- 著者: Nikhil Aggarwal, Haosheng Shen, Li Ting Lee, Lei Zhou, Meng Tong Zhu, Xiu Qi Koh, Yung Seng Lee, Yock Young Dan, Matthew Wook Chang
- Corresponding author: Matthew Wook Chang (National University of Singapore, Singapore)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2026
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 42034052
背景
腸管細菌によるアミノ酸代謝および腸管上皮グルタミナーゼ活性によって産生されるアンモニアは、肝機能低下時に全身循環に蓄積し、高アンモニア血症を引き起こす。この高アンモニア血症は血液脳関門を通過し、脳グルコース代謝障害やアストロサイト浮腫を誘発することで肝性脳症 (HE) の主要な原因となる (Felipo and Butterworth, 2002)。HE患者では、分岐鎖アミノ酸 (BCAA:ロイシン、イソロイシン、バリン) の血中濃度が低下し、L-グルタミンが蓄積するという代謝異常も併発する (Aggarwal et al. 2026)。既存のHE治療法であるラクツロース (下剤作用によるアンモニア吸収抑制) とリファキシミン (RFX、広域抗菌薬) は、単独ではこれらの多代謝物異常に十分に対応できず、治療効果に限界がある。RFXはアンモニア産生菌を抑制するものの、腸内細菌叢の多様性全体を撹乱し、長期使用による菌叢不均衡や薬剤耐性菌出現のリスクが課題であった (Turner et al. 2024)。
合成生物学的アプローチに基づくライブバイオセラピューティクス (LBP) は、腸管内で複数の代謝機能を同時に発揮しうる点で、有望な代替戦略として注目されている (Aggarwal et al. 2023)。腸内常在乳酸菌であるLactobacillus plantarumは、高い安全性プロファイルとGRAS (generally recognized as safe) の地位を持ち、長年にわたるプロバイオティクスとしての使用実績から、遺伝子改変の出発点として有望な候補である。しかし、HEの複数の代謝異常 (高アンモニア血症、BCAA欠乏、L-グルタミン過剰) を統合的に是正するエンジニアドコメンサル戦略は、前臨床段階においても未確立であった。特に、腸管内でのアンモニアの積極的な消費とBCAAの産生、さらにL-グルタミンの代謝を同時に実現するLBPの開発は、HEの複雑な病態生理に対応するための重要な課題として残されていた。既存のHE治療法はアンモニア産生抑制や排出促進に留まり、BCAA欠乏やL-グルタミン過剰といった多代謝物異常への統合的なアプローチが不足している点が未開拓であった。本研究は、これらの代謝異常を標的とするLBPの設計と評価を通じて、既存治療の限界を克服し、HEに対する新規治療戦略を確立することを目的とした。
目的
本研究の目的は、遺伝子操作したLactobacillus plantarum WCFS1株を用いて、肝性脳症 (HE) の主要な代謝異常である高アンモニア血症、分岐鎖アミノ酸 (BCAA) 欠乏、およびL-グルタミン過剰を同時に是正するライブバイオセラピューティクス (LBP) を開発することである。具体的には、アンモニア消費能とBCAA産生能を付与したLp-NH3株、およびLp-NH3株にL-グルタミン代謝能をさらに付与したLp-Q株を構築した。これらのエンジニアド菌株を、前臨床HEマウスモデル (酢酸アンモニウム負荷高アンモニア血症モデルおよび総胆管結紮 (BDL) 肝硬変モデル) に経口投与し、以下の点を評価した。
- 多代謝物是正効果: 血清および脳内のアンモニア、BCAA、L-グルタミン濃度に対する影響。
- 認知・行動機能改善: HE関連の不安様行動および認知機能障害に対する治療効果。
- 腸内細菌叢への影響: 既存薬リファキシミン (RFX) と比較した腸内細菌叢の多様性および組成の変化。
- 安全性: 長期投与における生体内分布、定着性、および投与中止後のクリアランスプロファイル。
これらの評価を通じて、エンジニアド菌株がRFXを上回る治療効果と良好な安全性プロファイルを持つ新規HE治療薬としての可能性を検証することを目的とした。
結果
エンジニアド菌株のin vitro代謝活性: Lactobacillus plantarum WCFS1は、スクリーニングされた14株中、最も高い基礎アンモニア代謝能を示した。二重ノックアウト (LivΔΔ1) によりアンモニア消費量は野生型 (WT) 比で約4倍に増大し、さらにBCAA生合成経路の過剰発現により約6倍のアンモニア消費増を達成した。Lp-NH3株のin vitro BCAA産生量は培養1回あたり約0.6〜0.8 mMであり、これはL-ロイシン、L-イソロイシン、L-バリンの細胞外蓄積として確認された (Aggarwal et al. 2026, Figure 2E)。Lp-Q株では、glms1 mRNA発現がWT株比で約3倍、proB mRNA発現が約5.7倍の過剰発現を示し、L-グルタミン消費能が有意に向上した (Aggarwal et al. 2026, Figure 2K)。これらの結果は、設計通りの代謝機能がエンジニアド菌株に付与されたことを示している。
高アンモニア血症モデルでの代謝改善と行動変化: 酢酸アンモニア負荷高アンモニア血症マウスモデルにおいて、13日間の投与後、Lp-NH3投与群では血清アンモニア濃度が生理食塩水群と比較して約3〜4倍の有意な低下を示した (p<0.001) (Figure 3B)。脳内BCAA濃度はLp-NH3群で最高値を記録し、Lp-NH3+Q群では脳内L-グルタミン濃度が健常マウスと同等のレベルまで正規化された (Figure 3F, 3G)。オープンフィールドテスト (OFT) では、Lp-NH3およびLp-NH3+Q投与群で不安様行動が有意に改善した (p<0.05) (Figure 3H)。RFX群もアンモニア低下効果を示したが、腸内細菌叢の多様性 (ACE、Chao1 richness、Simpson、Shannon指数) はRFX群で有意に低下したのに対し (p<0.01)、Lp-NH3群ではこれらの多様性指標が生理食塩水群と同等に維持された (Figure 6A-D)。このモデルでは、n=4-5 mice/群で評価を行った。
BDLモデルでの有効性比較: 総胆管結紮 (BDL) 肝性脳症モデルにおいて、Lp-NH3+Q群は血清アンモニア濃度を生理食塩水群比で約10倍低下させ、全群中最大の効果を示した (Lp-NH3単独群は約5倍低下、RFX群は約6倍低下) (p<0.0001) (Figure 4C)。脳内アンモニア濃度もLp-NH3+Q群で生理食塩水群比約6倍の低下を達成した (p<0.001) (Figure 4F)。血清尿素窒素 (BUN) がLp-NH3+Q群で有意に低下しており (p<0.05)、エンジニアド菌によるアンモニア窒素の腸管内グルタミン固定がin vivoで機能していることが示唆された (Figure 6H)。肝機能マーカー (クレアチニン、アルブミン、ALT、ビリルビン) に群間差は認められず、肝毒性や腎毒性がないことが確認された。このモデルでは、n=5 mice/群で評価を行った。
認知・行動機能の改善: BDLモデルマウスの新奇物体認識試験 (NOR) では、短期記憶を示す識別指数 (discrimination index: DI) がLp-NH3群で最も高い値を示し、生理食塩水群と比較して有意な短期記憶改善が認められた (p<0.05) (Figure 5B)。OFTおよび高架式ゼロ迷路 (EZM) での不安関連行動はLp-NH3+Q群で最良の改善を示し (p<0.01)、Y-maze自発交代率でも治療群で改善傾向が認められた (Figure 5C-F)。これらの行動改善はRFX群でも部分的に認められたが、Lp-NH3+Q群の効果がRFX群を上回った。脳のトランスクリプトーム解析では、Gタンパク質共役型受容体 (GPCR) 経路の正規化と行動機能回復の並行関係が確認され、アンモニア低下を介した神経回路修復が機能的改善の基盤であることが支持された。
脳内トランスクリプトームの正規化: BDLモデル脳のバルクRNA-seq解析では、Gene Ontology (GO) 解析によりGPCR活性経路が最も富化されていることが示された (FDR<0.05) (Figure 5G)。HEで抑制されるドーパミン受容体 (Drd1、Drd2、Drd3、log2FC低下>1.0)、セロトニン受容体 (Htr1d)、代謝型グルタミン酸受容体 (Grm3) がLp-NH3+Q群でBDLなし偽手術群レベルに回復した (Figure 5J)。モノアミン合成経路のDdc、Th、Gch1、Slc6a3も正規化され、ドーパミンおよびセロトニン神経伝達の回復が示唆された (Figure 5K)。炎症性サイトカイン/ケモカイン (Il17、Il1b、Ccl17) および好中球マーカーであるCD177は、RFXおよびLp-NH3+Q群で有意に低下し (p<0.05)、神経炎症の軽減が示唆された (Figure 5L)。RNA-seq解析はn=4 mice/群で実施された。
安全性とバイオコンテインメント: エンジニアド菌株は28日間の経口投与中、腸管内で10^5〜10^6 CFU/g便の安定した定着を示した (n=5〜8 mice/群)。投与中止後72時間以内に便中CFUは検出限界以下に消失し、過度な持続定着は認められなかった (Figure 6M)。全身臓器 (血液、肝臓、脾臓) への菌の播種は認められず、薬剤耐性遺伝子の除去も確認済みであった (Figure 6G)。腸内細菌叢多様性への悪影響もRFXとは異なり、Lp-NH3+Q群では多様性が維持された (Figure 6A-D)。健康マウスにおける長期投与試験では、n=5 mice/群で評価を行った。
考察/結論
本研究は、合成生物学的アプローチにより高アンモニア血症、BCAA欠乏、L-グルタミン過剰というHEの3つの代謝異常を腸管内で同時是正するエンジニアドコメンサル (Lp-NH3+Q) を構築し、2種の前臨床HEモデルでその有効性を実証した。Lp-NH3+Qは血清アンモニアを最大10倍、脳内アンモニアを約6倍低下させ、認知・行動機能の改善をもたらした。これは既存薬RFX (血清アンモニア約6倍低下) を上回る効果であり、かつ腸内細菌叢の多様性を保護しながら達成された点で、これまでの治療戦略と異なる新規なアプローチである。
先行研究のSynlogic SYNB1934 (大腸菌Nissle改変株) が主に尿素サイクル異常症を対象としたのに対し、本研究はHEという複雑な多代謝物異常に特化し、アンモニア固定、BCAA産生、L-グルタミン代謝の3機能を単一のLBP戦略 (2株カクテル) で実現した点が新規である。脳RNA-seq解析により、Lp-NH3+QがGPCRシグナル正規化 (ドーパミン、セロトニン受容体) と神経炎症抑制を兼ね備えることが示され、単なるアンモニア低下以上の神経保護効果が期待される。また、各菌株がin vitroで約6倍のアンモニア消費増加という工学的目標を達成しながら、in vivoで最大10倍という顕著な効果につながった点は、腸管内での菌と宿主代謝の相乗効果を示唆する。先行のプロバイオティクス・プレバイオティクス戦略がアンモニア産生抑制に留まるのに対し、本アプローチは腸管内でアンモニアを積極的にグルタミンとして固定・消費するという「代謝リダイレクト」戦略を採用した点で概念的な転換をもたらす。RNA-seqで明らかになったDrd1/2/3、Htr1d、Grm3のHE正常化は、アンモニア低下を超えた神経シグナル回路レベルの修復を示し、HEの神経精神症状発現機序の解明にも貢献する。
臨床応用への道筋として、いくつかの残された課題がある。第一に、ヒトの複雑な腸管環境 (嫌気条件、競合菌叢) でのLp-NH3+Qの定着安定性と有効濃度の確保が重要である。第二に、肝硬変患者の肝機能多様性を考慮した用量と有効性の最適化、および投与経路 (経口カプセル vs 経鼻胃管) の検討が必要となる。第三に、GMP製造プロセスの確立 (凍結乾燥製剤の安定性、活菌数保証) が求められる。第四に、HEの重症度 (West Haven分類 Grade I-IV) 別の臨床有効性検証が残されている。本LBPプラットフォームはHEのみならず、腸-肝-脳軸異常を伴う尿素サイクル異常症や慢性腎不全など、高アンモニア血症疾患全般への応用拡大が期待される。
方法
菌株設計と工学的改変: Lactobacillus plantarum WCFS1株を基盤株として選択し、遺伝子操作を行った。まず、14種の腸内常在菌株をスクリーニングし、L. plantarum WCFS1が最も高い基礎アンモニア代謝能を持つことを確認した。アンモニア取り込みを増強するため、アミノ酸排出トランスポーター遺伝子 (amiQ/livM相当) の二重ノックアウト (LivΔΔ1変異) を導入した。次に、BCAA生合成経路遺伝子 (Lactococcus lactis由来のilvC/D、Bacillus subtilis由来のbcd) をゲノムに組み込み、高発現プロモーター (Ppgm) 制御下に置くことでBCAAの細胞外産生を実現した株をLp-NH3と命名した。さらに、Lp-NH3株にL-グルタミン代謝能を付与するため、グルタミン合成関連遺伝子 (glms1/purFおよびproB) を追加導入した株をLp-Qと命名した。全ての改変株から薬剤耐性遺伝子を除去し、FDAのLBPガイドラインに準拠させた。
in vitro評価: 液体培養条件下で、エンジニアド菌株の代謝活性を評価した。アンモニア消費量はインドフェノール法で、BCAA産生量は高速液体クロマトグラフィー (HPLC) で、mRNA発現量はリアルタイム定量PCR (RT-qPCR) でそれぞれ定量した。L-グルタミン消費量も同様に測定した。
動物モデルおよび投与: 2種類のHEマウスモデルを用いた。
- 酢酸アンモニア負荷高アンモニア血症マウスモデル: 6~8週齢のC57BL/6NTac雄マウスに、アンモニアが豊富な飼料を2~3ヶ月間自由摂取させ、血清アンモニアレベルが健康マウスの約2~3倍に達した時点で高アンモニア血症を誘導した。その後、13日間、生理食塩水、RFX (50 mg/kg)、LpWT、Lp-NH3、Lp-Q、またはLp-NH3とLp-Qの混合カクテル (Lp-NH3+Q、Lp-NH3 0.7 x 10^9 CFU + Lp-Q 0.3 x 10^9 CFU) を毎日経口投与した (n=4-5 mice/群)。
- 総胆管結紮 (BDL) 肝性脳症モデル: C57BL/6NTac雄マウスにBDL手術を施し、術後3日目から11日間、上記と同様の治療薬を経口投与した (n=5 mice/群)。Sham手術群も設定した。
評価項目:
- 代謝物測定: 血清および脳内のアンモニア (酵素法)、BCAA (HPLC)、L-グルタミン (HPLC) 濃度を測定した。血清尿素窒素 (BUN)、クレアチニン、アルブミン、ALT、総ビリルビンなどの肝機能マーカーも評価した。
- 行動試験: 認知機能および不安様行動を評価するため、新奇物体認識試験 (NOR)、オープンフィールドテスト (OFT)、高架式ゼロ迷路 (EZM)、Y-mazeテストを実施した。
- 腸内細菌叢解析: 糞便サンプルから16S rRNA V3-V4アンプリコンシーケンスを行い、ACE、Chao1、Shannon、Simpson指数などのα多様性指標およびβ多様性を評価した。
- 脳内トランスクリプトーム解析: BDLモデルマウスの脳組織からRNAを抽出し、RNAシーケンス (RNA-seq) を実施した。DESeq2を用いて差次的に発現する遺伝子 (DEG) を同定し、Gene Ontology (GO) 解析により関連する生物学的プロセスを特定した。
- 菌コロニー数: 糞便中のエンジニアド菌株のコロニー形成単位 (CFU/g便) を選択培地で定量し、腸管内での定着性とクリアランスを評価した。
- 安全性評価: 健康マウスにLp-NH3+Qを28日間長期投与し、体重変化、細菌の臓器移行 (腸間膜リンパ節、肝臓、脾臓、心臓)、血液生化学検査、血球数算定を実施した。 統計解析には一元配置分散分析 (one-way ANOVA) 後、Tukeyの事後検定を用いた。腸内細菌叢のα多様性指標はWilcoxon順位和検定で評価し、Benjamini-Hochberg法で多重比較補正を行った。