- 著者: He P et al.
- Corresponding author: Emma L. Rawlins (e.rawlins@gurdon.cam.ac.uk)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2022
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Resource)
- PMID: 36493756
背景
成人ヒト肺は細胞ターンオーバーが低く (Blenkinsopp et al. 1967; Rawlins et al. 2008)、移行状態や前駆細胞をリアルタイムに捕捉することが困難である。成人肺の単一細胞アトラスは健康・疾患の両面で高解像度に整備が進んでいた (Carraro et al. 2022) が、発生過程にのみ存在する一過性の前駆細胞状態は成人組織では消失しているため、肺の分化原理を理解するうえで胎児期サンプルの解析が不可欠である。ヒト肺は受胎後約 5 週 (pcw, post-conception weeks) に前腸内胚葉から肺芽として指定され、遠位の SOX9+/ID2+ 多能性先端 (tip) 前駆細胞が自己複製しながら分岐形態形成を駆動する (Rawlins et al. 2009; Nikolić et al. 2017)。tip から茎部 (stalk) を経て近位側で気道上皮、後期には肺胞上皮へと分化が進むため、近位-遠位軸上の位置が細胞成熟度を強く予測する (「空間が時間を反映する」)。しかし、これまでの研究では発生段階のヒト肺を細胞型解像度・空間解像度の双方で包括的に捉えた高解像度アトラスが不足しており、前駆細胞同定・分化軌跡・遺伝子制御ネットワーク (GRN, gene regulatory network) の系統的記述は手薄なままであった。神経内分泌 (neuroendocrine, NE) 細胞は胎児肺で最初に分化する上皮細胞であり (Cutz et al. 1985)、小細胞肺がん (SCLC, small cell lung cancer) の発生起源としても重要だが、その発生的多様性のヒト固有性は未解明であった。
目的
受胎後 5-22 週のヒト胎児肺について scRNA-seq・scATAC-seq・空間トランスクリプトミクス・single-cell imaging を統合した高解像度マルチオミクスアトラスを構築し、上皮・間葉・内皮・血液系を含む全コンパートメントの細胞型カタログ、近位-遠位分化勾配、細胞間シグナリングニッチ、系統決定転写因子 (TF, transcription factor) 階層を同定すること。さらに、アトラスから生成した細胞間シグナリングと TF 階層の予測を、遺伝学的に操作可能なヒト胎児肺オルガノイドモデルを用いて実験的に検証することを目的とした。
結果
144 細胞型を網羅する胎児肺アトラスと近位-遠位上皮分化勾配の空間的実証:71,752 細胞から 144 の細胞型・状態が同定された (Fig 1)。サンプル年齢がクラスタリングの最も強い規定因子であり (χ² = 163,727, p ≈ 0)、早期 (5-6 pcw)・中期 (9-11 pcw)・晩期 (15-22 pcw) の 3 ステージに大別された。解離領域もクラスタリングに関連したが寄与は小さかった (χ² = 968, p = 8.9E-131)。上皮では SOX9+ tip 前駆細胞が遠位先端に位置し、stalk、気道前駆細胞 (CYTL1+/SCGB3A2+)、近位分泌前駆細胞、分化気道上皮へと近位-遠位軸に沿って空間配置されることが in situ HCR で確認された (Fig 2)。気道前駆細胞から単離した SCGB3A2-GFP+ 細胞は FGF 含有分化培地中で基底・線毛・成熟分泌細胞へ分化し、軌跡解析の予測が機能的に裏づけられた。
晩期 tip 前駆細胞の肺胞分化軌跡と AT2/AT1 への移行:tip 細胞は全ステージで核となる tip マーカー (SOX9+/ETV5+/TPPP3+/STC1+) を発現する。15 pcw 以降、晩期 tip 細胞は alveolar type 2 (AT2) マーカー (SFTPC・SFTPA) を低レベルの tip マーカーと共発現する「late tip」というマウス肺発生では未検出の新規状態を獲得した。16 pcw 前後で columnar から cuboidal への形態変化を伴い SOX9 低/陰性・SFTPC+ の分化 AT2 細胞が有意に増加し (one-way ANOVA, p < 0.001, mean ± SD, n > 7)、21 pcw では肺胞腔に散在する AT2 細胞 (SOX9-/SFTPC+/NAPSA+) が観察された。alveolar type 1 (AT1) 細胞 (SPOCK2+/SFTPC-) は 18 pcw から出現した。成人 AT2 とは Pearson r=0.66、成人 AT1 とは Pearson r=0.80 と高い相関を示し、胎児細胞は成人と類似しつつも未熟な発現プロファイルを保つ (Fig 3)。late tip から late stalk を経て AT2/AT1 へ至る連続的な分化軌跡は PAGA (partition-based graph abstraction) と Monocle3 の双方で再現され、軌跡上で SOX9 が単調に減少し SFTPC が単調に上昇する勾配が空間的にも確認された。
SCLC N 型に対応するヒト固有 GHRL+ 神経内分泌細胞の同定:5 pcw の最も若い肺で既に NE 細胞が検出された。GRP+ 古典的肺 NE 細胞と GHRL+/TTR+ の GHRL+ NE 細胞という 2 サブタイプ、両者を繋ぐ中間 NE 集団が同定された。GHRL+ NE 細胞はマウスデータの再解析では検出されず、ヒト固有であった。in situ HCR では ASCL1+ 細胞のうち各 NE 型の割合を定量し (mean ± SEM, n=3 ドナー由来ヒト胎児肺, n = 243 ASCL1+ 細胞)、NEUROD1+ 細胞でも同様の定量を行った (n=2 ドナー, 11 pcw, n = 129; n=3 ドナー, 12 pcw, n = 132)。遺伝子シグネチャースコアリングにより A 型 SCLC は肺 NE に、N 型 SCLC は GHRL+ NE に類似することが示され (Fig 7F)、ヒト SCLC 分子サブタイプの発生起源候補が提示された。
オルガノイド過剰発現による NE 系統決定 TF の機能検証:scATAC-seq では 67 クラスタ・約 100K 細胞を取得し、TF 結合モチーフ解析で肺 NE に ASCL1/TCF4/ID、GHRL+ NE に NEUROD1/RFX6 のモチーフ濃縮を見出した (Fig 6)。SCENIC で予測した候補 TF を tip オルガノイドに doxycycline 誘導性に 3 日間過剰発現させ scRNA-seq で投影した結果 (N = 3 organoid lines)、ASCL1 過剰発現は肺 NE 前駆体へ、NEUROD1 および NEUROG3 過剰発現は GHRL+ NE 前駆体への分化を誘導した (Fig 7I)。一方 ΔNTP63 は基底細胞様系統を誘導し、対照 mNeonGreen-3xNLS は mid-tip/stalk に留まった。さらにシグナリングニッチ解析では、気道線維芽細胞からの canonical WNT を除去し FGF を残すとオルガノイドで基底・分泌・線毛分化が誘導され (two-way ANOVA, p < 0.05, n = 6 organoid lines)、CellPhoneDB 予測が検証された (Fig 5)。
考察/結論
本研究は scRNA-seq・scATAC-seq・空間トランスクリプトミクス・in situ HCR・オルガノイド機能実験を統合したヒト胎児肺の包括的マルチオミクスアトラスであり、5-22 pcw にわたる 144 細胞型・状態を細胞型解像度と空間解像度の双方で記述した。第一に、tip-stalk-気道前駆細胞という段階的分化軌跡が近位-遠位軸に沿って空間的に確認され、すべての発生段階で「細胞はまず tip を出て stalk 状態を経てから分化する」という統一モデルを提示した。これはマウス肺胞発生で支配的だった early cell fate restriction や bipotent progenitor を前提とする既報のモデルとは対照的であり、ヒト固有の分化様式を示す点でこれまでの研究と異なる。第二に、AT2 マーカーを獲得する late tip という細胞状態を本研究で初めて定義し、16 pcw 前後を AT2 分化の転換点として位置づけた点は新規な知見である。第三に、ヒト固有の GHRL+ NE 細胞が N 型 SCLC に転写的に類似することを示し、ASCL1/NEUROD1/NEUROG3 の系統決定能をオルガノイドで実証した。GHRL+ NE 細胞はマウスに存在せずモデル化が困難であったため、ヒトオルガノイド系での TF 階層検証は SCLC 発生起源研究への橋渡しとなり、NE サブタイプ特異的治療標的探索への臨床応用が期待される。一方で、本アトラスの多くの結論は軌跡推定や TF モチーフ解析に基づく予測であり in vivo の系統関係を直接証明するものではないこと、最も古い胎児サンプルと最も若い成人サンプルの間に約 30 年の発生・成長ギャップが残ること、マウス-ヒト比較に技術的・生物学的差異が含まれることが limitation である。今後の課題として、追加サンプルによる年齢ギャップの補完、ブタ・ヒツジなど大型かつ妊娠期間の長い種との比較、成人肺疾患のクロマチンアクセシビリティアトラスとの統合解析が挙げられる。本アトラスは肺発生・再生・疾患研究の community resource として広範な活用が見込まれる。
方法
5-22 pcw のヒト胎児肺を対象に scRNA-seq (single-cell RNA sequencing) と scATAC-seq (single-cell assay for transposase-accessible chromatin sequencing) を施行した。分化の捕捉に焦点を当てるため 15・18・20・22 pcw 肺は近位・遠位領域に分けて深くサンプリングし、5・6・9・11 pcw の若い肺は全体として解析した。細胞解離法を組み合わせて細胞型構成のバランスを取り、解離した細胞は PBS/0.04% BSA に懸濁したうえで品質管理 (doublet 除去・低品質クラスタ除去・母体細胞評価) を行い、平均 2,400 遺伝子/細胞以上のトランスクリプトームと平均 18,000 フラグメント/核以上の DNA アクセシビリティデータから 71,752 細胞を解析対象とした。空間検証には Visium 空間トランスクリプトミクスと mRNA in situ HCR (hybridization chain reaction) を用い、細胞アイデンティティを組織切片上の解剖学的位置と対応づけた。反復的クラスタリングとマーカー遺伝子に基づく手動アノテーションで 144 細胞型・状態を定義した。系統軌跡推定には scVelo・Monocle3・PAGA を、細胞間シグナリング予測には CellPhoneDB を、GRN 解析には SCENIC を使用した。細胞型構成バイアスは χ² 検定、画像定量は one-way ANOVA / two-way ANOVA に Tukey 多重比較を併用し、胎児-成人細胞の対応は Pearson 相関係数で評価した。機能検証はヒト胎児肺 tip オルガノイドに doxycycline 誘導性レンチウイルスで TF を過剰発現させ、3 日後に scRNA-seq でアトラスへ投影することで実施した。オルガノイドは独立した 3 系統 (organoid cell lines, n=3) を用いて再現性を担保した。ヒト固有性の評価には公開マウス (mouse, Mus musculus) 胎児肺 scRNA-seq データを同一解析パイプラインで再解析し種間比較を行った。データは https://lungcellatlas.org でインタラクティブに公開されている。