• 著者: Yi Kuang, Upasana Parthasarathy, Roberta Martinelli
  • Corresponding author: Roberta Martinelli (Discovery Immunology, Merck & Co., Inc., Cambridge, MA 02141, USA)
  • 雑誌: STAR Protocols
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-09-15
  • Article種別: Protocol
  • PMID: 37590147

背景

好中球はヒト末梢血中に最も豊富に存在する白血球であり、細菌やウイルス感染に対する初期免疫応答において中心的な役割を果たす。近年、好中球は急性感染症のみならず、自己免疫疾患、慢性炎症、がん微小環境、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)などの多様な病態において、不均一な機能的サブセット(ヘテロジェニティ)を有する重要なプレイヤーとして認識されている。好中球研究において、高純度かつ細胞活性化を最小限に抑えた状態で細胞を単離し、多パラメーターによる免疫表現型解析を行うことは、信頼性の高いデータを得る上で不可欠である。

従来の好中球単離方法には主に二つのアプローチが存在する。第一に、磁気ビーズを用いたポジティブまたはネガティブセレクション法(MACS)は、迅速かつ特異的であるという利点があるが、抗体やビーズの結合による好中球の意図しない活性化(例:CD62Lの脱落やCD11bの発現上昇)が懸念される。第二に、密度勾配遠心法(Ficoll-PaqueやHistopaqueなど)は細胞活性化を抑えるのに優れているが、分離効率や純度に課題が残されていた。先行研究である Dri et al. (1999) や Aga et al. (2002) では、Percoll密度勾配を用いた好中球の単離が試みられてきたが、単離した細胞の機能保持と詳細な多色フローサイトメトリーによる免疫表現型解析をシームレスに統合した標準化プロトコルは未確立であった。

特に、16色以上の多色パネルに対応し、CD177、CD10、PD-L1(CD274)、HLA-DRなどの重要な機能マーカーを含む詳細な免疫表現型解析を可能にする、標準化されたステップバイステップのプロトコルはこれまで不足していた。既存の手法では、高純度かつ非活性化状態での好中球単離と、詳細な多色フローサイトメトリーによる免疫表現型解析を組み合わせた包括的なアプローチが不足しており、再現性の高いデータ取得のための標準化されたワークフローに大きな知識ギャップ(knowledge gap)が存在していた。この課題を解決するため、Merck & Co., Inc.のRoberta Martinelliらの研究グループは、Percoll 62%/75%二層勾配遠心法とBD Symphony A5を用いた16色パネル、さらにサイトスピンによる形態解析を統合した標準化されたパイプラインを提供する必要性を認識し、本プロトコルを開発した。

目的

本プロトコルの目的は、ヒト新鮮末梢血から好中球を高純度かつ高生存率で単離し、細胞の活性化を最小限に抑えた状態で詳細な免疫表現型解析および形態学的解析を行うための、包括的かつ再現性の高い標準化ワークフローを確立することである。

具体的には、以下の5つのサブゴールを達成することを目指した。

  1. 高純度・高生存率単離の標準化: Percoll二層密度勾配遠心法(62%および75%)を最適化し、磁気ビーズ法と比較して細胞の活性化を最小限に抑えつつ、高純度(>97%)かつ高生存率の好中球を回収する手順を確立する。
  2. サイトスピンによる形態解析の統合: 単離された好中球をスライドガラス上に固定し、May-Grünwald/Giemsa(メイ・グリュンワルド・ギムザ)染色を用いて核の形態(多葉核やバンド型核)や顆粒の有無を視覚的に確認・評価する手順を定義する。
  3. 16色フローサイトメトリーパネルの構築: CD11b、CD66b、CD63、CD45、CD62L、CXCR4(CD184)、CD11c、CD10、CD16、CD300f、CD80、CD86、CD177、PD-L1(CD274)、HLA-DRを含む16色パネルを設計し、各抗体の最適なタイトレーション条件を決定する。
  4. 好中球サブセットの識別: CD16とCD10の発現パターンに基づき、未熟好中球(CD16+CD10-)と成熟好中球(CD16+CD10+)を明確に識別し、さらにCXCR4+(老化好中球)、PD-L1+(免疫抑制性好中球)、HLA-DR+(抗原提示様好中球)などの疾患関連サブセットを同時にプロファイリングする手法を確立する。
  5. ドナー間変動への対策とトラブルシューティングの提示: 健常ドナーおよび疾患ドナーにおける好中球の単離効率や表現型の変動に対応するため、実践的なトラブルシューティングラインを構築する。

結果

Percoll二層密度勾配遠心法による高純度かつ高生存率の好中球単離: Percoll 62%/75%二層密度勾配遠心法を用いることで、好中球画分が75%と62%のPercoll層の間に明確な白色のバンドとして形成され、赤血球(RBC)ペレットおよび上層のPBMCと完全に分離された。健常ドナーから得られた好中球の平均収率は、血液1 mLあたり平均 2.15 ± 0.54 × 10^6 cells であった(n=10 donors)。これは、標準的な10 mLの採血から約 2 × 10^7 cells の好中球が回収できることを示している。単離された細胞の純度は、CD45+CD16+細胞として平均 97.3 ± 2.4% という極めて高い値を達成した (Fig 4D)。トリパンブルー排除法による細胞生存率は一貫して 95% 以上を維持しており、ex vivoでの機能アッセイに十分耐えうる高品質な細胞状態が確認された。また、磁気ビーズ法で懸念される細胞活性化(CD62Lの脱落やCD11bの発現上昇)は観察されず、静止期状態が保持されていた。

サイトスピン調製と染色による形態学的特徴の確認: 800 x gで5分間のサイトスピン処理とMay-Grünwald/Giemsa染色により、単離された好中球の形態学的特徴が視覚的に確認された。顕微鏡観察(100倍油浸レンズ)において、単離された細胞の大部分が好中球特有の分節核(3-5葉に分葉した核)と、淡いピンク色の細胞質内に微細な中性顆粒を有する典型的な成熟好中球の形態を示した (Fig 2E)。一部にU字型の核を持つ未熟なバンド型好中球も観察され、フローサイトメトリーにおけるCD10陰性画分の存在と一致した。赤血球や単核球の混入は極めて稀であり、形態学的観点からも本プロトコルの高い分離純度が実証された。

16色フローサイトメトリーによる免疫表現型解析とサブセット識別: BD Symphony A5を用いた16色多色フローサイトメトリー解析により、好中球の不均一なサブセットを詳細にプロファイリングすることに成功した。シングレットゲート(FSC-H vs FSC-W)およびデブリ除去ゲートを適用後、CD45+CD16+ゲートにより好中球を特定した。CD10の発現に基づいて、CD16+CD45+CD10-の未熟好中球(平均 2.5%)とCD16+CD45+CD10+の成熟好中球(平均 95.0%)を明確に識別することが可能であった (Fig 4D)。さらに、健常ドナーにおいてCD177+サブセットが約 40-60% の割合で存在することを確認した。また、老化マーカーであるCXCR4(CD184)陽性好中球、免疫抑制性マーカーであるPD-L1(CD274)陽性好中球、および抗原提示能を示唆するHLA-DR陽性好中球などの疾患関連サブセットの発現パターンを、単一サンプルから同時に高解像度で検出・定量化できることが示された。

分離指数(SI)に基づく抗体タイトレーションの最適化: 各抗体の最適な使用濃度を決定するため、分離指数(SI)を用いた厳密なタイトレーションを実施した。例えば、CD45 Alexa 700抗体において、未染色、1 μL、2 μL、5 μLの各添加量で染色した好中球を比較したところ、1 μLの添加において最大の分離指数である SI=125 を示し、これが最適濃度として決定された (Fig 3)。この最適化プロセスにより、抗体の過剰使用による非特異的背景シグナルやスピルオーバーを最小限に抑え、陽性集団と陰性集団の境界を明確にゲーティングすることが可能となった。

考察/結論

先行研究との違い: 本プロトコルは、従来の磁気ビーズ法(MACS)や単一密度のFicoll-Paque遠心法と異なり、Percoll二層密度勾配遠心法(62%/75%)を最適化することで、好中球の物理的・化学的刺激による自己活性化を極めて低く抑えている。先行研究である Dri et al. (1999) のプロトコルは好中球の呼吸バースト活性化などの機能解析に焦点を当てていたが、多色フローサイトメトリーによる詳細な免疫表現型解析は含まれていなかった。本プロトコルは、細胞の生存率と静止状態を維持したまま、最先端の16色多色フローサイトメトリーパネルとサイトスピン形態解析を一連のワークフローとして統合した点で、これまでの単離手法と大きく異なる。

新規性: 本研究は、ヒト末梢血好中球の高純度単離から、BD Symphony A5を用いた16色フローサイトメトリーによる詳細な免疫表現型解析、さらにはサイトスピンによる形態学的確認までを網羅した包括的な標準化プロトコルを本研究で初めて提示した。特に、CD16とCD10の発現に基づく未熟好中球(CD16+CD10-)と成熟好中球(CD16+CD10+)の厳密な分別に加え、CD177、CXCR4、PD-L1、HLA-DRなどの疾患関連機能マーカーを単一パネルで同時にプロファイリングする手法は極めて新規性が高い。

臨床応用: 本プロトコルは、様々な疾患における好中球の病態生理学的役割を解明するための強力なトランスレーショナルリサーチ(臨床応用)ツールとなる。非小細胞肺がん(NSCLC)などの固形がんにおいて、腫瘍関連好中球(TAN)や免疫抑制性好中球(PD-L1+、CD10-未熟好中球)の動態解析や、予後予測バイオマーカーとしての臨床的有用性の検討に直接応用可能である。また、敗血症患者における好中球サブセットの多様性と、サイトカイン・代謝物とのクロストーク解析を推進する基盤となり、臨床現場での診断や治療法開発に貢献する。

残された課題: 本プロトコルにはいくつかの限界(limitation)および今後の検討課題が存在する。第一に、採血後3時間以内に処理を開始する必要があるため、多施設共同研究や遠隔地からのサンプル輸送を伴う臨床試験への適用が困難である。第二に、全工程に5-7時間を要するため、ハイスループットなスクリーニングには不向きである。第三に、低ヘマトクリット値の患者や高齢者、特定の血液疾患患者では、Percoll勾配の分離効率が影響を受ける可能性があり、今後の課題として遠心条件のさらなる微調整が必要となる。また、組織常在性好中球(肺や腫瘍組織など)の単離には対応しておらず、今後の開発が待たれる。

方法

本プロトコルは、ヒト末梢血からの好中球単離、サイトスピンによる形態解析、抗体タイトレーション、および16色フローサイトメトリーによる詳細な免疫表現型解析の4つの主要フェーズから構成される。

1. 採血とサンプル準備 ヒト新鮮末梢血は、EDTAまたはナトリウムヘパリンを含む10 mLの採血管(Vacutainer)に採取された。好中球の早期活性化やアポトーシスを避けるため、採血後3時間以内に処理を開始することが必須とされた。すべての試薬は使用前に室温(20-25°C)に戻し、操作はバイオセーフティキャビネット内で無菌的に実施された。本研究はMerck & Co., Inc.のIRB#20121234の承認を得て実施された。

2. Percoll二層密度勾配の調製と遠心分離 50 mLコニカルチューブに、まず75% Percoll溶液10 mLを静かに加え、その上に62% Percoll溶液10 mLを注意深く重層した。新鮮な血液10 mLを、血清を含まないRPMI 1640培地10 mLで1:1に希釈し、この希釈血液20 mLをPercoll二層勾配の上に滴下法で注意深く重層した。遠心分離機(Sorvall Legend XTR)を用い、加速および減速をゼロ(ブレーキオフ)に設定した状態で、200 x gで25分間、続いて400 x gで15分間、室温(20-25°C)で遠心分離を行った。

3. 好中球の回収と洗浄 遠心分離後、62%層の上に位置する末梢血単核細胞(PBMC)層を除去し、75%層と62%層の間に形成された好中球層を滅菌トランスファーピペットで注意深く回収した。回収した細胞にRPMI 1640培地を加えて50 mLとし、300 x gで5分間遠心分離して洗浄した。上清を除去後、細胞ペレットを1 mLの好中球バッファー(HBSS、5 mM HEPES、0.2% BSA)に再懸濁し、C-Chip (disposable hemocytometer) を用いて細胞数と生存率(トリパンブルー排除法)を測定した。

4. サイトスピンによる形態解析 単離された好中球(1.0-2.0 × 10^5 cells)を100 μLの容量でサイトスピン用ファンネルに分注し、顕微鏡スライドにセットした。Cytospin 4 (cytocentrifuge) を用いて800 x gで5分間、室温で遠心分離を行い、細胞をスライドに固定した。スライドを20分間風乾した後、May-Grünwald染色液で5分間、続いて希釈Giemsa染色液(1:20)で20分間染色した。超純水で洗浄・風乾後、VectaMount封入剤を用いてカバーガラスで封入し、光学顕微鏡(40倍および100倍)で観察した。

5. 抗体タイトレーションと16色フローサイトメトリー 各抗体の最適な濃度を決定するため、0.5-1.0 × 10^6 cellsの好中球を用いてタイトレーションを実施した。Fcブロック(BD Biosciences, #564219)処理後、各抗体を異なる用量(1 μL、2 μL、5 μL)で添加して30分間4°Cでインキュベートした。フローサイトメトリーでデータを取得し、分離指数(Separation Index, SI)を計算して最適な希釈率を決定した。

決定された最適濃度に基づき、16色パネル(CD11b FITC、CD66b PerCP-Cy5.5、CD63 Alexa 647、CD45 Alexa 700、CD62L APC-Cy7、CXCR4 BV711、CD11c BV510、CD10 BUV737、CD16 PE、CD300f (BUV395-conjugated antibody)、CD80 BV785、CD86 PE-CF594 (PE-CF594-conjugated antibody)、CD177 BV421、PD-L1 PE-Cy7、HLA-DR BV650)を用いて新鮮好中球を染色した。蛍光スピルオーバー補正のため、UltraCompコンペンセーションビーズ(Invitrogen, 01-2222-42)を用いた単染色コントロールおよびFMO(Fluorescence Minus One)コントロールを準備した。データ取得はBD Symphony A5フローサイトメーターで行い、解析にはFlowJo V10.8.1ソフトウェアを用いた。前方散乱光幅 FSC-H (forward scatter height) および FSC-W (forward scatter width) を用いてシングレットをゲーティングした。また、本プロトコルの有用性を検証するため、A549 肺がん細胞株の培養上清で刺激した好中球の生存率および活性化マーカーの変動を解析した。統計解析にはGraphPad Prism V9.0.0を用い、ノンパラメトリックな Mann-Whitney U test を適用した。