- 著者: Gao H, Korn JM, Ferretti S, Monahan JE, Wang Y, Singh M, Zhang C, Schnell C, Yang G, Zhang Y, Balbin OA, Barbe S, Cai H, Casey F, Chatterjee S, Chiang DY, Chuai S, Cogan SM, Collins SD, Dammassa E, et al.
- Corresponding author: Juliet A. Williams; William R. Sellers (Novartis Institutes for BioMedical Research)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-10-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 26479923
背景
前臨床開発におけるがん治療薬の約85%が、臨床試験において安全性または有効性の不足により承認に至らない現状があるPaul et al. Nat Rev Drug Discov 2010。この高い失敗率は、ヒトがんの複雑性に対する理解の不足、既存の前臨床モデルの予測妥当性の限界、および前臨床段階でがんモデルが評価される規模の不足に起因すると考えられる。特に、従来の細胞株モデルや限られた数の患者由来異種移植モデル (PDX) を用いた評価では、患者集団における薬剤反応の多様性を十分に捉えることができていなかった。PDXモデルは、患者腫瘍の遺伝学的および形態学的特性を忠実に再現することが多くの研究で示されているTentler et al. Nat Rev Clin Oncol 2012、Siolas and Hannon Cancer Res 2013。しかし、これまでのPDXを用いた研究は、少数のモデルに限定され、個々の患者と対応するPDXの薬剤反応を比較するものが主であり、患者集団レベルでの臨床試験反応率を予測する上では不十分であった。大規模な患者由来ゲノム多様性を反映したPDXパネルを体系的に構築し、治療反応の集団レベル特性を「PDX臨床試験 (PCT)」として評価するアプローチは、これまで未確立であった。このような大規模なPDXを用いたスクリーニングは、薬剤開発の初期段階で、より臨床に近い環境での薬剤評価を可能にし、臨床試験の成功率向上に貢献する可能性を秘めているが、その実現には効率的なスクリーニング手法と、得られた結果の臨床的妥当性の検証が不可欠である。特に、ゲノム情報と薬剤反応の関連性を大規模に解析し、予測バイオマーカーを同定する試みは、精密がん医療の実現に向けて重要な課題として残されていた。既存の細胞株モデルでは、患者腫瘍のゲノム多様性を十分に再現できていないという不足があり、例えばメラノーマの超変異型腫瘍の欠如が指摘されている。この知識ギャップを埋めるためには、より臨床的に関連性の高い前臨床モデルを用いた大規模な薬剤スクリーニングプラットフォームの開発が不可欠である。
目的
本研究の目的は、約1,000個の患者由来異種移植モデル (PDX) で構成されるPDX百科事典 (NIBR PDXE) を構築することである。このNIBR PDXEを用いて、1×1×1実験デザイン (1モデル・1マウス・1治療) によるPDX臨床試験 (PCT) を実施し、複数がん種・多剤における集団レベルでの薬剤反応特性を効率的に評価する。さらに、ゲノムバイオマーカーと薬剤反応の関連性を大規模に同定し、その臨床転換可能性を検証することを目指す。具体的には、既存の臨床試験結果との比較を通じて、PCTアプローチの予測妥当性を評価し、前臨床段階での薬剤耐性メカニズムの同定にPDXが有用であることを示すことも目的とする。最終的に、本研究は、従来の細胞株モデルよりも臨床的潜在性の評価においてより正確なアプローチとなる可能性を提示し、前臨床薬剤評価の新たなパラダイムを確立することを目指す。
結果
PDXEのゲノムランドスケープとPCTデザインの再現性: 本研究では、乳がん、黒色腫、大腸がん、胃がん、NSCLC、膵臓がんを含む1,075のPDXモデルが構築された。これらのPDXモデルのゲノムランドスケープは、変異率、CNV、経路変異頻度においてTCGAの患者腫瘍データと高い相関を示した (PDX vs 患者: R=0.94およびR=0.96、細胞株 vs 患者: R=0.51およびR=0.72)。この結果は、PDXが細胞株よりも臨床腫瘍のゲノム的特性を忠実に反映していることを示している。特に、メラノーマの超変異型腫瘍の欠如など、細胞株では患者腫瘍のゲノム多様性が十分に再現されていないことが示された。1×1×1デザインの再現性検証では、440のユニークな治療モデルから得られた2,138の単一動物反応データが解析された。各mRECISTカテゴリー (mCR, mPR, mSD, mPD) における個体一致率は66%を超え、1カテゴリーを超える外れは10%未満であった (Figure 2a)。「responder (mCR, mPR, mSD) vs non-responder (mPD)」での一致率は95%に達し、この効率的なデザインが薬剤反応を正確に評価できることを強く支持した。さらに、2種類の構造的に異なるpan-PI3K阻害薬 (BKM120とCLR457) が、集団レベルで高い一致性を示す反応率 (48% vs 54%) とPFSハザード比 (HR 0.28, 95% CI 0.23-0.35, p < 1×10⁻¹⁶) を示したことは、このデザインの生物学的再現性を裏付けるものである (Figure 2c, d)。
PCTと臨床試験反応率の高い整合性: BRAF V600変異を有する黒色腫PDX (n=33 mice) に対するBRAF阻害薬エンコラフェニブの奏効率は67% (mCR+mPR 42%) であり、これは臨床試験におけるベムラフェニブやダブラフェニブの奏効率 (約70%) と高い整合性を示した (Figure 3a)。NRAS変異黒色腫PDXではエンコラフェニブへの反応は観察されず、これも臨床試験結果と一致する。さらに、エンコラフェニブとMEK阻害薬ビニメチニブの併用療法では、BRAF変異PDX (n=33 mice) において奏効率100% (mCR+mPR 72%) を達成し、臨床試験でのダブラフェニブとトラメチニブの併用療法における奏効率94% (PR+CR 76%) と高い一致を示した (Figure 3b)。ERBB2増幅胃がんに対するラパチニブのPDX反応率は33%であり、第3相臨床試験の反応率と整合した。これらの結果は、PCTアプローチが標的療法の臨床患者反応を再現する上で非常に有用であることを示唆している。また、単剤治療と比較して併用治療は有意に長いPFS (単剤中央値22日 vs 併用中央値55日; HR 0.52, 95% CI 0.48-0.57, p < 1×10⁻¹⁶) をもたらし、耐性出現を遅延させることが確認された (Figure 4b)。
CDK4/6阻害薬併用療法の新規発見とin vitro-in vivoの乖離: エンコラフェニブとCDK4/6阻害薬LEE011の併用療法は、in vitroスクリーニングでは相乗効果が検出されなかったにもかかわらず、黒色腫PCT (n=33 mice) では奏効率100% (mCR+mPR 87%) を達成した (Figure 4d)。さらに、この併用療法はエンコラフェニブ単剤と比較して有意なPFS延長 (HR 0.17, 95% CI 0.06-0.52, p = 1.8×10⁻³) をもたらし、治療開始200日後も40%のPDXで耐性が出現しなかった (Figure 4e)。この発見は、PDXを用いた集団スクリーニングがin vitroモデルでは捉えられない独自の治療効果を同定できる可能性を示している。一方、IGF1R (insulin-like growth factor 1 receptor) 阻害薬LFW527とビニメチニブの併用療法は、大腸がん45細胞株のうち18株で強い相乗効果を示したが (Figure 5a, b)、PDX PCT (n=35 mice) では反応率およびPFSの改善は認められなかった (HR 1.43, 95% CI 0.83-2.47, p = 0.19) (Figure 5d, e)。同様のin vitro-in vivoの乖離は、NSCLCおよび膵臓がんのPCTでも確認された。これは、in vitroスクリーニングで有望視されながら臨床試験で否定的結果に終わったIGF1R阻害薬の状況と一致しており、細胞株モデルの限界とPDXモデルの優位性を浮き彫りにする。
予測バイオマーカーの機能的検証: DR5 (death receptor 5, TNFRSF10B) およびカスパーゼ-8発現に基づく予測シグネチャーを黒色腫PCTに後方視的に適用した結果、シグネチャー陽性モデルの80% (4/5) がDR5アゴニストTAS266に反応し、シグネチャー陰性群と比較して有意なPFS延長 (HR 0.09, 95% CI 0.01-0.71, p < 1×10⁻¹⁶) が示された (Figure 3c, d)。PI3Kα阻害薬BYL719では、PIK3CA変異かつPTEN野生型のPDXの67%以上が反応したのに対し、PTEN変異かつPIK3CA野生型では11%のみの反応であり、PIK3CA変異がBYL719感受性の正の予測因子であるという臨床仮説が支持された (Figure 3e)。また、CDK4/6阻害薬LEE011に対するCCND1/CDK4/CDK6増幅PDXでの反応濃縮も確認された。これらのデータは、PCTが新たな予測バイオマーカー仮説のin vivo検証に有効であることを示している。
耐性機序の前臨床同定: 奏効後に耐性に転じたエンコラフェニブ処理黒色腫PDXの深部シーケンス解析により、BRAF増幅 (3例: エンコラフェニブ単剤、エンコラフェニブ+BKM120、エンコラフェニブ+ビニメチニブ)、MAP2K1 E203K変異 (MEK1活性化変異; エンコラフェニブ+BKM120)、MAP2K2 Q218P変異 (ビニメチニブ+LEE011) が耐性機序として同定された (Table 1)。MAP2K1 E203K変異は、患者におけるRAF阻害薬単剤耐性として臨床報告されており、本研究はRAF+MEK阻害薬併用療法においても同様の耐性機序が生じることを前臨床で初めて示した。これらの耐性変異は、臨床で観察されたMAPK経路再活性化機序と一致しており、PDX/PCTが臨床的に妥当な耐性モデルとして機能することを実証した。
考察/結論
本研究は、約1,000のPDXモデルからなるPDX百科事典 (NIBR PDXE) /PDX臨床試験 (PCT) プラットフォームが、集団レベルの臨床試験奏効率と高い整合性を示すこと、ゲノムバイオマーカーと薬剤反応の関連を同定できること、そして耐性機序を患者臨床と一致して前臨床で同定できることの3点を実証した。これは、従来の限定的なPDX研究(少数例での個別比較)を超えて、「集団レベルのPDX臨床試験」という新たな前臨床パラダイムを確立した点で意義は大きい。
先行研究との違い: これまでのPDX研究は、主に個々の患者腫瘍と対応するPDXの反応を比較するものであったが、本研究は1×1×1デザインを採用することで、大規模なPDXパネルを用いた集団レベルでの薬剤反応評価を可能にした。これにより、患者集団における薬剤反応の多様性を効率的に捉え、臨床試験の奏効率をより正確に予測できることを示した点で、これまでの研究とは異なるアプローチである。
新規性: 本研究で初めて、約1,000のPDXモデルからなるNIBR PDXEを構築し、この大規模なPDXコレクションを用いて、6がん種・62治療における薬剤反応を体系的に評価した。特に、in vitroスクリーニングでは検出されなかったCDK4/6阻害薬LEE011とエンコラフェニブの併用効果をin vivo PCTで新規に同定したことは、PDXを用いた集団スクリーニングの独自の価値を示すものである。また、MAP2K2 Q218P変異がビニメチニブ-LEE011併用療法に対する耐性機序として関与する可能性を前臨床で初めて報告した。
臨床応用: 本研究の知見は、精密がん医療の臨床応用を大きく推進する可能性を秘めている。PCTアプローチは、臨床試験の薬剤反応を前臨床段階で予測し、有望な治療法やバイオマーカーを早期に特定するための強力なツールとなる。特に、in vitroモデルでは予測できなかった治療効果や、臨床試験で失敗した薬剤のin vivoでの挙動をPDXモデルで再現できたことは、PDXが細胞株モデルよりも高い臨床予測精度を持つことを示唆する。これにより、薬剤開発の効率化と臨床試験の成功率向上に貢献できる。
残された課題: 本研究の限界として、PDXモデルが免疫不全マウスで維持されるため、免疫チェックポイント阻害薬やCAR-T細胞療法などの免疫療法は評価困難である点が挙げられる。今後の検討課題として、免疫再構成PDXモデルやヒト化マウスモデルとの組み合わせにより、免疫療法の評価を可能にするアプローチの開発が残されている。また、PDXモデルの樹立には時間がかかり、すべての患者腫瘍がPDXとして確立できるわけではないという課題も存在する。しかし、本研究で確立されたNIBR PDXEは、精密がん医療の前臨床試験プラットフォームとして、今後の研究開発において広く参照される貴重なリソースとなるであろう。
方法
本研究では、6がん種 (乳がん、黒色腫、大腸がん、胃がん、非小細胞肺がん (NSCLC)、膵臓がん) にわたる合計1,075のPDXモデルを樹立し、NIBR PDXE (Novartis Institutes for BioMedical Research Patient-Derived Xenograft Encyclopedia) として整備した。これらのPDXモデルは、SNPフィンガープリント解析、組織像、突然変異、コピー数変異 (CNV)、mRNA発現レベルによって詳細に特性化された。ゲノムランドスケープ解析では、PDXモデルのゲノム特性をThe Cancer Genome Atlas (TCGA) およびCancer Cell Line Encyclopedia (CCLE) のデータセットと比較し、その臨床的妥当性を評価した。
薬剤スクリーニングには、1×1×1デザインのPDX臨床試験 (PCT) アプローチを採用した。これは、1つのPDXモデルに対して1匹のヌードマウスを用い、1つの治療薬を投与するという効率的な方法である。合計62の治療群 (38種類のユニークな薬剤、単剤および併用療法を含む) を、277のPDXモデルに対して試験した。薬剤反応の評価は、修正RECIST (mRECIST) 基準に基づいて行われ、奏効はmCR (完全奏効)、mPR (部分奏効)、mSD (安定疾患)、mPD (進行性疾患) の4つのカテゴリーに分類された。この1×1×1デザインの再現性は、過去の実験から得られた2,138の単一動物反応データを用いてPearson相関分析により検証された。
特定のゲノム変異と薬剤反応の関連性を評価するため、BRAF変異黒色腫に対するBRAF阻害薬エンコラフェニブ、RAS変異腫瘍に対する複数の阻害薬、ERBB2増幅胃がんに対するラパチニブなどの治療群に焦点を当てた。薬剤耐性メカニズムの同定には、奏効後に耐性を示したPDX腫瘍からDNAおよびRNAを抽出し、ディープシーケンス解析を実施した。これにより、耐性獲得に関与する遺伝子変異やコピー数変化を特定した。
細胞株を用いたin vitroスクリーニングも実施し、PDXモデルでのin vivo結果と比較した。特に、CDK4/6阻害薬LEE011とエンコラフェニブの併用療法、およびIGF1R阻害薬LFW527とMEK阻害薬ビニメチニブの併用療法について、in vitroとin vivoでの相乗効果の乖離を詳細に検討した。薬物動態 (PK) 解析も実施し、併用療法における薬物間相互作用の有無を確認した。統計解析には、Pearson相関分析、Kaplan-Meier曲線、ハザード比 (HR) を用いたログランク検定などが用いられた。遺伝子発現プロファイリングにはAffymetrix Human Genome 133 Plus 2.0 gene chipが用いられ、RNA-seq解析ではIllumina Genome Analyzer IIxまたはHiSeq2000/2500が使用された。変異コールはGATK UnifiedGenotyperにより実施された。