• 著者: Xiaocui Lu, Xiuyun Wang, Zheng Yang, Xusheng Wang, Lin Wang, Chunhui Xu, I-Chung Lo, Chenlu Geng, Lin Wang, Yisheng Pu, Keyu Zhang, Ziqiang Zhu, Lanxin Ye, Jiayuan Huang, Xiaofan Wei, Fang Bai, Yanan Zhu, Xiaobing Qian, Hao Dou, Hexiu Su, Yong Cang
  • Corresponding author: Hao Dou (Degron Therapeutics Co., Ltd), Hexiu Su (Degron Therapeutics Co., Ltd), Yong Cang (School of Life Sciences and Technology, ShanghaiTech University)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-05-15
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42271059

背景

BRAF遺伝子活性化変異、特にBRAF(V600E)変異は、大腸がん (colorectal cancer: CRC) 患者全体の約10%に認められ、極めて予後不良なサブタイプを形成している。黒色腫においてはベムラフェニブやエンコラフェニブといった単剤のBRAF阻害薬 (BRAF inhibitor: BRAFi) が劇的な効果を示すが、BRAF変異CRCにおいてはEGFR (epidermal growth factor receptor) を介したフィードバック機構によるMAPKシグナル伝達経路の再活性化が生じるため、内在性の治療抵抗性を示すことが知られている。この課題を克服するため、BRAF阻害薬であるエンコラフェニブと抗EGFR抗体であるセツキシマブの併用療法が開発され、奏効率は単剤の5%から20-26%へと向上したものの、依然として多くの患者が十分な治療ベネフィットを得られず、奏効例でも4-6ヶ月以内に耐性を獲得して再発する。このように、BRAF変異CRC患者の75%以上において持続的な治療選択肢が不足しているのが現状であり、耐性を克服するための新規治療標的やアプローチの同定が強く求められている。

一方、RNA結合タンパク質 (RNA-binding protein: RBP) であるHuR (human antigen R、別名ELAVL1 [ELAV-like RNA-binding protein 1]) は、標的mRNAのイントロンや3′非翻訳領域に存在するARE (AU-rich element) に結合し、プレmRNAのスプライシング、mRNAの安定性、および翻訳効率を制御する転写後調節因子である。がん細胞においてHuRは頻繁に過剰発現、あるいは細胞質への異常集積を示し、腫瘍の増殖、浸潤、血管新生、および治療抵抗性を駆動することがLevy et al. (1998)、Kurosu et al. (2011)、Finan et al. (2023) などの先行研究で示されている。HuRを標的とした小分子阻害薬やsiRNAの有効性は基礎研究レベルで実証されてきたものの、これまでの候補化合物は活性の不足や腫瘍への送達効率の低さから臨床開発には至っておらず、HuRは「創薬困難 (undruggable)」な標的とみなされ、効果的な治療薬の開発において大きなギャップが存在していた。

近年、標的タンパク質とE3ユビキチンリガーゼとの間に三元複合体を形成させて近接依存的な分解を誘導する分子接着剤分解薬 (molecular glue degrader: MGD) が注目を集めている。しかし、これまでのMGD開発は偶然の発見に依存する部分が大きく、合理的な設計手法は未確立であった。特に、RBPを標的とした高活性かつ選択的なMGDの創製はこれまで報告されておらず、BRAF変異CRCにおけるHuRの機能的役割や治療標的としての妥当性についても、詳細な分子メカニズムを含めて未解明な領域が多く残されており、治療選択肢が圧倒的に不足していた。

目的

本研究の目的は、合理的に設計されたCRBN (cereblon) 依存性分子接着剤ライブラリーとプロテオミクススクリーニングを組み合わせることで、これまで創薬困難とされてきたRNA結合タンパク質HuRを特異的に分解する初の分子接着剤分解薬 (dHuR) を同定・創製することである。さらに、dHuRの原子分解能での構造解析を通じて三元複合体形成の分子基盤を解明するとともに、BRAF変異大腸がん (CRC) におけるHuR分解の選択的感受性メカニズム、特にBRAFプレmRNAの代替スプライシング制御機構を明らかにすることを目的とする。最終的には、既存のBRAF阻害薬に対する耐性を克服するための新規治療戦略として、dHuRを用いた単剤および他剤との併用療法の有効性をin vitroおよびin vivoモデルにおいて検証・確立することを目指す。

結果

新規CRBN依存性HuR分解薬dHuRの同定と最適化: 10,000化合物以上のCRBNベース分子接着剤ライブラリーから、HTRF (homogeneous time-resolved fluorescence) アッセイを用いてCRBN結合能を評価し、代表的な化合物プールを用いた定量的プロテオミクススクリーニングを実施した。その結果、CRBN野生型 (WT) 細胞において特異的にHuRタンパク質を減少させるリード化合物dHuR-1を同定した (Fig. 1b)。dHuR-1は、プロテアソーム阻害薬MG132やNEDD8化阻害薬MLN4924の併用によってHuR分解作用が完全に阻害されたことから、CRBN依存的なユビキチン・プロテアソーム系を介して作用することが確認された。さらに、dHuR-1のベンゾフランコア構造を維持しつつテール部分を最適化することで、より強力な誘導体dHuR-2を創製した。dHuR-2は、CRBNに対する結合親和性 IC50 = 0.16 uM を示し、極めて高いHuR分解活性 (DC50 = 3.8 nM, Dmax = 96%, T1/2 = 2.45 h) を達成した (Fig. 1h)。定量的プロテオミクス解析により、dHuR-2は既知のCRBNネオ基質であるZFP91やZMYM2を同等の強度で分解する一方、GSPT1やHuRのパラログタンパク質 (HuB, HuC, HuD) には影響を与えず、高い選択性を示すことが明らかになった (Fig. 1i)。

CRBN–dHuR-2–HuR三元複合体の構造基盤: HuRのデグロンマッピングにより、RRM1ドメインに位置するG58残基がdHuRによる分解に必須であることが判明した。G58N変異導入により、NanoBRETアッセイにおける三元複合体形成シグナルは著しく低下した (Fig. 2a)。クライオ電子顕微鏡 (cryo-EM) を用いて、DDB1–CRBN–dHuR-2–HuR三元複合体の立体構造を分解能 3.3 Å で決定した (Fig. 2d)。構造解析の結果、dHuR-2のグルタルイミド環はCRBNのTri-Wポケット (W380, W386, W400) に結合し、ベンゾフランコアはW386やH378と疎水性相互作用を形成していた。一方、dHuR-2のピラゾール部位はHuRのG58ループ (G-loop) 近傍に位置し、HuRのR53残基とCRBNのE377残基の間で直接的な塩橋が形成されることで、総埋没表面積 約780 A^2 に及ぶ強固なタンパク質間相互作用 (PPI) インターフェースが構築されていることが実証された (Fig. 2f, 2g)。

BRAF変異大腸がんにおける選択的抗腫瘍効果: DepMap (Cancer Dependency Map) データベースの解析から、HuRの依存度スコアはBRAF変異ステータスと最も強く相関し、特に大腸がん (CRC) 細胞株において顕著な共依存性を示すことが見出された (Fig. 3a)。実際に、BRAF変異を有する6種のCRC細胞株 (Colo205, Colo201, HT29, WiDr等) はdHuR-2に対して高い増殖抑制感受性を示した一方、BRAF野生型 (WT) のCRC細胞株はHuRが効率的に分解されているにもかかわらず耐性を示した (Fig. 3b)。Colo205細胞を用いた3Dスフェロイドアッセイ (n=3 replicates) において、CRBNノックアウト (KO) またはゲノム編集による分解抵抗性変異 HuR(G58A) の導入は、dHuR-2による増殖抑制効果を完全に消失させた (Fig. 3e)。さらに、Colo205異種移植片 (CDX) マウスモデル (n=6 mice per group) において、dHuR-2 (6.25, 12.5, 25 mg/kg, b.i.d., p.o.) の28日間経口投与は、有意な体重減少を伴うことなく、用量依存的な腫瘍増殖抑制効果を示した (Fig. 3f)。

HuR分解によるBRAFプレmRNA代替スプライシングの制御: メカニズム解析において、dHuR-2処理はBRAFの総mRNA量や安定性を変化させることなく、BRAFタンパク質発現量およびMAPKシグナル伝達 (p-ERK) を著しく減衰させた (Fig. 3h, Fig. 4a)。RNA-seqおよびRT-PCR解析により、HuRの分解はBRAFプレmRNAのエキソン18スキッピングを強力に誘導することが明らかになった (Fig. 4b)。RNA免疫沈降 (RIP) およびSPR解析から、HuRはBRAFイントロン17に存在するU-richエレメントに直接かつ高親和性に結合することが実証された (Fig. 4d, 4f)。HuRの分解に伴い、エキソン18がスキッピングされたBRAF-X2アイソフォームへの転換が促進される。このBRAF-X2は、翻訳効率が極めて低く、ポリソーム画分への結合が著しく減少しているため、結果としてBRAFタンパク質の発現低下を招くことが示された (Fig. 4l, 4m)。また、FLAG-BRAF(V600E)のイントロンレスCDS (coding sequence) を過剰発現させたMDST8細胞ではdHuR-2による増殖抑制効果がレスキューされたことから、BRAFスプライシング制御がdHuRの主要な作用機序であることが証明された。

BRAF阻害薬耐性の克服と他剤との相乗効果: 長期のダブラフェニブ曝露により樹立したBRAFi耐性CRC細胞株 (WiDr, HT29, MDST8) は、次世代BRAF阻害薬エンコラフェニブに対して耐性を示すものの、dHuR-2に対しては親株と同等の感受性を維持した (Fig. 5a)。耐性細胞ではEGFRやRTKのフィードバック活性化が認められたが、dHuR-2はEGFRとBRAFの両タンパク質発現を同時に抑制することで、MAPKシグナルを長期にわたり持続的に遮断した (Fig. 5b)。さらに、dHuR-2とダブラフェニブの併用は、複数のBRAF変異CRC細胞株において強力な相乗効果を示した (Fig. 5d)。キノームCRISPRスクリーニングにより、EGFRのノックアウトがdHuR-2に対する感受性を最も強く高めることが同定され (Fig. 5h)、EGFR阻害薬 (ゲフィチニブ) やMEK阻害薬 (MEK162) とdHuR-2の併用が極めて高い相乗的細胞死を誘導することが確認された (Fig. 5i)。in vivoのBRAF(V600E)患者由来異種移植片 (PDX) モデル (n=6 mice per group) においても、dHuR-3とエンコラフェニブの併用投与は、単剤群と比較して極めて強力な腫瘍退縮効果を示した (Fig. 5e)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来のHuR標的薬開発は、RNA結合ポケットを直接阻害する小分子やsiRNAベースのアプローチに依存しており、結合親和性の低さや生体内送達の困難さから臨床応用には至っていなかった。これに対し、本研究はCRBNを共役させた分子接着剤分解薬 (MGD) というアプローチを採用しており、従来の阻害薬によるアプローチとは根本的に異なる機序でHuRを標的化することに成功した。また、黒色腫などの先行研究ではBRAF阻害薬単剤で十分な効果が得られるのに対し、大腸がん (CRC) ではEGFRを介したフィードバック活性化が治療抵抗性の主因となることが知られている。本研究のdHuRは、BRAFの発現抑制と同時にEGFRの発現をも減衰させる点で、これまでの単一経路阻害薬とは一線を画する多面的なシグナル遮断効果を発揮する。

新規性: 本研究は、RNA結合タンパク質であるHuRを標的とする初の分子接着剤分解薬dHuR-1およびdHuR-2を本研究で初めて新規に同定した。さらに、DDB1–CRBN–dHuR-2–HuR三元複合体のクライオ電子顕微鏡構造を初めて解明し、HuRのG58残基を含むβヘアピンGループがネオ基質デグロンとして機能する詳細な原子構造基盤を明らかにした。さらに、HuRがBRAFプレmRNAのイントロン17にあるU-richエレメントに直接結合してエキソン18のスプライシングを制御しているという、これまで報告されていない転写後調節メカニズムを解明した。

臨床応用: dHuRによるHuRの分解は、BRAF変異CRCにおけるMAPK経路の持続的な抑制を可能にし、既存のBRAF阻害薬に対する耐性獲得を克服する極めて有望な臨床的有用性を提供する。特に、dHuRとEGFR阻害薬やMEK阻害薬との併用療法は、難治性のBRAF変異CRC患者に対する新たな治療オプションとしての臨床応用が期待される。実際に、本研究から派生した臨床候補化合物DEG6498は、優れた安全性プロファイルを示し、先進固形がん患者を対象とした臨床試験 (ClinicalTrials.gov: NCT07244835) が承認され、進行中である。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究で用いた耐性細胞株が臨床検体由来ではなくラボで誘導されたモデルであるため、実際の患者における複雑な多クローン性耐性メカニズムを完全に反映していない可能性が挙げられる。また、HuRはがん細胞だけでなく正常組織のストレス応答にも関与しているため、全身投与時における長期的な安全性や骨髄抑制などの潜在的な毒性プロファイルについては、今後の臨床試験において慎重かつ詳細に評価していく必要がある。

方法

化合物スクリーニングとHTRFアッセイ: 10,000化合物以上のCRBNベース分子接着剤ライブラリーを設計・合成した。CRBNに対する結合親和性は、pomalidomide-redの置換を測定するHTRF (homogeneous time-resolved fluorescence) アッセイを用いて評価した。陽性対照として既存のCRBNモジュレーターを用い、陰性対照としてCRBN結合能を消失させたN-methylated pomalidomide (Poma-CH3) を使用した。

細胞培養とゲノム編集: 大腸がん細胞株 (Colo205, Colo201, HT29, WiDr, MDST8, DLD1, HCT116) およびHEK293T細胞は、10% FBSを含む適切な培地を用いて 37 ℃、5% CO2 条件下で培養した。CRISPR-Cas9システムを用いて、HURノックアウト細胞株および分解抵抗性変異であるHUR(G58A)ノックイン細胞株を樹立した。シングルガイドRNA (sgRNA) の導入にはレンチウイルスベクターを使用した。

クライオ電子顕微鏡 (cryo-EM) 構造解析: DDB1–CRBN–TBD複合体タンパク質、およびHuR (RRM1-RRM2ドメイン) タンパク質を大腸菌および昆虫細胞発現システムを用いて精製した。DDB1–CRBN、dHuR-2、およびHuRを混合して三元複合体を調製し、グリッド上に急速凍結した。データ収集はTitan Krios電子顕微鏡を用いて行い、RelionおよびcryoSPARCソフトウェアを用いて単粒子解析を実施し、3.3 Å 分解能で三元複合体の立体構造を決定した (PDB ID: 9W2F, EMDB: EMD-65569)。

動物実験 (in vivo 薬効評価): 5-6週齢のBALB/cヌードマウス、またはhumanized Crbn-KIマウスを使用し、Colo205細胞を皮下移植して異種移植片 (CDX) モデルを構築した。腫瘍体積が約150-200 mm^3 に達した後、dHuR-2 (6.25, 12.5, 25 mg/kg, b.i.d., p.o.) または溶媒を28日間連続投与した。腫瘍体積および体重を週2回測定した。統計解析には、Prismソフトウェアを用いた2群間比較のt検定 (Student’s t-test) を適用した。