- 著者: Cristina Simó, Alexander C. Vanover, Ricardo D’Oliveira Albanus, Sandeep Surendra Panikar, Shayla Shmuel, Alex Benton, Jader Giraldo-Guzman, José M. Luna, Yifei Xu, Na-Keysha Berry, Nai Keltee, Jingxia Liu, Farrokh Dehdashti, Patrícia M. R. Pereira
- Corresponding author: Patrícia M. R. Pereira (Washington University School of Medicine)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 42457957
背景
抗体薬物複合体 (ADC) は、細胞毒性薬剤を選択的に腫瘍細胞へ届けることでがん治療を大きく前進させた。しかし、従来の ADC の治療効果は、細胞表面における単一の標的抗原の高いかつ均一な発現量および効率的な細胞内取り込みに強く依存している (Fu et al. 2022)。腫瘍内の不均一性 (heterogeneity)、代償的なシグナル伝達、あるいは抗原の消失などは、ADC に対する耐性獲得の主要な要因となっており、多くの患者が従来の ADC 治療の適応外となるか、あるいは治療抵抗性を示すという課題がある (Mosele et al. 2023)。
特に、HER2 (human epidermal growth factor receptor 2) を標的とした ADC である trastuzumab deruxtecan (T-DXd) は、HER2 低発現 (HER2-low) や超低発現 (HER2-ultralow) の乳がんにおいても一定の臨床的利益を示しているが、依然として HER2 高発現腫瘍の方が高い奏効率を示す (Bardia et al. 2024)。また、EGFR (epidermal growth factor receptor) の発現上昇が HER2 標的治療への耐性メカニズムとなることが報告されており (Cheng et al. 2014)、EGFR が HER2 とヘテロ二量体を形成することで、HER2 単独のホモ二量体形成が阻害され、ADC の細胞内取り込み効率が低下することが知られている (Gupta et al. 2024)。
このような背景から、単一抗原への依存を脱却し、不均一な抗原発現を持つ腫瘍への送達効率を向上させる戦略が求められていた。バイオ直交クリック化学 (bioorthogonal click chemistry) を用いたプリターゲティング法は、生体内で迅速かつ選択的な結合を可能にする手法として期待されており、小分子薬剤の送達などに応用されてきた (Zeglis and Lewis 2022)。しかし、抗体と ADC という二つの大きなタンパク質複合体を生体内で効率的に結合させ、かつ機能的な ADC 構造を再構築して治療効果を得る手法は未確立であり、その最適化プロセスに大きな gap が残されていた。特に、抗体の再設計を最小限に抑えつつ、複数の受容体生物学を巧みに利用して ADC の集積と取り込みを増強させるモジュール的なプラットフォームは不足していた。
目的
本研究の目的は、バイオ直交クリック反応を利用して、生体内で抗体と ADC を結合させ、腫瘍の不均一性や薬剤耐性を克服するためのモジュール式プラットフォーム「antibody-ADC click」を開発することである。具体的には、TCO (trans-cyclooctene) 修飾抗体とテトラジン (tetrazine) 修飾 ADC を逐次投与することで、生体内で機能的な抗体-ADC 複合体を形成させ、HER2 低発現や HER2 陰性、あるいは T-DXd 耐性を持つ腫瘍モデルにおいて、ADC の腫瘍集積、細胞内取り込み、および抗腫瘍効果を向上させられるかを検証することを目的とした。これにより、単一の抗原発現量に依存せず、共発現する別の抗原を足場として利用することで、治療抵抗性腫瘍への薬剤送達を最適化する手法を確立することを目指した。
結果
バイオ直交クリックによる抗体複合体の形成検証: TCO 修飾抗体とテトラジン修飾抗体を等モル比で混合し、37°C で 90 分間反応させたところ、SDS-PAGE において分子量の増大した高分子量種の形成が確認された (Fig. 1b)。この反応はマウス血清中においても同様に観察され、生体生理学的条件下での反応性が検証された (Fig. 1c)。また、クライオ電子顕微鏡 (cryo-TEM) による観察では、クリック反応後に抗体クラスターが形成されることが確認された (Fig. 1d)。in vivo においては、panitumumab-TCO または pertuzumab-TCO を trastuzumab-tetrazine より 24 時間前に投与したところ、血中における抗体レベルが徐々に低下し、これは抗体複合体の形成とそれに伴う組織分布・クリアランスパターンの変化と一致していた (Extended Data Fig. 1a)。
抗原不均一性下での細胞内取り込み増強: HER2 および EGFR の発現レベルが異なる細胞株を用いて internalization 試験を行った。HER2+ / EGFR-low の NCIN87 細胞において、panitumumab-TCO と trastuzumab-tetrazine のクリック群は、非クリック群と比較して 3 時間後の蛍光強度が有意に高く (p=0.01032, n=5 coverslips)、取り込みが増強されていた (Fig. 1f, g)。さらに、HER2- / EGFR-high の MIAPaCa-2 (myriapode pancreatic cancer cell line) 細胞においても、同様に有意な取り込み増強が認められた (p=0.00216, n=5 coverslips; Fig. 2c)。pH 感受性色素 pHrodo を用いたライブセルイメージングでは、panitumumab-trastuzumab click により、NCIN87 (p=0.0193)、MIAPaCa-2 および MDA-MB-231 (p<1x10^-6) の各細胞において、リソソームへの trafficking が有意に促進されることが示された (Fig. 2e)。
HER2 超低発現腫瘍における集積能の向上: HER2+ / EGFR-low の NCIN87 腫瘍と HER2-ultralow / EGFR-high の A431 腫瘍を同一マウスの左右に移植したバイラテラルモデルを用いて、[64Cu]Cu-NOTA (copper-NOTA) 修飾 trastuzumab-tetrazine の分布を PET-CT で評価した。trastuzumab 単独投与では A431 腫瘍への集積は低かった (3.75 ± 0.64 %ID g^-1) のに対し、panitumumab-TCO とのクリック条件下では 11.90 ± 0.82 %ID g^-1 まで増加し、約 3.2-fold の集積向上を認めた (Fig. 3d)。対照的に、NCIN87 腫瘍への集積は単独投与 (28.90 ± 3.84 %ID g^-1) とクリック群 (31.63 ± 3.29 %ID g^-1) で同等であった。この結果は、クリック法により非標的抗原 (EGFR) を介して ADC を HER2 超低発現腫瘍へリターゲティングできることを示している。
T-DXd 耐性および HER2 陰性腫瘍への治療効果: HER2+ / EGFR-low の NCIN87 腫瘍モデルにおいて、panitumumab-TCO と T-DXd-tetrazine のクリック群は、非クリック群と比較して 20 日後の腫瘍重量が 3.7-fold 低く、高い抗腫瘍効果を示した (Supplementary Fig. 13)。また、バイラテラルモデル (A431 および NCIN87) では、T-DXd click 群において A431 腫瘍 (p=0.0138) および NCIN87 腫瘍 (p=0.00976) の両方で腫瘍増殖が抑制され、特に NCIN87 腫瘍では 100% のマウスで完全奏効 (complete remission) が得られた (Fig. 3e, f)。さらに、HER2 陰性/EGFR 高発現の膵癌 MIAPaCa-2 モデルおよび HER2 低発現の混合乳がんモデルにおいて、T-DXd click は単独療法や非クリック併用療法に対し、有意な腫瘍縮小と生存期間の延長をもたらした (p=3.15x10^-13, p=2.28x10^-8; Fig. 4e, f)。
T-DXd 抵抗性腫瘍における治療再開: T-DXd 単独投与後に耐性を獲得した NCIN87 腫瘍 (non-responders) では、EGFR タンパク質レベルが奏効群に比べ 2.1-fold 上昇していた (Extended Data Fig. 4b)。これらの耐性マウスに panitumumab-TCO と T-DXd-tetrazine のクリック療法を切り替えて投与したところ、9 例中 5 例 (n=9 mice) で腫瘍増殖の抑制が認められた (Extended Data Fig. 4b)。また、trastuzumab 耐性 BT474 腫瘍モデルにおいても、T-DXd 非奏効例 6 例中 5 例 (n=6 mice) で pertuzumab-TCO と T-DXd-tetrazine による腫瘍抑制が確認された (Extended Data Fig. 4d)。
部位特異的修飾による薬物動態の最適化: ランダム修飾ではなく、Fc 領域の糖鎖部位にアジド基を導入して TCO またはテトラジンを結合させる部位特異的修飾 (ss-TCO/ss-tetrazine) を導入した。この手法では TCO-PEG4-NHS-ester (TCO-polyethylene glycol 4-N-hydroxysuccinimide ester) 等のランダム修飾剤ではなく、酵素的導入を用いた。これにより、1 抗体あたり 2-4 個のクリック部位という均一な修飾を実現した (Fig. 5a)。バイラテラルモデルを用いた PET-CT 解析の結果、部位特異的クリック群では、ランダム修飾クリック群と比較して肝臓への集積が 2-fold 有意に減少していた (p=0.0064, n=4 mice; Fig. 5d)。また、MIAPaCa-2 膵癌モデルにおける 120 時間後の PET-CT 定量では、クリック群の腫瘍集積 (24.93 ± 2.75 max %ID ml^-1) は、コントロール IgG クリック群 (18.46 ± 2.72 max %ID ml^-1, p=0.00116) や pre-click 群 (12.67 ± 1.72 max %ID ml^-1, p=1.51x10^-4) よりも有意に高かった (Fig. 5f, g)。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の ADC 治療や抗体併用療法は、単一または複数の抗原への依存度が高く、腫瘍内の抗原発現が不均一な場合に送達効率が著しく低下するという課題があった。本研究の手法は、あらかじめ抗体と ADC を結合させて投与する従来の bispecific ADC や併用療法とは異なり、生体内で動的に結合を形成させる点において対照的である。これにより、標的抗原の量に関わらず、共発現している別の抗原 (例:EGFR) を「足場」として利用して ADC を腫瘍内に引き込み、その後に本来の標的 (例:HER2) への結合と取り込みを促進させることが可能となった。
新規性: 本研究で初めて、バイオ直交クリック化学を用いて、FDA 承認済みの抗体と ADC を生体内で機能的に結合させ、HER2 超低発現や T-DXd 耐性腫瘍における治療効果を劇的に向上させるモジュール式プラットフォームを新規に構築した。特に、抗体の骨格を大幅に再設計することなく、既存の薬剤を TCO やテトラジンで修飾するだけで、in vivo でマルチスペシフィックな機能を持たせられる点に高い新規性がある。
臨床応用: 本知見は、HER2 低発現乳がんや膵がんなど、従来の ADC では十分な効果が得られなかった患者群への臨床応用に直結する。臨床的意義として、患者個々の腫瘍における抗原発現プロファイル (HER2 低発現だが EGFR 高発現など) に基づき、最適な「クリック・ペア」を選択して投与する個別化医療の実現が期待される。また、部位特異的修飾により肝集積を抑制できたことは、ADC の最大の懸念であるオフターゲット毒性を軽減し、治療窓を広げる上で極めて重要である。
残された課題: 今後の検討課題として、クリック反応に使用するリンカーやスペーサーの最適化によるさらなる薬物動態の改善が残されている。Limitation として、マウスモデルを用いたが、ヒトにおけるクリック反応の効率や免疫原性の評価、および DXd などのペイロードに起因する間質性肺疾患などの毒性リスクについて、ヒト化モデルや臨床試験での詳細な検証が必要である。また、生体内での結合効率が腫瘍微小環境の浸透性に影響される可能性があり、より小型の抗体断片やエンジニアリングされたスキャフォールドの導入による検討が今後の方向性となる。
方法
本研究では、FDA 承認済みの抗体 (panitumumab, pertuzumab, trastuzumab) および ADC (T-DXd, T-DM1) を基盤とした。
抗体修飾: ランダム修飾では、TCO-PEG4-NHS-ester または tetrazine-PEG5-NHS-ester (tetrazine-polyethylene glycol 5-N-hydroxysuccinimide ester) を用い、pH 8.8-9 の PBS 中で 37°C、1 時間反応させた。部位特異的修飾 (ss-TCO/ss-tetrazine) では、まず -ガラクトシダーゼを用いて Fc 領域の糖鎖にアジド基を導入し、その後 DBCO-PEG12-TCO または DBCO-methyl-tetrazine を用いたクリック反応により修飾を行った。
細胞および動物モデル: NCIN87, A431, BT474, CT26, MDA-MB-231, MIAPaCa-2 などのヒトがん細胞株を使用し、nu/nu マウスまたは BALB/c マウスに皮下移植して xenograft モデルを構築した。T-DXd 耐性モデルでは、T-DXd 単独投与後に腫瘍増殖が認められた個体を non-responders として抽出した。
イメージングおよび分布解析: 抗体を 89Zr または 64Cu で放射標識し、Mediso nanoScan PET-CT スキャナーを用いて集積を定量化した。組織分布はガンマカウンタを用いて %ID g^-1 として算出した。
統計解析: 腫瘍増殖曲線の解析には、AR(1) 相関構造を持つ線形混合モデル (linear mixed-effects model) を用い、治療群、時間、およびその交互作用を評価した。群間比較には Dunnett’s correction を伴う emmeans パッケージを用いた。生存解析には Kaplan-Meier 法および log-rank 検定を用い、Bonferroni 補正を適用した。