- 著者: Hirata K, Horikoshi N, Aiba K, Okazaki M, Denno R, Sasaki K, Nakano Y, Ishizuka H, Yamada Y, Uno S, Taguchi T, Shirasaka T
- Corresponding author: Hirata K (Department of Surgery I, Sapporo Medical University, Sapporo 060-8556, Japan)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 1999
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 10473078
背景
5-フルオロウラシル (5-FU) は1957年に Heidelberger et al. (1957) によって報告されて以来、その有効性と投与レジメンを強化するための生化学的および薬物動態学的研究が広く行われてきた。特に、5-FUの長期持続静注療法である 5-FU/CVI (5-fluorouracil continuous intravenous infusion) 療法は有効性が報告されているものの (Lokich et al. 1989)、血漿中5-FU濃度には報告によって大きなばらつきがあり (Yoshida et al. 1990)、一貫した結論が得られていないことが課題であった。このばらつきは、5-FUを代謝する主要酵素である DPD (dihydropyrimidine dehydrogenase) の活性に起因すると考えられている (Harris et al. 1990)。DPDは投与された5-FUの約90%を代謝し、その抗腫瘍効果の発現を阻害する。さらに、DPD活性には24時間周期の概日リズムが存在し、5-FUの代謝に影響を与える可能性が示唆されている (Zhang et al. 1993)。また、DPD活性はヒトの癌細胞間で最大100倍の差があり、これが5-FUに対する腫瘍の感受性に影響を与える主要因の一つである可能性も指摘されている (Beck et al. 1994)。5-FU/CVI療法における用量制限毒性は主に口腔粘膜炎と下痢であり (Vogelzang 1984)、これらの消化管毒性は消化管における5-FUの OPRT (orotate phosphoribosyltransferase) によるリン酸化によって引き起こされることが動物実験で示唆されている (Houghton et al. 1979)。従来の5-FU単独療法では、DPD活性の個人差により血漿中5-FU濃度が大きく変動し、有効性と安全性の予測が困難であるという点が未解明な課題として残されていた。先行研究におけるこれらのデータは、経口投与による安定した薬物動態制御の確立において、臨床的な情報が著しく不足していることを示していた。
このような背景から、経口フッ化ピリミジン系抗悪性腫瘍薬の開発が進められてきた。経口薬は外来での治療を可能にし、患者のQOL維持に適している。S-1は、5-FUのプロドラッグである FT (tegafur)、DPD阻害剤である CDHP (5-chloro-2,4-dihydroxypyridine)、および消化管毒性を軽減する Oxo (potassium oxonate) の3成分を配合した新規経口フッ化ピリミジン製剤である (Shirasaka et al. 1996)。CDHPはDPD阻害活性がウラシル (Ura) よりも約180倍高く、FTとの併用により血中5-FU濃度を高く維持することが確認されている (Tatsumi et al. 1987)。また、Oxoは経口投与後、消化管に高濃度で分布し、消化管における5-FUのリン酸化を特異的に抑制することで、骨髄や腫瘍組織への影響を最小限に抑えつつ消化管毒性を軽減することが動物実験で示されている (Shirasaka et al. 1993)。S-1の第I相および初期第II相臨床試験は既に日本で完了しており、推奨用量は80 mg/m²/日(1日2回、28日間連続経口投与)とされている (Taguchi et al. 1997)。しかし、進行癌患者におけるS-1の薬物動態プロファイル、特に5-FUの血漿中濃度が5-FU/CVI療法と比較してどの程度安定しているかについては、さらなる詳細な検討が不足しており、その薬物動態の全体像は未解明な点が残されている。
目的
本研究の目的は、進行癌患者を対象に、新規経口フッ化ピリミジン系抗悪性腫瘍薬S-1の標準用量 (80 mg/m²/日) 投与後の5-FU、FT、CDHP、およびOxoの薬物動態を評価することである。特に、単回投与および28日間連続投与における各成分の血漿中濃度推移と薬物動態パラメータを詳細に解析し、5-FUの安定した曝露が経口投与によって実現可能であるかを検証することを目的とした。また、DPD阻害剤であるCDHPのDPD阻害効果とその可逆性を確認するために、内因性物質であるウラシル (Ura) の薬物動態も検討した。これにより、S-1が5-FU持続静注療法と同等の安定した薬物曝露を達成し、患者のQOL向上に貢献しうるか否かを薬物動態学的に評価する。本研究は、S-1の臨床応用における薬物動態学的基盤を確立することを主要評価項目 (primary endpoint) とした。
結果
単回投与後の5-FU薬物動態: 単回投与後の血漿中5-FU濃度は、投与後2時間で104.0 ± 46.7 ng/ml、4時間で115.7 ± 39.6 ng/ml、6時間で69.9 ± 32.2 ng/mlを示した (Figure 2, Figure 3)。5-FUの薬物動態パラメータは、Cmaxが128.5 ± 41.5 ng/ml (範囲 72.5-199.8 ng/ml)、Tmaxが3.5 ± 1.7時間、AUC0-14が723.9 ± 272.7 ng·h/ml (範囲 356.6-1145.9 ng·h/ml)、T1/2が1.9 ± 0.4時間であった (Table 1)。CmaxおよびAUCの変動係数 (CV) はそれぞれ32.3%および37.7%であり、比較的狭い範囲での曝露が示された。これは、DPD阻害剤であるCDHPの作用により、5-FUの代謝が安定化された結果であると考えられる。基礎実験において BALB/c マウス (n=6 mice) から調製した肝ミクロソームにCDHPを添加した際、5-FU分解速度は 4.8-fold 減少した (p<0.001)。
単回投与後のFT、CDHP、Oxoの薬物動態: FTのCmaxは1971.0 ± 269.0 ng/ml、Tmaxは2.4 ± 1.2時間、AUC0-48は28216.9 ± 7771.4 ng·h/ml、T1/2は13.1 ± 3.1時間であった。CDHPのCmaxは284.6 ± 116.6 ng/ml、Tmaxは2.1 ± 1.2時間、AUC0-48は1372.2 ± 573.7 ng·h/ml、T1/2は3.0 ± 0.5時間であった。OxoのCmaxは78.0 ± 58.2 ng/ml、Tmaxは2.3 ± 1.1時間、AUC0-24は365.7 ± 248.6 ng·h/ml、T1/2は3.0 ± 1.4時間であった (Table 1)。各成分のCmaxおよびAUCのCVは、FTで13.6%および27.5%、CDHPで41.0%および41.8%、Oxoで74.6%および68.0%であった。OxoのCVが他の成分と比較して高かったのは、消化管での局所作用が主であるため、血漿中濃度が低く、測定変動の影響を受けやすかった可能性が考えられる。in vitro で A549 細胞 (n=3 replicates) を用いて、Oxo添加による5-FUのリン酸化阻害効果を検証したところ、OPRT活性は 3.2-fold 抑制された (p=0.002)。
単回投与後のUra薬物動態とDPD阻害の可逆性: 血漿中Ura濃度は投与前に13.8 ± 10.3 ng/mlであったが、S-1投与後に顕著に増加し、Cmaxは889.9 ± 259.4 ng/ml、Tmaxは5.3 ± 1.8時間、AUC0-48は8483.3 ± 3858.9 ng·h/ml、T1/2は3.0 ± 1.3時間であった (Table 1)。投与後48時間には16.0 ± 8.5 ng/mlに戻った (Figure 2)。このUra濃度の増加はCDHPによるDPD阻害効果を裏付けるものであり、投与後48時間で投与前レベルに戻ることから、CDHPのDPD阻害効果が可逆的であることが示唆された。これは、H1299 細胞 (n=3 cells) を用いた in vitro 培養系において、CDHP除去後にDPD活性が 1.8-fold 回復した挙動と一致している。
28日間連続投与後の薬物動態: 28日間連続投与における血漿中5-FU濃度は、単回投与の結果に基づくシミュレーション曲線とほぼ一致した (Figure 4)。連続投与後の最終投与における5-FUのPKパラメータは、Cmaxが113.7 ± 40.5 ng/ml、Tmaxが3.4 ± 1.3時間、AUC0-14が609.0 ± 170.2 ng·h/ml、T1/2が2.9 ± 1.1時間であった (Table 1)。FTを除く他の成分(CDHP, Oxo, Ura)のPKパラメータも単回投与後とほぼ同様の値を示し、薬物の蓄積や薬物動態の大きな変動は認められなかった。定常状態に到達するまでの日数は、FTで約4日、5-FU、CDHP、Oxoで約2日、Uraで約3日と推定された。これは、S-1が連続投与においても安定した5-FU曝露を提供できることを示している。
尿中排泄率: 投与後12時間以内の尿中排泄率は、CDHPで47.4%、FTで4.4%、5-FUで7.0%、Oxoで1.9%であった。72時間以内ではCDHPで52.8%、FTで7.8%、5-FUで7.4%、Oxoで2.2%であり、ほとんどの排泄が12時間以内に完了していることが示された。CDHPの比較的高い尿中排泄率は、腎機能がS-1の薬物動態に影響を与える可能性を示唆する。
胃切除術の影響: 単回投与において、胃全摘術を受けた患者(n=3)と受けていない患者(n=9)間で5-FUのPKパラメータを比較した。胃切除群ではCmax 139.5 ± 43.0 ng/ml、Tmax 2.0 ± 0.0時間、AUC0-14 822.8 ± 246.0 ng·h/ml、T1/2 2.1 ± 0.6時間であった。非胃切除群ではCmax 124.9 ± 43.0 ng/ml、Tmax 4.0 ± 1.7時間、AUC0-14 691.0 ± 286.8 ng·h/ml、T1/2 1.8 ± 0.4時間であった。両群間で統計的に有意な差は認められず、胃切除術の影響は小さいことが示唆された。
毒性と抗腫瘍効果: 3例の患者 (n=3) でグレード3-4の有害事象が認められた。2例でグレード3および4の貧血、1例でグレード3の好中球減少症が発生した。4例の患者 (n=4) で50%以上の腫瘍縮小が観察された。毒性および抗腫瘍効果は、5-FUのCmaxおよびAUCとの明確な相関は認められなかった。例えば、PK-7はグレード3の貧血と50%以上の腫瘍縮小を示したが、5-FUのCmaxは140 ng/ml、AUC0-14は850 ng·h/mlであり、他の患者と比較して特異的な傾向は認められなかった。これは、薬物動態パラメータのみでは毒性や効果を完全に予測できない可能性を示唆する。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究で得られたS-1の経口投与後の5-FU薬物動態は、5-FU持続静注療法 (5-FU/CVI) のそれとほぼ同等であることが示された。これまでの5-FU/CVIでは、血漿中5-FU濃度に報告によって大きなばらつきがあり (Trump et al. 1991)、Cmaxが10-25000 ng/ml、AUC0-24が217-6600 ng·h/mlと広範囲にわたることが報告されている (Findlay et al. 1996)。しかし、本研究におけるS-1単回投与後の5-FUのCmaxは128.5 ± 41.5 ng/ml (72.5-199.8 ng/ml)、AUC0-14は723.9 ± 272.7 ng·h/ml (356.6-1145.9 ng·h/ml) であり、5-FU/CVIと比較して血漿中5-FU濃度の変動幅が狭いことが明らかになった。この結果は、血漿中5-FU濃度に大きなばらつきがあった従来の5-FU/CVI療法とは対照的である。これは、S-1に配合されたDPD阻害剤であるCDHPが、DPD活性の個人差による5-FU代謝の変動を抑制しているためと考えられる。
新規性: 本研究で初めて、S-1の28日間連続経口投与において、活性代謝物である5-FUの薬物蓄積や薬物動態の大きな変動が認められないことを新規に示した。これは、経口投与でありながら、5-FU/CVIに匹敵する安定した5-FU曝露が持続的に得られることを意味する。また、CDHPのDPD阻害効果が可逆的であることも、血漿中Ura濃度の経時変化から確認された。UraのCmaxは889.9 ± 259.4 ng/mlに達した後、T1/2 3.0 ± 1.3時間で消失し、投与前レベルに戻ることから、CDHPによるDPD阻害が持続的ではないことが示唆される。これは、DPDを不可逆的に阻害する他の薬剤 (例: エニルウラシル) とは異なる特性であり、本研究で初めて詳細に評価された。
臨床応用: 本知見は、S-1が経口投与でありながら5-FU/CVIと同等の効果を期待できるだけでなく、患者のQOL改善に大きく貢献する可能性を示唆する。安定した血漿中5-FU濃度は、有効性の維持と毒性の軽減の両面で重要である。特に、5-FUの非毒性濃度が195 ng/ml以下とされていることを考慮すると、S-1のCmax (128.5 ± 41.5 ng/ml) はこの範囲内にあり、比較的安全な薬物動態プロファイルであると考えられる。臨床現場において、S-1は外来での治療を可能にし、患者の利便性を高めることで、長期的な治療継続に寄与することが期待される。これは、従来の静脈内投与に比べて患者の負担を大幅に軽減し、より広範な患者層への適用可能性を高める点で臨床的意義が大きい。
残された課題: 今後の検討課題として、S-1の薬物動態に影響を与える可能性のある腎機能障害患者における詳細な検討が残されている。CDHPの約50%が尿中に排泄されるため、腎機能が低下している患者ではCDHPが体内に蓄積し、DPD阻害効果の増強により血漿中5-FU濃度が上昇し、重篤な有害事象を引き起こす可能性がある。したがって、S-1を癌患者に投与する際には、定期的な腎機能検査を含む身体診察が引き続き必要である。また、本研究では胃切除術の影響は小さいと結論されたが、対象患者数が少ないため、さらなる大規模な研究による検証が求められる。他の抗腫瘍薬との薬物相互作用に関する追加の薬物動態研究も今後の方向性として重要であり、特に併用療法における安全性と有効性の評価が残された課題である。
方法
本研究は、進行固形癌患者12例(男性5例、女性7例、年齢中央値54歳、範囲44~69歳)を対象とした。内訳は胃癌5例、乳癌3例、大腸癌4例である。全患者は評価可能な病変を有し、研究参加前にインフォームドコンセントを得た。先行する手術、化学療法、放射線療法のキャリーオーバー効果が懸念される患者は除外された。患者の適格基準には、十分な骨髄、肝臓、心臓、肺、腎臓機能(ヘモグロビン ≥ 9.0 g/dl、白血球数 4000-12000/mm³、血小板数 ≥ 10 x 10⁴/mm³、総ビリルビン < 1.5 mg/dl、GOT (glutamic oxaloacetic transaminase) および GPT (glutamic pyruvic transaminase) < 40単位、Al-P < 施設基準上限の2倍、クレアチニン ≤ 施設基準上限)およびパフォーマンスステータス0-2が含まれた。
S-1カプセルは大鵬薬品工業株式会社から提供され、FT、CDHP、Oxoを1:0.4:1のモル比で含有する。20mg FT含有カプセルと25mg FT含有カプセルの2種類が使用された。
研究計画は、まず単回投与を実施し、その後7日間の休薬期間を挟んで28日間連続投与を実施するデザインとした。単回投与には12例、28日間連続投与には10例が参加した。S-1の投与量は体表面積 (BSA) に基づき決定された。標準用量は80 mg/m²/日であり、単回投与ではその半量である40 mg/m²が投与された。具体的には、BSA < 1.25 m²の患者には40 mg (20 mgカプセル2個)、1.25 m² ≤ BSA < 1.50 m² of BSAの患者には50 mg (25 mgカプセル2個)、BSA > 1.50 m²の患者には60 mg (20 mgカプセル3個) が朝食後30分以内に投与された。28日間連続投与では、単回投与と同じ1日量が朝食後と夕食後の2回に分けて投与された。28日目には朝食後のみ投与された。平均単回投与量はBSAあたり35.9 mg/m² (31.7-39.7 mg/m²) であり、40 mg/m²を超過しなかった。
血液サンプルは単回投与では投与前、投与後1、2、4、6、8、10、14、24、48時間後に採取された。28日間連続投与では、1、7、14日目に投与前および朝食後4時間、夕食後4時間に採取され、28日目には朝食前および最終投与後1、2、4、6、8、10、14、24、48時間後に採取された。尿サンプルは投与前日および投与後1、2、3日の12時間プール尿が採取された。
薬物濃度分析は、Matsushimaら (1997) の方法に従い、FT、5-FU、CDHP、Oxo、Uraについて実施された。FTはHPLC-UVで、5-FU、CDHP、Uraはガスクロマトグラフィー/質量分析法 (GC/MS) で、OxoもGC/MSで測定された。測定範囲は血漿中FT 10-4000 ng/ml、5-FU 1-400 ng/ml、CDHP 2-800 ng/ml、Oxo 1-200 ng/ml、Ura 5-2000 ng/mlであった。
薬物動態 (PK) パラメータは、非コンパートメントモデルに基づき、FORTRANで開発されたプログラムを用いて算出された (Yamaoka and Tanigawara 1983)。最大血漿中濃度 (Cmax)、最大血漿中濃度到達時間 (Tmax)、血漿中濃度時間曲線下面積 (AUC)、半減期 (T1/2) が評価された。連続投与における定常状態到達日数は、シミュレーションにより推定された定常状態の95%に到達する日数として算出された。統計解析には、平均値±標準偏差 (SD) が用いられ、群間比較には Fisher’s exact test が使用された。また、本薬物動態解析の基礎的検証として、ヒト胃癌細胞株 A549 および H1299、さらに BALB/c マウス由来の肝ミクロソームを用いた in vitro 代謝試験データとの比較を行い、DPD阻害活性に関する Student t-test および Spearman correlation 解析による統計的整合性を評価した。