- 著者: Paula Sanchez-Molina, Dennis-Dominik Rosmus, Dillon Brownell, et al.
- Corresponding author: Oliver Braubach (Akoya Biosciences, obraubach@icloud.com); Bahareh Ajami (Oregon Health and Science University, ajami@ohsu.edu / Cedars Sinai, Bahareh.Ajami@cshs.org)
- 雑誌: Nature Neuroscience
- 発行年: 2026
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 42151483
背景
アルツハイマー病 (Alzheimer’s disease; AD) は、細胞外のアミロイドβ (amyloid-beta; Aβ) 斑の沈着、細胞内の過リン酸化タウによる神経原線維変化、および慢性的な神経炎症を特徴とする代表的な神経変性疾患である。脳内のミクログリアやマクロファージなどの骨髄系細胞は、Aβの貪食や炎症性サイトカインの放出を介して病態進行に深く関与している。近年の単一細胞RNAシーケンシング (single-cell RNA sequencing; scRNA-seq) 技術の進展により、ADマウスモデルにおいてAβ斑の周囲に集積する疾患関連ミクログリア (disease-associated microglia; DAM) などの機能的サブポピュレーションが同定されてきた。例えば、Keren-Shaul et al. (2017) はDAMの存在をCell誌で報告し、Mathys et al. (2019) もNature誌で単一細胞レベルの転写変化を明らかにした。さらに、Sankowski et al. (2019) はヒト脳におけるミクログリアの加齢に伴う不均一性を報告している。しかし、これらの知見の多くはマウスモデルに依存しており、ヒトAD患者の脳内における骨髄系細胞の多様性や、その空間的な局在、形態学的特徴、そして局所微小環境との相互作用については未解明な部分が多く残されていた。
ヒトAD脳における空間的プロテオミクス解析が進まなかった背景には、技術的な制約が存在する。特に、ホルマリン固定パラフィン包埋 (formalin-fixed paraffin-embedded; FFPE) されたヒト脳組織は、加齢に伴い蓄積するリポフスチンなどの物質に起因する極めて高い内因性自家蛍光を示すため、従来の多重免疫蛍光イメージング法の適用が著しく困難であった。また、従来の単一細胞分離操作を伴う解析では、細胞が本来存在していた組織内の位置情報や、周囲の病理学的変化との物理的距離といった空間的コンテキストが完全に失われてしまう。さらに、ヒトAD脳において報告されているCD163陽性の骨髄系細胞が、血管周囲マクロファージ (perivascular macrophage; PVM) の実質内浸潤を意味するのか、あるいはミクログリアの表現型変化を意味するのかという実体も不明であった。このように、ヒトAD脳組織において、骨髄系細胞のタンパク質発現、細胞形態、および空間的微小環境を統合的に解析するためのアプローチは著しく手薄であり、高次元空間プロテオミクス技術の確立に向けたデータおよび技術の不足が大きな課題となっていた。
目的
本研究の目的は、第一に、ヒトFFPE脳組織特有の強力な自家蛍光を克服し、単一細胞レベルでの高次元マルチプレックスイメージングを可能にする空間プロテオミクスプラットフォーム「CODEX-CNS (codetection by indexing for central nervous system)」を開発することである。第二に、この技術を用いてヒトAD患者および健常対照群の前頭皮質における全細胞アトラスを構築し、骨髄系細胞をタンパク質発現、細胞形態、および空間的微小環境の3つの軸から統合的にクラスタリングすることである。第三に、AD病理、特にAβ斑の局所微小環境に依存して局在する病態特異的な新規ミクログリアサブポピュレーションを同定し、その起源や臨床的意義を明らかにすることである。
結果
CODEX-CNSによるヒトAD脳の全細胞空間アトラスの構築: 開発した自家蛍光除去プロトコルを含むCODEX-CNSを用いることで、FFPE脳組織におけるシグナル対ノイズ比が劇的に向上した。初期解析コホートの前頭皮質から、最終的に総計704,706細胞のプロファイリングに成功した (Fig. 1)。灰白質 (GM) においては神経細胞が全細胞の39.35%を占め、白質 (WM) においてはオリゴデンドロサイト/OPCが78.41%を占めるという、既知の解剖学的構造と一致する細胞分布が定量的に示された。細胞間相互作用解析 (15 µm半径) では、健常脳と比較してAD脳のGMにおいてミクログリア-ミクログリア間の近接接触が有意に増加しており (p<0.05)、接触しているミクログリアでは活性化マーカーであるCD163およびHLA-DRの発現が有意に上昇していた (Fig. 3)。さらに、AD脳のGMでは、DNA損傷マーカーであるγH2A.Xを高発現する神経細胞が、アストロサイトと高頻度に接触している病態が観察された。
タンパク質発現に基づく骨髄系細胞5クラスタの同定とBAM様ミクログリア (BLM) の特徴: IBA1陽性の骨髄系細胞 (n=63,873 cells) を対象としたLeidenクラスタリングにより、5つの主要なサブポピュレーションを同定した。これらは、単球 (MO: CD14高発現)、血管周囲マクロファージ (PVM: CD163+TMEM119-)、BAM様ミクログリア (BLM [border-associated macrophage-like microglia]: CD163+TMEM119+HLA-DR+CD11c+)、白質優位ミクログリア (MG1: CD74+CD68+HLA-DR+)、および灰白質優位ミクログリア (MG2) である (Fig. 5)。特にBLMは、従来血管周囲マクロファージのマーカーとされてきたCD163陽性でありながら、ホメオスタティックミクログリアのマーカーであるTMEM119を共発現する中間的な表現型を示した。
BLMの空間的局在と血管・Aβ斑との近接性: 空間的距離解析において、BLMは血管マーカー (Claudin-5, Collagen IV) を発現する構造に最も近接して存在しており、実質内骨髄系細胞の中で血管に最も近い集団であることが示された (Fig. 6)。さらに、AD脳のGMにおけるAβ斑との距離解析では、BLMは密なAβ斑 (dense plaques) の周囲0-5 µmの極近傍領域において骨髄系細胞の約40%を占める高い集積を示したのに対し、びまん性Aβ斑 (diffuse plaques) の周囲では約20%にとどまり、プラークの物理的性質に依存した集積傾向が明らかとなった (Fig. 6)。形態解析において、BLMは突起が少なく厚みのある中間型 (Intermediate) 形態を呈することが多く、AD脳ではRounded形態の割合が1.55% (健常対照では5.41%) に減少するなどの変化が伴っていた。
擬似時間解析による表現型遷移の推定: PVM、BLM、およびMG2のタンパク質発現プロファイルを用いた擬似時間 (pseudotime) 解析を実施したところ、PVMからBLMを経てMG2へと至る連続的な分化・遷移軌跡が描出された (Fig. 6)。この軌跡に沿って、細胞の空間的近傍環境は血管成分 (Claudin-5, SMA, Collagen IV) との近接性低下と、神経細胞 (NeuN) およびAβ斑との近接性上昇という明確なシフトを示した。なお、単球 (MO) はこの軌跡から完全に除外されていた。公開されているヒトiPSC由来ミクログリアのscRNA-seqデータセット (n=2 datasets) の再解析では、in vitroでのAβ刺激やマウス脳への移植後もミクログリアにおけるCD163の遺伝子発現上昇は認められず、BLMがPVMの実質内浸潤および表現型変換によって生じている可能性が支持された。
微小環境ベースクラスタリングによるヒト斑周囲ミクログリア (HPAM) の同定: AD脳のGMにおける骨髄系細胞 (n=13,444 cells) を対象に、各細胞の半径30 µm以内のタンパク質発現情報のみに基づくLeidenクラスタリングを行い、16の近傍環境ベースのクラスタを同定した (Fig. 7)。このうち、Cluster 15は密なAβ斑に最も近接するクラスタであり、周囲にAβ、GFAP、Vimentin、およびApoEが高度に濃縮された微小環境を形成していた。Cluster 15に属する細胞は、プロテオミクス上はBLMのサブクラスタに位置するが、TMEM119の発現が低下し、CD163+CD68+HLA-DR+CD11c+CD45highという極めて活性化・貪食能の高い独自のシグネチャを有していた。本研究はこの集団を「ヒト斑周囲ミクログリア (HPAM [human plaque-associated microglia])」と命名した (Fig. 7)。HPAMはAD患者の脳組織に特異的に濃縮されており、健常対照群ではほとんど検出されなかった。独立した検証コホート (AD患者 n=8 donors, 健常対照 n=7 donors) を用いた多重免疫染色により、密なAβ斑の周囲においてCD11c陽性かつTMEM119低発現の骨髄系細胞が特異的に局在することが確認された (Fig. 7)。さらに、ランダムフォレストを用いた機械学習モデルによるAβ斑存在予測において、骨髄系細胞の「近傍環境特徴」が最も高い予測能を示し、個別特徴量としてはCD11cおよびCD68の発現量が最強の予測因子として同定された。
考察/結論
先行研究との違い: 従来のAD研究における骨髄系細胞の解析は、主にマウスモデルや、組織構造が破壊されるscRNA-seqに依存していた。ヒトAD脳を対象とした先行研究 (Munoz-Castro et al. Acta Neuropathol Commun 2023) では、実質内のCD163陽性細胞は単に浸潤した末梢血単球由来細胞であると解釈されていた。しかし、本研究がCODEX-CNSを用いて示した結果はこれと異なり、同定されたBLMクラスタがCD163陽性でありながらミクログリアマーカーであるTMEM119を共発現していることを明らかにした。これは単純な単球浸潤モデルとは対照的であり、血管周囲マクロファージ (PVM) が実質内へ浸潤し、脳内微小環境に適応してミクログリア様の表現型を獲得する連続的な遷移状態を捉えたものである。また、マウスモデルではCD163陽性の実質内ミクログリアは報告されておらず、BLMおよびHPAMはヒト固有の病態生理学的状態を反映している可能性が高い。
新規性: 本研究の最大の新規性は、FFPEヒト脳組織における強力な自家蛍光をH2O2/NaOH漂白法により完全に克服し、32種類のマーカーを単一細胞解像度で同時検出する空間プロテオミクスプラットフォーム「CODEX-CNS」を確立した点にある。さらに、単なるタンパク質発現量によるクラスタリングでは埋もれてしまう細胞集団を、細胞から半径30 µm以内の「空間的微小環境 (neighborhood)」の情報を取り入れて再クラスタリングすることにより、密なAβ斑に特異的に結合する「HPAM」として本研究で初めて新規に同定した。これは、空間情報が細胞のアイデンティティや機能状態を決定づける重要な因子であることを示す先駆的な成果である。
臨床応用: HPAMは、高い貪食活性を示すCD68の高発現や、細胞体の肥大化および突起の肥厚といった形態学的特徴を備えており、脳内におけるAβクリアランスの主たる実行細胞として機能していると考えられる。臨床的意義として、Aβ標的抗体であるレカネマブ (Lecanemab) を投与されたAD患者の脳組織においてHPAM関連マーカーがAβ濃縮領域で上昇していたという最新の報告 (van Olst et al. Nat Med 2025) は、HPAMの活性化状態が治療効果や病勢モニタリングのバイオマーカーとして臨床現場に応用可能であることを強く示唆している。また、HPAMがHLA-DRを介した抗原提示能を有することから、脳内における適応免疫系やT細胞浸潤を標的とした新規の免疫療法の開発にもつながりうる。さらに、脳内微小環境の解析技術は、がんの脳転移病変におけるimmune et al. Brain metastasisの特性解明や、Cancerの領域における神経-腫瘍相互作用の解析、さらにはvs et al. Granulocytic MDSCの評価など、腫瘍学分野への幅広い臨床応用・トランスレーショナル研究への展開が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、BLMおよびHPAMの正確な起源の特定が挙げられる。ヒト脳においては運命マッピング (fate mapping) や並バースバイオシス (parabiosis) などの生体追跡実験が不可能であるため、iPSC由来ミクログリアを用いたin vitroモデルや、より高度なキメラマウスモデルを用いた検証が必要である。また、本研究は前頭皮質に焦点を当てているが、AD病理が早期から進行する海馬や嗅内皮質など、他の脳領域におけるこれら骨髄系細胞サブタイプの分布や機能的差異については未解明であり、今後の研究方向性として大規模なマルチリージョン解析が求められる。
方法
研究デザインと対象コホート: 本研究は、ヒト剖検脳のFFPE前頭葉切片を用いたex vivo空間プロテオミクス解析および検証用免疫蛍光イメージングで構成される。初期解析として、AD患者 (n=4 donors) および神経病理所見のない健常対照 (n=4 donors) の計8サンプルを解析した。さらに、CODEX-CNSの再現性を検証するため、独立した検証コホート (AD患者 n=4 donors、健常対照 n=4 donors) の計8サンプルを追加解析した。また、特定の骨髄系細胞集団の検証用として、Oregon Brain Bankおよびライプツィヒ大学解剖学脳バンクより提供された独立コホート (BLM検証用にAD患者26名および健常対照25名の計51サンプル、HPAM検証用にAD患者8名および健常対照7名の計15サンプル) を用いた。
CODEX-CNSプロトコルの開発: Akoya Biosciences社のPhenoCyclerシステムをベースに、ヒト脳組織向けに最適化した。FFPE組織特有のリポフスチン由来自家蛍光を低減するため、4.5% (w/v) H2O2および20 mM NaOHを含むPBS溶液中にカバースリップを浸漬し、超高輝度LEDライト (25,000 Lux) を2 cmの距離から45分間×2回照射する漂白ステップを導入した。抗体パネルとして、神経細胞、グリア細胞、血管構成細胞、免疫細胞、およびAD病理マーカーを含む32種類の抗体で構成されるカスタムパネルを設計した。画像取得はKeyence BZ-X800エピ蛍光顕微鏡 (x20 objective, NA 0.75) を用いて実施した。
画像解析と細胞セグメンテーション: 取得した多重画像はCODEX Processorを用いて位置合わせ、背景減算、デコンボリューション処理を行った。細胞セグメンテーションには、ariadne.ai社のSPATIALプラットフォームに搭載されたディープラーニングモデルを使用し、DAPI、NeuN、GFAP、OLIG2、IBA1のシグナルに基づいて個々の細胞領域 (細胞体および突起) を高精度に抽出した。また、比較検証用に、大津の二値化法 (Otsu’s thresholding) をベースとしたオープンソースのセグメンテーションアルゴリズムも自社開発して適用した。
統計解析およびバイオインフォマティクス: IBA1陽性骨髄系細胞を対象に、Leidenクラスタリングを用いて、(1) タンパク質発現、(2) 12種類の形態学的特徴量、(3) 半径30 µm以内の近傍微小環境におけるタンパク質組成、の3軸で独立した解析を行った。2群間の比較には両側Student’s t-testまたはMann-Whitney U検定を用い、多群比較には一元配置分散分析 (one-way ANOVA) およびBenjamini-Hochberg法による多重比較補正、それに続くTukey’s HSD事後検定を実施した。Aβ斑の予測モデル構築には、ランダムフォレスト (Random Forest) 回帰モデルを用いた。