- 著者: Zexiong Lin, Yuan Li, Yu Zhao, Dongteng Liu, Shuzi Deng, Jingkai Gu, Yanyan Li, Xudong Zhao, Peishan Wu, Yuan Xiao, Jiaping Su, Yiting Sun, Yihui Zhang, Yin Lau Lee, Yorino Sato, Haitao Zeng, Haonan Lu, Juanhui Zhang, Jennifer K.Y. Ko, Jing Zhao, Kazuhiro Kawamura, Ernest H.Y. Ng, Shanfang Jiang, Yu Li, Xi Xia, Karen K.L. Chan, William S.B. Yeung, Tianren R. Wang, Kui Liu
- Corresponding author: Tianren R. Wang (The University of Hong Kong-Shenzhen Hospital); Kui Liu (The University of Hong Kong)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-02-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 41643022
背景
早発卵巣不全 (POI) は、40歳未満の女性の約1〜3%に発症する疾患であり、月経不順・無月経、性ステロイド欠乏、卵胞刺激ホルモン (FSH) の上昇、そして不妊症を特徴とする (Chon et al. 2021)。POI患者では、卵巣内の洞状卵胞 (antral follicle) が超音波で検出できないほど少なく、残存するわずかな始原卵胞も外因性ゴナドトロピン刺激に反応しないため、体外受精 (IVF) も通常は無効であり、効果的な経口治療薬はこれまで存在しなかった (Webber et al. 2016)。しかし、これらの小さな卵巣卵胞は、POI患者の妊孕性回復にとって最も有望な資源である。
著者らの先行研究により、顆粒膜細胞のmTORC1シグナリングがKit ligand (Kitl) 産生を増加させ、卵母細胞のPI3KシグナリングとKitレセプターを介して始原卵胞の活性化を制御するメカニズムが解明されていた (Zhang et al. 2014; Zhang and Liu 2015)。この知見に基づき、培養した卵巣皮質組織中の小さな卵胞を活性化し、患者に自家移植するin vitro activation (IVA) 技術が開発され、妊娠および生児出産が報告されている (Kawamura et al. 2013; Suzuki et al. 2015)。しかし、POI患者において小さな卵巣卵胞の成長を効果的に促進し、妊孕性を回復させる臨床承認済みの経口薬は依然として不足している。
卵巣線維化 (stromal fibrosis) はPOIの病理的特徴として知られており (Zhang et al. 2019)、加齢に伴う卵巣機能低下においても線維化の進行が報告されている (Amargant et al. 2020)。線維化した卵巣間質が卵胞発育を物理的・分子的に抑制している可能性が示唆されているが、これを直接標的とする治療戦略は未開拓であった。既存のFDA承認薬ライブラリーを活用したドラッグリパーパシングは、確立された安全性プロファイルを持つ薬剤を新たな適応症に転用することで、臨床応用を加速させる有望な戦略である (Saranraj and Kiran 2025)。POI関連不妊症に対する有効な経口治療薬の必要性が高く、このギャップを埋めるための新たなアプローチが求められている。特に、卵胞自体ではなく卵巣間質を標的とする治療戦略については、その有効性が未解明であり、大きな知識ギャップが残されている。
目的
本研究の目的は、FDA承認薬ライブラリーの系統的スクリーニングを通じて、POI関連不妊症に有効な経口薬候補を同定し、その作用メカニズムを分子レベルおよび細胞レベルで解明することである。さらに、同定された薬剤の臨床的有効性と安全性をPOI患者を対象とした探索的臨床試験で検証し、卵巣線維化を標的とする新たな治療戦略の可能性を評価することを目指す。具体的には、フィネレノンが卵巣線維化を軽減し、卵胞発育を促進するメカニズムを、単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) やプロテオミクス解析を用いて詳細に分析する。最終的には、このアプローチがPOI患者の妊孕性回復に繋がるか否かを検証する。
結果
スクリーニングによるフィネレノンの同定と卵胞活性化促進効果: FDA承認薬1297化合物のスクリーニングにより、Kitl mRNA発現を1.2倍以上上昇させる10種の候補薬が同定された (Fig. 1A)。その中で、フィネレノンは経口投与可能、良好な安全性プロファイル、明確な薬理学的標的を持つことから優先的に選択された (Fig. 1B)。濃度反応試験では、500 nM以上の濃度でKitl誘導効果が確認され、20 μMまで効果が持続した。PD8マウス卵巣の4日間培養において、フィネレノン (500 nM) は一次卵胞数 (p=2×10⁻⁵) および二次卵胞数 (p=0.00036) を有意に増加させた (Fig. 1, C-E)。さらに、フィネレノン処理したPD8マウス卵巣を腎被膜下に移植したところ、21日後には洞状卵胞数が著明に増加した (p<0.01) (Fig. 1, F-J)。これは、フィネレノンが卵胞活性化を促進し、その後の発育能力を維持することを示唆する。
加齢マウスにおける卵胞発育促進と妊孕性改善: 10〜12ヶ月齢のC57BL/6Jマウスにフィネレノンを3週間経口投与 (26 mg/kg、週2回) した結果、卵巣重量が有意に増加し (p=0.0025)、二次卵胞数 (p=0.021) および黄体数 (p=0.0066) も有意に増加した (Fig. 2, B-E)。6ヶ月齢のC57BL/6Jマウスを対象とした18週間の長期生殖能評価では、フィネレノン投与群の累積産仔数が有意に多かった (p=0.037) (Fig. 2, F-G)。卵母細胞の品質 (GVBD率、PBE率、異数性頻度)、IVF受精率、2細胞期胚率、胚盤胞率、妊娠、出産、仔の体重、行動 (Morris水迷路、Y迷路) に有害な影響は認められなかった。また、卵巣内への単回局所注射でも卵胞発育促進効果が確認され (Fig. S3, B-D)、全身作用とは独立した卵巣への直接作用が示された。これらの実験にはn=19 miceが使用された。
scRNA-seqとプロテオミクスによるメカニズム解明: 10ヶ月齢C57BL/6Jマウス卵巣のscRNA-seq解析により、15種類の細胞集団が同定された (Fig. 3B)。加齢卵巣では、線維芽細胞マーカー (Dcn, Mgp, Col1a1) 陽性の間質細胞が全卵巣細胞の約37%を占めた。Cell-cell communication解析では、卵巣間質細胞が最も強い発信源であり、その主要な標的が顆粒膜細胞であることが示された (Fig. 3C)。フィネレノン処理後、間質細胞から顆粒膜細胞へのコミュニケーションが最も大きく変化し、その相互作用強度の合計変化は5.45×10⁻³であった (Fig. 3D)。この変化の大部分は、コラーゲン介在シグナリングの24.5%の低下 (8.04×10⁻³から6.07×10⁻³へ) によるものであった (Fig. 3E)。scRNA-seqデータは、フィネレノン処理後に全細胞でCol1a1 mRNA発現が有意に低下し (fold change=0.733, p=1.21×10⁻¹²)、特に間質細胞において有意なCol1a1抑制が認められた (fold change=0.751, p=7.64×10⁻¹⁰) (Fig. 3F)。LC-MS/MSプロテオミクス解析では、検出された18種のコラーゲンのうち15種 (83.3%) でタンパク質レベルの低下が確認され、線維性コラーゲン (COL1A1, COL3A1, COL5A1, COL5A2) および基底膜コラーゲン (COL4A1など) の両方が減少した (Fig. S7C)。これらの結果は、フィネレノンが卵巣間質の線維化を抑制し、コラーゲン介在シグナリングを介して顆粒膜細胞への抑制を解除することを示唆する。この解析にはn=13,948 cellsが用いられた。
MR依存的なCOL1A1抑制とCOL1A1の機能的役割検証: マウス卵巣線維芽細胞において、siRNAによるMR (Nr3c2) ノックダウンはCol1a1発現を有意に低下させ (p=2.16×10⁻⁶)、フィネレノンのCol1a1抑制能を減弱させた。これは、フィネレノンがMRを介してCol1a1を抑制することを示す (Fig. S8B)。また、アルドステロンによるCol1a1上昇もフィネレノンによって完全に逆転した (Fig. S8C)。LNP封入Col1a1-siRNA (150 nM) によるCol1a1ノックダウンは、PD8マウス卵巣の一次・二次卵胞数を有意に増加させ (p<0.01) (Fig. 4, D-G)、卵巣線維化と卵胞活性化の機能的因果関係を直接的に証明した。この実験にはn=3 ovariesが使用された。
複数のFDA承認抗線維化薬による同様の効果: Nintedanib (195 nM)、obeticholic acid (1 μM)、ruxolitinib (1 μM) の各処理は、培養マウス卵巣線維芽細胞においてCol1a1タンパク質レベルをそれぞれ37.6%、54.7%、45.7%低下させ (Fig. 6, A-B)、PD8マウス卵巣の一次・二次卵胞数を有意に増加させた (p<0.01) (Fig. 6, C-K)。Pacritinib (100 nM) およびfedratinib (300 nM) でも同様に線維化マーカーの抑制と卵胞活性化促進効果が確認された (Fig. S11)。これらの結果は、異なるメカニズムを持つ複数の抗線維化薬が卵胞活性化を促進することを示し、「線維化抑制」という共通の作用メカニズムの重要性を強調する。これらの実験にはn=3 replicatesが使用された。
探索的臨床試験 (14例のPOI患者): フィネレノン経口投与 (20 mg、週2回) を3〜7ヶ月間行った結果、14例全例 (100%) のPOI患者で卵胞発育の波が観察された (Fig. 5A)。合計72回の超音波モニタリングで80個の洞状卵胞様構造が確認され (平均5.71個/患者、1.11個/モニタリング回)、13例で軽度卵巣刺激を実施した。8例で前排卵サイズ (平均2.50個/患者) に達する卵胞が認められた。17回の採卵で12個の卵母細胞が取得され (採卵成功率70.59%)、うち9個がMII卵母細胞であった (成熟率75.00%) (Table 1)。5例の既婚女性のうち3例が分割胚を取得した。患者7/14例 (50.00%) がMII卵母細胞または胚を獲得した (interim success rate)。血清電解質およびeGFRに有意な変化は認められず、安全性も確認された。
考察/結論
本研究は、FDA承認薬ライブラリーのスクリーニングに基づき、フィネレノンがPOI関連不妊症の経口治療薬候補として同定されたことを報告する。フィネレノンは、卵巣間質の線維化を抑制し、コラーゲン介在シグナリングを低下させることで、顆粒膜細胞の卵胞発育抑制を解除し、始原卵胞の活性化を促進するという新規メカニズムを解明した。さらに、POI患者14例を対象とした探索的臨床試験では、全例で卵胞発育が認められ、成熟卵母細胞および胚の取得に成功した。
先行研究との違い: 従来のPOI治療研究は、卵胞自体を直接活性化する戦略 (例えば、mTORC1やPI3Kシグナリングを標的とするin vitro activation法) に焦点を当ててきた。これに対し、本研究は「卵胞ではなく卵巣間質を標的にする」という新しい治療パラダイムを提示した点で画期的である。線維化した卵巣間質が物理的・分子的に卵胞発育を抑制しているという視点から、間質の線維化除去が卵胞活性化の十分条件であることを証明した点で、これまでの研究とは対照的である。
新規性: 本研究で初めて、FDA承認薬であるフィネレノンが卵巣線維化を軽減し、卵胞発育を促進する効果を持つことを示した。特に、単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) とプロテオミクス解析により、フィネレノンが卵巣間質細胞のCol1a1発現を鉱質コルチコイド受容体 (MR) 依存的に抑制し、間質細胞から顆粒膜細胞へのコラーゲン介在シグナリングを低下させるという詳細なメカニズムを新規に解明した。また、フィネレノン以外の複数のFDA承認抗線維化薬でも同様の効果が確認されたことは、卵巣線維化がPOIにおける中心的な治療標的であることを強く示唆する。
臨床応用: フィネレノンは慢性腎臓病や2型糖尿病の治療薬として既にFDAに承認されており、その安全性データは豊富である。本研究では、慢性腎臓病治療で用いられる標準用量 (10〜20 mg/日) よりも大幅に少ない用量 (20 mg、週2回) でPOI患者に治療効果を示し、重篤な副作用を認めなかった。これは、フィネレノンのドラッグリパーパシングがPOI患者の妊孕性回復に迅速かつ安全な臨床応用をもたらす可能性を示唆する。また、MR拮抗薬以外の抗線維化薬でも同様の効果が得られたことは、POI治療における複数の治療選択肢を提供する点で臨床的意義が大きい。
残された課題: 本研究の探索的臨床試験は、単一施設での小規模なものであり、サンプルサイズが限られている。POI患者全例で卵胞発育が認められたものの、胚取得は14例中3例 (既婚患者5例中3例) にとどまり、妊娠・出産に関する長期データはまだ取得されていない。今後の検討課題として、より大規模な無作為化対照試験を実施し、フィネレノンの有効性、安全性、および妊娠・出産への影響を詳細に評価する必要がある。また、POI以外にも、加齢性卵巣機能低下 (Diminished Ovarian Reserve) など、卵巣線維化が関与する他の不妊症への応用可能性も今後の研究方向性である。
方法
薬剤スクリーニング: 生後10日 (PD10) マウス卵巣細胞の培養系に対し、FDA承認薬1297化合物を20 μMで投与し、Kitl mRNA発現の1.2倍以上の上昇を示す化合物を一次スクリーニングで選択した。3回独立実験での再現性確認 (p<0.05)、PD8マウス卵巣のin vitro培養モデルでの二次検証、腎被膜下移植による卵胞発育評価を経た多段階選択プロセスで候補薬を絞り込んだ。Kitl mRNA発現はRT-qPCRで定量した。
動物実験: 10〜12ヶ月齢のC57BL/6Jマウスへのフィネレノン経口投与 (26 mg/kg、週2回、3週間) による卵巣重量測定、卵胞形態計測、黄体数評価を実施した。6ヶ月齢C57BL/6Jマウスでの18週間生殖能評価 (累積産仔数) も行った。単回卵巣内注射モデルにより、フィネレノンの局所作用を確認した。卵母細胞の成熟 (GVBD率、PBE率)・IVF受精率・胚発生・新生仔の安全性 (体重、Morris水迷路、Y迷路) を評価した。卵胞数は、全連続切片または最大の縦断切片から定量した。
メカニズム解析: 10ヶ月齢C57BL/6Jマウスへの単回卵巣内注射後の卵巣を用いて、scRNA-seq (10× Genomics、13,948細胞、15細胞集団同定) とCellChatを用いたcell–cell communication解析を実施した。LC-MS/MSプロテオミクスにより9257タンパク質を定量し、差次的に発現するタンパク質を同定した。マウス卵巣線維芽細胞培養系でRT-qPCRおよびWestern blotによりCol1a1、Col3a1、Fn1、Acta2などの線維化マーカーの発現を評価した。MR (Nr3c2) siRNAノックダウン実験により、フィネレノンの作用がMR依存的であることを確認した。LNP封入Col1a1-siRNAによるCol1a1ノックダウン実験を行い、卵巣線維化と卵胞活性化の機能的因果関係を検証した。
追加抗線維化薬スクリーニング: nintedanib (195 nM)、obeticholic acid (1 μM)、ruxolitinib (1 μM)、pacritinib (100 nM)、fedratinib (300 nM) などのFDA承認抗線維化薬および非承認抗線維化化合物 (FXR agonist 3、bexotegrast、FT011) のPD8マウス卵巣培養系における卵胞活性化促進効果と線維化マーカー発現抑制効果を評価した。
探索的臨床試験: ESHRE/ASRM診断基準 (月経不順または無月経+基礎FSH>25 mIU/ml×2回以上) を満たすPOI患者14例を対象とした。フィネレノン経口投与 (20 mg、週2回、3〜7ヶ月) を実施し、経腟超音波による月次卵胞数モニタリング、AMH・FSH・血清電解質・eGFR測定を行った。卵胞発育確認後、フィネレノンを中止し、クロミフェン (100 mg×5日) で軽度卵巣刺激→rhCGトリガー→経腟採卵→IVF/ICSIまたは卵母細胞凍結保存を行った。統計解析にはt検定またはANOVAを用いた。