- 著者: Maria Iglesias-Ussel, Luigi Marchionni, Fabio Romerio
- Corresponding author: Fabio Romerio (Institute of Human Virology, University of Maryland School of Medicine, Baltimore, MD, USA)
- 雑誌: Journal of immunological methods
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-02-20
- Article種別: Protocol
- PMID: 23434645
背景
トランスクリプトミクス、特にDNAマイクロアレイを用いた全ゲノム発現解析は、健康および疾患における細胞機能の理解に不可欠なツールである (Schena et al., 1995)。この技術は一定量かつ高品質のRNAを必要とするが、特定の生物学的サンプルからのRNA回収には依然として大きな課題が存在する。特に、(1) ホルマリンなどの核酸修飾有機試薬で処理・保存された生体試料、および (2) FACS (fluorescence-activated cell sorting) による精製後細胞からのRNA回収は困難であった。パラホルムアルデヒド (PFA) 固定は、RNA塩基に4%から40%のメチロール基である CH2OH (methylol group) を導入し、アデニン二量化を引き起こすことで cDNA (complementary DNA) 合成効率を低下させることが Masuda et al. (1999) により報告されている。また、FACS分取過程における機械的損傷や RNase (ribonuclease) の不活性化不足もRNA分解の一因となることが Diez et al. (1999) により指摘されている。
これまでの細胞内抗原染色とFACS分取を組み合わせたRNA回収法では、得られるRNAの品質がマイクロアレイ解析に不適であるとされてきた。例えば、HIV-1 (human immunodeficiency virus type 1) 潜伏感染CD4陽性T細胞のトランスクリプトーム解析では、細胞内HIV p24 group-specific antigen (p24gag) 発現が感染細胞と非感染細胞を区別する唯一のマーカーであり、細胞内染色とFACS分取後のRNA解析手法が必須であったが、その実現は困難であった。Schoor et al. (2003) や Fedorowicz et al. (2009) の報告では、RNAの分解がある程度あってもマイクロアレイ解析が可能である可能性が示唆されているものの、固定・透過処理・細胞内染色・FACS分取という複合的なプロセスを経た一次ヒト細胞からのゲノムワイドな発現解析は未解明な点が多かった。RNAの品質評価には、Agilent Technologiesが開発したBioanalyzerによる RIN (RNA integrity number) が広く用いられており、一般的にRIN値が7-8以上であれば良好なRNA品質とされるが (Schroeder et al., 2006)、固定処理されたサンプルではRIN値が低下する傾向があり、その場合でもマイクロアレイ解析が可能かどうかは、個々のプロトコルとプラットフォームに依存する。このような背景から、細胞内マーカーに基づいて分離された細胞集団から、ゲノムワイドな遺伝子発現プロファイリングを可能にするための、マイクロアレイ解析に適したRNA回収法の確立が喫緊の課題として残されていた。特に、固定された細胞からのRNA抽出は、化学修飾と断片化の両方の問題を伴うため、従来のRNA抽出法では十分な品質のRNAを得るには不足していた。この知識ギャップを埋めることが本研究の動機付けとなった。
目的
本研究の目的は、パラホルムアルデヒド (PFA) 固定、透過処理、フルオロクロム結合抗体による細胞内染色、およびFACS分取を経た一次ヒト細胞から、マイクロアレイ解析に適した品質のRNAを回収する手法を確立することである。具体的には、RNA分解を最小限に抑えつつ、PFAによる化学修飾の影響を克服し、ゲノムワイドな遺伝子発現プロファイリングを可能にするプロトコルの最適化を目指した。これにより、これまで単一遺伝子解析に限定されていた細胞内マーカーに基づく細胞集団のトランスクリプトーム解析への道を開くことを意図している。本手法は、HIV-1潜伏感染研究におけるp24gag陽性CD4陽性T細胞のトランスクリプトーム解析など、細胞内マーカーを用いた細胞分離が必要な多様な生物学的サンプルへの応用を可能にすることを目指す。
結果
RNA品質評価と分解の程度: 本研究で抽出された 8 つのRNAサンプル (n=8) は、A260/A280比が 1.98-2.10、A260/A230比が 1.3-2.2 と、タンパク質や有機溶媒による主要な汚染がないことを示した (Table 1)。しかし、28S/18S rRNA比は 1.3-2.2、RIN値は 4.0-6.6 の範囲であり、RNAサンプルがある程度の分解を受けていることが示された (Figure 2)。一般的に、RIN値は7-8以上が良好なRNA品質の指標とされるが、本研究のサンプルは比較的低い値を示した。これは、固定・透過処理・細胞内染色・FACS分取という一連のプロセスがRNAに影響を与えるためと考えられた。しかし、過去の報告と同様に、RIN値がマイクロアレイ解析の性能と必ずしも直接相関しないことが本研究でも再確認された。これらの結果は、分解が見られるRNAであっても、適切なプロトコルを用いることでマイクロアレイ解析に対応可能であることを示唆する。
分解RNAからの効果的なcDNA合成戦略: RNA分解の懸念があったにもかかわらず、Agilentプラットフォームを用いたマイクロアレイ解析において、全てのRNAサンプルが良好な性能を示した。これは、逆転写反応においてFull Spectrum™ MultiStart Primersを使用した戦略が奏功したためと考えられる。このプライマー混合物は、非縮重プライマーとoligo-dTプライマーの混合物であり、両者にT7プロモーターが付加されている。これにより、mRNA全長に沿って複数の開始点から第一鎖cDNA合成を開始するため、RNAの断片化やPFAによる化学修飾の影響を回避し、分解されたRNAからも効果的にcDNAを合成できた。単純なoligo-dTプライミング戦略では、RNAの断片化や修飾がcDNA合成を著しく阻害する可能性があるが、本戦略はその問題を克服した。この手法により、400 ng の全RNAから効率的に標識cRNAを合成することが可能であった。
マイクロアレイ解析の妥当性検証: 4人のドナー (n=4) から得られたp24gag陽性細胞とp24gag陰性細胞のペアRNAサンプルを用いて、二色競合ハイブリダイゼーションとダイスワップ設計によるマイクロアレイ解析を実施した。解析後のポストチップ診断では、人工的な結果や品質問題は検出されなかった。さらに、RIN、28S/18S rRNA比、A260/A280比、A260/A230比といったRNA品質パラメータと、マイクロアレイのハイブリダイゼーション品質指標との間に統計的に有意な関連性は認められなかった。また、5’末端と3’末端のプローブ間における遺伝子内発現差とRNA品質やプローブ間距離との間にも統計的に有意な関連性は見出されなかった (Figure 4)。これは、RNA分解がマイクロアレイのプローブ特異的なシグナルに大きな影響を与えないことを示唆する。
RT-qPCRによるマイクロアレイ結果の検証: マイクロアレイ解析で得られた結果の妥当性を検証するため、35遺伝子の発現レベルをRT-qPCRで測定した。異なる2人のドナー(p112およびp113)由来のRNAサンプルを用いたRT-qPCRとマイクロアレイの正規化差次発現データは、極めて高い線形相関を示し、マイクロアレイ結果の信頼性を裏付けた (Figure 3)。具体的には、ドナーp112のサンプルでは R2 = 0.88、ドナーp113のサンプルでは R2 = 0.89 の高い相関が認められ、回帰直線の傾きに関する検定では p<0.001 (p=0.000000) と極めて有意な関連性が示された。この高い相関性は、本手法で得られたRNAが分解されているにもかかわらず、ゲノムワイドな発現プロファイリングに十分な情報を提供できることを明確に示した。
技術的要点と最適化: 本手法の成功にはいくつかの重要な技術的要点があった。第一に、全手順においてRNase-freeバッファーと試薬を使用し、FACS装置もRNase-free水で洗浄することで、RNA分解のリスクを最小限に抑えた。第二に、細胞ソート速度を ≤10,000 events/秒 に制限することで、細胞およびRNAへの機械的損傷を低減した。第三に、PFA固定時間を20分に限定することで、細胞構造の維持とRNAの化学修飾の最小化のバランスをとった。最後に、Proteinase K処理とそれに続く80℃でのインキュベーションが、PFAによるタンパク質とのクロスリンクの解除とCH2OH基の除去に不可欠であり、RNAのテンプレート活性を回復させる上で重要な役割を果たした。RNA抽出プロトコルにおいて、キシレン処理とエタノール沈殿ステップを省略し、55℃および80℃でのインキュベーション時間を15分から12分に短縮したことも、RNA分解を抑制する上で寄与した。
考察/結論
本研究は、パラホルムアルデヒド (PFA) 固定、透過処理、細胞内免疫染色、およびFACS分取を経た一次ヒト細胞から、マイクロアレイ解析に適した品質のRNAを回収する新規な手法を確立した。
先行研究との違い: これまでの研究では、固定された細胞からのRNA抽出は困難であり、特にFACS分取と組み合わせたゲノムワイドな発現解析は困難とされてきた。本手法は、RNA分解が認められるサンプルであっても、特定のプライミング戦略と最適化された抽出プロトコルにより、マイクロアレイ解析で良好な性能を示すことを実証した点で、従来の常識と対照的な知見を提供する。特に、RIN値が比較的低い 4.0-6.6 の範囲であっても、マイクロアレイ解析が成功したことは、RNA品質評価の新たな解釈を促す。
新規性: 本研究で初めて、細胞内マーカーに基づいて分離された細胞集団から、ゲノムワイドな遺伝子発現プロファイリングを可能にする新規なアプローチが確立された。これにより、これまで単一遺伝子解析に限定されていた多様な生物学的サンプルにおけるトランスクリプトーム解析への道が開かれた。Full Spectrum™ MultiStart Primersの使用により、分解されたRNAからの効率的なcDNA合成が可能になった点も、本手法の新規な要素である。
臨床応用: 本手法は、様々な臨床応用への可能性を秘めている。例えば、HIV-1潜伏感染研究において、細胞内p24gag発現を指標とした潜伏感染CD4陽性T細胞のトランスクリプトーム解析や、細胞内サイトカイン産生サブセットの遺伝子発現プロファイリングが挙げられる。特にがん免疫研究においては、TIL (tumor-infiltrating lymphocyte) 内のエフェクター特異的サブセットの選択的トランスクリプトーム解析が可能となり、臨床現場での個別化医療の進展に貢献する臨床的有用性を持つと考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、PFA固定時間のさらなる短縮がRNA品質に与える影響の評価や、single-cell RNA-seqへの本手法の拡張可能性、より少量の細胞からのRNA回収効率の改善が挙げられる。これらの limitation を克服することで、本手法の適用範囲と感度をさらに向上させることが可能となる。
方法
細胞調製: 本研究では、4人のHIV-1陰性健常者由来の PBMC (peripheral blood mononuclear cell) からCD4陽性T細胞をMiltenyi Biotec社のキットを用いて磁気負選択により精製した。精製されたCD4陽性T細胞は、抗CD3/CD28抗体と 50 U/ml の IL-2 (interleukin-2) で活性化され、3日後に勾配精製された HIV-1IIIB (HIV-1 strain IIIB) (5×10^3 TCID50 (50% tissue culture infective dose)/10^6 cells) で感染させた。感染が10-15%であることを確認した後、1 ng/ml の IL-7 (interleukin-7) 存在下で1週間静止化させた。細胞は 0.5×10^6 cells/ml でRPMI 1640培地にて培養した。なお、本プロトコルの汎用性を評価するため、対照群として一般的なヒト肺がん細胞株である A549 細胞も一部の予備検討において使用した。
固定・染色・分取: 細胞は PBS (phosphate-buffered saline) で洗浄後、1% PFA (4℃, 20分) で固定され、0.1%サポニン (4℃, 5分) で透過処理された。その後、FITC (fluorescein isothiocyanate) 標識された KC57 (clone KC57) 抗HIV-1 p24gag抗体を用いて20分間氷上で細胞内染色を行った。これらの全手順はRNase-freeバッファーおよび試薬を用いて実施された。染色後、DAKOCytomation MoFlo cell sorter (ソート速度は≤10,000 events/秒に制限) を用いて、p24gag陽性細胞とp24gag陰性細胞を分取した。FACS装置はRNase-free水で洗浄し、RNA分解のリスクを最小限に抑えた。
RNA抽出: 分取された細胞からの全RNA抽出には、Qiagen RNeasy FFPE (formalin-fixed, paraffin-embedded) Kitを使用した。メーカーのプロトコルを一部変更し、パラフィン除去にのみ必要なキシレン処理とそれに続くエタノール沈殿ステップを省略した。また、55℃および80℃でのインキュベーション時間を15分から12分に短縮し、RNA分解を抑制した。プロテイナーゼK処理によりタンパク質とのクロスリンクを解除し、80℃でのインキュベーションによりPFAによって導入されたCH2OH基を除去した。RNAはRNase-free水で溶出し、NanoDropで定量後、Agilent 2100 Bioanalyzerで品質評価を行った。
マイクロアレイ解析: Agilent whole human genome microarray (G4112F, 41,000 probes) を用いてマイクロアレイ解析を実施した。400 ng の全RNAを、Low RNA Input Fluorescent Linear Amplification Kit (Agilent Technologies) を使用し、Full Spectrum™ MultiStart Primers (System Bioscience) を用いて逆転写した。このプライマーは、非縮重プライマーと oligo-dT (oligodeoxythymidine) プライマーの混合物であり、両者にT7プロモーターが付加されており、mRNA全長に沿って複数の開始点から第一鎖cDNA合成を開始する。その後、cDNAをテンプレートとしてT7 RNAポリメラーゼとCyanine標識CTP (cytidine triphosphate) の存在下で IVT (in vitro transcription) を行い、Cy3/Cy5 (Cyanine 3/Cyanine 5) で標識した cRNA (complementary RNA) を合成した。ダイスワップ設計を採用し、p24gag陽性細胞とp24gag陰性細胞のペアRNA4組のうち、2組をCy3/Cy5で、残りの2組をCy5/Cy3で標識した。ハイブリダイゼーションは60℃で17時間行い、Agilent G2505Bスキャナーでスキャン後、Agilent Feature Extractionソフトウェアでデータを抽出した。
品質評価とバリデーション: RNA品質はA260/A280比、A260/A230比、28S/18S rRNA比、およびRIN値で評価した。マイクロアレイ結果のバリデーションとして、35遺伝子の発現差を RT-qPCR (reverse transcriptase quantitative PCR) で検証した。統計的有意差および相関の解析には、Student t-test および線形回帰分析を用いた。