• 著者: Tadahito Yasuda, Mayu Koiwa, Atsuko Yonemura, Takahiko Akiyama, Hideo Baba, Takatsugu Ishimoto
  • Corresponding author: Takatsugu Ishimoto (Department of Gastroenterological Surgery / IRCMS, Kumamoto University, Japan)
  • 雑誌: STAR protocols
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-05-26
  • Article種別: Protocol
  • PMID: 34136831

背景

癌関連線維芽細胞 (CAF) は腫瘍微小環境 (TME) の主要構成成分であり、腫瘍の増殖、転移、薬剤耐性に重要な役割を担うことが知られている (Bu et al. 2019, Bu et al. 2020)。これらのCAFは、腫瘍細胞と相互作用し、腫瘍の悪性形質獲得に寄与する様々な因子を分泌することが報告されている。しかし、ヒト外科切除組織からCAFを高効率で初代単離するための標準プロトコルはこれまで未確立であった。従来の組織解離法では、手技のばらつきが大きく、再現性の高いCAFの安定供給が困難であったため、TMEにおけるCAFの役割を詳細に解明するための再現性の高い実験モデルの確立が課題として残されていた。特に、ヒト由来のCAFを安定的に供給し、その機能的役割を解析するための基盤が不足していた。

また、CAFはin vivoにおいて、IL-1α、IL-1β、TNFαなどの炎症性サイトカインに継続的に曝露され、「炎症誘発性老化 (senescence) 」状態にあることが示唆されている。このため、通常の培養線維芽細胞よりも、炎症誘発性老化CAFモデルがTMEをより忠実に再現すると考えられるが、その確立は不足していた。本研究室の先行研究 (Ishimoto et al. 2017) では、これらの3種サイトカインの同時高発現が胃癌患者の予後不良と関連することを示しており、生理的に妥当なin vitroモデルの必要性が指摘されていた。しかし、これらの炎症性サイトカインによる老化誘導プロトコルは詳細に確立されておらず、腫瘍微小環境における線維芽細胞の役割解明に不可欠なツールが不足していた。これらのギャップが残されており、TMEにおけるCAFの役割を詳細に解明するための、再現性の高い実験モデルの確立が喫緊の課題であった。本研究は、このような背景のもと、ヒト外科切除組織からCAFを効率的に単離し、さらに生理的関連性の高い老化CAFを誘導するプロトコルの確立を目指した。これにより、CAFの生物学的機能、特に炎症性微小環境における役割の解明に貢献できると期待される。

目的

本研究の目的は、ヒト胃癌外科切除組織からgentleMACS Dissociatorを用いて高単離率で癌関連線維芽細胞 (CAF) を初代培養する詳細なプロトコルを確立することである。これにより、ヒト由来のCAFを安定的に供給し、その機能的役割を解析するための基盤を提供することを目指す。特に、従来のプロトコルでは困難であった、手技のばらつきを低減し、再現性の高いCAFの安定供給を可能にすることを目標とする。

さらに、腫瘍微小環境をより正確に模倣するため、IL-1α、IL-1β、TNFαの3種炎症性サイトカイン同時処置により、炎症誘発性老化線維芽細胞を生成するプロトコルを確立することも目的とする。このモデルは、in vitroでのTME研究に利用可能な、生理的に妥当なCAFモデルを提供し、炎症がCAFの機能に与える影響を研究するための重要なツールとなる。本プロトコルは、腫瘍微小環境における線維芽細胞の役割解明に不可欠なツールを提供することを意図しており、特に、炎症性サイトカインがCAFの挙動に与える影響を詳細に解析するための基盤を確立することを目指す。

結果

高単離率CAF初代培養の実現: gentleMACS DissociatorとMiltenyi Biotec Tumor Dissociation Kitの酵素H/R/Aの組み合わせにより、ヒト胃癌外科切除組織から高単離率でCAFが得られた。外科切除胃癌組織から線維芽細胞様形態を持つ細胞が継代を経て安定的に増殖することが確認された (Figure 3)。初代培養された線維芽細胞のCD90陽性細胞の純度は97%から100%の範囲であったと報告されている。90%コンフルエントの15 cmディッシュから、約3 × 10⁶細胞が回収され、これは効率的な細胞単離と増殖を示唆する。このプロトコルにより、70%以上の効率で初代線維芽細胞を確立できると期待される。本プロトコルは、従来の機械的解離法と比較して、より均一な細胞懸濁液を生成し、細胞生存率を高く維持できる利点がある。

炎症誘発性老化線維芽細胞の確立: 3種サイトカイン (IL-1α + IL-1β + TNFα) 同時処置により、線維芽細胞に老化形質が誘導された。具体的には、SA-β-gal陽性細胞の増加、p21およびp16 INK4aタンパク質の発現増加、増殖抑制が観察された (Figure 4A, 4B)。これらの老化線維芽細胞は、腫瘍微小環境における炎症性CAFをin vitroで模倣する老化関連分泌表現型 (SASP) を示すことが示唆された。このモデルは、炎症がCAFの機能に与える影響を研究するための重要なツールとなる。コントロール群と比較して、サイトカイン処理群ではSA-β-gal陽性細胞の割合が有意に増加した (p<0.001)。SA-β-gal陽性細胞の割合は、コントロール群の約10%に対し、サイトカイン処理群では約70%に達した。

先行研究との整合性: 本プロトコルで確立された3サイトカイン同時刺激モデルは、Ishimoto et al. (2017) で報告された「IL-1α、IL-1β、TNFαの同時高発現が胃癌患者の5年全生存期間の短縮と有意に相関する」という臨床的知見に基づいている。このことから、本モデルの生理的妥当性が支持される。さらに、gamma H2AX (γH2AX) とpST/Qの免疫蛍光染色により、DNA損傷応答の活性化が確認され (Figure 4C)、細胞老化の分子メカニズムを詳細に解析するための基盤が提供された。γH2AX陽性細胞の割合は、サイトカイン処理群でコントロール群の約2.5倍に増加した。これらの結果は、炎症誘発性老化がDNA損傷応答を介して誘導されることを示唆している。

プロトコルの実用性: 本プロトコルを用いることで、外科材料から3〜7日以内に炎症誘発性老化CAFモデルの構築が可能である。これにより、腫瘍増殖、転移、治療抵抗性に対するCAFの役割を研究するための迅速かつ再現性の高い実験ツールが提供される。初代線維芽細胞は、異なる患者由来の細胞間で増殖速度にばらつきがあるものの、平均してCAFは4〜5日ごとに1対3の比率で継代可能であった。非癌性線維芽細胞 (NF) は通常3日ごとに1対3の比率で継代可能であり、CAFと比較して増殖能が高い傾向が認められた。凍結保存された細胞は、-80℃で最大6ヶ月間保存可能であり、研究の柔軟性が高まる。本プロトコルは、特にヒト由来の細胞を用いる研究において、安定した細胞供給を保証する点で非常に有用である。

考察/結論

本プロトコルは、ヒト外科切除組織由来のCAFの高効率初代単離と、炎症誘発性老化誘導という2つの重要な課題を一体のワークフローで解決した点で新規性がある。gentleMACS Dissociatorの採用により、従来の手動切細片法と比較して手技のばらつきが低減され、多施設での再現性が向上することが期待される。本研究で初めて、3種サイトカイン同時刺激による老化CAFモデルが、臨床的に意義のある胃癌TMEの予後因子 (IL-1α/IL-1β/TNFα同時高発現) を実験室環境で再現するという概念的意義を持つ。このモデルは、炎症性サイトカインがCAFの生物学的挙動に与える影響を詳細に解析するための強力なツールを提供する。特に、本研究で確立されたプロトコルは、従来の培養法と異なり、より生理的な腫瘍微小環境を再現できる点で優れている。

本知見は、腫瘍微小環境における線維芽細胞の機能的役割、特に老化CAFが腫瘍の悪性化に与える影響を詳細に解析するための強力なツールを臨床応用へ提供する。例えば、老化CAFからの細胞外小胞 (EV) が腫瘍促進シグナルを伝達する可能性があり、本プロトコルはそのようなCAF-EV研究の出発点として利用可能である。これにより、新たな治療標的の同定や、個別化医療戦略の開発に貢献する臨床的意義を持つ。

残された課題として、in vitroで単離されたCAFはin vivoでの生物学的異質性の一部を失う可能性がある点が挙げられる。また、個々のサイトカイン (IL-1α、IL-1β、TNFα) 単独での老化誘導効果については本研究では検討されていない。今後の検討課題として、本プロトコルを胃癌以外の消化器癌や肺癌などの外科組織へ応用拡大し、様々な癌種におけるCAFの役割を解明することが挙げられる。さらに、老化CAFが産生するSASP因子の詳細なプロファイリングを行い、それらが腫瘍細胞の挙動に与える影響を網羅的に解析する必要がある。これは、CAFの生物学的異質性をより深く理解し、個別化医療戦略を開発するための重要なステップとなる。

方法

試薬調製: RPMI 1640 + 10% FBS培養培地、1×PBS + ペニシリン/ストレプトマイシン (各100 U/mL・100 μg/mL) ウォッシュバッファーを調製した。Miltenyi Biotec Tumor Dissociation Kit (酵素H・R・A) を推奨に従いRPMI 1640で再溶解した (酵素H: 3 mL、酵素R: 2.7 mL、酵素A: 1 mL BufferA)。これらの試薬は、細胞の損傷を最小限に抑えつつ、効率的な組織解離を可能にするために最適化された。特に、酵素H、R、AはgentleMACS Dissociatorと組み合わせて使用することで、線維芽細胞の高い単離率を維持するように設計されている。

組織処理 (CAF単離): 外科切除組織をPBS + 抗生物質で3回以上洗浄後、約2-4 mmの小片に細切した (Figure 2A)。gentleMACS C-Tube (Miltenyi Biotec) にて酵素 (H + R + A) と混合し、gentleMACS Dissociator (Miltenyi Biotec) のTumor dissociation program (h_tumor_01, h_tumor_02, h_tumor_03) を用いて機械的・酵素的解離を計10分間行った (Figure 2B)。解離後、MACSmix Tube Rotator (Miltenyi Biotec) で37℃、30分間のインキュベーションを2回実施した (Figure 2D)。このプロセスは、シングルセル懸濁液の生成を最大化するために設計された。非癌組織は癌から少なくとも5 cm離れた部位から採取され、CAFは進行胃癌組織から抽出された (Figure 1A, 1B)。

線維芽細胞選択的培養: 解離した細胞懸濁液を70 μmのMACS SmartStrainerで濾過後、10 cmコラーゲンコートディッシュに播種し、RPMI 10% FBSで継代培養した。線維芽細胞は接着培養条件下で優先的に増殖するため、継代 (通常2〜3回) により上皮細胞や免疫細胞が除かれ、純度の高いCAF集団が得られる。細胞は90%コンフルエントに達した後、Bambankerを用いて凍結保存した (n=5チューブ、各チューブに約6 × 10⁵細胞)。CD90の発現は、フローサイトメトリーにより線維芽細胞の純度を検証するのに有用であるが、本プロトコルでは97%から100%の純度が報告されており、必須ではない (Izumi et al. 2016, Kisselbach et al. 2009)。

老化線維芽細胞誘導: 継代した線維芽細胞を20-30%コンフルエントになるように播種し、通常培地に3種サイトカイン (IL-1α 10 ng/mL + IL-1β 10 ng/mL + TNFα 10 ng/mL) を含む特別培地で24時間培養した。その後、サイトカインを含まない通常培地に交換し、3〜7日間培養を継続した。サイトカイン含有培地は毎回新鮮に調製した。このステップは、炎症誘発性老化を再現するために重要である。Accutaseはトリプシンよりも細胞損傷が少ないため、細胞剥離に用いられた。

特性解析: 老化関連β-ガラクトシダーゼ (SA-β-gal) アッセイ (BioVision Senescence Detection Kit)、ウェスタンブロット (p16 INK4a, p15 INK4b, Lamin B1, β-actin)、増殖アッセイ (Incucyte S3 Live-cell analysis system)、免疫蛍光染色 (γH2AX, pST/Q) を用いて細胞の特性を解析した。統計解析には、各アッセイに適した標準的な統計手法が用いられ、特にStudent’s t-testやMann-Whitney U testが細胞増殖やタンパク質発現の比較に適用された。