• 著者: Nicolas Rabas, Victoria L. Bridgeman, Constandina Pospori, Marc Hennequart, Felipe S. Rodrigues, Ana Farias, Rute M. M. Ferreira, Konstantinos Axarli, Olamide Nduka, Probir Chakravarty, Nathalie Legrave, Izadora Furlani, Ilaria Malanchi
  • Corresponding author: Ilaria Malanchi (The Francis Crick Institute, London)
  • 雑誌: bioRxiv
  • 発行年: 2024
  • Epub日: 2024-10-25
  • Article種別: Original Article (Preprint)
  • DOI: N/A

背景

原発腫瘍は、転移が起こる前の段階から遠隔臓器を全身的に条件付けし、将来的な転移細胞の定着を促進する PMN (pre-metastatic niche; 前転移ニッチ) を形成することが知られている。この PMN 形成過程では、血管透過性の亢進、間質活性化、細胞外マトリックスのリモデリング、免疫抑制といった複数の生理学的変化が協調して進行する。PMN の多くの特徴、例えばフィブロネクチンやテナシンCの沈着、LOX (Lysyl Oxidase) 依存的なコラーゲン架橋などは、組織損傷後の再生応答と酷似している。このため、癌が組織修復プログラムを「ハイジャック」して転移に有利な環境を構築するという仮説が提唱されてきた (Deyell et al. 2021, Reinecke et al. 2025)。しかし、この「慢性低悪性度傷害応答」仮説が、遠隔臓器における上皮幹細胞の再生活性の具体的な増加として現れるのかどうかは、これまで十分に検証されておらず、その機能的意義は未解明なままであった。

好中球は、腫瘍によって誘導される emergency granulopoiesis (緊急骨髄造血) により骨髄で大量に産生され、PMN 形成の主要なエフェクター細胞として機能することが先行研究で示されている (Wculek & Malanchi 2015, Coffelt et al. 2015)。また、好中球は放射線誘導肺傷害後の上皮修復を支援することも報告されている (Nolan et al. 2022)。これらの知見から、癌によって動員された好中球が、PMN 形成の際に再生プログラムに関与する可能性が示唆される。しかし、腫瘍環境下における好中球が、遠隔臓器の上皮幹細胞を全身的に活性化するのか、またその分子メカニズムは不明な点が多かった。さらに、cancer-primed (がんプライム化) 好中球が獲得する特異な代謝状態が、どのようにして獲得・維持されるのかについても知識ギャップが残されており、これを解明するための詳細な解析が不足していた。

本研究は、乳癌が全身的な上皮幹細胞再生プログラムを活性化し、遠隔臓器の組織損傷に対する回復力を高めるという新たな概念を提唱する。この現象が腫瘍誘導性 emergency granulopoiesis によって産生される cancer-primed 好中球に依存しており、これらの好中球が UPP1 (Uridine Phosphorylase 1; ウリジンホスホリラーゼ1) を介してウラシルを産生することで、自らの cancer-primed 状態を維持する分子メカニズムを解明する。特に、UPP1 が好中球前駆細胞の翻訳活性を維持し、cancer-primed 状態の獲得に必須であることを示す。さらに、cancer-primed 好中球は肺間質空間への血小板浸潤を促進し、血小板由来シグナルが肺胞上皮前駆細胞である AT2 (Alveolar type 2; 2型肺胞上皮) 細胞の再生プログラムを活性化することで、腫瘍細胞の定着を促進する PMN 形成を支援する詳細な機序を明らかにする。これらの知見は、UPP1 を標的とすることで、pro-metastatic な好中球の機能を阻害できる可能性を示唆し、転移予防のための新たな治療戦略開発に繋がるものと期待される。

目的

本研究の目的は、以下の4点である。 (1) 乳癌担癌マウスモデルを用いて、多臓器における上皮前駆細胞活性化の全身性を包括的に評価し、その機能的意義を明らかにすること。 (2) この上皮再生プログラム活性化における好中球の必須的な役割を特定し、肺および腸における上皮細胞コンパートメントへの影響を詳細に解析すること。 (3) Cancer-primed 好中球の表現型獲得と維持に不可欠な UPP1 (Uridine Phosphorylase 1) の機能的重要性を解明し、UPP1 依存的なウラシル産生が骨髄内の好中球分化に与える影響を明らかにすること。 (4) 肺における PNC (Platelet-Neutrophil Cluster; 血小板-好中球複合体) を介した肺胞上皮前駆細胞 (AT2 細胞) 活性化の機序を同定し、それが腫瘍細胞の初期定着に与える影響を検証すること。

これらの目的を達成することで、腫瘍誘導性の全身性上皮再生プログラムと PMN 形成における好中球の中心的役割、および UPP1 の分子スイッチとしての機能を包括的に理解することを目指す。

結果

腫瘍による全身的上皮前駆細胞活性化: MMTV-PyMT 担癌マウスでは、肺、肝臓、膵臓、腸のすべての臓器において、ex vivo オルガノイド形成効率が有意に亢進した。肺では p=0.0002、肝臓では p=0.0072、膵臓では p=0.0055、腸では p=0.0017 であり、この活性化は転移標的臓器に限らず、転移が稀な臓器 (膵臓、腸) にも及ぶ全身性の現象であった (Figure 1b-e)。さらに、インフルエンザウイルス感染後の担癌マウスの肺では、対照群と比較して上皮増殖が維持され、傷害面積が有意に縮小した (n=11 mice vs n=13 mice, p<0.05) (Figure 1g, h)。DSS 誘導性大腸炎モデルにおいても、担癌マウスでは重症損傷 (severity 3-4) の割合が有意に減少し (n=8 mice vs n=9 mice, p<0.05)、全身的な組織耐性亢進が示された (Figure 1j)。これらのデータは、乳癌が遠隔臓器の定常状態における上皮前駆細胞活性を全身的に高め、組織損傷に対する回復力を増強することを示している。

好中球依存的上皮前駆細胞変動: scRNA-seq と PHATE 解析により、肺 AT2 前駆細胞プール (クラスター4) が担癌マウスにおいて最も顕著な転写変動を示し、MELD 解析で腫瘍担癌条件との関連が確認された (Figure 2b, d)。この転写変動は、抗 Ly6G 抗体による好中球除去によって消失し、好中球が上皮前駆細胞活性化に必須であることが示された (Figure 2e)。腸上皮細胞では、担癌好中球依存的に分泌系細胞への分化 (Paneth 細胞、Goblet 細胞の増加) が促進され、enterocyte 分画の転写プロファイルも変動した (Figure 2h-j)。肺および腸の両方において、好中球除去によりオルガノイド形成能の亢進が消失した (n=5 mice vs n=3 mice, paired one-way ANOVA p<0.05) (Figure 2k, l)。これらの結果は、好中球が遠隔臓器の上皮細胞コンパートメントにおける前駆細胞の状態と系統分化に影響を与えることを明確に示している。

UPP1:emergency granulopoiesis の分子スイッチ: Cancer-primed 好中球は、ウリジンをウラシルに変換する酵素 UPP1 を特異的に発現することが LC-MS/MS メタボロミクス解析により明らかになった。生理的培地 (Plasmax) 中で、cancer-primed 好中球のみがウリジンを消費し、ウラシルを放出する代謝パターンを示した (Figure 3c, d)。UPP1 の発現は、腫瘍誘導性、DSS 腸炎、細菌感染といった emergency granulopoiesis の状況でのみ誘導され、ウイルス感染のような一過性の好中球応答では誘導されなかった (Extended Data Figure 3b-e)。新規診断早期乳癌患者の循環好中球では、健常ボランティアと比較して UPP1 発現が有意に上昇しており (p<0.0001)、血漿中のウラシル濃度も上昇していた (p=0.001) (Figure 3h, j)。UPP1 KO マウスでは、好中球の総産生量は維持されたものの、pro-neutrophil 段階の分化軌跡が乱れ、翻訳開始因子 (eIFs) mRNA の安定性低下が確認された (Figure 4e, g)。in vivo での OP-Puro ラベリングにより、好中球前駆細胞および未成熟好中球の翻訳活性が UPP1 依存的に増加することが示されたが、GMPs では UPP1 非依存的であった (Figure 4h-k)。ex vivo 実験では、外因性ウラシル添加により正常骨髄 GMPs からの好中球産生が 2.5-fold increase を示し (Figure 4m, n)、UPP1 KO 骨髄キメラマウスでは、宿主由来の野生型好中球においても Ly6G および CD11b 表面発現の低下が認められ、ウラシルのパラクリン効果が示唆された (Figure 4p)。これらのデータは、UPP1 が emergency granulopoiesis における好中球の cancer-primed 表現型獲得に不可欠な分子スイッチであることを示している。

UPP1 欠損による転移・再生能の低下: 好中球特異的 UPP1 欠損 (Ela2-Cre-Upp1 KO) マウスでは、原発腫瘍成長に影響なく、肺転移が有意に減少した (コントロールと比較して p<0.0001) (Figure 5g, h)。UPP1 KO cancer-primed 好中球を用いたナイーブ肺の事前条件付けアッセイでも、肺コロニー形成が減少した (Extended Data Figure 5e, f)。DSS 腸炎における組織保護効果も、担癌 UPP1 KO 骨髄キメラマウスでは消失したが、ナイーブ動物では差がなく、腫瘍依存的な保護機能の UPP1 依存性を示した (n=7 mice, Figure 5c, d)。肺 AT2 前駆細胞のオルガノイド形成能亢進も、Ela2-Cre-Upp1 KO マウスでは消失した (Figure 6a, b)。これらの結果は、UPP1 が cancer-primed 好中球の pro-metastatic および pro-regenerative な機能に必須であることを示している。

好中球-血小板クラスターによるAT2前駆細胞活性化: NicheNet 解析により、TGFβ1 を発現する血小板が、AT2 前駆細胞活性化シグナルの最上位リガンドとして同定された (Extended Data Figure 6e)。担癌マウスの灌流肺では、好中球依存的に血小板および PNC が肺間質に浸潤し、AT2 細胞近傍に局在した (Figure 6d-f)。ナイーブマウスでは血小板は血管内に限局していた。好中球除去によってこの間質内血小板分布が消失し、好中球存在数と血小板分布の間に正の相関が確認された。Ela2-Cre-Upp1 KO マウスでは、循環 PNC 数が減少し (p=0.0104)、肺間質内の血小板および PNC 浸潤も減少した (Figure 6g-j)。ex vivo 共培養実験では、血小板単独、または PNC (血小板装飾好中球) のみが AT2 オルガノイド形成を促進し、好中球単独では効果を示さなかった (Figure 6k, l)。担癌マウスの AT2 細胞は PyMT 腫瘍オルガノイド形成を促進したが (再生能と正相関)、UPP1 欠損担癌マウスの AT2 細胞はこの促進効果を失い、癌細胞の初期定着能との直接的な関連が示された (Figure 6m, n)。これらのデータは、cancer-primed 好中球が血小板の肺間質浸潤を促進し、血小板由来シグナルが AT2 細胞の再生プログラムを活性化することで、PMN 形成を支援するメカニズムを明らかにしている。

考察/結論

本研究は、原発腫瘍が遠隔臓器において全身的な上皮再生プログラムを活性化するという新規概念を提唱した。この現象は、転移標的臓器だけでなく、転移が稀な臓器においても観察され、組織損傷に対する回復力の向上という機能的意義を持つことを示した。この全身性の上皮コンディショニングは、腫瘍誘導性 emergency granulopoiesis によって産生される cancer-primed 好中球に依存している。

先行研究との違い: これまでの研究では、好中球が PMN 形成において転移開始細胞の肺コロニー形成を支援することが示されていた (Wculek & Malanchi 2015)。本研究は、その上流に位置する「好中球による AT2 前駆細胞の活性化」という新たな機構層を追加し、PMN における上皮細胞の生理学的変化を実証データで支持した点で、これまでの知見と異なり、より包括的な理解を提供した。また、UPP1 については、Whyte et al. (2025) が肺好中球における UPP1 がウラシル依存的な ECM (extracellular matrix; 細胞外マトリックス) リモデリングを介して転移を支援することを報告していたが、本研究はその機構に加えて、骨髄内での好中球分化調節という UPP1 の新規な役割を同定した。

新規性: 本研究で初めて、cancer-primed 好中球が UPP1 依存的なウラシル産生を介して、骨髄内でフィードバックループを形成し、自らの cancer-primed 表現型を維持するという分子メカニズムを新規に解明した。UPP1 は好中球前駆細胞の翻訳活性を維持し、cancer-primed 状態の獲得に必須であることを示した。さらに、cancer-primed 好中球が肺間質空間への血小板浸潤を促進し、血小板由来シグナルが肺胞上皮前駆細胞 (AT2 細胞) の再生プログラムを活性化することで、腫瘍細胞の定着を促進する PMN 形成を支援するという、新規の好中球-血小板-上皮細胞間の相互作用を明らかにした。

臨床応用: 早期乳癌患者の循環好中球で UPP1 発現上昇と血漿ウラシル上昇が確認されたことは、UPP1 が早期診断バイオマーカーの候補となる可能性を示唆する。UPP1 阻害は、好中球産生量を維持しながら cancer-primed 表現型の獲得を阻害することが示されており、転移予防を目的とした治療標的として有望である。この知見は、臨床現場における転移性疾患の管理に新たなアプローチを提供する可能性があり、bench-to-bedside の観点から重要な臨床的含意を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒト乳癌以外の癌腫における UPP1 誘導の普遍性を検証する必要がある。また、UPP1 阻害が既存の化学療法や免疫療法とどのように相互作用するか、その併用効果や副作用プロファイルを評価することも重要である。さらに、PNC の人体内分布と予後との相関、および AT2 細胞活性化を転移リスクバイオマーカーとして活用するための方法開発も残された課題である。これらの研究を通じて、UPP1 を標的とした転移予防戦略の臨床的実現可能性をさらに高めることが期待される。

方法

本研究では、MMTV-PyMT (Mouse Mammary Tumor Virus-Polyoma Middle T antigen) 乳癌モデル (自然発生) および 4T1 同所性モデルマウスを主に用いた。使用したマウス系統には、FVB/NJ、C57BL/6J、BALB/cJ、UPP1 ノックアウト (KO) マウス (C57BL/6J 背景)、Ela2-Cre (Elastase 2-Cre) ノックインマウス、Mrp8-Cre (Myeloid-related protein 8-Cre) マウス (S100A8-cre-EGFP) および CD45.1 マウス (B6.SJL-Ptprca Pepcb/BoyJ) が含まれる。多臓器における上皮前駆細胞活性化の評価には、ex vivo オルガノイド形成アッセイを採用し、肺、肝臓、膵臓、腸から単離した細胞のオルガノイド形成効率を定量的に比較した。組織損傷耐性の評価として、インフルエンザウイルス (X31株) 感染モデルを用いて9日目の肺傷害度を評価し、デキストラン硫酸ナトリウム (DSS) 誘導性大腸炎モデルでは Day 11 の組織損傷重症度スコアを評価した。

単一細胞 RNA シーケンス (scRNA-seq) と PHATE (Potential of Heat-diffusion for Affinity-based Transition Embedding) 解析を用いて、肺 AT2 細胞および腸上皮細胞の転写変動を詳細に解析した。MELD (Manifold Enhancement of Latent-space Dynamics) 解析により、各細胞における条件間の転写確率差を定量した。好中球除去実験には、抗 Ly6G 抗体 (クローン 1A8) を用いた。脾臓および肺から単離した好中球の培養上清中の代謝物変動は、LC-MS/MS メタボロミクスにより解析した。

UPP1 の機能検証には、UPP1 ノックアウト (KO) マウス、UPP1 KO 骨髄キメラマウス (CD45.1/CD45.2 マーカーで追跡)、および好中球特異的 UPP1 欠損マウス (Ela2-Cre-Upp1 KO および S100A8-cre-Upp1 KO) を使用した。in vivo での翻訳活性の評価には、OP-Puro (O-propargyl puromycin) ラベリング法を用いた。好中球前駆細胞の分化および翻訳活性の評価には、GMP (Granulocyte-Macrophage Progenitor; 顆粒球・マクロファージ前駆細胞) からの ex vivo コロニー形成アッセイも実施した。

NicheNet リガンド-受容体解析を用いて、AT2 細胞活性化の上流因子を同定した。血小板-好中球クラスター (PNC) の形成および肺組織内での局在は、イメージングフローサイトメトリーおよび肺組織免疫蛍光染色により評価した。特に、SPC (Surfactant Protein C; AT2 細胞マーカー)、MPO (Myeloperoxidase; 好中球マーカー)、CD42 (血小板マーカー) の三重免疫蛍光染色を実施した。腫瘍オルガノイド共培養アッセイを用いて、活性化された AT2 細胞が癌細胞の初期定着に与える影響を評価した。ヒト検体としては、新規診断早期乳癌患者の循環好中球における UPP1 発現および血漿ウラシル濃度を、健常ボランティアと比較して評価した。統計解析には、Studentのt検定、Mann-Whitney U検定、paired one-way ANOVA、ordinary two-way ANOVA などが用いられた。