• 著者: Yum MK, Han S, Fink J, Wu SH, Dabrowska C, Trendafilova T, Mustata R, Chatzeli L, Azzarelli R, Pshenichnaya I, Lee E, England F, Kim JK, Stange DE, Philpott A, Lee JH, Koo BK, Simons BD
  • Corresponding author: Bon-Kyoung Koo (IMBA, ウィーン); Benjamin D. Simons (University of Cambridge)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-06-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34079126

背景

TME (tumor microenvironment; 腫瘍微小環境) は変異細胞とWT (wild-type; 野生型) 細胞が混在する複雑なエコシステムを形成し、腫瘍進行・転移・再発に寄与する (Hanahan & Weinberg 2011)。先行研究によりショウジョウバエでは「細胞競合 (cell competition)」によって腫瘍細胞が近傍の野生型細胞を排除する「超競合者」として振る舞うことが示されていた。しかし哺乳類の上皮において、がん遺伝子発現クローンがin vivoで非変異野生型細胞のニッチ機能や競合動態に影響を及ぼすか、そのメカニズムは未解明であった。

ISC (intestinal stem cell; 腸管幹細胞) はLGR5 (leucine-repeat Gpr-type receptor 5) 陽性でクリプト底部に存在し、中立的なクローナルドリフト (neutral drift) を示す。WNT (Wingless-related integration site) シグナルに加え、MAPK (mitogen-activated protein kinase) ・PI3K (phosphoinositide 3-kinase) 経路変異は大腸癌の主要ドライバーとして確立されている (KRAS co-mutation landscape)。KRAS変異は老化ヒト腸管上皮に広く存在し、早期変異クローンが周囲の正常組織に与えるパラクリン影響の解明が求められていた。しかし変異細胞とWT細胞を同一組織内で同時に追跡できる哺乳類の実験系が存在しないという技術的な不足が、この問題の解明を阻んでいた。先行研究のMedema & Vermeulen 2011やCurtius et al. 2018はフィールド癌化の概念を確立したが、in vivoでのリアルタイム実証は達成されていなかった。

目的

Red2Onco (Red-fluorescent reporter with oncogene) マウス系統を開発し、変異細胞とWT細胞を同一組織内で同時に識別・追跡できるようにした上で、腸管においてKRAS G12D (glycine-to-aspartate codon 12)・PIK3CA H1047R (histidine-to-arginine codon 1047)・Notch1 (notch receptor 1) ICD (intracellular domain) 変異クローンが(1)自身の増殖優位性、(2)近傍WT細胞のISCニッチ・クローナルダイナミクスへの非自律的影響、および(3)その分子機構を明らかにすること。

結果

変異クリプトの増殖優位性 — バイアスドリフト定量 (Fig. 2b): バイアスドリフトモデルによる定量 (n=6 mice/群/時点、64〜241クローン/条件を計測) では、Kras G12Dのバイアス係数δ=0.71 (λ=2.4/週)、PIK3CA H1047Rでδ=0.64 (λ=1.9/週)、Notch1 ICDでδ=0.36 (λ=1.1/週) と、KRAS・PI3Kが強い増殖優位性を示した。変異クローンの増殖促進はアポトーシス増加によらず (cleaved caspase-3増加なし)、増殖率の上昇によることが確認された。EdU (5-ethynyl-2’-deoxyuridine) パルス取り込み実験では変異クローンにおいてEdU+ crypt base columnar cellsが有意に増加した (n=3 independent experiments、P<0.001)。変異クリプト誘導7日後には既にbiased driftが明確であった。

近傍WT細胞への非自律的影響 — ドリフト1.9倍加速とISC数20%減少 (Fig. 2a-f): 変異クリプトに隣接する (近接) WTクリプトでは、遠隔WTクリプトやConfetti対照と比較して、Kras G12D・PIK3CA H1047R変異Red2Oncoマウスにおいてクローナルドリフトが顕著に加速された。クローンサイズ分布のスケーリング解析から、近接WTクローンの複合ドリフト率はConfetti対照比で1.9 fold増大することが定量された。ISCの増殖率はEdU取り込みにより近接・遠隔間で差を認めず、LGR5-EGFP (leucine-rich goblet receptor expressing green fluorescent) + 細胞数の計数から変異クリプト近傍のWTクリプトではLGR5+ 幹細胞数が約20%低下していることが示された (n=5 mice/群、100クリプト/マウス、P<0.0001、unpaired two-tailed t-test)。OLFM4 (olfactomedin, a luminal marker for ISC) 免疫染色でも同様の結果が確認された (n=5 mice、P<0.001)。

scRNA-seq解析 — BMP (bone morphogenetic protein) シグナル増強とWNTシグナル低下 (Fig. 3): 上皮細胞のscRNA-seqでは、幹細胞・TA (transit-amplifying) 細胞・腸管細胞・杯細胞・Paneth細胞等のクラスタリング (n=2〜3マウス/群) により、変異・WT双方で幹細胞比率の低下と杯細胞比率の増加が確認された。GSEAによる主要シグナル経路解析では、Kras G12D・PIK3CA H1047R Red2Oncoの両モデルで変異・WT双方の上皮細胞においてBMPシグナル活性が上昇し、PIK3CA H1047R Red2OncoモデルではさらにWNTシグナル活性が低下した。BMP2・BMP7 (bone morphogenetic protein 7) が変異分泌細胞で発現増加し、PIK3CAモデルではWNTアゴニストRspo3 (R-spondin 3) の間葉系STC2細胞での発現低下とWNT拮抗因子Sfrp2・Sfrp4の発現増加が認められた (Fig. 3g、h)。

ISH・薬理学的検証 (Fig. 4a-i): BMP2 mRNAの増加が変異クリプトで空間的に確認された (50クリプト、n=3 mice、P<0.0001)。変異クリプトではBMP2発現が対照比で2〜3 fold増加していた。BMP type I受容体阻害薬LDN193189の投与により近接WTクローンの加速ドリフトが有意に抑制され (one-way ANOVA with Games-Howell’s test; n=3 mice/群、P<0.05)、BMP経路の因果関係が確立された。LGK974 (porcupine inhibitor) はドリフトをさらに加速させ、WNTの腸管ニッチ維持における役割を裏付けた。変異クリプトの固定もLDN193189処置で遅延し、WT幹細胞が変異クローンに対してより効率よく競合できることが示された。

オルガノイド共培養 — 間葉系細胞のニッチ機能喪失 (Fig. 4f-g): LGR5+ ISCをWTまたはPIK3CA H1047R Red2Onco由来STC2細胞と共培養したところ、PIK3CA変異マウス由来STC2はNoggin・Rspo欠乏条件下でのオルガノイド形成能が野生型STC2と比較して著明に低下した (P<0.0001、n=3独立実験)。この結果はPIK3CA変異上皮からのパラクリンシグナルがSTC2のニッチ支持機能を直接損なうことを実験的に証明した。

フィールド癌化の加速 (Extended Data Fig. 5m-p): 経時的解析 (n=3マウス/群) でKras G12D Red2Onco・PIK3CA H1047R Red2Oncoマウスでは変異クリプト分率が増加し野生型クリプトが減少した。変異クリプトのfission・fusion率が対照より有意に高く (P<0.05)、WT細胞への悪影響が正のフィードバックとして機能しフィールド癌化を加速することが示された。APC欠失変異クリプトでも同様のWT細胞へのパラクリン影響が延長データで確認された。

考察/結論

本研究はRed2Oncoという革新的なlineage tracing技術を用い、哺乳類腸管において変異クローンが近傍の正常幹細胞ニッチをパラクリン機構によってリモデリングし、非変異細胞のISCを減少させ (20%低下)、クローナルドリフトを加速 (1.9倍) させることでフィールド癌化を推進するという全く新しいパラダイムを提示した。

先行研究との比較: 細胞競合はショウジョウバエでMycやRasの変異細胞が直接細胞間シグナルで隣接WT細胞を排除する「超競合者」として機能することが先行研究で示されていた。しかし本研究が先行研究と異なる点として示したのは、(1) 哺乳類腸管での初の実証、(2) 直接細胞間接触ではなく長距離パラクリン因子を介した「非接触型」の非自律的競合、(3) 間葉系ストローマ細胞 (STC2) を媒介とする「ニッチ中継型」の競合、という三点である。BMP2が変異上皮分泌細胞で増加しISCを抑制するという機構は、DrosophilaでのDpp (decapentaplegic, BMP homolog) を介した細胞競合の哺乳類版として進化的保存性を示唆する。

新規性: 本研究で初めて哺乳類においてオンコジーン変異クローンが非変異細胞のニッチ環境を能動的に書き換えることを直接実証した。これはフィールド癌化の新規メカニズムとして組織生態学的パラダイムを提示する知見であり、従来の細胞自律的競合概念を超えた非自律的リモデリング機構の確立という新規性を持つ。PIK3CA特異的なWNTシグナル低下がRspo3産生STC2の機能変化を介することは、同一がん遺伝子変異でも異なる下流経路を標的にする可能性を示した。

臨床的含意: KRAS変異は老化ヒト腸管に広く存在し、本研究はこの早期変異クローンが既に周囲の正常組織を変化させている可能性を示す。BMPシグナルの薬理学的阻害 (LDN193189) でフィールド変換が遅延したことは、BMP経路が大腸癌予防的介入の潜在的標的となりうることを示唆する。Rspo3・BMP2軸の操作が将来の大腸癌予防戦略の候補となりうる (PIK3CA変異)。

残された課題: 本研究は小腸を対象としており、フィールド癌化が重要な大腸での検証が必要である。KRAS G12DとPIK3CA H1047Rの単独使用であり実際の腫瘍での複数変異の相互作用は別途検証が必要である。パラクリン因子の同定、腸管以外の上皮組織への普遍的適用性、および免疫細胞への影響など多くの今後の検討課題が残されている。

方法

Red2Oncoシステム: Brainbow-2 (brainbow-multicolour reporter system 2) として知られるMulticolour Confettiレポーターラインを改変し、tdimer2 RFP (red fluorescent protein) cDNA下流に2Aペプチド配列を介してがん遺伝子cDNA (Kras G12D、PIK3CA H1047R、Notch1 (notch receptor 1) ICD (intracellular domain)) を組み込んだR26R (Rosa locus reporter allele) -Red2Onco constructを作製した。タモキシフェン誘導性CreERT2 (Cre recombinase estrogen-receptor type2) トランスジェニックを用い、C57BL/6 (congenic black inbred mouse strain background) のVillin-CreERT2マウスによりRFP+ クローンにのみがん遺伝子が共発現される設計で、同一組織内でRFP+ (変異クローン)・YFP (yellow fluorescent protein)+ (WT近傍クローン)・非標識細胞を区別できる。

系統追跡解析: タモキシフェン投与量を段階調節 (クローナル投与: 0.2 mg/20 g体重、モザイク投与: 2〜4 mg/20 g体重) し、1〜3週の経時点での全マウント小腸切片を解析した (各群n=6マウス/時点、各時点で64〜241クローンを計測)。定量的クローンダイナミクス解析はバイアスドリフトモデル (有効ISC数N=5、損失置換率λ、バイアスδ) に基づく数理モデルを使用した。

LGR5+ ISC定量: EGFP (enhanced green fluorescent protein) レポーターをIRES (internal ribosome entry site) -CreERT2に連結したLgr5-EGFP (leucine receptor expressing green fluorescent protein) -CreERT2;Red2Oncoマウスを使用し、変異クリプト近傍 vs 遠隔WTクリプトのLGR5+ (EGFP-reporter+) 細胞数をFACS・免疫蛍光・IHCで定量した (n=5マウス/群、100クリプト/マウス)。

scRNA-seqによる比較解析: タモキシフェン誘導4週後のRed2Oncoマウス小腸から、FACSでRFP+ (変異)・YFP+ (WT) 上皮細胞および間葉系細胞をソートし、scRNA-seqを実施。UMAPクラスタリング・GSEA (gene set enrichment analysis) ・lineage priming score解析を行った (n=2〜3マウス/群)。

ISHとqRT-PCR (quantitative reverse-transcription PCR) による空間的発現解析: BMP2 (bone morphogenetic protein 2)・Rspo3 (R-spondin-3 Wnt co-receptor ligand)・Axin2 (axis inhibitor 2, a Wnt target gene)・Id1 (inhibitor of differentiation 1)・Sfrp2 (secreted frizzled-related protein 2)・Sfrp4 (secreted frizzled-related protein 4) の mRNAおよびタンパク発現を空間的に定量した (各群50クリプト、n=3マウス)。

薬理学的介入: BMP (bone morphogenetic protein) type I受容体阻害薬LDN193189 (lab-derived nucleoside BMP-receptor inhibitor) およびporcupine阻害薬LGK974 (lipid-glycosylation kinase 974, porcupine inhibitor) をRed2Oncoマウスに投与し、近傍WTクローナルドリフトへの影響を評価した。統計解析: unpaired two-tailed t-test・one-way ANOVA with Games-Howell’s test・two-sided likelihood ratio test・two-sided Kolmogorov-Smirnov testを使用。

Organoid共培養: LGR5+ ISCをWT由来またはPIK3CA H1047R Red2Onco由来のSTC1 (PDGFRAlowCD81-negative stromal cells) またはSTC2 (PDGFRAlowCD81-positive stromal telocyte cells) 間葉系細胞と共培養し、Noggin・Rspo欠乏条件下でのオルガノイド形成能を評価した (n=3独立実験)。