• 著者: Kanemitsu Y., Shitara K., Mizusawa J., Hamaguchi T., Shida D., Komori K., Ikeda S., Ojima H., Ike H., Shiomi A., Watanabe J., Takii Y., Yamaguchi T., Katsumata K., Ito M., Okuda J., Hyakudomi R., Shimada Y., Katayama H., Fukuda H., and JCOG Colorectal Cancer Study Group
  • Corresponding author: Kanemitsu Y. (National Cancer Center Hospital, Tokyo)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-09
  • Article種別: Original Article (Phase III Randomized Controlled Trial)
  • PMID: 33560877

背景

大腸癌 (colorectal cancer, CRC) は世界的に主要な癌死因のひとつであり、診断時にすでに遠隔転移を有する Stage IV 症例では根治切除が困難なため、全身化学療法を主体とした緩和的治療が行われる。同時性の切除不能転移を有しながら原発巣が無症候性である患者では、初期治療として PTR (primary tumor resection、原発巣切除) を先行すべきか、あるいは化学療法から開始すべきかが長年にわたり議論されてきた。

PTR を先行する根拠としては、腸閉塞・穿孔・出血といった腫瘍関連合併症の予防、腫瘍量減少による化学療法効果の理論的改善、および原発巣からの転移播種抑制が挙げられてきた。複数の後方視的研究および Stillwell et al. (World J Surg 2010) のメタ解析では PTR が有意な OS 改善をもたらすことが報告されており、Galizia et al. (Arch Surg 2008) は切除不能同時性肝転移大腸癌でのコホート比較においてPTR+化学療法群で良好な生存を示した。Ahmed et al. (Cancer 2014) も大規模集団ベースコホートで PTR の生存延長効果を報告している。一方で Alawadi et al. (Cancer 2017) は適切な疫学・統計手法を用いた観察コホートにおいて、切除不能転移大腸癌での PTR に生存利益を認めず、後方視的研究の交絡バイアスの問題を浮き彫りにした。これらの後方視的データは全身状態が良好な患者ほど手術が選択されやすいという選択バイアスに脆弱であり、無作為化比較試験 (randomized controlled trial, RCT) によるエビデンスが不足していたことが臨床現場での治療判断を困難にしていた。これが解決すべき根本的な gap in knowledge であった。

mFOLFOX6 や CapeOX (capecitabine + oxaliplatin) にベバシズマブを加えた全身化学療法の進歩により、化学療法のみでも長期生存が得られる患者が増加していた。Ellis et al. が指摘したように、がん領域における臨床的に意義ある転帰指標の確立には RCT が不可欠であり (Ellis et al. JClinOncol 2014)、無症候性転移大腸癌に対する PTR の真の有効性を前向き RCT で検証することが世界的な未解決課題として残されていた。NSABP (National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project) C-10 試験では mFOLFOX6+ベバシズマブ単独で中央値生存 19.9 ヶ月と許容可能な転帰が示され (McCahill et al. JClinOncol 2012)、また SOFT 試験でも mFOLFOX6+ベバシズマブレジメンの有効性が確認された (Yamada et al. LancetOncol 2013)。

目的

無症候性原発巣を有する切除不能同時性転移大腸癌患者を対象として、PTR+化学療法と化学療法単独の全生存期間 (overall survival, OS) における優越性を第 III 相無作為化試験 (JCOG1007/iPACS 試験、UMIN000008147) により検証すること。

結果

登録状況と患者背景: 2012 年 6 月から 2019 年 9 月に 38 施設で 165 例が登録され、化学療法単独群 84 例 (n=84)・PTR+化学療法群 81 例 (n=81) に 1:1 で割付された (Fig 1 CONSORT 図)。不適格例は化学療法単独群 2 例・PTR+化学療法群 3 例、さらに PTR+化学療法群の 4 例が PTR を施行しなかった。両群の患者背景は良好にバランスし、年齢中央値 65 歳、転移部位は肝転移が最多 (n=120、73%)、原発部位は大腸/S 状結腸が 93% を占めた (Table 1)。転移巣の分布・腫瘍分化度・performance status (PS) も両群間で均等であった。

主要エンドポイント (OS) の結果: 第 1 回中間解析 (データカットオフ: 2019 年 6 月 5 日、追跡中央値 22.0 ヶ月) において、median survival はPTR+化学療法群 25.9 ヶ月 (95% CI 19.9-31.5) vs. 化学療法単独群 26.7 ヶ月 (95% CI 21.9-32.5)、HR 1.10 (95% CI 0.76-1.59)、片側 p=0.69 で、PTR+化学療法の優越性は示されなかった (Fig 2A)。165 例全例の更新解析 (データカットオフ: 2019 年 11 月 26 日、追跡中央値 22.1 ヶ月) においても OS 中央値は PTR+化学療法群 25.9 ヶ月 (95% CI 19.9-31.7)、化学療法単独群 26.4 ヶ月 (95% CI 21.9-32.1)、HR 1.11 (95% CI 0.78-1.58)、片側 p=0.72 と同様であった (Fig 2B)。3 年 OS 割合は化学療法単独群 33.0% (22.5-43.9) vs. PTR+化学療法群 32.9% (22.2-44.0) でほぼ等しく、5 例不適格・17 例未治療を除外した per-protocol 解析でも HR 0.99 (95% CI 0.66-1.47) と同等の結果であった。

無益性解析による早期中止: 第 1 回中間解析時点で予定イベント数 227 の 50% にあたる 114 イベントが観察された時点での予測確率 (predictive probability) は、登録を計画症例数まで継続した場合に PTR+化学療法群が最終解析で有意な OS 優越性を示す確率が 12.3% と算出された。事前規定の無益性基準 (HR>1.0) を満たし、さらに PTR+化学療法群での術後合併症・死亡の実態を踏まえ、DSMB (Data and Safety Monitoring Board、データ安全性モニタリング委員会) が早期中止を勧告した。

PFS とサブグループ解析: PFS 中央値は化学療法単独群 12.1 ヶ月 (95% CI 9.5-13.2) vs. PTR+化学療法群 10.4 ヶ月 (95% CI 8.3-13.4)、HR 1.12 (95% CI 0.81-1.55)、両側 p=0.48 で有意差なし (Fig 2C)。病勢進行は化学療法単独群 87% (73/84 例)・PTR+化学療法群 93% (75/81 例) に認めた。事前規定のサブグループ解析 (Fig 3 Forest plot) では PS 0 と PS 1 の間で HR 方向に傾向差がみられたが、PS 1 症例が少数であり確定的な解釈は困難であった。その他の患者背景因子によるサブグループでは PTR の有意な優越性を認めなかった。後続治療ラインの内容は両群間で有意差がなかった (補足表 1、2 次治療受容者: 化学療法単独群 n=76・PTR+化学療法群 n=69)。

術後合併症と安全性: PTR+化学療法群では 77 例のうち 74 例 (96%) が実際に原発巣切除術を施行した (開腹術 55%・腹腔鏡術 45%、手術時間中央値 189 分)。Grade 2 以上の術後合併症は 29 例 (38%)、Grade 3 以上は 16 例 (21%)、Grade 4 は 2 例 (3%) に認めた (Table 2)。主な Grade 3 以上合併症は AST 上昇 (13 例、17%)・ALT 上昇 (7 例、9%)・吻合部漏出 (3 例、4%)。院内死亡は 3 例 (4%) に発生し、肝出血 1 例と多臓器不全・血栓塞栓症 2 例の治療関連死であった。化学療法関連 Grade 3 以上の非血液毒性は PTR+化学療法群 48% vs. 化学療法単独群 34% と前者で高く (Table 3)、高血圧 Grade 3 は 16% vs. 8% と差が顕著であった。化学療法開始までの期間中央値は PTR 後 34 日 (IQR 30-39) であり、原発巣切除により有効な全身療法が約 1 ヶ月遅延した。

姑息手術と R0 切除率: 化学療法単独群の 84 例中 11 例 (13%) が原発巣に起因する症状 (腸閉塞・穿孔等) のために姑息手術を要したが、逆に 87% の患者は手術なしに化学療法を継続できた。化学療法奏効後に R0 切除が可能となった患者は化学療法単独群 5/82 例 (6%)・PTR+化学療法群 2/78 例 (3%) であり、いずれも術後合併症なく施行された。

考察/結論

iPACS/JCOG1007 試験は、無症候性原発巣を有する切除不能同時性転移大腸癌に対する PTR の生存利益を本研究で初めて前向き RCT として検証した。OS 中央値は両群ともに約 26 ヶ月でほぼ同等であり、HR 1.10 (95% CI 0.76-1.59) という点推定値は PTR がわずかに有害方向に傾く可能性さえ示唆する。試験は第 1 回中間解析での無益性判断により計画症例の 59% (165/280 例) での早期中止となったが、方向性は明確であった。

これまでの研究—複数の後方視的コホートおよびメタ解析—では PTR を受けた患者で有意な OS 改善が報告されてきた。しかし後方視的研究は選択バイアスに脆弱であり、全身状態が良好な患者ほど手術が選択される傾向が交絡として大きく影響する。本試験の結果はこれらの後方視的データと異なり、適切に設計された RCT が後方視的エビデンスを否定する好例となった。NSABP C-10 試験 (McCahill et al. JClinOncol 2012) は無症候性切除不能大腸癌に対して mFOLFOX6+ベバシズマブ単独で許容可能な毒性と有効性を示した単群第 II 相試験であり、本試験の結論と整合する。また SOFT 試験 (Yamada et al. LancetOncol 2013) で確立された mFOLFOX6+ベバシズマブレジメンが本試験でも標準化学療法として採用されており、本試験の外的妥当性を支持している。

novel な点として、本試験は無症候性転移大腸癌患者の 87% が化学療法単独で手術を回避できたことを前向きに実証した。臨床的含意として、PTR は周術期合併症 (Grade 3 以上術後合併症 21%・術後死亡 4%) と化学療法開始の遅延 (中央値 34 日) というコストを伴うにもかかわらず OS を改善しない。したがって、無症候性原発巣を有する切除不能同時性転移大腸癌に対し PTR を標準治療として適用する根拠はなく、化学療法を速やかに開始することが推奨される。PTR を先行させることは有効な全身療法の導入を遅らせるだけでなく、術後合併症・化学療法毒性増加という二重のリスクを患者に課すことになる。

残された課題として、本試験は検出力 70%・n=165 での早期中止であり、統計的検出力が不十分なため特定サブグループ (RAS/BRAF 変異状態・転移個数・PS・腫瘍マーカー値等) での PTR 効果についての確定的結論は出せない。直腸下部癌が除外されており、これらへの外挿には慎重さが必要である。更なる検討として、患者の生活の質 (quality of life, QoL) の評価が本試験では実施されなかった点も limitation のひとつであり、余命が限られた患者において「手術を回避する」ことの質的意義は今後の研究課題として残されている。SYNCHRONOUS 試験・CAIRO4 試験など欧米の RCT 最終結果との統合的解釈により、より確実なエビデンス基盤の構築が期待される。

方法

iPACS 試験 (JCOG1007、UMIN000008147) は日本臨床腫瘍研究グループ (Japan Clinical Oncology Group, JCOG) が主導した多施設オープンラベル無作為化第 III 相試験であり、国内 38 の癌専門施設が参加した。

適格基準: 年齢 20-74 歳、組織学的に確認された大腸癌・直腸 S 状結腸癌・上部直腸腺癌を有し、肝臓・肺・遠隔リンパ節・腹膜のいずれかに 1-3 個の切除不能転移巣を CT または胸部 X 線で確認された患者。原発巣が無症候性であることを必須条件とした。直腸下部癌は手術的複雑性から除外した。

治療プロトコル: 化学療法単独群は登録後 14 日以内に化学療法 (mFOLFOX6+ベバシズマブまたは CapeOX+ベバシズマブ、担当医が登録前に選択) を開始した。PTR+化学療法群は 21 日以内に D1-D3 (regional lymphadenectomy, levels 1-3) リンパ節郭清を伴う原発巣切除術 (開腹または腹腔鏡) を施行し、術後 8-56 日後に同化学療法を開始した。化学療法は疾患進行・重篤な有害事象 (adverse event, AE)・患者拒否等を中止基準とした。有害事象評価には CTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) version 4.0 を使用した。

エンドポイントと統計設計: 主要エンドポイントは OS、副次エンドポイントは無増悪生存期間 (progression-free survival, PFS)・AE・R0 切除割合・姑息手術施行割合。当初計画では中央生存期間差 4 ヶ月 (HR 0.83)・計画症例数 770 例であったが、2017 年の登録遅延を受けて中央生存期間差 8 ヶ月 (24 ヶ月 vs. 32 ヶ月、HR 0.75)・計画症例数 280 例・必要イベント数 227・検出力 70%・片側有意水準 5% に修正した。2 回の中間解析を Lan-DeMets 法・O’Brien-Fleming 型 αスペンディング関数で多重調整して計画し、無益性判断基準として中間解析時点での HR>1.0 の場合に試験中止を考慮する事前規定を設けた。主解析は intention-to-treat (ITT) とし、OS・PFS の群間比較には log-rank 検定を用いた (OS: 片側、PFS: 両側)。すべての統計解析は SAS 9.4 で実施した。