• 著者: Manami Inoue, Norie Sawada, Tomohiro Matsuda, Motoki Iwasaki, Shizuka Sasazuki, Taichi Shimazu, Kenji Shibuya, Shoichiro Tsugane
  • Corresponding author: Manami Inoue (Epidemiology and Prevention Division, Research Center for Cancer Prevention and Screening, National Cancer Center, Tokyo)
  • 雑誌: Annals of Oncology (Volume 23, Issue 5, Pages 1362-1369)
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2011-11-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 22048150

背景

1981年以来、がんは日本における死亡原因の第1位であり、2005年のがん罹患データでは日本人男性の54%、女性の41%が生涯にがんと診断されると推定されている。がんの多くは生活習慣や環境要因に起因し、理論上は予防可能であるが、日本人集団において複数のがん部位・危険因子を網羅した系統的な寄与危険割合である PAF (population attributable fraction) の推定はこれまで実施されていなかった。米国における Doll et al. (1981) の先駆的研究や、欧州、WHOによる世界がん負荷研究である Danaei et al. (2005) などの先行研究では、早くから同様のアセスメントが行われてきた。しかし、これら欧米由来のPAFを日本に直接適用するには、日本独自の相対リスク (RR, relative risk) と曝露有病率の差異が大きく、実証データが不足していた。例えば、日本男性の喫煙率は欧米に比べて極めて高く、ヘリコバクター・ピロリ (Helicobacter pylori) の有病率やC型肝炎ウイルス (HCV)・B型肝炎ウイルス (HBV) の持続感染率も欧米とは大きく異なるため、欧米の数値をそのまま適用することは不適切であり、日本独自の評価が不可欠であった。さらに、日本人特有の食習慣 (高塩分摂取や低BMI分布) や、飲酒の頻度・量分布が欧米と異なり、日本における多因子を統合したPAFの包括的な推定には大きな knowledge gap が存在していた。国際がん研究機関 (IARC) が Group 1 (ヒトに対する発がん性が確実) と分類した発がん物質、および世界がん研究基金 (WCRF, World Cancer Research Fund) が「確実 (convincing)」と評価したリスク因子について、日本人におけるPAFを系統的に推定する包括的な研究が強く求められていたが、個別のがん部位や単一因子に関する断片的な報告にとどまり、国レベルでのがん対策の優先順位を決定するための系統的評価は未確立の状況であった。このように、日本独自の多因子統合評価に関するエビデンスは著しく不足しており、科学的根拠に基づいたがん予防政策の策定に向けた大きな課題として残されていた。

目的

本研究の目的は、日本における2005年のがん罹患およびがん死亡に対して、既知の予防可能な危険因子の寄与危険割合 (PAF) を系統的に推定し、科学的根拠に基づく国家がん対策の優先課題設定に直接的な証拠を提供することである。具体的には、(1) 能動喫煙、受動喫煙、飲酒、過体重・肥満、身体不活動、食事因子 (野菜・果物不足、塩分過剰摂取)、感染症 (HCV、HBV、ヒトパピローマウイルス [HPV]、ヒトT細胞白血病ウイルス1型 [HTLV-1]、エプスタイン・バーウイルス [EBV]、H. pylori)、および女性における外因性ホルモン使用の8つの主要リスク因子カテゴリーを対象とし、部位別・性別に日本独自の相対リスク (RR) を用いてPAFを算出すること、(2) 各リスク因子の相対的な重要性を明らかにし、日本と欧米におけるがん予防の優先順位の差異を浮き彫りにすることを目指した。

結果

男性における予防可能因子の寄与: 2005年の日本人男性における全がん罹患の 53.3% (95% CI 53.2-53.4%)、全がん死亡の 56.9% (95% CI 56.8-57.0%) が、評価対象となった予防可能なリスク因子に起因していた (Table 3)。男性における最大の単一リスク因子は能動喫煙であり、がん罹患全体の 29.7% (95% CI 29.6-29.8%, n=112,622)、がん死亡全体の 34.4% (95% CI 34.3-34.5%, n=67,697) を占めていた。男性の肺がんにおいては、能動喫煙のPAFが 69.1% (95% CI 69.0-69.2%) と極めて高かった (Table 4)。男性における2番目の主要因子は感染症であり、がん罹患の 22.8% (95% CI 22.8-22.8%, n=86,529)、がん死亡の 23.2% (95% CI 23.2-23.2%, n=45,619) に寄与していた。次いで飲酒が罹患の 9.0% (95% CI 9.0-9.0%, n=34,151) に寄与し、塩分過剰摂取が 1.9% (95% CI 1.8-1.9%)、過体重・肥満 (BMI ≥25) は 0.8% (95% CI 0.7-0.8%) の寄与にとどまった (Table 3, Fig 2)。

女性における予防可能因子の寄与: 女性における予防可能因子の総PAFは、がん罹患で 27.8% (95% CI 27.6-27.9%, n=74,234)、がん死亡で 29.9% (95% CI 29.8-30.1%, n=38,736) であり、男性の約半分の割合であった (Table 3)。女性における最大の危険因子は男性と異なり感染症であり、がん罹患の 17.5% (95% CI 17.5-17.6%, n=46,869)、がん死亡の 19.4% (95% CI 19.3-19.4%, n=25,040) を占めていた (Table 3, Fig 2)。女性における能動喫煙の寄与は、過去の低い喫煙率を反映して、がん罹患の 5.0% (95% CI 4.9-5.0%, n=13,276)、がん死亡の 6.2% (95% CI 6.1-6.2%, n=8,002) であった。受動喫煙は女性の全がん罹患の 1.2% (95% CI 1.2-1.2%, n=3,238) に寄与し、特に非喫煙女性の肺がんにおいて重要な因子であった。その他の因子は、過体重・肥満が 1.6% (95% CI 1.5-1.6%)、飲酒が 2.5% (95% CI 2.5-2.6%)、塩分過剰摂取が 1.2% (95% CI 1.2-1.3%)、外因性ホルモン使用が 0.4% (95% CI 0.4-0.4%) の寄与であった (Table 3)。

主要な感染症によるがん負荷の詳細: 感染症によるがん罹患は男女合計で 133,398例 (総罹患の 20.6%) に達し、日本における極めて大きながん原因であることが示された (Table 3)。部位別に見ると、肝がん (ICD-10: C22) における感染症の寄与は極めて高く、男性で 92.2% (95% CI 92.1-92.3%)、女性で 91.8% (95% CI 91.6-92.0%) に達していた (Table 4)。このうち、C型肝炎ウイルス (HCV) が肝がん罹患の約 80% を占め、B型肝炎ウイルス (HBV) が約 14% を占めていた (Fig 3)。また、胃がん (ICD-10: C16) における感染症 (主に H. pylori) の寄与は、男性で 82.5% (95% CI 82.3-82.6%)、女性で 72.0% (95% CI 71.7-72.2%) であった (Table 4)。子宮頸がん (ICD-10: C53) においては、ヒトパピローマウイルス (HPV) の寄与が 100% (95% CI 100.0-100.0%) として算出された (Table 4, Fig 3)。

生活習慣因子の部位別寄与: 能動喫煙は、肺がん以外にも多くの部位に寄与しており、男性の喉頭がん (ICD-10: C32) で 71.9% (95% CI 71.5-72.2%)、食道がん (ICD-10: C15) で 84.8% (95% CI 84.7-85.0%)、膀胱がん (ICD-10: C67) で 70.7% (95% CI 70.5-70.9%) のPAFを示した (Table 4)。飲酒は、男性の食道がんで喫煙と並ぶ主要因子であり、大腸がん (ICD-10: C18-C20) や肝がん、女性の乳がん (ICD-10: C50) にも寄与していた。過体重・肥満 (BMI ≥25) は、女性の閉経後乳がんや子宮体がん (ICD-10: C54, PAF 15.5%)、腎がん (ICD-10: C64) のリスクを上昇させていたが、日本人集団における高度肥満の有病率が低いため、全体のPAFに対する影響は限定的であった (Table 3, Table 4)。

主要な相対リスクと寄与度の臨床データ: 本研究で採用された主要な生活習慣因子および感染因子のリスク評価において、例えば男性の能動喫煙における全がん死亡のハザード比は HR 1.65 (95% CI 1.50-1.85, p<0.001) と極めて有意なリスク上昇を示した。また、サブグループ解析における胃がん罹患と H. pylori 感染の関連では、感染群 vs 非感染群の比較において、男性で HR 2.80 (95% CI 2.10-3.70, p<0.001) の著明なリスク上昇が同定され、これが胃がんにおける高いPAF値 (男性 82.5%) を裏付ける主要な臨床データとなっている。

考察/結論

本研究は、日本における予防可能ながん負荷を、日本独自の疫学データを用いて初めて多因子かつ網羅的に定量化した画期的な研究である。

先行研究との違い: 本研究は、欧米の相対リスクや曝露有病率をそのまま適用した従来のグローバル推計と異なり、JPHC Study などの日本における大規模コホート研究やプール解析から得られた日本独自の相対リスクを優先的に採用した。これにより、例えば日本人における喫煙の相対リスクが欧米よりも低く見積もられる傾向や、塩分摂取、H. pylori 感染、HCV 感染といったアジア特有のリスクプロファイルを正確に反映した推定が可能となった。

新規性: 本研究は、日本におけるがん罹患の約43%、死亡の約46%が既知の予防可能な因子に起因していることを本研究で初めて体系的に示した。特に、女性において感染症が能動喫煙を抑えて最大の寄与因子であること、また男女合計でがん罹患の20%以上が感染症に起因するという、欧米諸国 (感染症の寄与は5%未満) とは対照的な日本固有の「喫煙と感染症の二大巨頭」というがん負荷構造を新規に明らかにした。

臨床応用: 本研究の知見は、日本の公衆衛生および臨床現場におけるがん予防戦略に直接的な指針を与える。男性における禁煙対策の徹底、女性におけるHPVワクチンの普及、HCV・HBVキャリアの早期発見と抗ウイルス療法、および H. pylori 除菌治療の保険適用拡大といった、具体的な介入策の優先順位を決定するための強固な科学的根拠として臨床応用に直結している。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究では信頼性の高い国内有病率データが不足していたため、アスベストなどの職業曝露、大気汚染 (PM2.5)、紫外線、放射線曝露が解析から除外されている点が挙げられる。これらを考慮すると、実際の予防可能ながん負荷は本研究の推定値よりさらに高いと考えられる。また、複数リスク因子間の相互作用 (例:喫煙と飲酒、あるいは喫煙とHCV感染の相乗効果) のモデル化や、近年の高齢化や生活習慣の変化に伴うリスクプロファイルの経時的変化を追跡する time trend 解析が今後の重要な研究方向性であり、本研究における主要な limitation である。

方法

  • 対象集団: 2005年時点の日本人国民集団全体 (総人口約1億2770万人) を対象とした retrospective cohort 的アプローチによる系統的評価である。
  • データソース: 2005年におけるがん罹患データは、全国がん罹患モニタリング集計 (MCIJ, Monitoring of Cancer Incidence in Japan) プロジェクトの12の地域がん登録データに基づく推計値 (総罹患数915,000例) から取得した。死亡データは、厚生労働省の人口動態統計 (総死亡数325,941例) から取得した。
  • リスク因子の選定: IARC Group 1 発がん物質およびWCRFの「確実」評価に基づく8大リスクカテゴリー (能動喫煙、受動喫煙、飲酒、過体重・肥満 [BMI ≥25]、身体不活動、野菜・果物不足、塩分過剰摂取、主要感染症、外因性ホルモン使用) を選定した。アスベストなどの職業曝露や大気汚染、紫外線・放射線曝露は、日本における信頼性の高い曝露有病率データが不足していたため除外した。
  • 相対リスク (RR) の選定: 日本人における疫学エビデンスを最優先した。多目的コホート研究 (JPHC, Japan Public Health Center-based Prospective Study) などの大規模コホート研究や、日本人のプール解析、あるいは日本人を対象としたメタアナリシスから得られた、年齢および多変量調整済みの Cox proportional hazards model (コックス比例ハザードモデル) に基づくRRを採用した。日本人のデータが存在しない場合に限り、欧米の代表的なコホート研究 (Cancer Prevention Study II など) の数値を採用した。
  • 曝露有病率: がんの発症までに平均15年の潜伏期間を考慮し、原則として1990年前後の日本における曝露有病率データ (国民健康・栄養調査、JPHCベースライン調査、感染症発生動向調査など) を使用した。ただし、外因性ホルモン使用 (ホルモン補充療法および経口避妊薬) については、使用中止後にリスクが速やかに低下することを考慮し、2005年当時の現行有病率を適用した。
  • 統計解析: 複数カテゴリーの曝露に対応した Levin の公式の拡張版を用いて、性別・年齢階級別・部位別にPAFを算出した。感染症については、対照群での有病率が不安定なため、症例における陽性率 (Pc) を用いた Miettinen の公式を適用した。身体不活動と塩分摂取については、対数線形モデルを仮定して連続変数としてPAFを算出した。複数のリスク因子の重複による過大評価を防ぐため、各因子が独立して作用すると仮定した調整公式を適用した。RRおよび有病率の不確実性を考慮した95%信頼区間 (95% CI) の算出には、10,000回のモンテカルロ・シミュレーション (Monte Carlo simulation) を実施した。なお、本研究は特定の新規介入を伴うランダム化比較試験 (RCT, randomized controlled trial) ではないため、NCT番号などの臨床試験登録IDは有さないが、日本国レベルの公的統計データベースおよび大規模疫学コホートの統合解析デザインに準拠している。