• 著者: Heng Zhang, Zhengli Wang, Huong T. T. Nguyen, Abigail J. Watson, Qifang Lao, An Li, Jieqing Zhu
  • Corresponding author: Jieqing Zhu (Thrombosis and Hemostasis Program, Versiti Blood Research Institute, Milwaukee, USA)
  • 雑誌: PNAS
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-12-07
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 38060559

背景

SARS-CoV-2の主要な細胞侵入受容体はACE2であるが、そのスパイクタンパク質 (Sタンパク質) のRGD (Arg-Gly-Asp) 配列がインテグリンと結合し、感染および炎症に関与するとの仮説が提唱されてきた (Sigrist et al. 2020)。α5β1インテグリンはフィブロネクチンのRGD配列を認識する典型的なインテグリンであり、内皮細胞や上皮細胞に広く発現している。COVID-19重症患者では、サイトカインストームと多臓器障害が特徴的であるが (Ragab et al. 2020)、SARS-CoV-2 Sタンパク質がどのように炎症シグナルを活性化するかの分子機構は未解明な点が多かった。特に、インテグリンがSARS-CoV-2の細胞侵入に直接寄与するのか、あるいは細胞融合や炎症反応といった他の病態生理学的プロセスに関与するのかについては、研究グループ間で矛盾する報告があり、controversialな状況であった (Liu et al. 2022; Huang et al. 2023)。

既存のRGDミメティック阻害剤 (ATN-161やMK-0429) がα5β1-Sタンパク質結合を標的とした治療戦略として有効かどうかは、治療的に重要な問いであったが、その効果については一貫した見解が得られていなかった (Beddingfield et al. 2021)。また、シンシチウム (多核巨細胞) 形成はCOVID-19の肺病理像の特徴であり (Buchrieser et al. 2021)、Sタンパク質介在性細胞融合メカニズムの解明が求められていた。これらの背景から、SARS-CoV-2の複雑な病態形成におけるα5β1インテグリンの具体的な役割、特にその結合様式 (RGD依存的か否か)、関与するSタンパク質サブユニット、および下流のシグナル伝達経路については、依然として知識のギャップが残されており、詳細な分子機構の解明が不足していた。本研究では、この知識のギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究は、α5β1インテグリンがSARS-CoV-2 Sタンパク質を介した (1) 細胞侵入、(2) 細胞間融合 (シンシチウム形成)、(3) NF-κB活性化・炎症性サイトカイン産生・インフラマソーム活性化に寄与するかを検証することを目的とした。さらに、その分子機構がRGD依存的か否か、Sタンパク質のS1またはS2サブユニットのどちらが関与するか、α5β1のどの構造状態・オリゴマー形態が機能するかを解明することを目指した。これらの知見を通じて、COVID-19の病態形成におけるα5β1の役割を明確にし、新たな治療標的の可能性を探索することを目的とした。特に、α5β1の細胞質尾部 (CT) との相互作用タンパク質であるホスホジエステラーゼ4D (PDE4D) を介したcAMP経路の関与を検証し、炎症シグナル伝達における役割を明らかにすることも重要な目的とした。

結果

α5β1は細胞侵入には不要だが細胞融合に必須: α5 KO細胞 (n=4 replicates) において、SARS-CoV-2 S偽ウイルス (lentiviral pseudovirus) およびrVSV-S (組換え水疱性口内炎ウイルス) による感染 (細胞侵入) 効率はいずれも野生型と有意差がなかった (p>0.05)。α5 KOの感染効率は野生型と比較して95%以上を維持しており、α5β1の非存在はACE2-TMPRSS2依存的な細胞侵入ステップに影響しないことが明確に示された (Figure 1B, 1H)。一方、rVSV-S誘発性細胞間融合 (スプリットGFPアッセイによる定量) はα5 KOにより有意に抑制された (p<0.01)。融合効率は野生型比で約50%以上の抑制を示し、α5β1が侵入受容体としてではなく、Sタンパク質介在性細胞融合の選択的メディエーターとして機能することを示す初の直接的証拠となった (Figure 1G, 1H)。この知見は、α5β1を標的とした治療開発において、ウイルス侵入ではなく細胞融合・炎症を主要標的として設定すべきであることを示唆する。また、α5β1の細胞質尾部 (CT) の切断変異体 (α5-CTtr/β1) は細胞融合促進効果を示さず、α5 CTの関与が示唆された (Figure 2E)。

S2サブユニットとα5β1ホモオリゴマーのRGD非依存的結合: 全長SARS2-SはELISAで濃度依存的にα5β1と結合し、2 μg/mLおよび15 μg/mLのいずれの濃度でも明確な結合シグナルを示した (Figure 3D)。これに対し、RBD (S1由来のACE2結合ドメイン) は2 μg/mLおよび15 μg/mLいずれの濃度でも結合を示さなかった (Figure 3D)。S2-FcはGFP-Trapプルダウンでα5β1と共沈降したが、S1-Fcは共沈降しなかった (Figure 3J)。Sタンパク質のRGDモチーフをRGA変異体に置換してもα5β1との結合は保持され、古典的RGD認識機構の関与を否定した (Figure 3H)。ATN-161 (α5β1-RGD結合阻害剤) およびMK-0429 (RGDミメティック) は、10 μMおよび100 μMを含む複数の濃度で試験しても、Sタンパク質誘発性細胞融合にも細胞侵入にも有意な効果を示さなかった (Figure 2F)。BN-PAGEおよびSECによる解析では、α5β1ホモオリゴマーの高分子量分画 (>250 kDa) のみがSARS2-SとのELISA結合を示し、低分子量分画 (単量体・二量体相当、<150 kDa) は結合を示さなかった (Figure 4E)。この結果はα5β1の特定のオリゴマー状態がSタンパク質認識において機能的に必須であることを示し、インテグリンの動的な会合・解離がCOVID-19病態の調節点となり得ることを示唆する。FKBP12タグを用いた実験では、B/Bホモダイマー化剤によるα5β1のホモダイマー化がSARS2-Sとの結合および細胞融合を顕著に増強した (Figure 4H, 4J)。この増強効果は、B/B非存在下と比較して細胞融合が約2.5倍に増加した (p<0.05)。

α5β1依存的NF-κBシグナルとIL-6産生: HUVEC細胞 (n=4 replicates) において、SARS2-S処置 (2 μg/mL、4時間) はIκBα分解およびp65核移行を誘導してNF-κBを有意に活性化した (p<0.01)。α5 KOによりNF-κB活性化は野生型比で50%以上抑制された (Figure 5B, 5C)。IL-6分泌 (ELISA定量) もSARS2-S処置で有意に増加したが (p<0.01)、α5 KO細胞では有意に低下した (p<0.01) (Figure 5D, 5E)。オリジナルSARS-CoV-1のSタンパク質 (SARS-S) ではNF-κBもIL-6も誘導されず、これらの炎症活性化がSARS-CoV-2 Sタンパク質に固有であることが確認された。さらにHULEC-5a (ヒト肺微小血管内皮細胞) (n=3 replicates) での再現実験でも、SARS2-Sによるα5β1依存的NF-κB活性化とIL-6産生が確認され、肺内皮におけるin vivo関連性が支持された (Figure 6A, 6B, 6E)。IL-1β産生においても同様のα5β1依存性が示され、複数の炎症性サイトカイン産生の上流制御点としてα5β1が機能することが示された (Figure 6E)。

GSDMD切断とインフラマソーム活性化: SARS2-S処置したHUVEC細胞において、GSDMD (Gasdermin D) の切断断片 (p30) がウェスタンブロットで検出され、NLRP3インフラマソーム活性化が示された (Figure 5H, 5I)。α5 KOによりGSDMD p30切断は有意に抑制された (p<0.05) (Figure 5J)。SARS-S処置ではp30断片を認めず、インフラマソーム活性化もSARS-CoV-2 Sタンパク質特異的であることが確認された。HULEC-5aでも同様の結果が再現された (Figure 6C, 6D)。α5β1-NF-κBシグナルがGSDMDを介したパイロプトーシスカスケードを駆動するという結果は、COVID-19重症例で観察される多臓器炎症とサイトカインストームの分子基盤を部分的に説明する。GSDMD p30は細胞膜に孔を形成してIL-1βを放出し、炎症の波及増幅に寄与することから、α5β1はサイトカイン産生とパイロプトーシスをともに制御するハブ分子として位置付けられる。

PDE4D-cAMP経路による炎症シグナル抑制: PDE4阻害剤ロリプラムはSARS2-S誘発IL-6産生を1 μM・10 μMの用量依存的に有意抑制した (p<0.01) (Figure 5F)。D-cAMP (膜透過型cAMP) 直接添加はIL-6産生 (p<0.01) およびGSDMD切断 (p<0.05) をともに抑制した (Figure 5G, 6E)。この結果は、α5β1がPDE4D (cAMP分解酵素) と物理的に会合してcAMPレベルを低下させ、その結果NF-κB活性化とインフラマソーム活性化が促進されるという新規のα5β1-PDE4D-cAMP負制御軸を提示する。cAMPはNF-κBを転写レベルで抑制する既知の経路 (PKA-IκBα経路) を介するとされ、α5β1による局所cAMP枯渇がこの抑制経路を解除してサイトカインストームを増幅すると考えられる。既承認PDE4阻害薬 (ロフルミラスト等) のCOVID-19重症化予防・治療への転用が合理的な治療仮説として浮上する。

考察/結論

本研究は、α5β1インテグリンがSARS-CoV-2 Sタンパク質のS2サブユニットとRGD非依存的・高分子量オリゴマー形態依存的に結合し、細胞融合、NF-κB活性化、IL-6/IL-1β産生、GSDMD切断というCOVID-19病態の中核をなす炎症カスケードを駆動することを初めて証明した研究である。

新規性: 概念的に最も重要な知見は「侵入と融合の機能的解離」である。α5β1はACE2依存的なウイルス侵入には不要であるが、Sタンパク質介在性細胞間融合 (シンシチウム形成) には必須である。この機能的特異性は、α5β1がウイルス生活環の侵入フェーズを標的とした既存のACE2-TMPRSS2経路とは独立した並行経路を構成し、特に多核巨細胞形成という肺病理の特徴に選択的に寄与することを意味する。また、α5β1がPDE4D (cAMP分解酵素) と物理的に会合してcAMPレベルを低下させ、その結果NF-κB活性化とインフラマソーム活性化が促進されるという新規のα5β1-PDE4D-cAMP負制御軸の発見は、これまで報告されていない重要なシグナルカスケードである。

先行研究との違い: 既存のRGD競合阻害剤 (ATN-161やMK-0429) が本経路に無効であったことは、SARS-CoV-2 Sタンパク質とα5β1インテグリンの相互作用が、これまで考えられていたRGD依存的な結合メカニズムとは異なり、S2サブユニットを介した非古典的なRGD非依存的結合であることを明確に示した。これは、インテグリンとSタンパク質の結合に関する先行研究で報告された矛盾する結果に一貫した説明を与えるものであり、インテグリン生物学における新たな知見である。

臨床応用: α5β1-PDE4D-cAMP軸という新規シグナルカスケードの発見は、COVID-19治療の薬剤再利用に直接的な機会を提供する。ロフルミラスト (既承認PDE4阻害薬、COPD治療薬) などはcAMPを上昇させてNF-κBとインフラマソームを同時抑制できるため、重症COVID-19患者へのアドオン治療として臨床試験設計が可能である。本研究はインテグリンα5β1を標的とした治療戦略が、ウイルス侵入ではなく細胞融合と炎症反応の抑制に焦点を当てるべきであることを示唆し、臨床的意義は大きい。

残された課題: 本研究はin vitroでの結果であり、動物モデルやヒト臨床との相関確認が今後の課題である。特に、in vivoでのα5β1ホモオリゴマー形成の動態とSタンパク質との結合の関連性、およびPDE4D-cAMP経路のCOVID-19病態における具体的な寄与を詳細に検討する必要がある。また、Sタンパク質とα5β1の相互作用が、従来のインテグリン活性化モデル (大規模な構造変化を伴う) に従うのか、あるいは非古典的なメカニズムであるのかも、今後の構造研究で解明すべき残された課題である。

方法

HEK293T、HEK293T-ACE2、Vero E6、HUVEC (ヒト臍帯静脈内皮細胞)、HULEC-5a (ヒト肺微小血管内皮細胞) を主要な実験系として使用した。CRISPR/Cas9によるα5サブユニットノックアウト (KO) 細胞を作製し、野生型との比較を行った。細胞侵入評価にはSARS-CoV-2 S偽ウイルス (lentiviral pseudovirus) およびrVSV-S (GFP搭載組換えVSV、Sタンパク質を外被タンパク質として使用) を用いた。感染効率はルシフェラーゼ活性またはEGFP発現で測定した。細胞間融合はスプリットGFPアッセイ (GFP11-HEK293TとGFP1-10-HEK293Tの共培養) で定量した。α5β1-Sタンパク質の直接結合はELISAおよびGFP-Trap (プルダウン) で解析した。S1-Fc、S2-Fc、全長SARS2-S、RBD組換えタンパク質を2 μg/mLおよび15 μg/mLの濃度で使用した。α5β1ホモオリゴマー解析にはBlue native-PAGE (BN-PAGE) およびサイズ排除クロマトグラフィー (SEC) を用い、各分画のSARS2-S結合能をELISAで評価した。

NF-κBシグナル活性化はIκBα分解およびp65核移行をウェスタンブロットにより評価した。IL-6およびIL-1β産生はELISA、GSDMD (Gasdermin D) 切断 (p30断片) はウェスタンブロットで定量した。PDE4阻害剤ロリプラム (10 μM) およびD-cAMP (膜透過型cAMP) での薬理学的介入実験を行い、炎症反応への影響を評価した。統計解析はGraphPad Prismソフトウェアを用いて、Student t検定またはone-way ANOVA (Tukeyの多重比較検定) を用いて行われた。全ての実験は少なくとも3回独立して繰り返され、データは平均 ± 標準偏差 (SD) で示された。HUVEC細胞およびHULEC-5a細胞は、ヒト由来の細胞株であり、それぞれ臍帯静脈内皮細胞および肺微小血管内皮細胞として、生体内の炎症反応を評価するための適切なモデルとして利用された。