- 著者: Mathias Uhlen, Anita Bandrowski, Steven Carr, Aled Edwards, Jan Ellenberg, Emma Lundberg, David L Rimm, Henry Rodriguez, Tara Hiltke, Michael Snyder, Tadashi Yamamoto
- Corresponding author: Mathias Uhlen (KTH Royal Institute of Technology, Stockholm)
- 雑誌: Nature Methods
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-09-05
- Article種別: Commentary
- PMID: 27595404
背景
研究用抗体は、基礎生物学研究から臨床アッセイに至るまで、最も広く使用されている不可欠なツールの一つである。しかし、抗体の品質、特異性、および一貫性は、メーカー間やロット間で大きく異なり、これが生物医学研究における再現性の危機(reproducibility crisis)を引き起こす主要な要因として指摘されてきた。先行研究において、Bordeaux et al. (2010) は抗体バリデーションの不備がもたらす科学的・経済的損失を警告し、Saper (2005) は特定の学術分野における抗体キャラクター化の厳格な基準の必要性を議論した。また、Bourbeillon et al. (2010) はタンパク質親和性試薬に関する最小情報報告基準である MIAPAR (Minimum Information About a Protein Affinity Reagent) を提唱し、Baker (2015) は抗体の不正確さがもたらす研究の不確実性を広く社会に提起した。しかし、これらの先行研究やMIAPARなどの提案は、主に抗体に関するメタデータの報告標準化に焦点を当てており、特定の実験アプリケーションにおいて抗体の特異性を実験的に検証するための具体的なアプローチや基準は提示していなかった。ウエスタンブロット(WB: Western Blotting)、免疫組織化学(IHC: Immunohistochemistry)、免疫細胞化学(ICC: Immunocytochemistry)、フローサイトメトリー(FS: Flow Sorting and analysis of cells)、サンドイッチアッセイ(SA: Sandwich Assays)など、異なる用途では標的タンパク質の状態(天然状態か変性状態か)やエピトープのアクセシビリティが大きく異なるため、単一のバリデーション基準では不十分であるという課題が残されていた。このように、アプリケーション特異的なバリデーションを行うための包括的かつ具体的な実験ガイドラインが決定的に不足していることが、生物医学研究の信頼性を揺るがす大きな gap となっていた。
目的
本提言の目的は、研究用抗体の信頼性と再現性を担保するため、国際抗体バリデーションワーキンググループ(IWGAV: International Working Group for Antibody Validation)を設立し、一般的に用いられる研究アプリケーションにおいて抗体の特異性を検証するための最適かつ具体的な実験アプローチを定式化することである。特に、単一の絶対的な基準を設けるのではなく、用途や実験コンテキストに応じた「アプリケーション特異的」なバリデーションを可能にするフレームワークを構築することを目指す。これにより、学術界、抗体プロバイダー、学術誌、および資金提供機関が準拠すべき標準的なガイドラインを提供し、不適切な抗体使用による研究資源の浪費を防ぎ、生物医学研究全体の再現性を向上させることを目的とする。
結果
遺伝学的戦略による特異性検証: CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集やRNAi(RNA interference)技術により、標的遺伝子をノックアウトまたはノックダウンした細胞や組織を対照として用いる戦略(Genetic strategies)が提示された(Table 1)。標的タンパク質の発現が消失または著しく減少した条件下で、抗体による検出シグナルが同様に消失・減少するかを確認する。実証例として、C9orf78(Chromosome 9 Open Reading Frame 78)を標的とした2種類の独立したsiRNA(small interfering RNA)を用いた実験では、コントロールと比較して抗体染色シグナルがそれぞれ 90% および 98% 減少することがウエスタンブロット(WB)で示された(Fig 1a)。完全なノックアウト(KO)が最も望ましいが、生存に必須な遺伝子にはノックダウン(KD)も有用である。ただし、ヒトの組織や体液サンプルには直接適用できないという限界がある。本戦略は、WB、IHC、ICC、FS、SA、IP/ChIP、RPに適用可能である。
直交法による抗体非依存的定量との相関:
抗体を用いない独立した測定手法(主に質量分析を用いたターゲットプロテオミクス)による標的タンパク質の定量値と、抗体による検出シグナルとの相関性を、発現量が異なる複数のサンプルパネルにわたって検証する戦略(Orthogonal strategies)が策定された(Table 1)。例えば、STOM(Stomatin)タンパク質を対象に、n=8 cell lines の細胞株パネルを用いて、WBによる抗体シグナルと質量分析(MS: Mass Spectrometry)による定量値を比較したところ、両者の間に Pearson correlation で r=0.97(p=0.00006)という極めて高い相関が確認された(Fig 1b)。この手法では、標的タンパク質の発現レベルが多様なサンプル群を用いることが統計的信頼性を得るために必須である。トランスクリプトームデータとの相関も利用可能であるが、翻訳効率の違いを考慮するとプロテオミクスデータとの比較がより好ましい。本戦略は、WB、IHC、ICC、FS、SA、RPに適用可能である。
独立抗体戦略によるマルチエピトープ検証:
標的タンパク質の異なる非重複エピトープを認識する2つ以上の独立した抗体(Independent antibody strategies)を用い、同一のサンプルパネルにおいて検出パターンが一致するかを検証する戦略が提示された(Table 1)。PRKCA(Protein Kinase C Alpha)を標的とする2種類の独立した抗体(Ab1 (Antibody 1) および Ab2 (Antibody 2))を用いて n=8 cell lines の細胞株パネルを解析した例では、WBシグナル間に r=0.93(p=0.0009)の強い相関が示された(Fig 1c)。また、近接ライゲーションアッセイ(PLA: Proximity Ligation Assay)や近接伸長アッセイ(PEA: Proximity Extension Assay)などの技術も、複数抗体を用いた特異性向上に寄与する。WB検証時には、標的サイズ周辺だけでなく、非特異的バンドの有無を確認するためにゲル全体の画像を提示することが求められる(Fig 1c)。本戦略は、WB、IHC、ICC、FS、SA、IP/ChIP、RPに適用可能である。
タグ付きタンパク質発現による局在とサイズの検証:
検証対象の抗体が認識する標的タンパク質に、FLAG(FLAG octapeptide tag)やV5(V5 epitope tag)などのアフィニティタグ、またはGFP(Green Fluorescent Protein)などの蛍光タンパク質を融合させて発現させ、抗体による検出パターンがタグ特異的抗体や蛍光シグナルと一致するかを検証する戦略(Tagged protein expression)が策定された(Table 1)。実証例として、IL-8(Interleukin-8)に融合タグを付加して発現させた n=4 samples の細胞株サンプルにおいて、検証対象抗体(Ab)とタグ特異的抗体(Tag)が同一のバンドパターンを示すことが確認された(Fig 1d)。ただし、過剰発現は非特異的結合を隠蔽するリスクがあるため、ゲノム編集技術を用いて内因性(endogenous)レベル(例えば野生型の 1.5-fold 程度の発現量)でタグを挿入することが強く推奨される。また、タグ自体の付加によってタンパク質の立体構造や細胞内局在が変化するアーティファクトに注意する必要がある。本戦略は、WB、IHC、ICC、FSに適用可能である。
免疫捕獲と質量分析の融合による直接的結合の同定:
標的特異的抗体を用いて溶液中からタンパク質を免疫捕獲(IP)し、結合したタンパク質を直接質量分析(MS)で同定・定量する手法(IMS: Immunocapture followed by Mass Spectrometry)が提唱された(Table 1)。抗体が直接結合しているタンパク質をMSで直接同定できるため、非特異的な交差反応を網羅的に検出する上で極めて有効な手段となる。IWGAVは、SGC(Structural Genomics Consortium)が定めた基準に従い、MSで検出された全タンパク質のうち、最上位 n=3 peptides が期待される標的タンパク質に由来する場合に、その抗体は特異的であると判定することを推奨した(Table 1)。この手法の限界として、抗体に直接結合する標的タンパク質と、標的タンパク質と複合体を形成して間接的に共沈する他のタンパク質(相互作用因子)との区別が困難である点が挙げられるが、免疫捕獲を伴うアプリケーション(IP/ChIP)のバリデーションには最も信頼性の高い戦略として位置づけられる。
補助的なキャラクター化手法の限界と位置づけ:
抗体の生化学的特性を評価する手法として、親和性測定(Kd値の算出)、抗体遺伝子の配列決定、エピトープマッピング、タンパク質マイクロアレイなどが存在する(Supplementary Table 2)。これらは抗体の基礎的なプロファイルを提供する上で有用な情報(例えば、標的への結合親和性が 2.0-fold 以上向上したロットの確認など)を提供するが、特定のアプリケーションや実験コンテキストにおける特異性を直接測定するものではないため、主要なバリデーション法としては推奨されない。また、免疫組織化学(IHC)で汎用される吸着法(抗原予備吸着後の抗体使用)は、抗原への結合能を示すのみであり、同様のエピトープを持つ他タンパク質への交差反応を排除できないため、特異性の証明には不十分である。
再現性向上のための報告標準化と識別子の導入:
抗体使用の再現性を確保するため、論文執筆時における抗体の完全かつ一意な報告基準が提唱された。具体的には、Resource Identification Initiative が推進する RRID(Research Resource Identifier)システムの採用を強く推奨している。RRIDは、抗体のメーカー名やカタログ番号に加え、ロット番号ごとに一意の識別子(n=1 unique identifier)を割り当てるものであり、機械可読で出版社を横断して使用可能である。また、モノクローナル抗体においては、抗体の可変領域のDNA/mRNA配列を報告することが、究極の識別標準として有用である。すでに Journal of Comparative Neurology などの学術誌では、方法セクション内に「Antibody Characterization」というサブセクションの設置を義務づけ、使用した各抗体の検証方法の明記を求めている。
抗体提供者および使用者への具体的な提言:
抗体プロバイダー(提供者)に対しては、販売するすべての抗体について、対象となるアプリケーションごとに少なくとも1つの概念的柱を用いたバリデーションを実施し、可能な限り多くの細胞・組織コンテキストでの検証データを提供することを求めている(Table 1)。また、ロット間の差異を排除するため、新規ロット(例えば n=1 lot ごと)の製造時に再バリデーションを行うことが必須である。一方、エンドユーザー(研究者)に対しては、プロバイダーのデータを盲信するのではなく、自身の実験系(特定の細胞株や組織、処理条件)において、少なくとも1つのバリデーション戦略を自ら実行することを推奨している。さらに、論文発表時には、カタログ番号、ロット番号、およびRRIDを正確に記載することを求めている。
考察/結論
先行研究との違い: 本提言は、従来のMIAPARなどの報告標準化に留まっていた先行研究と異なり、抗体の特異性を実験的に検証するための具体的かつアプリケーション特異的な5つの概念的柱(実験戦略)を明確に提示した点で決定的に異なっている。従来のガイドラインは「どのような情報を記載すべきか」というメタデータレベルの標準化に焦点を当てていたが、本研究は「どのように実験的に特異性を証明すべきか」という実証的なアプローチを定義している。
新規性: 本研究は、CRISPR-Cas9などの最新のゲノム編集技術や、ターゲットプロテオミクス(質量分析)などの最先端オミクス技術を抗体バリデーションのワークフローに統合するフレームワークを本研究で初めて体系的に提唱した。これにより、抗体バリデーションを単一の絶対的な基準ではなく、用途やコンテキストに応じた多柱構造として再定義することに成功した。
臨床応用: 本提言の臨床的意義は極めて大きい。臨床現場における免疫組織化学(IHC)やサンドイッチアッセイ(ELISA: Enzyme-Linked Immunosorbent Assay など)は、がんの診断、分子標的薬の適応判定、予後予測などに直結する。例えば、肺がんにおけるEGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)変異特異的抗体やPD-L1(Programmed Death-Ligand 1)発現定量抗体の信頼性は、治療方針の決定に決定的な影響を与える。本ガイドラインに準拠した厳格なバリデーションが普及することで、臨床検査の精度が飛躍的に向上し、誤診や不適切な治療選択を防ぐことができる。また、創薬プロセスにおけるバイオマーカー探索の効率化や、抗体医薬の開発におけるオフターゲット作用の早期スクリーニングにも貢献する。
残された課題: 今後の課題として、いくつかの限界が残されている。第一に、遺伝学的戦略(ノックアウトなど)は、ヒト組織サンプルや血清・血漿などの体液サンプルには直接適用できない。第二に、5つの柱を実行するためには、ゲノム編集技術や高価な質量分析装置、高度なバイオインフォマティクス解析が必要となり、個々の小規模な研究室にとっては技術的・コスト的なハードルが高い。第三に、翻訳後修飾(リン酸化、メチル化など)特異的抗体や、非ペプチド抗原に対する抗体のバリデーションには、本ガイドラインの5つの柱をそのまま適用することが難しく、独自の検証戦略が必要となる。今後は、これらの高度なバリデーションを支援する共同利用プラットフォームの整備や、学術誌・資金提供機関によるガイドライン遵守の義務化とインセンティブ設計が求められる。
方法
本論文は Commentary(提言・解説)であるため、著者らによる新規のウェットな実験は実施されていない。しかし、本ガイドラインの策定にあたり、多様な研究背景を持つ国際的な専門家からなる ad hoc の委員会である IWGAV が組織された。IWGAVは、既存の抗体バリデーション手法に関する広範な文献レビュー(PubMed などのデータベースを活用)を行い、ゲノミクスやプロテオミクスの分野で近年急速に発展した新技術(CRISPR-Cas9(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats/CRISPR-associated protein 9)によるゲノム編集、RNA干渉、質量分析を用いたターゲットプロテオミクスなど)を統合的に評価した。 具体的には、抗体が使用される主要なアプリケーション(WB、IHC、ICC、FS、SA、免疫沈降(IP: Immunoprecipitation)、クロマチン免疫沈降(ChIP: Chromatin Immunoprecipitation)、リバースフェーズプロテインアレイ(RP: Reverse-Phase protein arrays))におけるタンパク質の構造的特徴(変性状態か天然状態か)を整理し、それぞれの実験系において抗体の特異性を担保するために必要な実験的対照(コントロール)の設定方法を議論した。 統計的評価手法としては、抗体による検出シグナルと、抗体非依存的な手法(質量分析など)による標的タンパク質定量値との間の相関分析(Pearson correlation などの統計手法)を導入し、定量的なバリデーション基準を定義した。また、細胞株モデル(例えば、HEK293T や各種がん細胞株パネル)を用いた検証データの解釈基準についてコンセンサスを形成した。これらのプロセスを経て、抗体特異性を検証するための「5つの概念的柱(conceptual pillars)」からなるバリデーションフレームワークを構築した。