- 著者: Koichi Matsuda, Atsushi Takahashi, Candace D. Middlebrooks, Wataru Obara, Yusuke Nakamura, Taro Shuin
- Corresponding author: Yusuke Nakamura (The University of Chicago, Chicago, IL)
- 雑誌: Human Molecular Genetics
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 25281661
背景
膀胱癌は世界的に罹患率の高い悪性腫瘍であり、年間約15万人の死亡原因となっているとJemal et alが報告している。喫煙は最も重要な環境的リスク因子であり、現喫煙者・元喫煙者は非喫煙者と比較して2〜6倍高い膀胱癌リスクを有することが知られている (Freedman et al. 2011)。また、職業性化学物質への曝露、飲料水中のヒ素汚染、感染症なども膀胱癌リスクを増加させることが報告されている (Colt et al. 2004, Chen et al. 1988, Badawi et al. 1995)。男性の発症率は女性の約3倍高く、これは喫煙や職業曝露の性差による部分が大きいと考えられている (Castelao et al. 2001)。一方、膀胱癌の家族集積性も報告されており (Aben et al. 2002, Murta-Nascimento et al. 2007)、遺伝的素因の関与が示唆されている。これらの知見は、膀胱癌発症における遺伝的要因と環境要因の複合的な影響を示唆している。
欧米人集団では複数のゲノムワイド関連解析 (GWAS) が実施され、SLC14A1、APOBEC3A、PSCA、MYCなどの遺伝子座が膀胱癌リスクと関連することが示されてきた (Garcia-Closas et al. 2011, Rafnar et al. 2011, Rothman et al. 2010, Wu et al. 2009)。しかし、集団によって連鎖不平衡 (LD) 構造やアレル頻度が異なるため、欧米人で同定されたSNPがアジア人集団に直接適用できるとは限らないという課題があった。特に、日本人を含むアジア人集団における膀胱癌のGWASはこれまで実施されておらず、日本人固有の遺伝的リスク因子の探索が求められていた。民族特異的な遺伝的背景を考慮した研究は、疾患感受性遺伝子座の同定において重要である。喫煙などの環境要因と遺伝的要因の相互作用に関する知見は未解明な部分が多く、その解明は膀胱癌の予防戦略を確立する上で不足している重要な情報であった。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、日本人集団における膀胱癌リスクに関連する遺伝的変異をゲノムワイド関連解析 (GWAS) により網羅的に同定することである。さらに、同定された遺伝的変異について欧米人集団での検証を行い、その関連性を確認する。最終的には、インピュテーション解析やサブグループ解析を通じて、候補原因遺伝子の特定および遺伝・環境相互作用の評価を行うことで、膀胱癌発症メカニズムの理解を深めることを目指す。特に、喫煙などの既知のリスク因子との相互作用を詳細に解析し、日本人集団における膀胱癌の遺伝的素因と環境要因の複合的な影響を明らかにすることが本研究の重要な目的である。この研究は、民族特異的な遺伝的要因の解明に貢献し、将来的な個別化医療や予防戦略の基盤となる情報を提供することを目指す。
結果
膀胱癌リスク関連SNPの同定: 2段階GWASの第1段階 (スクリーニング) では、膀胱癌患者531例と対照5,581例 (計6,112例) の554,389 autosomal SNPを解析した。ゲノムインフレーション係数λ=1.0493を算出し、主成分分析により全対象が東アジア系であることを確認した。このスクリーニング段階で、15番染色体15q24上のSNP rs11543198がP=6.22×10⁻⁶の有意な関連を示した。独立したレプリケーションコホート (膀胱癌592例・対照6,964例) での検証では、rs11543198がP=1.22×10⁻⁴の有意な関連を示した。日本人全体 (膀胱癌患者1,131例・対照12,558例) のメタ解析では、rs11543198はオッズ比 (OR) 1.41 (95% CI 1.26-1.59)、P=4.03×10⁻⁹とゲノムワイドな有意水準 (P<5×10⁻⁸) を満たし、新規膀胱癌感受性遺伝子座として確認された (Table 1)。rs11543198のマイナーアレル (G) の頻度は日本人対照で22.2%であった。この結果は、日本人集団における新たな遺伝的リスク要因の存在を強く示唆している。
サブグループ解析:喫煙および性別との相互作用: rs11543198は、男性でOR=1.58 (P=3.01×10⁻⁸)、喫煙者でOR=1.65 (P=8.63×10⁻⁷) と、全体よりも強い効果を示した (Table 2)。性別と喫煙状況の両方で層別化した解析では、男性喫煙者でOR=1.66 (P=1.63×10⁻⁶) が最も高く、男性非喫煙者でOR=1.49 (P=3.24×10⁻³) が続いた。一方、女性では統計的有意差に達しなかった (女性喫煙者OR=1.29, P=0.54; 女性非喫煙者OR=1.12, P=0.47)。女性では喫煙・非喫煙ともに有意差がなく、男女差が顕著であった。これらの結果は、rs11543198がタバコ喫煙や性ホルモンなどの要因と機能的に相互作用する可能性を示唆している。特に男性喫煙者における効果の増強は、遺伝的感受性と環境要因の複合的な影響の重要性を強調する。
欧米人集団での検証: rs11543198と完全LD (D’=1、r²=1) にあるrs8041357が欧米人集団 (3,508例の膀胱癌患者と5,101例の対照) でも膀胱癌リスクと関連した (加法モデルP=0.045, recessiveモデルP=0.025)。ただし、このSNPのマイナーアレル頻度は欧米人では3.7%と日本人の22.2%と比較して著明に低く、欧米人での検出力が低いため関連が弱くなった。しかし、関連の方向と効果量は両集団で一致しており、この遺伝子座が民族横断的に膀胱癌リスクに関与する可能性が示唆された。この結果は、人種間でアレル頻度が異なる場合でも、共通の感受性遺伝子座が存在しうることを示している。
インピュテーション解析による候補原因遺伝子CYP1A2の同定: rs11543198周辺の341 kb領域について1000 Genomesプロジェクト (JPT/CHB/CHS) を参照パネルとするインピュテーション解析を実施したところ、29のSNPが同定された (Figure 2)。これらのSNPの中で、CYP1A2の3’フランキング領域に位置するrs1350194がrs11543198よりも強い関連を示した (P=5.80×10⁻⁷, OR=1.55)。さらに、CYP1A2活性を低下させることが知られている機能的SNP rs2069514 (CYP1A2 *1C) のAアレルが膀胱癌リスクを低下させることが示された (P=1.42×10⁻⁶, OR=0.66)。CYP1A2はタバコ由来の多環芳香族炭化水素 (PAH) や複素環式芳香族アミン (HAA) を代謝する薬物代謝酵素であり、その活性が高い遺伝子型はより多くの発癌性代謝物を産生し、膀胱癌リスクを高めると考えられる。rs11543198はCLK3遺伝子内に位置するが、触媒ドメインのアミノ酸配列に影響しないことから、直接の原因変異ではない可能性が高く、CYP1A2がより有力な候補遺伝子と考えられた。このインピュテーション解析は、候補遺伝子の絞り込みに大きく貢献した。
既知関連遺伝子座の確認: 欧米人GWASで同定されたSNPの10座位を日本人コホートで検定した結果、SLC14A1 (OR=1.54, P=1.8×10⁻⁴)、APOBEC3A (OR=1.19, P=0.0074)、PSCA (OR=1.20, P=0.0092)、MYC (OR=1.15, P=0.039) との有意な関連が確認された (Table 3)。TACC3 (P=0.057) とUGT1A (P=0.063) は弱い傾向のみを示し、NAT2、CLPTM1L、LEPREL1、CCNE1は関連が確認されなかった。これらの再現結果は、SLC14A1やAPOBEC3Aが民族横断的な膀胱癌共通リスク因子である可能性を示す。なお、全解析を通じて集団層別化によるインフレーションはゲノムインフレーション係数λ=1.0493と適切に制御されており、解析の信頼性を担保している。
考察/結論
本研究は日本人集団における初の膀胱癌GWASであり、15q24上のSNP rs11543198という新規リスク遺伝子座を同定した。この発見は、これまでの欧米人集団を対象とした研究では見過ごされてきた、日本人集団に特異的または頻度の高い遺伝的要因の存在を示す点で新規性が高い。インピュテーション解析によりCYP1A2 (cytochrome P450 family 1 subfamily A member 2) との関連が示唆されたことは、タバコ由来の芳香族アミンや多環芳香族炭化水素 (PAH) の代謝能と膀胱癌リスクという生物学的に妥当な仮説と一致する。CYP1A2活性低下SNP rs2069514がOR=0.66のリスク低下と関連したことも、CYP1A2高活性が発癌物質代謝産物の増加を介して膀胱癌リスクを増加させるという経路を支持する。
先行研究との違い: 先行の欧米人GWASでは、rs11543198と完全LDにあるrs8041357のマイナーアレル頻度が3.7%と低く、その関連は弱かった。これと対照的に、本研究では日本人集団でマイナーアレル頻度が22.2%と高かったため、この新規遺伝子座を明確に同定できた。この差異は、民族特異的なGWASの有用性を示しており、欧米人集団のデータだけでは捉えきれない遺伝的リスク要因が存在することを強調する。
新規性: 本研究で初めて、日本人集団における膀胱癌の新規感受性遺伝子座15q24上のrs11543198を同定し、特に男性喫煙者においてその効果が増強されることを示した。これは、遺伝的要因と環境要因の相互作用が膀胱癌発症に重要な役割を果たすという新たな知見を提供するものである。
臨床応用: 男性喫煙者でOR=1.66と効果が最も強かった点は、タバコ曝露とCYP1A2遺伝型の相加的または相乗的な相互作用の可能性を示唆する。この所見は、リスク遺伝型を持つ喫煙者への禁煙介入が膀胱癌予防において特に重要であることを示唆し、臨床的意義が大きい。CYP1A2遺伝子型に基づく膀胱癌ハイリスク者の同定や、将来的なポリジェニックリスクスコア (PRS) への統合が考えられる。既確認座位 (SLC14A1、APOBEC3A、PSCA、MYC) と新規rs11543198を組み合わせたマルチ遺伝子リスクモデルが、予防・スクリーニング戦略に寄与しうる。
残された課題: 今後の検討課題として、rs11543198の実際の機能的変異の同定、CYP1A2活性への影響の機能的検証 (eQTL / DNaseI感受性部位との重複確認) が挙げられる。また、欧米人での大規模検証、および日本人以外のアジア人集団での再現性確認も必要である。女性での有意差が得られなかった原因として、性差的な曝露パターン (喫煙率・職業曝露の差) と統計的検出力の不足の両方が考えられ、女性を対象とした大規模GWASが必要である。これらのlimitationを克服することで、より包括的な膀胱癌リスクモデルの構築が可能となるだろう。
方法
本研究では、日本人集団における膀胱癌リスク関連遺伝子座を同定するため、2段階GWASデザインを採用した。
第1段階 (スクリーニング): 11施設から収集した膀胱癌患者531例とBioBank Japan由来の非癌対照5,581例 (計6,112例) を対象とした。遺伝子型解析にはHuman OmniExpress Exome chipを用い、554,389の常染色体SNP座位を解析した。統計解析はCochran-Armitage傾向検定により実施し、集団層別化の指標としてゲノムインフレーション係数 (λ=1.0493) を算出した。主成分分析 (Price et al. 2006) により、全対象が東アジア系であることを確認した。スクリーニング段階では、P値が5×10⁻⁵未満の82 SNPを候補として選出した。
第2段階 (レプリケーション): スクリーニングで選出された82 SNPを、連鎖不平衡 (LD) に基づきr²<0.8の基準で64 SNPに精選した。これらのSNPについて、独立した膀胱癌患者592例と対照6,964例を対象に、multiplex PCR-based Invader assayを用いて遺伝子型を検証した。日本人コホート全体では、膀胱癌患者1,131例と対照12,558例が解析対象となった。スクリーニングとレプリケーションの結果はMantel-Haenszel法を用いてメタ解析し、Bonferroni補正後の有意水準はスクリーニング/メタ解析でP=5×10⁻⁸、レプリケーションでP=8.47×10⁻⁴ (0.05/59) と設定した。
欧米人集団での検証: 3,508例の膀胱癌患者と5,101例の対照からなる欧米人GWASデータセット (Garcia-Closas et al. 2011) を用いて、rs11543198と完全LD (D’=1、r²=1) にあるrs8041357の関連を加法モデルおよびrecessiveモデルで評価した。解析は年齢、性別、喫煙状況 (喫煙歴あり/なし)、研究施設、および主要な主成分を調整して実施した。
インピュテーション解析: rs11543198周辺の341 kb領域について、1000 Genomesプロジェクト (JPT/CHB/CHS) を参照パネルとしてMACH (Scott et al. 2007) および minimac (Howie et al. 2012) を用いてインピュテーションを実施した。これにより、29の疾患関連SNPを特定し、候補原因遺伝子としてCYP1A2 (cytochrome P450 family 1 subfamily A member 2) を探索した。
サブグループ解析: 性別 (男性/女性) および喫煙状況 (喫煙者/非喫煙者) による層別解析を実施し、遺伝・環境相互作用を評価した。異質性の検定にはBreslow-Day検定 (Breslow and Day 1987) を用いた。