• 著者: T. A. Fuchs, A. Brill, D. Duerschmied, D. Schatzberg, M. Monestier, D. D. Myers Jr., S. K. Wrobleski, T. W. Wakefield, J. H. Hartwig, D. D. Wagner
  • Corresponding author: D. D. Wagner (Immune Disease Institute / Children’s Hospital Boston / Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
  • 発行年: 2010
  • Epub日: 2010-09-07
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 20798043

背景

好中球細胞外トラップ (NETs: neutrophil extracellular traps) はブリンクマンらが 2004 年に発見した DNA 繊維骨格で、ヒストンと好中球由来の抗菌タンパクで構成され、微生物を局所に捕捉して殺菌する自然免疫応答の重要なエフェクター機構である (Brinkmann 2004, Science)。NETs は敗血症では血管内腔にも形成されることが知られており、後続研究では播種性血管内凝固 (DIC) との関連でヒストン成分そのものが凝固を活性化する一方で NETs 構造体としては必ずしも必要でないことが示されている (Blood et al. Basic 2017)。さらに敗血症における血小板ピロプトーシスが NETs 形成を増幅させることも明らかとなっており (NatCardiovascRes et al. Basic 2022)、炎症と血栓形成の接点を担う分子実体として NETs は広く研究されてきた。癌領域でも NETs が腫瘍増殖・転移を促進する多面的な役割を担うことが報告されており (CancerCell et al. Basic 2023)、その procoagulant 機能は治療標的として関心を集めている。

2010 年の本研究当時、NETs が血栓形成に直接関与するかは未解明であった。疫学的に感染症・炎症が deep vein thrombosis (DVT) のリスク因子であることは知られていたが、その分子接点が何かは不明であった。DVT は米国で年間 375,000 例以上に発症し静脈うっ滞・炎症・過凝固の Virchow 三要素が誘因とされてきたが、NETs が血小板・赤血球 (RBC) の接着スキャフォールドとして機能するという認識は存在せず、実験的証拠が不足していた。

目的

NETs がフローチャンバー内で血小板接着・凝集・RBC 捕捉のスキャフォールドとして機能するかを検証し、ヒストン成分の血小板凝集誘導能、NET 由来血栓の線溶抵抗性、およびヒヒ実験的 DVT モデルにおける NETs マーカーの存在を明らかにする。

結果

NETs の血小板接着・凝集スキャフォールドとしての機能: PMA (50 nM, 4 h) または glucose oxidase (1 U/mL, 4 h) で刺激した好中球から放出された NETs をフローチャンバー内で不可逆的トロンビン阻害薬を含む抗凝固血液と灌流したところ (シェアレート 900/s または 200/s)、開始 1 分以内に NETs 上に血小板凝集が出現し 10 分間にわたって時間依存性に増加した (Fig. 1D-H; mean ± SEM, n=3 独立実験)。DNase (100 U/mL) を灌流開始後に添加すると NETs と血小板凝集がともに消失し (Fig. 1F, K)、血小板が NETs に付着していることが確認された。DNase を灌流開始時から添加すると NETs が速やかに分解され血小板凝集は形成されなかった (Fig. 1G, H)。ヘパリン (100 μg/mL) はヘパリン化血液との 10 分灌流でNETs をほぼ完全に分解し (Student’s t test; **P<0.01; Fig. 2C)、血小板を DNase と同等の効率で除去した (Fig. 2D)。ヘパリンまたは DNase は NETs からヒストン H2B を培養上清へ遊離させ (免疫ブロット、Fig. 2E)、ヘパリンがクロマチン骨格からヒストンを放出することで NETs を不安定化するメカニズムが示された。

ヒストン H3・H4 の選択的血小板凝集誘導と阻害: 組換えヒトヒストンタンパク (5 μg/mL) を用いた凝集能測定では、H3 および H4 が血小板凝集を誘導した (Fig. 2F, G) 一方、H1・H2A・H2B は凝集を誘導しなかった (ANOVA; ***P<0.001 vs H1; 4 ドナー由来血小板で確認)。H3 誘導凝集はキレート剤 EDTA (5 mM) およびヘパリン (10 μg/mL) によって完全に抑制された (Fig. 2F, Fig. S1)。EDTA によるカルシウムキレート効果が陽電荷依存的な凝集塊形成でないことを確認し、H3/H4 が実際に血小板活性化シグナルを伝達することが示された (Fig. 2F)。トロンビン (0.5 U/mL) は陽性対照として全条件で凝集を誘導した。この histone選択性は生体内でも血小板・RBC がヒストンを持たない唯一の血液細胞であることと整合し、過剰な血栓伝播を抑制する調節機序として考察された。

NETs による赤血球捕捉・赤色血栓形成と血漿タンパク質集積: NETs をコートしたフローチャンバーに血液を灌流すると肉眼的に赤色血栓が形成され (Fig. 3A)、DNA 染色でDNA 骨格 (Fig. 3B) が、電子顕微鏡で intact RBC の付着 (Fig. 3C) が確認された。Hemoglobin 定量では RBC が NETs に結合したが、コラーゲンコートチャンバーには結合しなかった (ANOVA; **P<0.01; Fig. 3D)。DNase は NETs への RBC 結合を防いだが、コラーゲンへの血小板結合には影響しなかった (Fig. 3E)。プラズマインキュベーション実験では von Willebrand factor (VWF)・フィブロネクチン・フィブリノゲンが NETs に集積し (免疫蛍光; Fig. S2)、再石灰化血液灌流でフィブリン沈着が時間依存性に増加、トロンビン阻害でほぼ消失した (Fig. S3)。NETs はトロンビン依存的なフィブリン形成を支持する一方、tPA によるフィブリン溶解後も DNA 骨格が血球を保持し (Fig. S4)、tPA + DNase の同時処置のみでクロット溶解が可能であった — NETs がフィブリン非依存的な血栓スキャフォールドとなることを示す。

ヒヒ実験的深部静脈血栓症モデルにおける NETs マーカーの検出: 麻酔下の雄性ヒヒに腸骨静脈バルーンカテーテル閉塞 (6 時間) でDVT を誘発した。血漿 DNA 濃度 (細胞外 NET 形成の敗血症バイオマーカー) は血栓誘発前・6 時間後には低値であったが、血栓誘発 2 日後および 6 日後に有意に上昇した (Fig. 4A)。その動態はフィブリン分解産物 D ダイマーと類似していた。6 日後に解剖した腸骨静脈血栓内では DNA 染色で細胞外 DNA の拡散パターン (NETs 様) が認められ (Fig. 4B, C)、DNA/ヒストン複合体特異抗体 (核起源を識別) で確認された (Fig. 4D)。VWF は DNA コア内に豊富に共局在し (Fig. 4E-I)、DNA が視認されない血栓部位ではヒストン染色が陽性であった (Fig. 4K, L)、すなわち血漿ヌクレアーゼによる細胞外 DNA の分解後もヒストンが残存することが示された。対側の正常腸骨静脈には細胞外 DNA トラップの所見は認められなかった (Fig. S5)。

考察/結論

① 先行研究との違い: これまで NETs の生体機能は抗菌作用 (Brinkmann 2004) に限定されて理解されており、血栓形成との直接的な関係は示されていなかったことと異なり、本研究は NETs が独立した血栓促進スキャフォールドとして機能するという全く新規な概念を提示した。また DVT でのNETs 存在を単なる炎症マーカーではなく血栓安定化の能動的参加者として位置づけた点も先行研究と対照的である。

② 新規性: 本研究で初めて示されたのは、(a) NETs がフィブリン非依存的な tPA 抵抗性血栓スキャフォールドとして機能すること、(b) ヒストン H3/H4 が血小板凝集を直接誘導すること、(c) DVT 血栓内に NETs マーカー (細胞外 DNA + VWF 共局在 + ヒストン) が存在することの 3 点であり、これらはいずれもこれまでにない知見である。NETs と血栓の接点という概念は本論文以降の「免疫血栓 (NETosis-driven thrombosis)」研究領域を開拓した。

③ 臨床応用: ヘパリンが NETs を直接分解しヒストンを遊離させることは、DVT・肺塞栓症の標準治療薬ヘパリンの抗血栓機序の新側面を示す。臨床応用として、感染症や炎症に合併する高凝固状態 (集中治療室 [ICU] 患者・癌患者の血栓リスク) において DNase 吸入・全身投与や抗ヒストン抗体が NET 由来血栓を標的とした新規抗血栓戦略となりうる。本研究後に発見された癌患者での NETs 誘導血栓 (OncoImmunology et al. Basic 2016) や血小板誘発性の炎症増幅 (JClinInvest et al. Basic 2019) も同機構の延長上にある。

④ 残された課題: DVT における NETs 誘導シグナル (虚血性 IL-8・ROS など) の in vivo 機序、NETs が線維素の機械的特性にどう影響するか、そして NET 由来 procoagulant activity への核酸やポリリン酸の寄与は今後の検討課題として残されている。また本研究は単核球・マスト細胞などのNET様トラップも存在するため、DVT でのNETs が好中球特異的かどうかも未解決である。

方法

in vitro フローチャンバーアッセイ: PMA (50 nM) または glucose oxidase (1 U/mL) で 4 時間刺激した好中球由来 NETs (μ-Slide IV フローチャンバー) を phenylalanyl-prolyl-arginine chloromethylketone (PPACK) 抗凝固 acid citrate dextrose (ACD) 血液 (シェアレート 200/s または 900/s、37°C) で灌流。蛍光顕微鏡 (Zeiss Axiovert 200) + ImageJ 定量。電子顕微鏡 (Glycotech 平行板フローチャンバー, グルタルアルデヒド固定)。凝集能測定: 洗浄血小板 (1.5×10⁸/mL) + 組換えヒトヒストン (5 μg/mL) または thrombin (0.5 U/mL)、光学凝集計 (Chrono-Log) で評価 (ANOVA)。RBC/血小板定量: Triton ×100 溶解後のヘモグロビン (Drabkin 法) およびローダミン 6G 蛍光。VWF・フィブロネクチン・フィブリノゲン: 血漿コーティング後免疫蛍光。クロット線溶: platelet-activating factor (PAF) 50 μM で NETs を誘導し再石灰化血液 + tPA (25 μg/mL) / DNase (100 U/mL) で処理。ヒヒ DVT モデル: 麻酔下雄性幼少ヒヒの腸骨静脈に 6 時間バルーンカテーテル閉塞。採血 (基準値・6h・2d・6d)、血漿 DNA 定量、解剖標本の DNA 染色・免疫組織化学。