- 著者: Schreiber SL
- Corresponding author: Stuart L. Schreiber (Harvard University / Broad Institute)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-01-07
- Article種別: Commentary (BenchMarks)
- PMID: 33417864
背景
分子接着薬 (molecular glue) とは、2 つの別々のタンパク質を非共有結合的に近接させ新たなタンパク質-タンパク質相互作用を誘導する小分子化合物の総称である。このカテゴリーの原点は 1971 年にノルウェーの土壌から発見されたシクロスポリン A (CsA; cyclosporin A) であり、1979 年には臓器移植拒絶予防に使用が開始され 1983 年に FDA 承認を受けた。2018 年時点で CsA は年間 200 万回以上処方される主要免疫抑制薬となっている。一方、1987 年に Fujisawa 社が発見した FK506 (タクロリムス; tacrolimus) は CsA より高活性であり、Schreiber らのグループによる機序解明研究が分子接着薬概念の確立に直結した。しかし 1991 年以前には「小分子が 2 つのタンパク質を人工的に結合させる」という機序は未知であり、カルシニューリン (calcineurin)・FKBP12・mTOR 等の重要シグナル分子の同定につながる包括的な理解は手薄な状態であった。またタリドマイド・レナリドミドが分子接着薬として機能するという認識も 2010 年代まで確立されておらず、これを利用した癌治療への体系的応用は未解明の領域であった。
目的
分子接着薬の概念誕生 30 周年 (1991-2021) を機に、その歴史的発展経緯を俯瞰し、現在進行中の研究と治療応用の流れ、ならびに誘導近接化学 (induced proximity chemistry) が創薬に与える将来的な変革可能性を論じることを目的とする。
結果
分子接着薬概念の黎明:CsA・FK506・ラパマイシンと FKBP12:
Schreiber らは 1990 年代初頭にアフィニティークロマトグラフィーを用いて FK506 の直接標的として FKBP12 (FK506-binding protein 12 kDa) を同定した。FKBP12-FK506 複合体がカルシニューリン (calcineurin; タンパク質ホスファターゼ) に nM オーダーの IC50 で結合し TCR シグナルを遮断すること、さらに FKBP12-ラパマイシン複合体は mTOR (mechanistic target of rapamycin) キナーゼに結合して IL-2 受容体シグナルを阻害することを解明した (Liu et al., 1991)。これにより CsA・FK506・ラパマイシンはいずれも「分子接着薬」として機能するという統一的概念が確立された (Fig. 1)。重要な検証実験として、FKBP12 結合ドメインのみを持つ非機能性化合物 506BD がFK506 および ラパマイシンの活性を競合的に阻害することが示された。また、ラパマイシンが開始した sirolimus は 1999 年に mTOR 阻害薬として FDA 承認を受け、「アンドラッガブル」とされていたタンパク質キナーゼの druggability を初めて示した。
合成分子接着薬への拡張:タリドマイド・IMiD とシンスタブ:
2000 年代以降、合成小分子が天然産物によらずネイティブタンパク質同士の相互作用を誘導できることが示された。Synstab-A はチューブリン重合を安定化する初の合成分子クランプとして同定され (Haggarty et al., 2000)、天然産物タキソールと同様のメカニズムで微小管を安定化した。さらに免疫調節薬 (IMiD; immunomodulatory drug) であるタリドマイドとレナリドミドが、CUL4-DDB1-RBX1-CRBN (cereblon) E3 ユビキチンリガーゼ複合体を介して転写因子 Ikaros のユビキチン化・プロテアソーム分解を誘導する分子接着薬であることが明らかにされた (Fig. 2Di)。同様に抗がん薬インジスラム (indisulam) は CUL4-DDB1-DDA1-DCAF15 を介してスプライシング因子 RBM39 を分解することが判明した。これらの発見により「既存薬が実は分子接着型分解誘導薬として機能していた」という認識が生まれ、がん治療における新たな標的 (転写因子・スプライシング因子等の従来「アンドラッガブル」標的) への応用可能性が開かれた。
PROTAC と誘導近接化学の現在:
分子接着薬から発展した分岐として、タンパク質分解誘導二価分子 PROTAC (proteolysis-targeting chimera) が Ray Deshaies の 2015 年の「ゴールドラッシュが始まった」発言以来年率約 2-fold で論文数が増加しており (Fig. 1)、この年次 fold change の加速は誘導近接化学が独立した創薬パラダイムとして確立しつつあることを示す。PROTAC は E3 リガーゼ結合要素と標的結合要素をリンカーで結合したヘテロ二機能性分子接着薬であり、ネイティブタンパク質の選択的分解を可能にする。dTAG システムは FKBP12-融合タンパク質の選択的分解を単一遺伝子融合で達成し、Rimiducid は骨髄移植患者の移植片対宿主病治療において死受容体融合タンパク質の二量体化誘導による標的細胞除去を実現した最初の人工 CIP として人体で試験された (Di Stasi et al., 2011)。FKBP12-ラパフシン (rapadocin) はアデノシントランスポーター SLC29A1 をがん治療標的として指向し、計算創薬による「共必須遺伝子 (co-essentiality)」スクリーニングが新規分子接着型分解誘導薬探索を加速している。
考察/結論
① 先行研究との違い: 本 BenchMarks 論評以前の創薬研究では、低分子薬はそれ自体が酵素や受容体の活性部位に結合して阻害・活性化するという「1 分子-1 標的」モデルが主流であったが、これと異なり本稿は「小分子が 2 つのタンパク質を同時に結合して新規複合体を誘導する」誘導近接 (induced proximity) という第三の創薬モダリティを体系化した。さらに CsA・FK506 等「既存免疫抑制薬の機序」が最初の分子接着型薬であったという歴史的視点は、これまで見落とされていた既存薬の新規機序理解と再評価に道を開くという点でも先行研究と相違する。
② 新規性: 本稿が新規に整理したのは、天然物グルー (CsA/FK506/ラパマイシン) から合成グルー (Synstab-A)、E3 リガーゼ-リクルート型 IMiD 分解誘導薬、さらに PROTAC へと至る統一的な概念的系譜である。とくに「CsA は 2018 年時点で年間 200 万回以上処方される分子接着薬」という視点と、FKBP12 が「command module」として機能するという機構的整理は、臨床承認薬が誘導近接メカニズムを活用している実例を新規に位置づけた。
③ 臨床応用: 誘導近接化学を用いた分子接着型薬剤は、thalidomide・lenalidomide 等の既承認 IMiD から次世代 PROTAC への展開として臨床応用が急速に進んでいる。「アンドラッガブル」とされてきた転写因子 (Ikaros 等)・スプライシング因子 (RBM39)・タンパク質間相互作用面に対して新たな治療オプションを提供し、今後のがん・自己免疫疾患等での応用が期待される。
④ 残された課題: 著者は「タンパク質が細胞内の混雑した環境で複数の結合パートナーを持つ可能性を踏まえると、小分子がタンパク質表面の landscape を変えて別のパートナーとの結合を選択的に誘導できる」という原則を提示するが、これを一般的な創薬戦略として実用化するための系統的な分子接着薬スクリーニング手法の確立が今後の研究課題として残されている。また PROTAC が複雑なリンカー設計を要するのに対して、より単純な真の分子接着薬 (linker-less) を合理的にデザインするための計算・構造生物学的アプローチの発展も求められる。
方法
該当なし (本文は Cell 誌 BenchMarks (Commentary) であり、著者自身による一次実験データは報告されていない)。