- 著者: Watkins TBK, Lim EL, Petkovic M, Elizalde S, Birkbak NJ, Wilson GA, Moore DA, Grönroos E, Rowan A, Dewhurst SM, Demeulemeester J, Dentro SC, Horswell S, Au L, Haase K, Escudero M, Rosenthal R, Al Bakir M, Xu H, Litchfield K, Lu WT, Mourikis TP, Dietzen M, Spain L, Cresswell GD, Biswas D, Lamy P, Nordentoft I, Harbst K, Castro-Giner F, Yates LR, Caramia F, Jaulin F, Vicier C, Tomlinson IPM, Brastianos PK, Cho RJ, Bastian BC, Dyrskjøt L, Jönsson GB, Savas P, Loi S, Campbell PJ, Andre F, Luscombe NM, Steeghs N, Tjan-Heijnen VCG, Szallasi Z, Turajlic S, Jamal-Hanjani M, Van Loo P, Bakhoum SF, Schwarz RF, McGranahan N, Swanton C
- Corresponding author: Schwarz RF (EMBL/MDC Berlin); McGranahan N (University College London); Swanton C (The Francis Crick Institute)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-09-02
- Article種別: Original Article
- PMID: 32879494
背景
染色体不安定性 (CIN: chromosomal instability) は、細胞分裂時における染色体の不均等な分配と、それに伴う構造変化を引き起こす現象である。この現象は、体細胞コピー数変化 (SCNA: somatic copy number alteration) の多様性を生み出すことで、腫瘍進化の主要な原動力となることが指摘されてきた。先行研究である [[NEnglJMed-2017-Jamal-Hanjani-Tracking the evolution of non-small-cell lung cancer|Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017]] では、非小細胞肺がんにおける腫瘍内不均一性とCINの関連が示され、また [[Cell-2012-Nik-Zainal-The life history of 21 breast cancers|Nik-Zainal et al. Cell 2012]] では乳がんの進展過程におけるゲノム再編成の歴史が詳細に解析されている。さらに、[[Nature-2018-Bakhoum-Chromosomal instability drives metastasis through a cytosolic DNA response|Bakhoum et al. Nature 2018]] は、CINが細胞質DNA応答を介してがんの転移を促進する分子メカニズムを実証した。しかしながら、CINが腫瘍進化の後期段階においても持続的に作用しているのか、また全ゲノム倍加 (WGD: whole genome doubling) や遠隔転移といった重要なマイルストーンとの時間的・空間的な先後関係において、SCNAがどのような秩序や規則性をもって獲得されるのかについては、依然として「未解明」な部分が多く残されていた。従来の単一領域生検に基づく解析では、クローナルなSCNAとサブクローナルなSCNAを正確に区別することが困難であり、腫瘍内におけるSCNAの不均一性の真の広がりを評価するための情報が「不足」していた。したがって、多領域生検サンプルを用いたハプロタイプ解像度での高精度なゲノム解析と、大規模な複数のがん種を横断するマルチサンプリング解析の統合が必要とされていた。
目的
本研究の目的は、複数のがん種にわたる大規模な多領域生検サンプルを対象として、ハプロタイプ解像度を有するマルチサンプルフェージングSCNA解析手法を適用することにより、腫瘍進化における染色体不安定性の普遍性を体系的に検証することである。具体的には、22種類のがん種から得られた394症例、計1,421検体のゲノムデータを統合解析し、腫瘍内におけるSCNAの不均一性の程度、WGDの発生時期とその後のゲノムリモデリングへの影響、サブクローン間における並行進化の頻度、および原発巣から転移巣への進展過程におけるSCNAの選択圧を包括的に解明することを目指す。これにより、がんゲノムの核型進化が単なる確率的なプロセスであるのか、あるいは特定の選択圧に基づく秩序だったプロセスであるのかを明らかにすることを目的とする。
結果
持続的な染色体不安定性と普遍的なサブクローナルSCNA不均一性:
多領域生検サンプルの解析により、394症例(n=394 patients)のうち390症例、すなわち99%の腫瘍において少なくとも1つのサブクローナルなSCNAが同定された (Fig. 1)。ゲノム全体に占める割合を算出すると、中央値で26%の領域がクローナルなSCNA、18%の領域がサブクローナルなSCNAの影響を受けていた。さらに、全症例の45%においては、ゲノムの20%を超える領域でサブクローナルなSCNAが検出され、腫瘍進化の後期段階においてもCINが持続的に作用していることが示された。がん種間での比較では、肺腺がん(LUAD: lung adenocarcinoma)はクローナルなSCNAが優位(サブクローナルSCNAの割合は28%)であったのに対し、HER2陽性乳がん(HER2+ BRCA: human epidermal growth factor receptor 2-positive breast cancer)ではサブクローナルなSCNAが優位(同44%)であり、がん種によってCINの活性化時期や進展パターンが異なることが明らかとなった(p=0.0081、effect size=0.59)。
全ゲノム倍加とTP53欠失の先後関係およびゲノムリモデリング:
コホート全体の57%の腫瘍においてWGDが検出され、そのうちの87%においてWGDはMRCA以前に発生したクローナルなイベントであった (Fig. 1)。WGDを経験した腫瘍は、非WGD腫瘍と比較して、クローナルおよびサブクローナルなSCNAの蓄積量が有意に高かった(クローナルSCNAの比較において p=1.36e-34、effect size=1.15;サブクローナルSCNAの比較において p=4.67e-9、effect size=0.6)。また、TP53遺伝子のヘテロ接合性の消失 (LOH: loss of heterozygosity) は、WGDを有する腫瘍の92%においてWGDよりも時間的に前に(クローナルなイベントとして)獲得されていた。この結果は、TP53の機能欠失が、WGDに伴う四倍体化の細胞ストレスを許容するための前提条件として機能していることを強く示唆している。
がん遺伝子・がん抑制遺伝子密度に基づく選択圧と秩序だった核型進化:
染色体腕レベルのコピー数変化と、各染色体腕にコードされているOGおよびTSGの密度を反映したOG-TSGスコアとの関連を解析した。その結果、MRCAにおけるクローナルな染色体コピー数とOG-TSGスコアとの間に有意な正の相関が認められた(コホート n=394 patients において Spearman r=0.35、p=0.00055)(Fig. 2)。さらに、MRCAからのサブクローナルなコピー数変化量とOG-TSGスコアの間にも有意な相関が確認された。マルコフ連鎖モデルを用いたシミュレーション解析では、OG-TSGスコアに基づく選択圧を考慮した「加重モデル」が、中立進化モデルやランダムモデルよりも、実際のサブクローナルな核型推移を最も正確に予測した。特にWGD腫瘍において、加重モデルの予測精度は64%に達し、中立進化モデルを大きく上回った。
サブクローン間におけるSCNAの並行進化とHLA LOH:
全症例の37%(n=146 patients)において、同一腫瘍内の異なるサブクローンが独立して同じゲノム領域のSCNAを獲得する「並行進化」が確認された (Fig. 3)。並行進化したSCNAは、非並行進化のSCNAと比較して有意に局所的(focal)であり(p=0.0071、effect size=0.1)、強い正の選択圧の存在を示していた。特に、1q21.3-q44(BCL9、MCL1、ARNTを包含)、5p15.33(TERTを包含)、8q24.1(MYCを包含)の並行増幅が高頻度に認められた。また、DNAレベルでのアレル特異的SCNAの不均一性は、RNAレベルでのアレル特異的発現の不均一性と極めて高い相関を示した(コホート n=43 patients において Spearman r=0.89、p=1.75e-15)。一方、免疫逃避に関与するヒト白血球抗原 (HLA: human leukocyte antigen) 遺伝子座(6p21.3)のサブクローナルなLOHは、コホート全体の22%で検出された。
転移巣におけるSCNAの富化と遅発性サブクローンの選択:
原発巣と転移巣の比較解析において、転移巣(n=178 patients)は原発巣(n=366 patients)よりも有意に高いSCNA負荷を示した(p=0.0053、effect size=0.25)(Fig. 4)。原発巣と転移巣のペア解析(n=74 patients)では、LOHイベントの多く(中央値で74%)が両者で共有されており、転移クローンがMRCAから比較的遅い時期に分岐したことが示唆された(コホート全体の 116 out of 151 腫瘍でLOHが共有)。しかし、転移巣において特異的に富化しているSCNAも同定された。例えば、腎淡明細胞がん(KIRC: kidney renal clear cell carcinoma)の転移巣では、MYCを包含する8q21.3-q24.3の増幅や、CDKN2Aを包含する9p24.3-p21.1のLOHが有意に富化していた。これに対し、乳がん(エストロゲン受容体陽性乳がんである ER+ BRCA および HER2+ BRCA)の転移巣では、TP53を包含する17p13.3-q11.2 of LOHなどの早期イベントがさらに富化しており、がん種ごとに転移能を規定するSCNAの選択パターンが異なることが実証された。
考察/結論
本研究は、多地域生検サンプルを用いたハプロタイプ解像度での大規模ゲノム解析により、がんの進化過程における染色体不安定性(CIN)の普遍性と、その結果として生じる核型進化の秩序性を明らかにした画期的な成果である。
先行研究との違い:
従来の単一領域生検に基づくゲノム解析や、ハプロタイプ情報を考慮しない標準的なコピー数解析「と異なり」、本研究はマルチサンプルフェージング技術を導入することで、クローナルなSCNAとサブクローナルなSCNAを厳密に区別することに成功した。これにより、腫瘍内におけるSCNAの不均一性の真の広がりを正確に定量化することが可能となった。また、先行研究である [[Nature-2018-Bakhoum-Chromosomal instability drives metastasis through a cytosolic DNA response|Bakhoum et al. Nature 2018]] がCINと転移の分子メカニズムに焦点を当てていたのに対し、本研究は臨床サンプルにおける時間的・空間的な進化 of 秩序を大規模コホートで実証した点で大きく異なる。
新規性: 本研究は、99%という極めて高い割合の腫瘍においてサブクローナルなSCNAが存在し、腫瘍進化の後期段階においてもCINが持続的に作用していることを「本研究で初めて」体系的に実証した。さらに、がん遺伝子とがん抑制遺伝子の用量バランス(OG-TSGスコア)に基づく選択圧が、サブクローナルな核型推移を予測可能にするという「これまで報告されていない」秩序だった進化モデルを提示した。WGDが単なるゲノムの倍加にとどまらず、その後のHLA LOHや8p欠失といった特異的なゲノムリモデリングの足場として機能していることを示した点も極めて新規性が高い。
臨床応用: これらの知見は、がん治療における「臨床的意義」が非常に大きい。サブクローナルなHLA LOHが持続的な正の選択を受けているという事実は、腫瘍の免疫逃避機構の解明に直結し、免疫チェックポイント阻害薬に対する治療抵抗性の予測や、個別化医療の「臨床応用」に貢献すると考えられる。また、WGD後に選択的に獲得されるCCNE1増幅などの治療標的分子の同定は、CDK2阻害薬などの新規薬剤の適応決定において重要なバイオマーカーとなり得る。
残された課題: 一方で、いくつかの「残された課題」も存在する。第一に、CINを駆動する具体的な遺伝子変異(染色体分離機構に関連する分子など)と、実際に獲得されるSCNA of 時空間的なカップリングのメカニズムは十分に解明されていない。第二に、本研究の「limitation」として、シーケンスの深度やサンプル数、単一細胞レベルでの解像度の不足により、極めて低頻度なサブクローンの多様性を見落としている可能性が挙げられる。今後は、シングルセルゲノムシーケンス技術との統合や、転移臓器の微小環境がSCNAの選択に与える影響についての「今後の課題」としてさらなる検証が必要である。
方法
本研究では、22種のがん種にわたる394名の患者から採取された1,421サンプルのゲノムデータ(1,019の治療前原発巣、32の治療後原発巣、7の局所再発巣、363の転移巣を含む)を解析対象とした。このコホートには、前向き臨床試験であるTRACERx NSCLCコホート(臨床試験登録番号: NCT01888601)から得られた肺がんサンプルのほか、既報の多地域シーケンスデータが含まれている。全外現子シーケンス (WES: whole-exome sequencing) データは、STAR([[Bioinformatics-2013-Dobin-STAR ultrafast universal RNA-seq aligner|Dobin et al. Bioinformatics 2013]])およびRSEM([[BMCBioinformatics-2011-Li-RSEM accurate transcript quantification from RNA-seq data with or without a reference genome|Li et al. BMCBioinformatics 2011]])(RSEM: RNA-Seq by Expectation-Maximization)を用いてアライメントおよび発現定量を行った。
ハプロタイプ解像度でのSCNA解析を行うため、マルチサンプルフェージングSCNA解析法を開発・適用した。この手法では、同一腫瘍内の異なるサンプル間で共有される一塩基多型 (SNP: single nucleotide polymorphism) のアレル情報(B-allele frequency)を利用してフェージングを行い、サブクローナルなSCNAを高精度に同定した。また、MEDICC(MEDICC: Minimum Distance Consensus Copy Number Profiles)アルゴリズムを用いて各腫瘍の最も近い共通祖先 (MRCA: most recent common ancestor) のコピー数状態を推定し、系統樹を再構築した。
ゲノムワイドなSCNAの検出およびコンセンサスピーク領域の同定には、GISTIC2.0([[GenomeBiol-2011-Mermel-GISTIC2.0 facilitates sensitive and confident localization of the targets of focal somatic copy-number alteration in|Mermel et al. GenomeBiol 2011]])(GISTIC2.0: Genomic Identification of Significant Targets in Cancer 2.0)を用いた。さらに、がん遺伝子 (OG: oncogene) およびがん抑制遺伝子 (TSG: tumour-suppressor gene) の密度に基づくOG-TSGスコアを用いて、核型進化をシミュレーションするマルコフ連鎖モデルを構築した。このモデルを用いて、染色体腕レベルのコピー数推移が「選択圧を考慮した加重モデル」、「中立進化モデル」、「ランダムにシャッフルしたモデル」のいずれに適合するかを検証した。統計解析にはR(version 3.6.1)を使用し、2群間の比較にはStudent’s t-test、相関分析にはSpearmanの順位相関テスト、比率の比較にはFisher’s exactテストを用いた。