• 著者: Zhang H et al.
  • Corresponding author: Jean-Pierre J. Issa (jpissa@temple.edu) (Fels Institute for Cancer Research, Lewis Katz School of Medicine at Temple University, Philadelphia, PA 19140, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2018
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30454645

背景

エピジェネティックな遺伝子サイレンシングはがん進行における根本的なメカニズムの一つであり、TSG (tumor suppressor gene: 腫瘍抑制遺伝子) のプロモーター領域における DNA メチル化は、MBD (methyl-CpG-binding domain: メチル結合ドメイン) タンパク質の動員を介して不活性型クロマチンの形成を促進する。CDK9 (cyclin-dependent kinase 9: サイクリン依存性キナーゼ9) は転写伸長複合体 P-TEFb (positive transcription elongation factor b: 正の転写伸長因子b) の触媒サブユニットとして、RNAPII (RNA polymerase II: RNAポリメラーゼII) のプロモーター近傍ポーズ解除を促進することで転写活性化に関与することが知られていた。しかし、遺伝子サイレンシングへの関与という逆方向の機能については、これまで「未解明」のままであった。臨床的には、DNMT (DNA methyltransferase: DNAメチルトランスフェラーゼ) 阻害薬などのエピジェネティック治療が限定的にしか使用されておらず、新たな標的と治療戦略の開発が喫緊の課題であった。例えば、Network et al. Nature 2012 などの先行研究において、大腸がんにおける広範な DNA メチル化異常が報告されているが、クロマチン構造を直接制御してサイレンシングを解除する詳細な分子メカニズムについては、依然として知見が「不足」している。また、既報の知見では、CDK9 は主に転写の活性化因子としてのみ捉えられており、ヘテロクロマチン領域におけるサイレンシング維持における役割は「未開拓」の領域であった。このように、エピジェネティックな遺伝子抑制状態を可逆的に制御するキナーゼ依存的な機構には大きな「knowledge gap」が存在しており、これを埋めるための新規治療標的の同定が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、CDK9 がエピジェネティックにサイレンシングされた遺伝子の維持に必須な役割を担うかどうかを解明し、CDK9 阻害による TSG 再活性化の分子メカニズムを明らかにすることである。また、表現型スクリーニング系を用いて、CDK9 の新規高選択的阻害薬を開発し、その SAR (structure-activity relationship: 構造活性相関) を解析することを目指す。さらに、開発した新規化合物 MC180295 の単剤における抗腫瘍効果を in vitro および in vivo で評価するとともに、免疫チェックポイント阻害薬である抗 PD-1 抗体との併用効果を検証し、エピジェネティック免疫感作という新たな治療戦略の妥当性を証明することを目的とする。

結果

CDK9阻害によるエピジェネティック遺伝子サイレンシングの解除: YB5 レポーター細胞を用いた 3,040 化合物のハイスループット表現型スクリーニングにより、アミノチアゾール骨格を共有する化合物群が同定された。代表化合物である HH1 は、5 μM の濃度で YB5 細胞においてサイレンシングされていた GFP を再活性化した (Fig 1A)。さらに、flavopiridol や iCDK9 などの既知の CDK9 阻害薬も、24 hr の処理で 5% から 15% の割合で GFP 陽性細胞を誘導し、内因性のサイレンシング遺伝子である SYNE1 や MGMT の発現を再活性化した (Fig 1C)。遺伝的検証として、ドミナントネガティブ型 CDK9 (dnCDK9) を過剰発現させたところ、GFP および内因性遺伝子の著明な再発現が誘導された一方、dnCDK1 や dnCDK2 ではこの効果は見られなかった (Fig 1D)。逆に、P-TEFb (CDK9 と cyclin T1) の過剰発現は、CDK9 阻害薬によるサイレンシング解除を完全に消失させた (Fig 1E)。これらの結果から、CDK9 がヘテロクロマチン領域における遺伝子サイレンシングの維持に必須であることが示された。

CDK9によるBRG1の直接的リン酸化とクロマチンリモデリングの制御: RNA-seq 解析において、HH1 による 4 日間の処理は、転写産物全体の 12.3% に相当する 2,597 遺伝子の発現上昇を誘導し、サイレンシング遺伝子群では平均 4-fold 以上の発現誘導が観察された (Fig 3A)。IPA (Ingenuity Pathway Analysis: 経路解析ツール) による上流制御因子解析から、SWI/SNF 複合体の核心サブユニットである SMARCA4 (BRG1) が同定された (Fig 3H)。ATAC-seq 解析では、CDK9 阻害後にクロマチンの広範な開放が確認され、ATAC-seq のシグナルは TSS (transcription start site: 転写開始点) 周辺で顕著に増加し、H3K4me2の濃縮を伴っていた (Fig 4A)。共免疫沈降 (coIP) 実験により、CDK9 と BRG1 が直接結合することが確認された (Fig 4C)。in vitro キナーゼアッセイにおいて、精製 CDK9 は BRG1 を直接リン酸化し、LC-MS/MS 解析により BRG1 の C 末端領域に存在する 5 つのセリン残基が CDK9 のリン酸化標的として同定された (Fig 4G)。これら 5 つのセリン残基をアラニンに置換した脱リン酸化ミメティック変異体 (5STOA) は、野生型 BRG1 よりも強力に GFP の再活性化を促進した (Fig 4H)。

新規高選択的CDK9阻害薬MC180295の創製と抗腫瘍活性: SAR 解析を通じて開発された新規化合物 MC180295 は、500 nM の濃度で約 60% の GFP 陽性細胞率を達成し、HH1 と比較して極めて高い活性を示した (Fig 2A)。250 種のキナーゼパネルを用いた評価において、MC180295 は CDK9 に対して IC50 = 5 nM という極めて強力な阻害活性を示し、他の CDK 家族分子に対して 22-fold 以上の選択性を有していた (Fig 2C)。MC180295の構造モデリングから、ノルボルニル基がCDK9のヒンジ領域の特異的なコンフォメーションに適合することが選択性の基盤であることが判明した (Fig 2E)。in vitro において、MC180295 は正常肺線維芽細胞 IMR90 と比較してがん細胞株で選択的な増殖抑制効果を示し、4 日間の単回曝露でコロニー形成を 30% から 80% 抑制した (Fig 5A)。in vivo において、SW48 腫瘍を移植した NSG マウス (n=7 mice per group) に対し、MC180295 を 20 mg/kg で隔日投与したところ、腫瘍増殖が有意に抑制され、生存期間が著明に延長した (Fig 5E)。

内因性レトロウイルス活性化による免疫応答の誘導と抗PD-1抗体との相乗効果: RNA-seq および ATAC-seq の統合解析から、CDK9 阻害は反復配列領域のクロマチン弛緩を誘導し、複数の ERV (endogenous retrovirus: 内因性レトロウイルス) の発現を活性化することが明らかになった (Fig 6A)。これにより、細胞内での「ウイルス模倣」状態が引き起こされ、HLA-A/B/C などの抗原提示分子の発現上昇を伴う IFN (interferon: インターフェロン) 応答が誘導された (Fig 6B)。CDK9 免疫シグネチャーである CIM (CDK9 immune signature: CDK9免疫シグネチャー) を用いて TCGA (The Cancer Genome Atlas: がんゲノムアトラス) データベースを解析したところ、CIM 高発現群はメラノーマ患者において有意に良好な生存予後と相関していた (Fig 6C)。同系 ID8 卵巣がんモデル (n=10 mice per group) において、CDK9 阻害薬と抗 PD-1 抗体の併用療法は、腫瘍微小環境における CD45+ 免疫細胞および CD3+ T 細胞の浸潤を増加させ、単剤療法と比較して生存期間を相乗的に延長した (Fig 5F, 6D)。ヒトPBMC (peripheral blood mononuclear cell: 末梢血単核球) を移植した NSG マウスを用いた実験 (n=5 mice per group) では、MC180295の投与は正常なT細胞の生存率やCD4/CD8比に悪影響を及ぼさず、高い安全性が示された (Fig 6E)。

考察/結論

本研究は、転写伸長促進因子として知られる CDK9 が、エピジェネティックな遺伝子サイレンシングの維持にも逆説的に不可欠であることを明らかにした。

先行研究との違い: 従来の知見では、CDK9 は主に活性化型の転写伸長因子として機能すると考えられていた。これに対し、本研究は「これまでと」異なり、CDK9 がヘテロクロマチン領域における遺伝子サイレンシングの維持に能動的に関与しているという、全く逆の二面性を持つことを示した。

新規性: 本研究で初めて、CDK9 が SWI/SNF 複合体の核心成分である BRG1 を直接リン酸化し、そのクロマチンへの動員を阻害することで遺伝子サイレンシングを維持するという分子モデルを「新規」に提唱した。BRG1 の脱リン酸化ミメティック変異体が強力なサイレンシング解除能を示したことは、この新規メカニズムを強く支持している。

臨床応用: 本研究で開発された高選択的 CDK9 阻害薬 MC180295 は、極めて高い選択性とナノモルレベルの活性(IC50 = 5 nM)を有しており、単剤での抗腫瘍効果のみならず、内因性レトロウイルス(ERV)の再活性化を介した「ウイルス模倣」状態を誘導する。この特性は、免疫チェックポイント阻害薬に対する感受性を劇的に高める「臨床的意義」を有しており、免疫療法の効果が限定的な「冷たい腫瘍(cold tumor)」を「温かい腫瘍(hot tumor)」へと転換するエピジェネティック免疫感作療法の「臨床応用」に直結する。

残された課題: 「今後の課題」として、CDK9 阻害が正常細胞の生理的な転写制御に与える影響や、それに伴う毒性プロファイルのさらなる詳細な評価が必要である。また、臨床試験における最適な投与スケジュールの設定や、CDK9 の過剰発現が薬剤感受性の予測バイオマーカーとなり得るかどうかの検証が「残された課題」として挙げられる。

方法

本研究では、大腸がん細胞株SW48から樹立した、エピジェネティックにサイレンシングされた CMV (cytomegalovirus: サイトメガロウイルス) プロモーター駆動型 GFP (green fluorescent protein: 緑色蛍光タンパク質) レポーター細胞株である YB5 (YB5レポーター細胞株) を用いた表現型スクリーニング系を基盤とした。NDL3040 天然化合物ライブラリー (3,040 化合物) に対するスクリーニングを実施し、アミノチアゾール骨格を持つ化合物群を同定した。コネクティビティマッピング (RNA-seq ベース) を用いて、CDK 阻害薬との転写プロファイルの類似性を確認した。その後、77 種 of 新規アミノチアゾール類縁体を用いた SAR 解析により、MC180295 を最終候補として選定した。MC180295 の選択性評価には、250 種のキナーゼに対するパネルアッセイを実施した。

クロマチン解析には、ATAC-seq (Assay for Transposase-Accessible Chromatin sequencing: トランスポbase可及性クロマチンシークエンシング)、ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing: クロマチン免疫沈降シークエンシング)、および RNA-seq (RNA sequencing: RNAシークエンシング) の時系列解析を施行した。ChIP-seq のリードマッピングには Langmead et al. NatMethods 2012 に記載の Bowtie 2 を使用し、ピーク検出には Zhang et al. GenomeBiol 2008 に記載の MACS2 (Model-based Analysis of ChIP-Seq 2: ChIP-seq解析ツール) を用いた。また、ゲノム領域の比較解析には Quinlan et al. Bioinformatics 2010 に記載の BEDTools を使用した。

CDK9 と BRG1 (SMARCA4) の相互作用解析には、coIP (co-immunoprecipitation: 共免疫沈降)、in vitro キナーゼアッセイ、および LC-MS/MS (liquid chromatography-tandem mass spectrometry: 液体クロマトグラフィー質量分析) リン酸化プロテオミクスを用いた。

in vivo 評価には、NOD.Cg-Prkdc^scid Il2rg^tm1Wjl/SzJ (NSG) (NSG: 免疫不全マウス) への SW48 皮下移植モデル、および同系 C57BL/6 マウスを用いた ID8 卵巣がんモデルを使用し、抗 PD-1 抗体との併用効果を検討した。生存解析には log-rank 検定を用い、腫瘍体積や免疫細胞プロファイルの比較には Student’s t test および Mann-Whitney 検定を適用した。