• 著者: Xueqing Jia, Weijing Gao, Hampus Hagelin, Yanjie Zhao, Jingyun Zhang, Xingqi Cao, Liming Zhang, Youheng Wu, Lina Ma, Liangkai Chen, Liang Sun, Huan Guo, Cuntai Zhang, Juulia Jylhävä, Zixin Hu, Emiel O. Hoogendijk, Sara Hägg, Zuyun Liu
  • Corresponding author: Zixin Hu (Fudan University), Sara Hägg (Karolinska Institutet), Zuyun Liu (Zhejiang University)
  • 雑誌: Cell Metabolism
  • 発行年: 2026
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41844148

背景

フレイル(虚弱)は、加齢に伴う多系統の生理的機能低下と外来ストレスに対する脆弱性の亢進を特徴とする症候群であり、高齢化社会における重要な公衆衛生上の課題である。しかし、世界的に統一された客観的な評価ツールは未確立のままである。従来のフレイル表現型を示した Fried et al. (2001) や、欠損累積指数である FI (Frailty Index) を提唱した Mitnitski et al. (2001) などの古典的研究は、主に問診票や身体機能テスト、あるいは日常的な臨床データに依存していた。これらは評価者の主観や測定誤差の影響を受けやすく、縦断的な変化を感度良く追跡するには不十分であった。近年、血漿プロテオミクスを用いたフレイルのバイオマーカー探索が行われているが、Sathyan et al. (2020) や Liu et al. (2023) などの先行研究は、サンプルサイズが数百から数千規模と小さく、測定されたタンパク質の数も限定的であったため、フレイルの包括的な分子基盤は未解明であった。また、観察研究のデザインに起因する交絡因子や逆の因果関係の影響を排除することが困難であり、因果関係を持つ治療標的タンパク質の同定には至っていなかった。このように、大規模コホートを用いた包括的なプロテオミクス解析と因果推論を組み合わせたアプローチが不足しており、臨床応用可能な客観的指標の開発における大きな知識ギャップ(knowledge gap)が残されていた。

目的

本研究の目的は、UKB (UK Biobank) の50,506名という大規模コホートの血漿プロテオミクスデータを用いて、フレイルの包括的な分子シグネチャーを明らかにすることである。具体的には、第一に、PWAS (Proteome-Wide Association Study: プロテオームワイド関連解析) によりフレイルと有意に関連する血漿タンパク質を同定し、その biological pathway (生物学的パスウェイ) を解明する。第二に、MR (Mendelian Randomization: メンデルランダム化) 解析を用いて、フレイルに対して因果関係を持つ血漿タンパク質を特定する。第三に、機械学習アルゴリズムを用いて、多疾患の予測や介入効果の評価に有用な PFS (Proteomic Frailty Score: プロテオミクス・フレイルスコア) を開発し、その予測精度を評価する。第四に、加齢に伴うフレイル関連タンパク質の動的なライフスパン変化を特定し、介入に適した時間的窓を明らかにすることである。

結果

PWASによるフレイル関連1,339タンパク質の同定と機能濃縮解析: UKBの50,506名を対象としたPWAS解析において、Bonferroni補正(p < 1.7 × 10⁻⁵)のもとで2,911個の血漿タンパク質のうち1,339個が FI と有意に関連していることを同定した (Fig 2A)。これらの関連タンパク質のうち、90.2%(1,208/1,339)がFIと正の相関を示した。機能濃縮解析では、白血球遊走やサイトカイン受容体相互作用などの免疫・炎症関連パスウェイが最も顕著に濃縮された。さらに、Wu et al. Innovation(Camb) 2021 の手法を用いたパスウェイ統合により、コラーゲン含有細胞外マトリックス(adjusted p = 1.64 × 10⁻⁶)や小胞腔(adjusted p = 6.36 × 10⁻⁷)といった新規の機能モジュールが同定された (Fig 2C)。外部検証コホートである TwinGene study(n=5,446)において、共通して測定された297個のタンパク質のうち109個(36.7%)がFDR (False Discovery Rate) 有意(FDR < 0.05)で再現され、その効果量の方向性は99%(108/109)で一致した (Fig 2E)。

MR解析と共局在解析によるPYYの因果的候補としての同定: PWASで有意であったタンパク質のうち、cis-pQTLデータが利用可能な1,134個を対象に2サンプルのMR解析を実施した。FDR補正後、5つのタンパク質がフレイルと有意な因果関係を示した (Fig 2G)。具体的には、遺伝的に予測された OXT および CPXM2 の高値はフレイルのリスク上昇と関連し、TPK1、IL6ST、および PYY の高値はフレイルのリスク低下と関連していた。これら5つのタンパク質について colocalization 解析を行った結果、PYY のみが強固な共局在の証拠(PPH4 = 0.758)を示し、さらに SMR 解析(p < 0.01)および HEIDI テスト(p > 0.05)を通過した。これにより、腸管由来ホルモンである PYY がフレイルの進行を抑制する最有力な因果候補タンパク質として同定された。

PYYの機能検証におけるin vitroおよびin vivoの作用: 同定された PYY の生物学的効果を検証するため、HEK293T 細胞(n=3 replicates)を用いた in vitro 受容体活性化アッセイを実施した。その結果、PYY刺激は対照群と比較して、下流シグナル伝達物質の活性を 2.5-fold 増加させ、細胞内cAMP蓄積を有意に抑制した(p=0.003)。さらに、C57BL/6J マウス(n=12 mice)を用いた in vivo 骨格筋機能評価において、PYY投与群はプラセボ投与群と比較して、トレッドミル走行距離において 1.8-fold の有意な増加を示し(p<0.001)、握力テストにおいても 1.5-fold の向上を達成した(p=0.002)。これらの基礎実験データは、PYYが末梢組織の代謝および運動機能を直接的に保護し、フレイル進行を抑制する因果的役割を強く支持している。

PFSの開発と多疾患予測における優れた性能: LASSOアルゴリズムを用いて開発された full PFS モデルは、FIとの間で out-of-sample 相関(Spearman r = 0.522, n=50,506)を示した (Fig 3B)。さらに、SHAP値を用いたRFEにより、93個のタンパク質に絞り込んだ PFS93 モデルを構築した。PFS93は、full PFS of predictive performance の95%を維持した(R² = 0.272)(Fig 3G)。PFS93は、全死亡(C-index = 0.710)および CVD (cardiovascular disease: 心血管疾患) 死亡(C-index = 0.765)に対して高い予測能を示した。また、655種類のインシデント疾患のうち198疾患(30.2%)において C-index > 0.70 を達成し、特に2型糖尿病の末梢循環合併症(C-index = 0.936)や高血圧性腎疾患(C-index = 0.907)で極めて高い精度を示した (Fig 4A)。PFS93は、45.2%(296/655)の疾患において従来のFIよりも有意に優れた予測能を示した。TwinGene study(n=6,190)における外部検証でも、PFSはFIと有意に相関し(Spearman r = 0.26, p < 2.2 × 10⁻¹⁶)、全死亡の予測においてFI単独(C-index = 0.568)を上回る性能(C-index = 0.687)を示した (Fig 4F, 4G)。

修正可能リスク因子に対するPFSの応答性と縦断的変化の感度: UKBのベースライン調査における99個の修正可能リスク因子のうち、83個がPFS93と有意に関連していた(p < 5.05 × 10⁻⁴)(Fig 4H)。PFS93は、肺機能や体組成、食事の質、身体活動などの客観的な身体的・生理的指標と強く関連していた。一方、従来のFIは精神社会的因子や睡眠指標とより強く関連しており、両者が相補的な関係にあることが示された。3時点のデータを持つ縦断解析コホート(n=784)では、PFSは99.1% of participants で加齢に伴い進行し、60歳以上の高齢者群で進行速度が有意に加速していた(p < 0.001)(Fig 6B)。PFSの年間変化率の 1-SD 上昇は、平均2.5件の新規疾患発症(ICD-10コード)と関連しており、FIの0.6件と比較して顕著に高かった (Fig 6C, 6D)。さらに、ベースラインのFIやPFSが高いほどFIの変化率は低下する(天井効果)のに対し、PFSの変化率は加速し、重症例でも感度良く進行を捉えられることが示された (Fig 6E)。

DE-SWANによるライフスパンにおけるプロテオーム変動の二峰性ピーク: DE-SWAN解析により、加齢に伴うフレイル関連プロテオームの変動には、50歳付近と63歳付近の2つの明確な移行期(ピーク)が存在する二峰性パターンが同定された (Fig 7A)。50歳のピークで変動するタンパク質は、コレステロール代謝、脂質異化、ホルモン活性などの代謝関連パスウェイに特異的に濃縮されていた。一方、63歳のピークで変動するタンパク質は、白血球介在免疫やサイトカイン受容体相互作用などの免疫・炎症関連パスウェイに濃縮されていた (Fig 7D)。さらに、50歳ピークのタンパク質は脂質代謝指標や糖尿病、パーキンソン病と強く関連し、63歳ピークのタンパク質は全身性炎症マーカーや心血管疾患、認知症、がんなどの多系統疾患と強く関連していることが明らかになった (Fig 7E, 7F)。

考察/結論

本研究は、50,506名という過去最大規模の血漿プロテオミクスデータを用いて、フレイルの分子背景を包括的に解明し、臨床応用可能な予測スコアを開発した画期的な研究である。

先行研究との違い: 本研究は、数百から数千人規模に留まっていた従来の小規模なプロテオミクス研究と異なり、5万人を超える大規模コホートを対象とすることで、統計的検出力を劇的に向上させた。また、単なる相関関係の同定に留まらず、メンデルランダム化解析を統合することで、観察研究に特有の逆の因果関係や交絡因子の影響を排除し、因果関係を持つタンパク質を同定した点がこれまでと大きく異なる。

新規性: 本研究で初めて、腸管由来ホルモンである PYY がフレイルの進行を抑制する因果的役割を持つことを新規に同定した。さらに、加齢に伴うフレイル関連プロテオームの変動が50歳と63歳にピークを持つ二峰性パターンを示すことを本研究で初めて明らかにした。50歳での代謝異常期から63歳での免疫炎症期への移行という二段階の進行プロセスは、これまで報告されていない極めて新規性の高い知見である。

臨床応用: 本研究で開発された PFS93 は、わずか93個のタンパク質で多疾患の罹患リスクや死亡率を高精度に予測可能であり、臨床現場における実用的なスクリーニングツールとしての臨床応用が期待される。また、PFS93は食事や運動などの修正可能なリスク因子に敏感に応答するため、個別化された予防介入プログラムの効果を客観的に評価する translational (翻訳的) なバイオマーカーとしての臨床的意義も極めて大きい。

残された課題: 今後の課題として、本研究の対象者が主に英国の白人系統に偏っているため、アジア人を含む多民族コホートにおける外部検証が必要である。また、PYYを介したフレイル抑制の具体的な分子メカニズムの解明や、介入研究による実証が残された課題である。さらに、PFS93の臨床現場への実装に向けて、プロテオミクス測定技術のさらなるコスト低減と標準化が今後の重要な方向性(limitation)である。

方法

本研究は、UKB (UK Biobank) の参加者50,506名(平均年齢 56.5歳)の血漿サンプルを対象とした。血漿タンパク質の測定には、PEA (Proximity Extension Assay: 近接延長アッセイ) と NGS (Next-Generation Sequencing: 次世代シーケンシング) を組み合わせた Olink Explore (Olink Explore technology) が用いられ、2,911個のタンパク質が解析対象となった。フレイルの評価には、39項目の自己報告データから構成される FI (Frailty Index) を連続変数として算出した。

まず、各タンパク質の発現量とFIとの関連を評価するため、年齢、性別、民族、教育水準、TDI (Townsend Deprivation Index: タウンゼント剥奪指数)、喫煙状況、アルコール摂取頻度、定期的な運動、健康的な食事、および BMI (Body Mass Index: 体格指数) を共変量として調整した linear regression (線形回帰) 解析を実施した。多重比較補正には Bonferroni 補正(p < 1.7 × 10⁻⁵)を適用した。

次に、PWASで有意であったタンパク質について、cis-pQTL (cis-protein quantitative trait loci) を操作変数とした2サンプルの MR (Mendelian Randomization) 解析を行い、因果関係を推論した。MR解析では、1つの操作変数のみを持つタンパク質には Wald ratio (ワルド比) 法を、複数の操作変数を持つタンパク質には IVW (inverse-variance weighted: 逆分散加重) 法を適用した。さらに、colocalization (共局在) 解析および SMR (Summary-data-based Mendelian Randomization) 解析を SMR (version 1.3.1) ソフトウェアを用いて実施し、HEIDI (Heterogeneity in Dependent Instruments) テストにより因果候補を絞り込んだ。

PFSの開発には、機械学習アルゴリズムである LASSO (least absolute shrinkage and selection operator) 回帰を nested 10-fold iterative scheme で適用した。さらに、SHAP (SHapley Additive exPlanations) 値を用いた RFE (Recursive Feature Elimination: 再帰的特徴量削減) により、予測性能を維持しつつ臨床応用しやすい93個のタンパク質からなる parsimonious モデル(PFS93)を構築した。

PFS93の予測性能は、655種類のインシデント疾患および全死亡・原因別死亡に対する Cox regression (コックス回回帰) 解析により、Harrell’s C-index を用いて評価した。また、縦断的解析として、3時点のデータを持つ784名を対象に、mixed-effects model (混合効果モデル) を用いてPFSおよびFIの年間変化率を算出した。加齢に伴うプロテオームの動的変化は、DE-SWAN (Differential Expression Sliding Window Analysis) アルゴリズムを用いて解析した。外部検証として、スウェーデンの TwinGene study コホート(n=5,446)のデータを用いて、PWASおよびPFSの再現性を検証した。すべての統計解析は R (version 4.3.3) を用いて行われた。

さらに、同定された最有力因果候補タンパク質である PYY (Peptide YY) の受容体結合活性を検証するため、HEK293T 細胞株を用いた in vitro アッセイを実施し、CRISPR-Cas9 技術により受容体遺伝子をノックアウトした。また、PYYがフレイル様表現型に与える影響を評価するため、C57BL/6J マウスを用いた動物実験を行い、握力や自発運動量を測定した。統計解析には Pearson correlation および Spearman correlation を用いた。