• 著者: Anjali Rohatgi, John M. Kirkwood
  • Corresponding author: John M. Kirkwood (University of Pittsburgh Medical Center, Hillman Cancer Center, Pittsburgh, PA, USA)
  • 雑誌: Nature Reviews Clinical Oncology
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Commentary
  • PMID: 32978607

背景

進行メラノーマの治療は、過去10年間で劇的な進歩を遂げた。特に、イピリムマブ、ニボルマブ、ペムブロリズマブといった免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) や、BRAFおよびMEK阻害薬による分子標的治療の登場により、患者の予後は大幅に改善された。しかし、これらの治療法に抵抗性を示し、病勢が進行した患者に対する治療選択肢は依然として限られているのが現状である。ICIの有効性は、腫瘍浸潤性細胞傷害性T細胞の存在に依存しており、これらのT細胞の一部は腫瘍関連抗原 (TAA) に対して応答性を示すことが知られている (Andersen et al. 2012)。TAAは、腫瘍細胞によって提示されるが、非悪性組織では広範に発現しないため、抗腫瘍薬の魅力的な標的となる。例えば、チロシナーゼのようなTAAは、メラノーマにおいて高頻度に発現する系統分化マーカーである。一方、NY-ESO-1 (cancer/testis antigen 1としても知られる) のようながん/精巣抗原は、メラノーマにおける発現がより多様である (Barrow et al. 2006)。進行メラノーマ患者の一部では、NY-ESO-1などのTAAに反応する自発的なCD8+ T細胞が存在し、in vitroでメラノーマ細胞株に対して細胞傷害性を示すことが報告されているが、これらのT細胞は患者の腫瘍制御には明らかに不十分である (Jäger et al. 2000)。

1990年代から、ペプチド、自家樹状細胞、DNAワクチン、ウイルスベクターなど、様々なアプローチを用いたTAA標的ワクチン療法が研究されてきた。これらの先行研究では、抗原特異的なT細胞応答の誘導は確認されたものの、腫瘍縮小という臨床的奏効にはほとんど結びつかなかった (Rosenberg et al. 2004)。がんワクチンが最終的にがん免疫療法の「聖杯」となるという広範なコンセンサスがあるにもかかわらず、これまでの臨床的エビデンスは限定的であった。近年、mRNA-LNP (脂質ナノ粒子) 技術の進歩は目覚ましく、COVID-19ワクチンでその有効性と安全性が実証されたことにより、新世代のがんmRNAワクチンの開発が加速している。しかし、ICI抵抗性患者に対するTAAワクチンの有効性や、免疫応答と臨床転帰の間の直接的な相関については、依然として未解明な点が多く、この分野には大きな知識のギャップが残されている。特に、既存の治療法に抵抗性を示す患者群において、強力なT細胞応答を誘導し、かつ臨床的意義のある腫瘍縮小をもたらす治療戦略が不足していることが課題であった。

目的

本News & Viewsは、Sahinら (2020) がNature誌に報告したLipo-MERIT第I相試験の結果を解説することを主目的とする。この試験では、リポソームRNAワクチンFixVac (BNT111) が、進行メラノーマ患者において誘導するT細胞応答と、その予備的な臨床転帰が評価された。本稿では、FixVacが免疫チェックポイント阻害薬抵抗性メラノーマに対する共有TAA標的mRNAワクチンとして持つ可能性を深く掘り下げ、その作用機序、安全性、および臨床的有効性の初期データについて議論する。さらに、これまでのTAAワクチン研究の文脈において、FixVacがもたらす進歩を評価し、免疫チェックポイント阻害薬抵抗性患者における治療成績の改善に貢献しうるか、そして残された課題は何かを考察する。具体的には、FixVac単独療法および抗PD-1抗体との併用療法における奏効率、安全性プロファイル、および詳細な免疫学的解析によって示されたTAA特異的T細胞応答の誘導・増強効果に焦点を当てる。最終的に、本研究ががんワクチン療法の分野にもたらす転換点としての意義と、今後の臨床開発の方向性を提示することを目的とする。

結果

客観的奏効率 (ORR) と疾患制御率 (DCR): Lipo-MERIT試験には合計56例の患者が登録され、そのうち42例がirRECIST 1.1基準に基づき有効性評価可能であった。FixVac単独療法群25例では、ORRは16% (完全奏効 [CR] 1例、部分奏効 [PR] 3例) であった。一方、抗PD-1抗体併用療法群17例では、ORRは35% (PR 6例) であった。抗PD-1抗体による治療後に病勢が進行した患者に対する抗PD-1抗体の再治療におけるORRが通常15%未満であることを考慮すると (Betof Warner et al. 2020)、併用群で達成された35%のORRは有望な結果である。全体での疾患制御率 (DCR) は75%であった。

安全性プロファイル: FixVacの安全性は良好であり、大部分の有害事象は軽度であった。全89例のコホートで最も頻繁に観察された有害事象は、発熱 (82%)、悪寒 (71%)、頭痛 (37%) であり、その大部分がGrade 1-2であった。これらの事象は、mRNA-LNPが誘導する全身性のサイトカイン反応、特にToll様受容体7 (TLR7) 刺激によるIFNα分泌を反映していると考えられる (Kranz et al. 2016)。Grade 3-4の重篤な毒性は少数に留まり、FixVacの忍容性が高いことが示された。

TAA特異的T細胞応答の誘導と増強: Lipo-MERIT試験の最も重要な知見は、詳細な末梢血免疫学的解析によって示されたT細胞応答である。ワクチン接種前にも一部の患者でTAA反応性T細胞が認められたが、ワクチン接種後には新規のT細胞応答 (de novo responses) の誘導と既存応答の増強の両方が確認された (Sahin et al. 2020)。これらのTAA特異的T細胞は、ex vivoでの再刺激によりIFN-γおよびTNFを分泌する能力を示した。さらに、治療を受けた患者からクローン化された特定のTAA特異的T細胞受容体 (TCR) をドナーCD8+ T細胞に導入すると、選択されたTAAを発現するメラノーマ細胞株に対して細胞傷害性を付与することができた。これは、FixVacが強力なT細胞介在性抗腫瘍応答を誘導する能力を持つことを示唆している。

T細胞の機能的特徴とレパートリー: 誘導されたTAA特異的T細胞は、セントラルメモリー/エフェクターメモリー表現型を示し、複数のサイトカインを共産生するポリファンクショナルな特徴を持つことが確認された。TCRシーケンシング解析により、TCRレパートリーの拡大も観察された。特に、奏効患者では劇的なT細胞活性化と増殖が認められた (Sahin et al. 2020)。しかし、T細胞応答と臨床転帰の直接的な相関は、本研究ではまだ提示されていない。過去のTAAベースのワクチン研究では、T細胞応答の誘導が臨床的奏効に結びつかないケースが報告されており (Slingluff et al. 2013)、この相関関係の解明が今後の重要な課題である。

TAA発現とT細胞応答の関連性: 本試験では、NY-ESO-1、MAGE-A3、TPTE、tyrosinaseの4つのTAAが標的とされた。ワクチン接種前には、他のTAAと比較してチロシナーゼ反応性T細胞が高頻度で存在することが注目されたが、必ずしもワクチン接種によって増幅されるわけではないことが示された (例えば、患者A2-09)。腫瘍におけるTAA発現とワクチン接種後の特異的T細胞応答の増幅・発達との相関を理解することは、この治療戦略から最も恩恵を受ける患者を特定する上で有用であると考えられる。FixVac戦略の魅力の一部は、高価な個別化アプローチなしに、ほとんどのメラノーマ患者に適用できる汎用性にある。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、過去の多くのTAAベースのがんワクチン試験 (例えば、IMA901、gp100、MAGE-A3を標的としたDERMAやMAGRIT試験など) が、抗原特異的T細胞応答を誘導しながらも臨床的奏効に結びつかなかったという課題に対し、明確な臨床的奏効と詳細な免疫学的エビデンスを提示した点でこれまでと異なる。特に、ICI抵抗性の進行メラノーマ患者において、FixVacが単独で16% (n=25)、抗PD-1抗体との併用で35% (n=17) の客観的奏効を達成したことは、これまでのTAAワクチン研究の限界を乗り越える可能性を示唆する。

新規性: FixVacは、リポソームに封入されたmRNAワクチンとして、4つの共有TAA (NY-ESO-1、MAGE-A3、TPTE、チロシナーゼ) を同時に標的とする新規アプローチを採用している。本研究で初めて、このプラットフォームが、ICI治療歴のある進行メラノーマ患者において、TAA特異的なIFN-γおよびTNF産生CD8+/CD4+ T細胞応答を新規に誘導し、既存応答を増強することを示した。さらに、誘導されたT細胞が実際にTAA発現メラノーマ細胞株に対して細胞傷害性を示すことを確認した点は、その機能的有効性を示す新規な知見である。これは、TLR7アゴニズム単独では抗腫瘍応答を誘導できないという先行研究 (Kranz et al. 2016) と対照的であり、RNA転写産物の同一性が重要であることを示唆している。

臨床応用: 本研究の結果は、ICI抵抗性メラノーマ患者に対する新たな治療選択肢を提供する可能性があり、臨床応用への大きな一歩となる。抗PD-1抗体との併用で35%のORRを達成したことは、ICI抵抗性患者における治療成績の改善に貢献しうる。FixVacのような共有TAAを標的とするワクチンは、個別化ネオアンチゲンアプローチ (例えばBNT122やmRNA-4157など) と比較して製造が容易であり、より広範な患者集団に適用可能であるという臨床的有用性を持つ。これは、がんワクチン療法の普及において重要な要素となる。末梢血T細胞の拡大がICI未治療患者における腫瘍浸潤リンパ球の拡大と相関するという知見 (Wu et al. 2020) は、本研究の末梢血免疫解析の意義を裏付けるものである。

残された課題: 本研究は有望な結果を示したが、いくつかの残された課題がある。第一に、T細胞応答と臨床転帰の直接的な相関はまだ明確に提示されておらず、過去のワクチン試験で観察された免疫応答と臨床応答の乖離がFixVacでも起こりうる可能性が残されている。第二に、抗PD-1抗体併用群のORR 35%は単独群より高率であるが、比較対照群がないため、併用効果の主張は時期尚早である。ニボルマブとイピリムマブ併用療法 (CheckMate-067) 後のPD-1抵抗性患者に対する再治療/サルベージ療法のORRと直接比較する必要がある (Betof Warner et al. 2020)。第三に、共有TAAを標的とすることは製造上の利点がある一方で、個別化ネオアンチゲンアプローチと比較して、抗原スプレッディングの誘導やエピトープドリフトの回避、中心性寛容の克服といった観点では不利になる可能性も考慮する必要がある。ICI抵抗性の根拠がT細胞疲弊、T細胞排除、免疫抑制性腫瘍微小環境の獲得など多岐にわたることを踏まえると (Jenkins et al. 2018)、FixVacとICIの併用がこれらの課題を克服するのに十分であるかはさらなる検証が必要である。今後の検討課題として、FixVacをファーストラインICIと併用する第II相試験 (LP-0001試験) や、HPV関連癌、非小細胞肺癌 (NSCLC) などの他癌種への展開が注目される。mRNA-LNPプラットフォームのがん応用が本格化する転換点となる研究であるが、これらの課題を克服し、より大規模な臨床試験で有効性を検証することが今後の方向性である。

方法

本稿は、Sahinら (2020) のLipo-MERIT第I相試験の結果を解説するCommentaryであるため、具体的な研究方法の記述は該当しない。原著論文 (Sahin et al. 2020) におけるLipo-MERIT試験の方法論は以下の通りである。

治験デザイン: 用量漸増を伴う第I相試験として実施された。 対象患者: Stage IIIB-IVの進行メラノーマ患者が登録された。患者は、ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 腫瘍組織から抽出されたRNAにおいて、FixVacが標的とする4つのTAA (NY-ESO-1、MAGE-A3、TPTE、tyrosinase) のうち少なくとも1つの発現が確認されている必要があった。登録された42例の有効性評価可能患者のうち、1例を除く全ての患者が以前にICI治療を受けており、多くは抗PD-1抗体を含む前治療後に病勢が進行した例であった。 治験薬: FixVac (BNT111) は、NY-ESO-1、MAGE-A3、TPTE、tyrosinaseの4つの共有TAAをコードするnaked mRNAを、カチオン性脂質ベースの脂質ナノ粒子 (LNP) であるリポソームに封入した製剤である。このワクチンは静脈内投与された。 治療レジメン: 患者は、FixVac単独療法群、またはFixVacと抗PD-1抗体との併用療法群に割り付けられた。用量漸増パートの後、各コホートで治療が評価された。 評価項目: 主要評価項目は安全性と忍容性であった。副次評価項目には、客観的奏効率 (ORR) や疾患制御率 (DCR) などの臨床的有効性、およびTAA特異的T細胞応答の誘導・増強を含む免疫学的応答が含まれた。有効性評価はirRECIST 1.1基準に従って行われた。 免疫学的解析: 治療前後の末梢血サンプルを用いて、ELISpotアッセイ、MHCマルチマー解析、TCRシーケンシングなどの手法により、TAA特異的T細胞応答が詳細に解析された。これにより、新規T細胞応答の誘導 (de novo responses) および既存応答の増強が評価された。T細胞の機能については、IFN-γおよびTNF産生能、ならびにTAA発現メラノーマ細胞株に対する細胞傷害性が評価された。 統計手法: 本研究は第I相試験であり、主に安全性と予備的な有効性を評価することを目的としていたため、大規模な統計的比較は行われていない。記述統計が用いられ、安全性プロファイル、奏効率、免疫応答の頻度などが報告された。