- 著者: Meenal Sinha, Clifford A. Lowell
- Corresponding author: Meenal Sinha (Department of Laboratory Medicine and the Program in Immunology, University of California San Francisco, USA)
- 雑誌: Bio-protocol
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-11-20
- Article種別: Protocol
- PMID: 28180137
背景
遠位肺胞領域に位置する肺胞II型上皮細胞 (ATII: alveolar epithelial type II) は、肺胞壁を構成する極めて重要な上皮細胞種である。ATII細胞は、肺の虚脱を防ぐための肺サーファクタントの合成・分泌において中心的な役割を果たすだけでなく、肺損傷後における遠位肺上皮の再生・修復を担う幹細胞・前駆細胞としても機能する。さらに、呼吸器感染症やアレルギー反応の初期段階において、各種サイトカインを放出して免疫応答を開始・調節する免疫防御の最前線としても機能することが知られている。これらの多機能性から、高純度な初代ATII細胞の単離は、細胞外小胞 (EV: extracellular vesicle) の産生・受容機構の解明や、がんの肺転移における前転移ニッチ (pre-metastatic niche) 形成プロセスの解析など、呼吸器医学および腫瘍生物学における多様な研究に不可欠な実験ツールとなっている。
しかし、従来のATII細胞単離法にはいくつかの深刻な技術的課題が存在していた。特に、肺組織をディスパーゼなどの酵素で消化した後の細胞調製物には、気道クラブ細胞、血管内皮細胞、造血細胞、赤血球、肺胞マクロファージ、間質細胞などの異種細胞が大量に混入し、その純度は最高でも80-85%にとどまっていた。このような純度不足は、mRNAやタンパク質の発現解析において決定的なノイズとなり、得られたオミクスデータが混入細胞の影響を受けている可能性を排除できないという問題があった。例えば、特定の遺伝子やタンパク質の発現が本当にATII細胞に特異的なものなのか、それとも混入した他系統の細胞に由来するものなのかを明確に区別することが困難であった。
先行研究において、ATII細胞の正確な機能解析には極めて高純度な細胞集団の調製が必要であることが繰り返し強調されてきた。例えば、Sinha and Lowell (2016) は免疫防御タンパク質の発現解析において高純度なマウス肺上皮細胞の重要性を指摘しており、Maier et al. (2013) や Barkauskas et al. (2013) も、肺の恒常性維持や疾患病態におけるATII細胞の役割を正確に評価するためには、従来法を超える高精度な単離技術が不可欠であることを報告している。しかし、これら従来の単離手法では純度および生存率の面で不十分であり、高純度な初代細胞を安定して回収する技術が未確立であったことが、肺胞微小環境研究における大きな知識ギャップ (knowledge gap) となっており、信頼性の高いゲノム解析やプロテオーム解析、あるいは高純度な細胞集団を用いたex vivo培養実験を妨げる最大の課題として残されていた。
目的
本研究の目的は、ディスパーゼ (Dispase) II気管内注入、低融点アガロースプラギング、磁気ビーズを用いた多重陰性選別、およびEpCAM (epithelial cell adhesion molecule) 陽性フローサイトメトリー細胞選別 (FACS: fluorescence-activated cell sorting) を組み合わせることで、従来法を大幅に上回る高純度な初代マウスATII細胞を安定的に取得できる改良プロトコルを確立することである。本プロトコルにより、ゲノム解析、プロテオーム解析、またはex vivoでの培養に供するのに十分な量(マウス1肺あたり2-3 × 10⁶個)のATII細胞を、極めて高い純度と生存率で得られることを実証する。特に、Integrin β4 (integrin beta 4) の陰性選別を導入することで、従来のプロトコルで混入が課題となっていた気道クラブ細胞の除去効率を飛躍的に向上させ、ATII細胞調製物の純度を最大化することを目指した。
結果
高純度かつ高生存率の細胞回収: 確立したプロトコルにより、ナイーブC57BL/6Jマウス1肺あたり、出発材料として約25-35 × 10⁶個 (n=3 mice) の粗単細胞懸濁液が得られた。磁気ビーズ陰性選別(CD45, CD16/32, CD31, TER119, Integrin β4の除去)を行うことで、Lin⁻EpCAM⁺細胞の割合は磁気濃縮前と比較して約20%にまで濃縮された。最終的なFACS Aria IIIソーティング(FSC高、SSC高、シングレット、DAPI⁻Lin⁻EpCAM⁺ゲート)を適用した結果、マウス1肺あたり2-3 × 10⁶個 (n=3 mice) のATII細胞を安定して回収することに成功した。ソーティング後の細胞調製物の純度は98-99%(Lin⁻EpCAM⁺)に達し、生存率は97-98%を維持していた。これは、従来の単離法で報告されていた80-85%という純度限界を大幅に上回る極めて優れた結果である (Figure 8)。
pro-SP-C染色による細胞同一性の検証: 単離されたATII細胞の同一性は、ATII細胞特異的マーカーであるpro-SP-C (pro-surfactant protein C) の細胞免疫染色によって詳細に検証された。免疫染色の結果、単離された細胞の98-99%がpro-SP-C陽性であり、顕微鏡観察において顆粒状の細胞質染色パターンを示した (Figure 9)。この結果は、FACS解析によって示された純度評価と完全に一致するものである。従来のEpCAM陽性選別単独では、気道分泌細胞などの不要な上皮細胞が混入するリスクがあったが、本プロトコルで新たに導入したIntegrin β4の陰性選別を組み合わせることで、気道クラブ細胞が効率的に除去され、ATII細胞の純度向上に決定的な貢献を果たすことが確認された。
純度向上に寄与したプロセスの詳細: 本プロトコルにおける純度向上には、いくつかの重要な改良点が寄与している。第一に、ディスパーゼ消化を37℃ではなく室温(RT)で行うことで、混入する間質細胞の数が大幅に減少した。室温消化はATII細胞の選択的な遊離を促進することが示された。第二に、低融点アガロースプラギングは、気道クラブ細胞が気道から消化されて遊離し、ATII細胞調製物に混入するのを効果的に抑制した (Figure 4)。アガロースが気道を物理的に塞ぐことで、不要な細胞の混入が防がれた。第三に、CD45、CD16/32、CD31、TER119、Integrin β4を含む多重Linマーカーを用いた磁気ビーズによる陰性選別と、EpCAMによる陽性選別の組み合わせが、高純度達成の鍵であった。特に、Integrin β4の陰性選別は、従来のプロトコルでは除去が困難であった気道クラブ細胞の混入を低減する上で極めて有効であった。
単離細胞の実験適応性: 本プロトコルで単離されたATII細胞は、その高い純度と生存率から、様々な下流の実験に直接使用可能であることが確認された。具体的には、RNA抽出、タンパク質抽出、RT-PCR、ウエスタンブロット解析、およびマトリゲルやフィブロネクチンコーティング面でのex vivo培養に適している。全手順の所要時間は概ね7-8時間を要する。また、炎症性肺疾患モデルなど、炎症細胞浸潤が増加している肺からATII細胞を単離する場合には、Linマーカー抗体量の最適化が必要となる可能性がある。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来のATII細胞単離法が80-85%程度の純度にとどまっていたのと異なり、Integrin β4の陰性選別を新たに導入することで、気道由来のクラブ細胞の混入を効率的に除去し、純度を98-99%まで大幅に向上させた点が画期的である。このIntegrin β4による選別ステップは、遺伝子発現解析やプロテオーム解析の信頼性を決定的に高める上で極めて重要である。
新規性: 本研究で初めて、ディスパーゼ消化時の室温インキュベーションと低融点アガロースプラギングの組み合わせが、ATII細胞の選択的遊離と気道クラブ細胞の混入抑制に効果的であることを実証した。これにより、従来のプロトコルでは達成できなかった純度レベルを新規に実現し、ATII細胞研究における新たな標準を確立した。特に、室温消化は間質細胞の混入を減少させ、アガロースプラギングは気道クラブ細胞の混入を効果的に抑制することが示された。
臨床応用: 本プロトコルによって単離された高純度ATII細胞は、細胞外小胞(EV)の生物学的研究に特に有用であり、臨床応用への道を開くものである。純度95%以上のATII細胞から産生されたEVは、肺特異的なカーゴを持つ純度の高いEV集団を提供できるため、肺がんの前転移ニッチ形成における肺上皮細胞EV産生の役割を解析する実験系の確立に直接利用可能である。これは、肺疾患の病態解明や新規治療標的の同定に向けた臨床的有用性を持つ。
残された課題: 今後の検討課題(limitation)として、炎症性肺疾患モデルなど、病態が変化した肺からのATII細胞単離におけるLinマーカー抗体量のさらなる最適化が挙げられる。炎症細胞の浸潤が増加すると、既存の抗体量では不十分となる可能性があるため、各疾患モデルに応じた調整が必要である。また、本プロトコルはSinha and Lowell (2016) の原著論文から適用されたものであるが、プロトコルの再現性と汎用性をさらに検証するため、異なる研究室やマウス系統での適用性評価も今後の研究方向性として重要である。
方法
本研究では、C57BL/6Jマウス(チャールズリバー、C57BL/6J mouse strain)を使用し、全手順はカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のIACUC(Institutional Animal Care and Use Committee)の承認を得て実施された。細胞の純度評価における2群間比較にはStudent’s t-test(Student t-test)を用いた。
A. マウス解剖と心臓灌流: マウスはアベルチン(2.5% Avertin)の腹腔内注射により安楽死させた。CO₂安楽死や頸椎脱臼は灌流品質や解剖学的構造の維持に不適合であるため避けた。解剖後、右心室経由で5 mlのD-PBS (Dulbecco’s Phosphate-Buffered Saline) を注入し、肺を白色化させる心臓灌流を行った。これにより、肺から血液を効率的に除去した。灌流後、心臓を除去した。
B. 気管カニュレーション: マウスの頭部を術者側に向け、唾液腺を分離して気管を露出させた。20 Gの留置針シースを気管カニューレとして使用し、外科用縫合糸で固定した。カニューレが気管分岐部に達しないよう注意し、全ての肺葉にディスパーゼが均一に分布するようにした。
C. ディスパーゼとアガロース注入: 1 mlスリップチップシリンジを用いて、50 U/mlのディスパーゼII溶液1 mlを気管内注入した。ディスパーゼが肺全体に分布するよう約45秒間保持した。直後に、42-45℃の1%低融点アガロース0.6 mlを注入し、肺を氷上で2分間冷却してアガロースを固化させた。このアガロースプラギングは、気道クラブ細胞の混入を防ぐ目的で行われた。
D. ディスパーゼ消化: 肺を注意深く摘出し、D-PBSで洗浄後、気管支などの気道組織を除去して個々の肺葉を分離した。肺葉は50 mlコニカルチューブ内の0.5 mlディスパーゼ溶液中で、室温(RT)にて150 rpmで45分間、水平プラットフォームオービタルロッカー上で消化させた。37℃での消化は間質細胞の混入を増加させるため避けた。
E. 単細胞懸濁液調製: 消化後、肺組織を10 cmペトリ皿に移し、7 mlの完全DMEM (Dulbecco’s Modified Eagle Medium) と10 μlのDNase I (deoxyribonuclease I) を添加した。鋭利なピンセットを用いて肺実質を大気道から優しく剥がし、さらに室温で60 rpmで10分間ロッキングして細胞を遊離させた。その後、70 μm、40 μm、20 μmの順にセルストレーナーでろ過し、粗単細胞懸濁液を調製した。20 μmストレーナーは、50 mlコニカルチューブの底を切り取り、キャップに穴を開け、20 μmナイロンメッシュを挟んで自作した。細胞数はマウス1肺あたり約25-35 × 10⁶個であった。必要に応じて、ACK (Ammonium-Chloride-Potassium) 溶解バッファーで赤血球を除去した。
F. 磁気ビーズ陰性選別: 単細胞懸濁液を、ビオチン標識抗CD45(造血細胞マーカー)、抗CD16/32(Fc受容体、マクロファージマーカー)、抗CD31(血管内皮細胞マーカー)、抗TER119(TER119: erythroid cell marker、赤血球マーカー)、抗Integrin β4(気道クラブ細胞マーカー)抗体(各5 μl)と混合し、氷上で45-60分間インキュベートした。その後、ストレプトアビジンMyOne T1磁気ビーズ(2.5 µl/1 × 10⁶細胞)を加え、チューブローテーター上で30分間インキュベートした。DynaMag-2磁気セパレーターを用いて、磁気デプレーションを合計3回繰り返し、lineage(Lin)マーカー陽性細胞を除去した。
G. 細胞選別 (FACSソーティング): 磁気濃縮されたATII細胞を5 ml FACSチューブに移し、再度ビオチン標識Linマーカー抗体で染色した。その後、ストレプトアビジン-PE(PEチャネルにLin陽性細胞を標識)とEpCAM-APC(上皮細胞を標識)を添加し、氷上で45-60分間インキュベートした。細胞はソートバッファーで洗浄後、DAPI (4’,6-diamidino-2-phenylindole)(0.5 μg/ml)を含むソートバッファーに5 × 10⁶細胞/mlの濃度で再懸濁し、40 μmストレーナーでろ過した。BD FACS Aria IIIセルソーター(100 μmノズル)を用いて、FSC高、SSC高、シングレット、DAPI陰性、Lin陰性、EpCAM陽性の細胞をソーティングした。ソーティング後の細胞は、氷冷した完全DMEMを含む15 mlチューブに回収した。データ解析にはFlowJoソフトウェアを使用した。