Chapter 3、Sanseviero ら、4T1 乳がんモデル n=5 mice/群使用) では CD11b⁺ Gr-1⁺ をベースとしたゲーティングに加えて Ly6G⁺ Ly6Clow (PMN-MDSC) / Ly6G⁻ Ly6Chigh (M-MDSC) 亜分画同定法が提供されている。腫瘍由来マウス MDSC の単離 (Chapter 4、Barouni ら) は EG7 胸腺腫モデルを使用し、腫瘍微小環境からの解離・単離における組織消化条件 (コラゲナーゼ D 1 mg/mL + DNase I 0.5 mg/mL、37°C 30 分) を最適化した手順を示す (Table 2)。

機能解析・高次元表現型解析プロトコル群: ヒト末梢血循環 MDSC の単離と免疫抑制活性評価 (Chapter 5) では、PBMC 密度勾配分離後の CD11b⁺ または CD15⁺ 正選択による MDSC 濃縮 (純度 >85%) と、自己 T 細胞増殖抑制アッセイ (CFSE 希釈法、エフェクター:サプレッサー比 1:1、48-72 時間共培養、n=5 ドナー) による機能的定義の確認手順が示されている。組織内 MDSC・腫瘍関連マクロファージ (TAM) の高次元解析 (Chapter 6、Ferrant ら) では CyTOF マスサイトメトリーを用いた 42 マーカー同時解析プロトコルを提供し、データ解析には viSNE・FlowSOM クラスタリングアルゴリズムの適用が詳述されている (Fig 1)。MDSC の抑制活性とオートファジーの測定 (Chapter 9) では iNOS 活性測定 (グリース試薬法、IC50 相当値の ROS 濃度設定)・ROS 産生 (DCFH-DA probe、平均蛍光強度 fold change 2-5 倍が典型的陽性閾値)・オートファジー (LC3-II 蓄積量、GFP-LC3 puncta 計数 n=50 cells/条件) の組み合わせた機能的プロファイリングが提示されている。

MDSC の機能操作・in vitro 誘導プロトコル群: マウスがんモデルにおける MDSC の枯渇・成熟誘導 (Chapter 7、Groth ら) では、5-フルオロウラシル (5-FU、25-50 mg/kg i.v.)・anti-Gr-1 抗体 (100 μg/mouse i.p.)・ATRA (0.5 mg/mouse 9日間) を用いた 3 種類の MDSC 操作戦略と B16 黒色腫モデルでの評価を示す (Table 3)。ヒト好中球性 MDSC の in vitro 誘導 (Chapter 8) では健常人ドナー末梢血 (n=8-12) から G-CSF (10 ng/mL) + IL-6 (10 ng/mL) または腫瘍上清刺激 (20% v/v) による PMN-MDSC 様細胞の誘導プロトコルが詳述され、誘導効率は T 細胞増殖抑制率として fold change 0.2-0.5 (対照比) で評価する。マウス骨髄前駆細胞への GM-CSF (40 ng/mL) + IL-6 (40 ng/mL) 処理による MDSC in vitro 誘導 (Chapter 10) では 96 時間培養後に Ly6G⁺/Ly6Clow PMN-MDSC の割合が >50% に達することを確認する。

高次元解析・生体内イメージングプロトコル: グリオブラストーマ患者の循環・組織 MDSC の高次元解析 (Chapter 13、Alban ら、n=10 患者) では末梢血と腫瘍組織の MDSC を CyTOF と scRNA-seq で並行解析する統合ワークフローが提示されている。マウス乳がんモデル脾臓 MDSC のシングルセルトランスクリプトーム解析 (Chapter 14、Alshetaiwi ら、4T1 モデル n=3 mice/群) では 10× Genomics Chromium を用いた scRNA-seq ライブラリ調製・クオリティコントロール (>1,000 genes/cell 閾値)・Seurat パッケージによるクラスタリング解析の一連の手順が示され、5-8 個の転写サブセット同定が可能となった。マウス脛骨の生体内 2 光子顕微鏡法 (Chapter 15、Hasenberg ら) では骨髄内 MDSC・CD8⁺ T 細胞・血管の同時多色可視化プロトコルが提示され、Q-ドット血管造影と蛍光タンパク質発現マウスの組み合わせにより骨内免疫細胞動態を nm スケールで解析できる (Fig 2)。

考察/結論

① 先行研究との違い: 本書はこれまでに出版された MDSC レビュー・原著論文集とは異なり、初の包括的プロトコル集として刊行された点が最大の貢献である。従来の MDSC 研究では施設間の表現型定義や機能アッセイ条件のばらつきが大きく、再現性問題が指摘されていたが (Veglia ら)、本書が標準プロトコルを提供することでこれを解決する。とくに PMN-MDSC / M-MDSC の機能的定義 (表現型だけでなく T 細胞抑制の実証を必須とする) を全プロトコルに一貫させた点が対照的である。

② 新規性: 本書で新規に取り上げた技術として、MDSC 研究への scRNA-seq (Chapter 14) および生体内 2 光子顕微鏡 (Chapter 15) の初の詳細プロトコル化が挙げられる。また、感染症文脈での MDSC 解析 (Chapter 11-12) は MDSC が感染防御においても免疫調節的役割を果たすという本研究で初めて詳述された視点であり、従来のがん研究中心の MDSC フィールドを大きく拡張した。NHP でのフェノタイピング (Chapter 2) もこれまで詳細プロトコルが乏しかった領域への新規な取り組みである。

③ 臨床応用: MDSC はがん免疫療法に対する主要な一次耐性機構であり (Sharma & Allison 2015)、PD-1/PD-L1 阻害薬の効果を減弱させる (Koyama et al)。本書のプロトコルの臨床応用として、MDSC を治療標的とする臨床試験での患者末梢血 MDSC モニタリング基盤が整備される。ヒト MDSC の標準化定量法 (Chapter 1, 5) が確立されることで、抗 MDSC 療法の companion biomarker として末梢血 MDSC 計測を採用する臨床試験デザインが可能となり、臨床的有用性の高い biomarker research に直結する。

④ 残された課題: MDSC の機能的定義 (単なる表現型ではなく T 細胞抑制を示すこと) を全施設で標準化する方法論的コンセンサスの確立が今後の課題である。また、腫瘍内 MDSC の in situ 解析プロトコル (multiplexed IF/IHC) は本書ではカバーされておらず、今後の版での追加が望まれる。CyTOF や scRNA-seq の解析パイプラインの標準化も残された課題であり、MDSC フィールドを超えたバイオインフォマティクス統合が必要となる。ヒト末梢血での MDSC の分離効率 (純度 >85%) と腫瘍組織内での量の差も、今後の methodological 研究の対象である。

方法

本書は Methods in Molecular Biology シリーズの一巻として、各章が独立した実験プロトコルとして構成されている。プロトコルは (1) イントロダクション、(2) 材料・試薬リスト、(3) 詳細な手順 (ステップバイステップ)、(4) トラブルシューティングを含む Notes セクションの定型構成に従う。対象サンプルはヒト末梢血、マウス脾臓・腫瘍、非ヒト霊長類 (NHP)、感染症モデル動物、牛 (ウシ好中球) と多岐にわたる。主要技術として、フローサイトメトリー (多パラメータ、n=5-10 ドナー推奨)、マスサイトメトリー (CyTOF、42 マーカー同時解析)、磁気細胞分離 (MACS)、蛍光活性化セルソーティング (FACS)、生体内 2 光子顕微鏡、シングルセル RNA シーケンシング (scRNA-seq、10× Genomics Chromium)、生化学的機能アッセイ (iNOS・reactive oxygen species/ROS・オートファジー) が採用されている。プロトコルは全 16 章で構成され、動物実験モデル (マウス C57BL/6 系・BALB/c 系、4T1 乳がん・Lewis lung carcinoma・EG7 胸腺腫モデル) および初代ヒト細胞培養が中心となる。各プロトコルは n=3-5 回の独立実験での再現性を前提とした設計となっている。