- 著者: Guoan Chen, Tarek G. Gharib, Chiang-Ching Huang, Dafydd G. Thomas, Kerby A. Shedden, Jeremy M. G. Taylor, Sharon L. R. Kardia, David E. Misek, Thomas J. Giordano, Mark D. Iannettoni, Mark B. Orringer, Samir M. Hanash, David G. Beer
- Corresponding author: David G. Beer (University of Michigan Medical School)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2002
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 12114434
背景
肺腺癌は、現在最も頻度の高い肺がんのサブタイプであり、生物学的に高度に不均一な腫瘍群である。早期診断や予後予測に有用なタンパク質バイオマーカーの同定は長年の課題であったが、従来のマーカーであるCEA (carcinoembryonic antigen) やCYFRA 21-1 (cytokeratin 19 fragments) などは単独では臨床的有用性が不十分であった。例えば、Stieber et al. (1999) は腫瘍マーカーの推奨事項を提示しているが、単一マーカーの限界を指摘している。また、Schneider et al. (2000) は複数の分子マーカーの組み合わせが予後推定を改善する可能性を示唆しているものの、ルーチン臨床使用に受け入れられたマーカーは非常に少ないのが現状である。これは、報告の矛盾や、臨床治療計画を策定するには関連性が不十分であるためと考えられている (Alaiya et al. 2000)。肺腺癌の不均一性のため、新規バイオマーカーの検出は複雑な課題である。
2D-PAGE (two-dimensional polyacrylamide gel electrophoresis) は、数百のポリペプチドを同時に定量解析可能な強力な技術であり、がんのプロテオミクス研究に広く応用されてきた (Okuzawa et al. 1994)。しかし、肺腺癌において大規模コホートを用いて体系的に過剰発現タンパク質を同定し、それをmRNA発現と統合的に解析した研究はこれまで報告されておらず、タンパク質発現の制御メカニズムに関する知識にはギャップが残されていた。特に、個々のタンパク質アイソフォームレベルでの発現変化と臨床病理学的変数との詳細な関連性については未解明な点が多かった。さらに、DNAマイクロアレイとプロテオミクス技術を同一サンプルに適用してタンパク質発現の潜在的な制御メカニズムを比較した研究は限られており (Celis et al. 2000, Gygi et al. 1999)、肺腺癌におけるプロテオミクスとトランスクリプトミクスの統合解析は不足している状況であった。本研究は、この知識のギャップを埋め、肺腺癌の診断および治療標的となりうる新規バイオマーカー候補を同定することを目的とした。
目的
本研究の目的は、2D-PAGEを用いた定量的プロテオーム解析によって肺腺癌で有意に過剰発現するタンパク質を同定することである。具体的には、同定された個別タンパク質アイソフォームレベルでの発現変化を評価し、それらの発現が腫瘍ステージ、組織分類、分化度、喫煙歴、Kras変異などの臨床病理学的変数とどのように相関するかを明らかにすることを目指した。さらに、同一サンプルにおけるmRNA発現レベルとの比較を通じて、タンパク質過剰発現の根底にある転写制御メカニズムの関与を検討し、翻訳後修飾などの他の制御機構の可能性についても示唆を得ることで、肺腺癌の新規バイオマーカー候補を提示することを目的とした。最終的には、これらの知見が肺腺癌の病態理解を深め、将来的な診断・治療戦略開発に貢献することを目指す。
結果
肺腺癌で過剰発現する9種類の酵素タンパク質の同定: 93例の肺腺癌と10例の非腫瘍肺組織の比較から、9種の酵素タンパク質が有意に過剰発現していることが同定された (Table 1)。これらのタンパク質は非罹患肺組織と比較して1.4-foldから10.6-foldの増加を示し、統計的に有意であった (p<0.0001からp=0.0029)。同定されたタンパク質は、AOE372 (antioxidant enzyme 372、10.6-fold increase)、PPase (cytosolic inorganic pyrophosphatase、7.6-fold increase)、GSTM4 (glutathione S-transferase M4、4.0-fold increase)、UCHL1 (3.5-foldから2.0-fold)、GRP58 (2.9-foldから2.2-fold)、TPI (2.7-foldから2.1-fold)、ATP5D (ATP synthase subunit d、1.7-fold increase)、B4GALT (beta 1,4-galactosyltransferase、1.4-fold increase)、P4HB (prolyl 4-hydroxylase beta subunit、1.9-fold increase、アイソフォーム320のみ) である。これらのタンパク質は、正常肺組織の平均値+2SDをカットオフ値とした場合、腫瘍の35.5%から96.8%で高発現しており、GSTM4が最も高い頻度 (96.8%) で過剰発現していた (Fig. 2)。P4HBはアイソフォーム320が有意に過剰発現していたのに対し、アイソフォーム321は正常肺組織と比較して変化がなかった (Table 1)。
アイソフォーム特異的な臨床病理学的相関: 同定された9種の酵素タンパク質の個々のアイソフォーム発現レベルと10種類の臨床病理学的変数との相関を検討した (Table 2)。AOE372は低分化腫瘍で有意に高発現していた (p=0.04)。PPaseは気管支由来腺癌で増加し (p=0.02)、喫煙歴陽性患者で増加が認められた (p=0.04)。GRP58のアイソフォーム353はKras変異を有する腫瘍で有意に高発現していた (p=0.04)。P4HBのアイソフォーム320はリンパ球反応陽性腫瘍で低下が認められた (p=0.03)。TPIのアイソフォーム1161はステージIII腫瘍でステージIより高く (p=0.013)、低分化腫瘍で増加していた (p=0.04)。しかし、TPIのアイソフォーム1213は喫煙歴陽性患者で低下が認められた (p=0.04)。UCHL1のアイソフォーム1242は喫煙歴陽性患者で増加していた (p=0.01)。ATP5DとB4GALTは、検討した臨床病理学的変数との有意な相関は認められなかった。p53核染色や脈管侵襲との関連も観察されなかった。
プロテオームとトランスクリプトームの統合解析による転写制御の検証: 同一サンプル76例のmRNA発現プロファイルとの比較から、GRP58の2つのアイソフォーム (350および353) のみが、対応するmRNAレベルと有意に相関していることを明らかにした (Spearman correlation, r=0.252, p<0.05 および r=0.380, p<0.05) (Table 2)。これは、GRP58の過剰発現が転写活性化によって駆動されていることを示している。一方、AOE372、P4HB、TPI、UCHL1のmRNAはオリゴヌクレオチドアレイ解析において肺腺癌で有意に増加していたにもかかわらず (p<0.0001からp=0.0001、Table 3)、それぞれのタンパク質とmRNAレベルの統計的相関は有意ではなかった。この結果は、これらのタンパク質の発現増加には翻訳後修飾などの他の制御機構が関与している可能性を示唆している。ATP5D、B4GALT、PPase、GSTM4のmRNAレベルは、肺腺癌と正常肺組織間で有意な差は認められなかった (Table 3)。
UCHL1、GRP58、TPIの多角的検証: A549 cell line (n=3 replicates) を用いた2D Western blot解析では、UCHL1の4つの免疫反応性スポットが検出され、そのうち2つ (1242および1246) はMALDI-MSでも同定された (Fig. 3A)。UCHL1抗体を用いた組織マイクロアレイIHCでは、腫瘍細胞の細胞質に豊富な染色が観察され、正常肺組織では非常に低レベルであった (Fig. 4A, B)。93例の腫瘍のうち61.3%でUCHL1の高発現が確認された。また、GRP58は凍結組織切片 (n=10 patients) を用いたIHCで腫瘍細胞の細胞質に豊富な発現が示され、同一患者の正常肺組織では低発現であった (Fig. 4C, D)。2D Western blot解析では、GRP58の2つのスポット (353および350) がペプチドシーケンシングで同定されたものと一致した (Fig. 3B)。TPI mRNAのISHでも、腫瘍細胞での高発現が正常肺組織との比較で明確に示された (Fig. 4E, F)。これはオリゴヌクレオチドアレイで示されたTPI mRNAの1.8-fold increase (p<0.0001) と一致する。
考察/結論
本研究は、2D-PAGE、MALDI質量分析、mRNAマイクロアレイの統合的解析により、肺腺癌で過剰発現する9種の酵素タンパク質を体系的に同定した先駆的プロテオミクス研究である。
先行研究との違い: 従来の肺がんバイオマーカー研究 (Wu et al. 1999, Schwartz et al. 1977) では、神経特異的エノラーゼやLDHなどの単一分子評価が主流であった。これと異なり、本研究は複数タンパク質の同時定量解析というプロテオミクス手法の優位性を示し、個々のタンパク質アイソフォームレベルでの発現変化と臨床病理学的変数との詳細な相関を明らかにした点で、これまでの研究とは一線を画している。特に、GRP58の過剰発現がKras変異腫瘍で有意に高発現するという知見は、oncogenic Krasによるストレス応答の一側面を反映すると考えられ、Kras変異に伴う細胞形質転換とGRP58発現制御の関係を示唆する点で新規性がある。
新規性: 本研究で初めて、AOE372、PPase、GSTM4、UCHL1、GRP58、TPI、ATP5D、B4GALT、P4HBの9種類の酵素タンパク質が肺腺癌で有意に過剰発現していることを同定した。特に、これらのタンパク質が腫瘍の35.5%から96.8%という高頻度で過剰発現していることを示した点は新規である。また、タンパク質のアイソフォームレベルでの差異が臨床変数と異なるパターンで相関することを示した点も重要であり、これは翻訳後修飾の評価が将来的なバイオマーカー研究に不可欠であることを示唆する。GRP58のタンパク質発現がmRNAレベルと相関し、転写制御が関与することを示唆した一方で、他のタンパク質では相関が見られず、翻訳後修飾の重要性を強調した点も本研究の新規性である。
臨床応用: 同定されたタンパク質群は、急速に増殖する腫瘍のエネルギー・タンパク代謝需要増大 (ATP5D、PPase、TPI、B4GALT、UCHL1) と、その代謝亢進に伴う有毒副産物の解毒ニーズ (AOE372、P4HB、GRP58、GSTM4) を反映していると考察される。これらのタンパク質は、肺腺癌の診断バイオマーカーや治療標的としての臨床応用の可能性を秘めている。例えば、UCHL1 (PGP9.5) については、Brichory et al. (2001) が肺がん患者血清で自己抗体が検出されることを報告しており、血清バイオマーカーとしての開発可能性が示唆される。また、TPIのアイソフォーム1161がステージIII腫瘍で高発現していることは、進行期肺腺癌の予後予測マーカーとしての有用性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、同定されたタンパク質の発現増加が腫瘍の発生・進展においてドライバーとしての役割を持つのか、あるいは単なるパッセンジャーであるのかの機能的解明が必要である。また、本研究は単一施設での検討であり、大規模な独立コホートでの検証が不可欠である。さらに、個々のタンパク質アイソフォームの具体的な翻訳後修飾の種類を特定し、それが機能や臨床病理学的特徴にどのように影響するかを詳細に解析することも今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究は、ミシガン大学病院で1991年から2000年にかけて外科切除を受けた93例の肺腺癌(ステージI 64例、ステージIII 29例)と10例の非腫瘍肺組織を対象とした。患者の同意を得て、施設内倫理委員会(IRB)の承認を得た。組織はDMEM中で氷上に輸送され、一部はOCT (optimal cutting temperature) に包埋後、液体窒素で冷却したイソペンタン中で凍結保存された。腫瘍細胞比率が70%以上であり、組織学的に単一組織型であること、転移性起源でないこと、広範なリンパ球浸潤や線維化がないこと、化学療法や放射線療法を受けていないことを確認した上で、検体をプロテオーム解析およびmRNA解析に供した。腫瘍は組織学的に気管支由来型と細気管支肺胞上皮由来型に分類された。
2D-PAGEは既報 (Strahler et al. 1989) の方法に従って実施され、分離後のタンパク質スポットは銀染色法 (Merril et al. 1981) で可視化された。各ゲルはCCD (charge-coupled device) カメラでスキャンされ、Bio Image Visage Systemソフトウェアを用いてスポット検出が行われた。各ゲルから1600〜2200のスポットが検出され、そのうち820スポットが定量評価の対象となった。スポットの統合強度(吸光度単位×平方ミリメートル)が算出され、マスターゲルとのマッチング (Kuick et al. 1991) により同一ポリペプチドの同定を可能にした。タンパク質ローディングとゲル染色の微妙な変動を調整するため、250スポットが普遍的に発現する参照スポットとして選択され、各820スポットは参照スポットに対して数学的に調整された (Kuick et al. 1987)。
候補タンパク質の同定には、A549肺腺癌細胞株 (A549 cell line) 抽出物を用いた調製用2Dゲルから切り出したスポットのMALDI-MS (matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry) またはペプチドシーケンシングを用いた。MALDI-MSではトリプシン消化後の質量フィンガープリント解析により、MS-FIT (mass spectrometry fingerprinting integration tool) データベースを用いて既知のトリプシン消化パターンと比較した。
タンパク質発現と臨床病理学的変数との相関はStudent t-testで評価した。Kras遺伝子コドン12および13の変異状態は、PCR増幅後、熱サイクルシーケンシングにより解析された。同一サンプル76例のmRNAはAffymetrix 6800遺伝子HuGeneFL oligonucleotideアレイで解析し、Spearman correlationでタンパク質発現との相関を評価した。代表的タンパク質であるUCHL1 (ubiquitin carboxyl-terminal hydrolase L1) およびGRP58 (glucose-regulated 58 kDa protein) については2D Western blotおよび組織マイクロアレイを用いた免疫組織化学 (IHC) で発現を確認した。TPI (triosephosphate isomerase) のmRNA発現は組織マイクロアレイを用いたin situ hybridization (ISH) で確認した。ISHではビオチン標識オリゴヌクレオチドプローブ (Brown et al. 1985) を使用し、Frantz et al. (2001) の方法に従って実施された。統計解析にはS-plusソフトウェアを使用し、p<0.05 (両側) を統計的有意と判断した。