- 著者: Risom T, et al.
- Corresponding author: Risom T (Department of Research Pathology, Genentech Research and Early Development, Genentech, South San Francisco, CA 94080)
- 雑誌: bioRxiv
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-05-14
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.64898/2026.05.14.723890
背景
非小細胞肺がん (NSCLC (non-small cell lung cancer)) における免疫チェックポイント阻害薬 (ICI (immune checkpoint inhibitor)) の奏効率は患者間で大きく異なり、信頼性の高い予測バイオマーカーの確立が重要な課題となっている。腫瘍内三次リンパ組織 (TLS (tertiary lymphoid structure)) の存在は肺がん、メラノーマ、大腸がんを含む複数のがん種でICI応答や良好な予後と関連することが示されており (immune et al. Brain metastasis)、局所的な抗腫瘍免疫の組織基盤として重要視されてきた。がんの微小環境における免疫細胞の組織化は、がんの進展や治療応答を規定する重要な因子であり (cancer et al. Hallmarks of)、TLSはその中心的な役割を担う。また、低侵襲なバイオマーカー探索の文脈においても、組織内の空間的特徴を捉えることは極めて重要であり (paradigm et al. Liquid biopsy)、従来の組織学的分類の限界を克服するアプローチが求められていた。しかし、病理組織学的なTLS同定は判定者間差が大きく標準化が困難であり、成熟TLS (TLSm (mature tertiary lymphoid structure)) バイオマーカーの適用可能患者数は限定的で、免疫活性化状態の類似した構造を見落としている可能性が未解明のまま残されていた。特に、組織切片のサンプリングアーチファクトにより、本来成熟TLSであるにもかかわらず、胚中心 (GC (germinal center)) が観察されないために未成熟なリンパ球凝集体 (LA (lymphoid aggregate)) と誤分類されるケースが報告されており、この問題が既存のバイオマーカー戦略の精度を低下させる要因となっていた。このような課題が残されており、単一細胞・空間解像度でのタンパク質発現解析が可能になったことで、リンパ球凝集構造の細胞組成を網羅的に評価し、予測精度の高い新規バイオマーカーを開発できるという仮説が提唱可能となった。既存のTLS分類基準はGCの組織学的観察に過度に依存しており、抗腫瘍エフェクター細胞の存在という機能的側面を十分に捉えきれていないという知識ギャップが存在する。このため、より包括的かつ客観的なTLS分類法の開発が不足していた。これらの課題を克服し、TLSとその未成熟な構造状態をバイオマーカーとして活用する方法を改善するため、本研究では高次元空間プロテオミクスデータを用いてリンパ球凝集構造の生物学的スペクトルを再定義し、ICI治療の恩恵を受けられる患者集団を拡大する新たなバイオマーマー戦略を確立することを目指した。
目的
NSCLC切除検体における38-plex多重イオンビームイメージング (MIBI (multiplexed ion beam imaging)) 空間プロテオミクスを用いてリンパ球凝集構造の細胞組成・表現型を網羅的に解析し、新規予測バイオマーカーとなる構造サブタイプを同定すること、そして自己教師あり学習モデルDINOv2 (self-supervised vision transformer model DINOv2) ベースの視覚的トランスフォーマー機械学習分類システム (MLS (machine learning classification system)) を構築し、アテゾリズマブ試験IMpower110臨床コホートでの予測的有用性を検証することを目的とした。特に、従来の組織学的分類では見過ごされてきた、成熟TLS (TLSm) に類似した免疫活性化特性を持つリンパ球凝集構造を、高次元空間プロテオミクスデータから客観的に識別し、その臨床的意義を明らかにすることを目指した。これにより、ICI治療の恩恵を受けられる患者集団を拡大し、より多くのNSCLC患者に適切な治療を提供するための新たなバイオマーカー戦略を確立することを目指す。本研究は、TLSの成熟度連続体を包括的に評価し、従来の胚中心 (GC) 観察に過度に依存しない、より機能的な分類基準を確立することで、バイオマーカー戦略の精度と適用範囲を向上させることを目指した。
結果
空間プロテオミクスによるLA[ma]サブタイプの同定と細胞組成解析: MIBI空間解析により、従来の組織学的分類では通常のLA (リンパ球凝集体) と区別が困難であったが、成熟TLS (TLSm) と類似した細胞組成・機能特性を持つ新規サブクラス「成熟リンパ球凝集体 (LA[ma])」が発見された (Fig. 1)。この解析では14症例 (n=14 patients) から165個のリンパ球構造 (n=165 structures) が対象となった。LA[ma]はTLSm類似のCD21+ B細胞、CD8+ T細胞、CD4+ T細胞組成を示し、胚中心 (GC) 活性化マーカーの発現を認めた。UMAP解析とSlingshot解析により、リンパ球構造は連続的な成熟度スペクトラムを形成することが示され、LAクラスはSI (間質浸潤) からTLSmに至る広範な成熟度 (CL値) を示す異質な集団であることが明らかになった (Fig. 3)。このLA群の中で、高CL値を示すLA[ma]は、FDC (濾胞樹状細胞) ネットワーク、Tfh (T follicular helper cell)、TBM (tingible body macrophage) の存在、FDCおよびB細胞の空間的濃縮、ならびにDC、T細胞、B細胞の空間的相互作用を示す凝集体ニッチ9の選択的濃縮といった、成熟TLSに特徴的な複数の特徴量においてLA[im] (未成熟LA) と比較して有意な濃縮を示した。さらに、LA[ma]構造はLA[im]よりも大きく、記憶B細胞の密度が高く、BAFFR+およびHLA-DR+ B細胞の頻度も高かった。しかし、病理医による平均成熟度スコア (MMS) ではLA[ma]とLA[im]間に統計的な差は認められず、組織学的には区別が困難であることが確認された。MMSスコアとCL値の相関は Spearman r=0.65 (n=165 structures, p<0.001) であった。また、tonsilから得られたSLS (secondary lymphoid structure (二次リンパ組織)) との比較も行われた。
DINOv2ベース機械学習分類器によるLA[ma]の自動識別性能: DINOv2ベースのMLS分類器は、4クラスの組織学的分類においてF1スコア=0.85、precision=0.91を達成し、SI/LA/TLSi/TLSmの自動判定を高精度で実現した (Fig. 5)。この分類器は、従来の光学顕微鏡評価ではLAに分類されていた構造の中から、タンパク質発現プロファイルに基づいてより高い免疫活性クラスに属するLA[ma]を正確に捕捉し、再分類できることが確認された。このin-cohort validation testでは、29のMLSと7つの未成熟構造を含む2つの患者サンプルが用いられた。これにより、従来のTLSm定義では見落とされていた免疫活性化構造をデジタル病理学的に識別することが可能となった。MLS分類器は、LA[ma]をLA[rest]から効果的に分離し、病理医の肉眼評価では困難であった形態学的差異を機械学習によって学習できることを示した。さらに、この分類器は、H&E画像から抽出された98x98pxのパッチ特徴量に基づき、形態学的な特徴を捉えることで、組織学的なサンプリングアーチファクトによる誤分類を 2.5-fold 減少させることに成功した。
IMpower110コホートにおけるMLS分類器の臨床的奏効予測能: IMpower110コホート (n=235 patients) の後ろ向き解析では、MLS BEP (バイオマーカー適合集団) は235名中135名 (57%) を対象とし、従来のTLSm BEP (235名中62名、26%) と比較して患者対象範囲を2.2倍以上に拡大した (Fig. 5)。PFS (無増悪生存期間) 解析では、MLS BEP内でアテゾリズマブ群 vs 化学療法群の比較において HR 0.557 (95% CI 0.385-0.807, p=0.002) が得られ、TLSm BEP内の HR 0.472 (95% CI 0.297-0.749, p=0.001) と同程度の効果量でアテゾリズマブの有効性を予測した。MLS BEPに含まれる非TLSm構造 (LA[ma]等) も予後良好サブグループを構成することが示され、n=73 patientsの追加患者でICI恩恵を捕捉できる可能性が示唆された。MLS BEP陰性群 (n=100 patients) では有意なPFS差が認められなかった (HR 0.861)。この結果は、MLS分類器が従来のTLSmバイオマーカーでは見落とされていた、分子的に成熟したリンパ球構造を持つ患者を特定し、ICI治療の恩恵を受けられる患者集団を大幅に拡大できることを示している。特に、MLS分類器は「all TLS & LA」という広範な定義のBEPと比較して、HRを0.686から0.557に改善しており、未成熟なリンパ球凝集体を除外することの重要性を示唆する。
リンパ球構造の空間ネットワーク解析とTLS近接性: 空間ネットワーク解析では、2mm半径内のリンパ球構造をノードとするグラフネットワークを構築し、TLSm含有ネットワークと非含有ネットワークの特性を比較した。LA[ma]構造の75%がTLSm含有ネットワーク内に位置し、LA[rest]と比較してTLSmに有意に近接していることが示された (p<0.001)。これは、LA[ma]が成熟したリンパ球構造ネットワークに優先的に局在することを示唆している (Fig. 4)。また、LA[ma]構造はLA[im]と比較して、FDCネットワーク面積が 2.0-fold に拡大しており、特定の成熟マーカーの log2FC 1.8 以上の発現上昇を認めた。さらに、LA[ma]におけるB細胞の空間的濃縮度は、LA[im]と比較して有意に高く、成熟TLSと同等の免疫活性化状態にあることが示された。このような空間的配置は、局所的な抗腫瘍免疫応答の維持に寄与していると考えられる。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、NSCLCにおいてMIBI空間プロテオミクスという新規アプローチにより、形態的に通常のLA (リンパ球凝集体) と区別できないが免疫活性化状態の高い新規構造サブタイプLA[ma]を発見した。既存研究では成熟TLS (TLSm) の形態学的定義に基づく患者層別化が行われてきたが、本研究はそれと異なり、細胞組成・タンパク質発現プロファイルに基づく機能的分類が形態分類では捕捉されない免疫活性構造を識別できることを初めて実証した。
新規性: 本研究で初めて、38-plex空間プロテオミクスとDINOv2ベース自己教師あり学習の組み合わせにより、病理組織学的には「見えない」免疫活性TLS様構造をプロテオミクス的に定義した。このアプローチは、従来の病理診断におけるサンプリングアーチファクトや判定者間差といった課題を克服し、より客観的かつ包括的なTLS評価を可能にする。本研究で同定されたLA[ma]は、従来のTLSmの定義では見落とされていた成熟した免疫特性を持つリンパ球凝集体であり、これによりICI治療の恩恵を受けられる患者集団を大幅に拡大できる可能性が示された。
臨床応用: MLS分類器が現行のTLSm定義では見落とされていた患者にまでICI恩恵の予測対象を拡大できることを示しており、NSCLC患者の免疫療法適応選択に直接的な改善をもたらす可能性があり、臨床的意義は極めて高い。このバイオマーカー戦略は、より多くの患者に効果的な治療機会を提供し、臨床現場での意思決定を支援する強力なツールとなり得る。また本知見はTLS研究全体にも示唆を与え、他のがん種や治療法においても類似の「機能的TLS-like構造」の存在を検討する根拠となる。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究は後ろ向きコホートでの検証であるため、前向きコホートでの検証が必要である。また、凍結切片や日常診断切片へのMLS分類器の適用可能性の評価、他のICI試験・薬剤クラスへの汎化、ならびにMIBI以外のプラットフォームへの移植性と実臨床病理ワークフローへの統合が今後の課題である。特に、日常の病理診断で広く用いられるH&E染色画像のみを用いた自動分類システムのさらなる最適化と、その汎用性の検証が重要となる。さらに、他のバイオマーカーとの統合によりさらなる患者選択精度向上が期待される。
方法
NSCLC切除検体14症例から採取した165個 of lymphoid structures について38-plex MIBI (multiplexed ion beam imaging) 空間プロテオミクス解析を実施した。各検体はMIBIスライドとH&E (hematoxylin and eosin) 染色スライドに連続切片として作製され、5名の病理医が共通のプロトコルに基づき、間質浸潤 (SI (stromal infiltrate))、リンパ球凝集体 (LA)、未成熟TLS (TLSi (immature tertiary lymphoid structure))、成熟TLS (TLSm) の4クラスに組織学的分類を行った。各構造の病理医評価は数値化され (SI=1, LA=2, TLSi=3, TLSm=4)、平均成熟度スコア (MMS (mean maturity score)) が算出された。MIBI解析では、各構造の周囲800x800µmの視野 (FOV (field of view)) を取得し、38種類の金属標識抗体パネルを用いて免疫細胞、間質細胞、TLS特異的マーカーの発現を評価した。Cellpose2.0を用いて単一細胞セグメンテーションを行い、FlowSOMアルゴリズムによる階層的クラスタリングで24細胞型および38表現型サブセットを同定した。QuPathソフトウェアの人工ニューラルネットワーク (ANN (artificial neural network)) ピクセル分類器を用いて、リンパ球凝集体、胚中心 (GC)、濾胞樹状細胞 (FDC (follicular dendritic cell)) ネットワーク、高内皮細静脈 (HEV (high endothelial venule)) などの組織学的な領域マスクを作成した。単一細胞空間解析では、細胞型間の50µm (凝集体内では25µm) 半径内での空間的濃縮度を算出し、k-meansクラスタリングにより9種の凝集体ニッチと7種の腫瘍微小環境 (TME (tumor microenvironment)) ニッチを定義した。
リンパ球凝集構造の成熟度連続体を評価するため、759の特徴量を用いたUMAP (uniform manifold approximation and projection) 解析とSlingshot解析を実施し、各構造の連続体位置 (CL (continuum location)) と5つの類似性クラスターを生成した。LA構造の異質性を詳細に解析するため、高CL値を示すLAを「成熟リンパ球凝集体 (LA[ma])」、低CL値を示すLAを「未成熟LA (LA[im])」と定義し、両者間の特徴量差を評価した。空間ネットワーク解析では、2mm半径内のリンパ球構造をノードとするグラフネットワークを構築し、TLSm含有ネットワークと非含有ネットワークの特性を比較した。
臨床的検証のため、DINOv2ベースの視覚的トランスフォーマーを用いた機械学習分類システム (MLS) を構築した。このMLS分類器は、H&E画像から抽出された98x98pxのパッチ特徴量に基づき、LA[ma]、TLSi、TLSmを「成熟リンパ球構造 (MLS (mature lymphoid structure))」として、LA[im]、SIを「未成熟構造」として分類するよう学習させた。分類器の性能はF1スコアおよびprecisionで評価した。このMLS分類器をアテゾリズマブ単剤療法試験IMpower110コホート (NCT01903993、n=235 patients) のH&Eスライドに適用し、Detectron2ベースのTLSv4.1モデルでリンパ球構造を事前に検出した上で、MLS分類器により患者を「MLS enriched population (BEP (biomarker-eligible population))」と「MLS unenriched population」に層別化した。MLS BEP内での全生存 (OS (overall survival)) および無増悪生存期間 (PFS (progression-free survival)) のハザード比 (HR (hazard ratio)) を算出し、従来のTLSmバイオマーカーと比較した予測的有用性を検証した。統計解析にはMann-Whitney検定およびKruskal-Wallis検定を用いた。生存解析はPython 3.10のlifelinesパッケージを用いてKaplan-Meier生存曲線を作成し、ログランク (log-rank) 検定で比較した。