- 著者: Hannah Benisty, Marc Weber, Xavier Hernandez-Alias, Martin H. Schaefer, Luis Serrano
- Corresponding author: Martin H. Schaefer (European Institute of Oncology, Milan); Luis Serrano (Centre for Genomic Regulation, Barcelona)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-11-16
- Article種別: Original Article
- PMID: 33199641
背景
ヒト癌では、癌遺伝子ファミリー内で特定のメンバーのみが腫瘍において圧倒的に高頻度で変異する現象が知られている。最も典型的な例がRASファミリーであり、KRASはHRASとNRASと蛋白レベルで85%の配列同一性を共有するにもかかわらず、腫瘍での変異頻度は圧倒的に高い。この「変異偏り (mutation bias) 」の分子的基盤として、蛋白の機能的差異 (下流シグナリング・局在化) が議論されてきたが、コドン使用 (同義コドンの選択) という翻訳レベルでの制御は十分に検討されていなかった。Gingold et al. Cell 2014 は増殖細胞と分化細胞で異なるtRNAプロファイルが存在し、増殖関連遺伝子が増殖細胞でアップレギュレートされるtRNAに対応するコドンを使用することを示していた。さらに、RASタンパクは蛋白として高い配列同一性を持つにもかかわらず、コドンレベルでは15%しか同一ではないことが知られており (KRAS・HRASコドン同一性)、この差がKRASの細胞コンテキスト特異的な発現制御に関与する可能性が提起されていた。
癌遺伝子の変異偏りの原因は、長らく未解明のままであった。従来の研究では、RASファミリーメンバー間の機能的差異、例えば異なる下流シグナル経路の活性化や細胞内局在の違いが変異頻度の差に寄与すると考えられてきた (Prior et al. 2012)。しかし、これらの説明だけでは、KRASが他のRASファミリーメンバーと比較して圧倒的に高い変異頻度を示す理由を完全に説明するには不足している。特に、アミノ酸配列の類似性が高いにもかかわらず、コドン使用パターンが大きく異なるという事実は、翻訳レベルでの制御が重要な役割を果たす可能性を示唆していた。細胞の増殖状態に応じたtRNA発現プロファイルの変化が、特定のコドンを持つ遺伝子の翻訳効率に影響を与えるという知見は、このギャップを埋める新たな視点を提供する。例えば、Gingold et al. Cell 2014 は、増殖細胞で特異的に発現が上昇するtRNAに対応するコドンが増殖関連遺伝子に多く含まれることを報告しており、このメカニズムが癌遺伝子の発現制御にも関与する可能性が考えられた。本研究は、このコドン使用バイアスが増殖細胞における癌遺伝子の翻訳効率を動的に制御し、癌遺伝子ファミリー内での変異頻度の偏りを説明する新たなメカニズムであるという仮説を検証することを目的とした。この分野は未開拓であり、コドン使用が癌遺伝子の選択的な変異にどのように影響するかについての詳細なメカニズムはこれまで十分に理解されていなかった。
目的
本研究の目的は、TCGAパンキャンサーデータを用いてRASファミリーを含む複数の癌遺伝子ファミリーで変異頻度の偏りとコドン使用パターンの関係を系統的に解析し、最高頻度変異メンバーが増殖細胞特異的コドン使用バイアスを持つという仮説を実験的に検証することである。具体的には、癌遺伝子ファミリー内で最も高頻度に変異する遺伝子が、増殖細胞で効率的に翻訳されるコドン使用パターンを持つことをバイオインフォマティクス解析により明らかにする。さらに、KRASをモデルとして、その翻訳効率が増殖細胞のコンテキストで選択的に増加することを、HRASコドン組成を持つKRASコドン等価体との比較により実験的に実証する。これにより、コドン使用バイアスが癌遺伝子の細胞コンテキスト特異的発現を制御し、癌遺伝子ファミリー内での変異頻度の差を説明する新たなメカニズムであることを示す。
結果
癌遺伝子ファミリーにおける変異頻度とコドン使用の相関: TCGAパンキャンサーデータを用いた主成分分析により、8つの癌遺伝子ファミリー中7ファミリーで、腫瘍での最高変異頻度メンバー (KRAS, BRAF, RAC1等) が増殖関連コドン使用パターン (PC1負値) を示すことを確認した (Fig 1B)。最も強い関連はRAS (KRAS>NRAS>HRAS)、RAF (BRAF>RAF1>ARAF)、RAC (RAC1>RHOA) ファミリーで観察され、各ファミリーで最多変異メンバーが増殖コドンバイアスの最大値を示した (fold change ≥2倍)。癌遺伝子ファミリーのコバリアンスは、癌ドライバーを含まない63のバックグラウンドファミリーと比較して有意に負であった (Wilcoxon-Mann-Whitney test, p<0.008)。例外はFOXAファミリーのみで、FOXA1は腫瘍抑制因子として不活化変異を受けるため逆パターンを示した (binomial test, p<0.007)。この結果は、癌遺伝子ファミリー内での変異頻度の偏りが、増殖細胞特異的なコドン使用パターンと強く関連していることを示唆する。
同義変異頻度解析による正の自然選択の支持: 同義変異 (アミノ酸を変えないコドン変化) の頻度では、癌遺伝子ファミリーとバックグラウンドファミリー間に有意差がなかった (Wilcoxon-Mann-Whitney test, p=0.76)。このことは、癌遺伝子の変異偏りが翻訳制御 (コドン差) への正の自然選択によるものであり、変異誘発確率の差異ではないことを強く支持する。コドン使用パターンが癌遺伝子の選択圧として機能している可能性が示唆された。
KRAS翻訳効率の増殖依存的増加: 双方向対称プロモーターによるKRASWT (天然コドン) とKRASHRAS (HRASコドン組成を導入したコドン等価体) の共発現系を構築し、BJ/hTERT線維芽細胞の増殖状態 (non-starved) と静止状態 (starved) を比較した。増殖状態ではKRASWT/KRASHRAS蛋白比が静止状態の>2倍に増加した (p<0.05) (Fig 2B)。HEK293細胞でも同様の増加を確認したが、HeLa細胞では有意差はなかった。mRNAレベルでも同比が増殖状態で上昇し、転写活性ではなく翻訳効率を介したmRNA安定性への影響が示唆された (Fig 2C)。この結果は、KRASの翻訳効率が細胞の増殖状態に依存して動的に変化することを示しており、KRASが持つ増殖関連コドンが、増殖細胞環境下で有利に働くことを裏付けている。
翻訳依存性mRNA安定性の証明: 翻訳開始点 (ATG) 欠失変異体を用いた翻訳ブロック実験では、増殖vs静止状態でKRASWT/KRASHRAS mRNA比に有意差が消失した (Fig 2D)。このことから、コドン依存性のmRNA安定性変化は翻訳プロセス自体 (コドン読み取り速度・リボソーム結合) に依存することが証明された。3種細胞株比較では、増殖速度の最も高いHEK293でKRASWT発現量が最大、HeLaで最小を示し、tRNA発現プロファイルと増殖速度の相関を支持した (Fig 3A, B)。この結果は、翻訳効率がmRNAの安定性に直接影響を与えるという先行研究の知見 (Presnyak et al. 2015) と一致する。
tRNA発現プロファイルとコドン使用の関連: hydro-tRNAシーケンスにより、BJ/hTERT, HEK293, HeLa細胞におけるtRNA発現プロファイルを定量した。HEK293とHeLa細胞間で有意差を示す16のtRNAを同定し (q<0.05)、そのうち11のコドンがKRASWTまたはKRASHRASのコドン使用バイアスと一致した (binomial test, p<0.028) (Fig 4A)。同様に、HEK293とBJ/hTERT細胞間では16のtRNAが有意差を示し、そのうち14のコドンがKRASWTまたはKRASHRASのコドン使用バイアスと一致した (binomial test, p<0.0063) (Fig 4B)。これらの結果は、細胞種特異的なtRNA供給量の違いがKRASWTとKRASHRASの蛋白発現レベルの変動を説明しうることを示唆する。特に、KRAS, BRAF, RAC1に濃縮されているAAA, GCA, GAA, AGT, GATコドンに対応するtRNAはHEK293細胞で有意に高いレベルを示した (p<0.0018, binomial test)。
新規癌遺伝子候補の発見: バックグラウンドファミリーの中で、LINGOとCSNK1Gファミリーが特に強い負のコバリアンスを示した。LINGO2 (細胞増殖促進活性報告あり) とCSNK1G3 (肝細胞癌・前立腺癌・腎癌への関与報告あり) が潜在的新規癌遺伝子候補として提唱され、コドン使用解析が未同定の癌遺伝子候補の発見ツールとして機能することが示された。これは、既存の癌ドライバー遺伝子カタログにない遺伝子であっても、コドン使用パターンから癌関連性が予測できる可能性を示唆する。
癌種特異的増殖率とKRAS変異頻度の関連: KI-67発現量で層別化された高増殖性腫瘍において、KRASはNRASおよびHRASと比較して有意に高い変異率を示した (chi-squared test, p<2.2e-16)。患者レベルでも、KRAS変異サンプルはNRAS変異サンプルよりも高いKI-67発現と関連し、NRAS変異サンプルはHRAS変異サンプルよりも高いKI-67発現と関連する傾向が認められた (binomial test, p=0.008)。この結果は、KRAS変異が特に高増殖性の癌種で選択的に有利に働くことを示唆する。例えば、KRAS変異サンプルにおけるKI-67発現の中央値は、NRAS変異サンプルやHRAS変異サンプルよりも一貫して高かった (p=0.008, binomial test)。
考察/結論
本研究は、癌遺伝子ファミリー内の変異頻度偏りを「動的翻訳プログラム」という新たな視点から説明し、KRASが増殖細胞で選択的に高効率翻訳されることでHRAS・NRASよりも高い発現量を示し、ひいてはより頻繁に腫瘍形成性変異の標的となるというモデルを提唱した。
先行研究との違い: 従来、RASファミリーの変異偏りは主に蛋白の機能的差異や細胞内局在の差によって説明されてきたが、本研究はこれらとは異なり、コドン依存的な翻訳制御という新たな調節層の存在を実験的に確認した点が最大の新規性である。特に、KRAS野生型においても増殖細胞では翻訳効率が倍増するという知見は、KRAS発現量の細胞コンテキスト依存的変動が腫瘍形成感受性に直接影響することを示唆する。
新規性: 本研究で初めて、癌遺伝子ファミリー内で最も頻繁に変異するメンバーが、増殖細胞特異的なコドン使用パターンを持つことを大規模なTCGAデータ解析で系統的に示し、その翻訳効率が増殖細胞で向上することを実験的に実証した。また、コバリアンス解析によりLINGO2やCSNK1G3といった潜在的な新規癌遺伝子候補を同定したことも新規の発見である。
臨床応用: 本知見は、KRAS阻害療法 (sotorasib等) の開発と並行して、tRNA発現プロファイルの腫瘍特異的操作やコドン最適性を利用した遺伝子発現制御が将来の治療標的となりうることを示唆する。癌細胞の増殖を促進する特定のtRNAを標的とすることで、癌遺伝子の翻訳を抑制し、治療効果を高める臨床応用が期待される。例えば、特定のtRNAを標的とする治療戦略は、癌細胞の増殖を特異的に抑制し、副作用を軽減する可能性を秘めている。
残された課題: 今後の検討課題として、in vivo腫瘍環境におけるtRNAプロファイルと癌遺伝子の翻訳効率との対応付けが残されている。また、mRNA安定性に対するコドン効果の細胞種依存性 (HeLa細胞での非応答性) のメカニズムを詳細に解析する必要がある。さらに、同義変異が癌遺伝子の翻訳効率やスプライシングに与える影響についても、より詳細な研究が求められる。リボソームの二次構造やその他の翻訳調節因子がコドン使用の偏りにどのように寄与しているかについても、さらなる解析が必要である。
方法
バイオインフォマティクス解析: TCGAパンキャンサーデータセットより、蛋白配列類似性の高い8つの癌遺伝子ファミリー (RAS, RAF, RAC (Rhoファミリーメンバー), RHO (Rhoファミリーメンバー), FOXA (Forkhead box A), FGFR (線維芽細胞増殖因子受容体), COL (コラーゲン), AKT (プロテインキナーゼB); 各3メンバー) を選択した。これらのファミリーは、少なくとも1つの既知の癌ドライバー遺伝子を含むものとした。各遺伝子のコドン使用頻度に主成分分析 (PCA) を適用し、Gene Ontology (GO) の「細胞分裂 (proliferation) 」と「細胞分化 (differentiation) 」に関する遺伝子群との相関を解析した (Gingold et al. 2014の手法を拡張)。具体的には、全ヒト遺伝子の相対同義コドン頻度に対してPCAを実施し、PC1軸が増殖と分化の機能的極に対応することを確認した。ファミリー内変異頻度 (非同義変異数) とコドンのPC1 (proliferation-differentiation軸) のコバリアンス (共分散) を算出し、癌ドライバーを含まない63のバックグラウンドファミリーと比較した (Wilcoxon-Mann-Whitney検定)。同義変異についても同様の解析を行い、変異偏りが選択圧によるものか変異原性によるものかを評価した。さらに、コバリアンス解析を用いて、未同定の新規癌遺伝子候補ファミリー (LINGO, CSNK1G) を探索した。遺伝子ファミリーの定義にはEnsemblのタンパク質配列類似性情報を用いた。
細胞実験: KRASの増殖細胞特異的翻訳効率増加の実験的検証のため、KRASWT (天然コドン) とHRASコドン組成をそのままKRAS配列に導入したKRASHRAS (コドンのみ相違、アミノ酸配列同一) の双方向対称プロモーターによる共発現系を構築した。これにより、両遺伝子が同じプロモーターから同時に発現し、転写効率の差を最小限に抑えつつ、コドン依存的な翻訳効率の差を評価できるようにした。両タンパクはFLAGと3×HAタグで識別可能とした。BJ/hTERT線維芽細胞 (starved=静止期 vs non-starved=増殖期)、HEK293細胞、HeLa細胞を用いて、KRASWT/KRASHRAS比をウエスタンブロットで定量した。mRNAレベルでの比率もqPCRで測定した。翻訳開始点 (ATG) 欠失による翻訳ブロック実験を行い、mRNA安定性への影響と翻訳効率を分離して評価した。tRNA発現プロファイルの異なる3種の細胞株 (BJ/hTERT, HEK293, HeLa) でのKRASWT/KRASHRAS比を比較し、hydro-tRNAシーケンス (Gogakos et al. 2017) により各細胞株のtRNA発現プロファイルを定量した。統計解析には、Student t検定、Wilcoxon-Mann-Whitney検定、二項検定を用いた。多重検定補正としてFDR (False Discovery Rate) を適用した。TCGAの変異データは20種類の癌種について取得し、Lawrence et al. Nature 2014 の定義に基づき癌ドライバー遺伝子を分類した。