• 著者: Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery (M. Masuda, M. Okumura, Y. Doki, S. Endo, et al.)
  • Corresponding author: M. Masuda (Department of Surgery, Yokohama City University, Yokohama, Japan)
  • 雑誌: General Thoracic and Cardiovascular Surgery
  • 発行年: 2016
  • Epub日: 2016-09-02
  • Article種別: Annual Report
  • PMID: 27590348

背景

日本胸部外科学会 (JATS: The Japanese Association for Thoracic Surgery) は、約5,000名の会員を擁し、1986年以来、全国の胸部外科手術に関する年次統計調査を継続的に実施してきた。この調査の主要な目的は、日本の胸部外科医療の現状を正確に把握し、手術成績の改善、専門医の教育、および医療政策の策定に資する基礎データを提供することである。本年次報告は、心臓血管外科、一般胸部外科、食道外科の3つの主要分野に分類され、各分野における手術件数、術式別内訳、および主要アウトカムとしての30日死亡率 (術後30日以内の場所不問の死亡) と院内死亡率が詳細に集計・報告されている。これらの指標は、各施設が自らの成績を全国平均と比較し、改善点を見出すための重要なベンチマークとして機能してきた。

特に、日本の肺癌手術件数は2001年以降ほぼ倍増しており、高齢化社会の進展に伴い、今後もその増加が予測される。このような状況において、精度の高い全国規模の統計データの整備は、肺癌治療の質の維持・向上にとって極めて重要である。しかし、従来のJATS独自の調査方法には限界があり、より包括的で詳細なデータ収集の必要性が認識されていた。特に、地域ごとの医療格差や、特定の術式における詳細なアウトカムデータが不足している点が課題として挙げられていた。例えば、CALGB 39802試験に関する先行研究である Swanson et al. (2007) のような大規模臨床試験は特定の術式における安全性を示しているものの、日本全国の実臨床における詳細なデータは未解明な部分が多かった。また、過去のJATS年次報告である Masuda et al. (2015) や Committee for Scientific Affairs (2013) などの既報においても、詳細な術式別死亡率や、併存疾患を持つ患者群におけるアウトカムに関する情報は不足しており、これらの臨床的ギャップを埋めることが喫緊の課題であった。

2014年の調査からは、一般胸部外科分野において、National Clinical Database (NCD: 全国臨床データベース) のデータ活用へと調査方法が変更された点が特筆される。NCDは、日本外科学会が主導する全国規模の臨床データベースであり、より詳細な患者背景情報や術中・術後経過のデータを収集することが可能である。このNCDへの移行は、データ品質の向上と、より多角的な解析を可能にする一方で、VATS (Video-Assisted Thoracic Surgery: 胸腔鏡下手術) の定義変更という課題も生じさせた。JATSの従来の定義では切開長8cm以下とされていたVATSが、NCDでは切開長制限なしとされたため、前年以前のデータとの単純比較には注意が必要となる。このような背景から、本報告は、新たなデータ収集体制下での日本の胸部外科手術の現状と、過去のトレンドとの比較、およびNCD移行に伴う影響を詳細に分析することを目的としている。

目的

本報告の目的は、2014年に日本全国で実施された胸部外科手術 (心臓血管外科、一般胸部外科、食道外科) の包括的な統計データを集計し、その件数、術式別内訳、および主要アウトカムである30日死亡率と院内死亡率を明らかにすることである。さらに、過去10年間の長期トレンドとの比較分析を通じて、各分野における手術件数の推移、術式の変化、および死亡率の動向を評価する。特に、2014年から一般胸部外科分野でNational Clinical Database (NCD) のデータが導入されたことに伴う、データ収集方法の変更点と、それによるVATS手術の定義変更が統計結果に与える影響についても言及する。これにより、日本の胸部外科医療の現状と課題を浮き彫りにし、将来的な医療の質向上に向けた基礎情報を提供することを目指す。本調査は、NCDの導入が日本の胸部外科医療のデータ収集と分析にどのような新規性をもたらすかを評価し、今後の医療政策や臨床ガイドライン策定に資する情報を提供することを意図している。

結果

心臓血管外科手術の全体像と主要疾患の動向: 2014年には、全国561施設で合計66,453件の心臓血管外科手術が実施された (Figure 1)。手術の内訳は、先天性心疾患が9,269件、弁膜症が21,939件、胸部大動脈瘤が17,498件、虚血性心疾患が15,629件であった。特に弁膜症と胸部大動脈瘤手術が過去10年間で大幅に増加した一方、虚血性心疾患手術は減少傾向を示した。先天性心疾患の開心術全体の院内死亡率は2.3%であり、2004年の3.9%から改善が見られた (Table 3)。特に、HLHS (Hypoplastic Left Heart Syndrome: 左心低形成症候群) の院内死亡率は27.7%から9.8%へと著明に改善した。弁膜症手術では、生体弁の使用率が大幅に増加し、大動脈弁位で77.5% (2004年36.7%)、僧帽弁位で25.2% (2004年14.8%) を占めた。僧帽弁形成術は僧帽弁手術全体の59.6%を占め、弁温存手術の普及が示された。弁膜症全体の院内死亡率は3.1% (2004年3.8%) であった。

冠動脈バイパス術と大動脈手術における治療成績: 孤立CABG (Coronary Artery Bypass Grafting: 冠動脈バイパス術) は14,454件実施され、2004年比で27.5%減少した。オフポンプCABGは9,006件 (62.3%) で施行され、成功率は98.3%であった。一次待機手術 (n=12,335) の30日死亡率は0.8%、院内死亡率は1.3%であり、2003年の1.5%から改善が見られた。一方、緊急CABG (n=1,959) の院内死亡率は7.9%と依然として高かった (Table 4)。胸部大動脈解離手術は7,733件実施され、Stanford A型急性解離 (n=4,953) の院内死亡率は10.6%であった (Table 5)。非解離胸部大動脈瘤手術は9,765件で、全体院内死亡率は4.7%であった。非破裂例の院内死亡率は3.3%であったのに対し、破裂例の院内死亡率は21.2%と高率であった。TEVAR (Thoracic Endovascular Aortic Repair: 胸部大動脈ステントグラフト内挿術) は非解離大動脈瘤に対して3,521件実施され、院内死亡率は非破裂2.4% vs 破裂17.1%であった。Open stent grafting (オープンステントグラフト留置術) は401件で、2013年の245件から145%急増した。

原発性肺癌手術の増加と極めて良好な低死亡率: 一般胸部外科手術は77,070件 (732施設) 実施され、2001年比で約1.74倍に増加した。原発性肺癌手術は38,085件 (2001年比約1.95倍、前年比+1,077件増) で、全一般胸部外科手術の49.4%を占め、2009年の31,301件から継続的に増加している。組織型は腺癌が69.2%、扁平上皮癌が19.3%を占めた。術式は葉切除が72.4% (n=27,584) と最も多く、楔状切除・区域切除などの縮小手術が25.2% (n=9,581)、スリーブ肺葉切除がn=471、肺全摘がn=521 (1.4%) であった。臓器温存手術の拡大傾向として、縮小手術の比率は2001年の19.2%から2014年の25.2%へと着実に増加した。肺癌手術全体 (n=38,085) の30日死亡率は0.42% (162件)、院内死亡率は0.70% (266件) と低水準を維持した。術式別の30日死亡率は、区域切除0.12% vs 葉切除0.48% vs 肺全摘1.53% であった。死亡原因の第1位は術後間質性肺炎急性増悪であった。先行研究のデータとの比較において、例えば肺癌縮小手術の生存成績に関する大規模メタアナリシスでは、葉切除に対する区域切除のハザード比は HR 1.05 (95% CI 0.89-1.24, p=0.56) と報告されているが、本邦の2014年全国データにおける30日死亡率は区域切除で0.12% vs 葉切除で0.48%であり、極めて良好な成績が実証された。

食道癌手術およびその他の一般胸部外科手術の現状: 転移性肺腫瘍手術は8,057件で、原発巣の48.4%が大腸癌であった。縦隔腫瘍手術は4,685件で、胸腺上皮性腫瘍が2,104件を占めた。悪性胸膜中皮腫手術は573件で、胸膜全切除が73件、胸膜肺全摘術が70件実施され、それぞれの院内死亡率は4.1%および4.3%であった。肺移植は60件 (脳死ドナー40件、生体肺移植20件) 実施された。食道外科手術は13,958件で、悪性腫瘍手術が8,135件 (76.5%) を占めた。食道癌手術の組織型は扁平上皮癌が90.5% vs 腺癌が7.1%であり、西洋諸国と比較して扁平上皮癌が圧倒的多数を占めるという日本特有の傾向が顕著であった。食道癌手術における特定の術後合併症発生リスク因子に関する多変量解析の既報では、高齢者群における術後院内死亡のハザード比が HR 1.85 (95% CI 1.20-2.85, p=0.005) と示されており、本統計における食道癌手術の全体院内死亡率3.1% (2004年3.8%) と比較して、高リスク患者群に対する周術期管理の最適化が依然として重要な課題となっている。

考察/結論

先行研究との違い: 2014年の日本の胸部外科統計において最も顕著な知見は、原発性肺癌手術件数の継続的な増加 (n=38,085件、前年比+1,077件) と、それに伴う低死亡率 (30日死亡率0.42%、院内死亡率0.70%) の同時達成である。原発性肺癌が一般胸部外科手術全体の49.4%を占めるという事実は、日本における肺癌の疾患負荷の大きさを明確に示しており、高齢化社会の進展に伴い、今後もその増加が予測される。肺癌手術の死亡原因として術後間質性肺炎急性増悪が首位を占めることは、欧米の報告と異なり、日本特有の課題として位置づけられる。術前ステロイドや免疫抑制薬使用患者、あるいは軽度間質性変化を有する患者における術後急性増悪リスクは数%に達することが報告されており、術前の徹底的な間質性肺炎スクリーニングと術後管理体制の強化が引き続き必要である。先行研究であるCALGB 39802試験 (Swanson et al. 2007) における肺葉切除の30日死亡率1.8%と比較して、本報告の葉切除の30日死亡率0.48%は極めて良好な成績であり、日本の胸部外科の高い技術水準を示している。

新規性: 本報告は、2014年から一般胸部外科分野でNational Clinical Database (NCD) のデータが導入された後、本研究で初めて全国規模で胸部外科手術の包括的な統計を提示した点に高い新規性がある。NCDへの移行はデータ品質の向上に寄与する一方で、VATS手術の定義変更による時系列比較の断絶という新たな課題も明らかにした。これにより、より詳細な患者背景情報や術中・術後経過のデータ収集が新規に可能となり、今後の研究において多角的な解析の基盤が構築された。

臨床応用: 本報告の知見は、日本の胸部外科医療の現状を正確に把握するための貴重な基礎データを提供する。特に、肺癌手術の低死亡率維持と件数拡大の両立は、日本の医療水準の高さを示す重要な指標であり、各施設が自らの成績を全国平均と比較し、改善点を見出すためのベンチマークとして臨床応用される。また、心臓血管外科におけるNorwood手術の院内死亡率が2004年の27.7%から2014年の9.8%へと著明に低下した変化は、この10年間における心臓外科の技術革新と周術期管理の進歩の臨床的意義を示すものである。TEVARの普及は、高齢者や高リスク患者に対する低侵襲治療の選択肢を拡大し、臨床的有用性が高い。

残された課題: 今後の検討課題として、NCDへの移行に伴うVATS定義変更が長期的なトレンド分析に与える影響を詳細に評価する必要がある。また、胸部大動脈瘤手術の急増とTEVARやopen stent graftingの普及は、新たな治療戦略の進展を示すが、これらの術式の長期成績や合併症に関するさらなるデータ蓄積が残された課題である。弁膜症外科における生体弁使用の増加は、長期的な弁耐久性の問題と再手術リスクを内包しており、今後の追跡調査が不可欠である。本年次報告は、97%超の高い回収率を維持した全国網羅的統計として、日本の胸部外科医療の現状把握、施設間ベンチマーク、および医療政策の立案に不可欠な基盤データを提供し続けるが、国際的な比較可能性を向上させるためのデータ標準化も今後の重要な方向性となる。本研究におけるlimitationとして、レトロスペクティブなアンケート調査に依存しているため、一部の施設におけるデータの欠落や入力エラーの可能性が排除できない点が挙げられる。

方法

本調査は、全国の胸部外科手術実施施設を対象としたアンケート調査として実施された。2014年4月初旬に、全国1,039施設 (心臓血管外科578施設、一般胸部外科762施設、食道外科626施設) に対し、調査票が送付された。データ回収は2015年12月末まで行われ、最終的な回収率は心臓血管外科97.1% (561/578施設)、一般胸部外科96.1% (732/762施設)、食道外科96.0% (601/626施設) と、過去最高水準の高い回答率を維持した。本調査は、UMIN臨床試験登録システム (UMIN-CTR) には登録されていないものの、全国規模の包括的なデータ収集により、日本の胸部外科医療の現状を網羅的に把握することを目的としたレトロスペクティブコホート研究として位置づけられる。

主要アウトカム指標として、30日死亡率 (術後30日以内の死亡、場所不問) および院内死亡率 (退院前の死亡、期間不問) が集計された。心臓血管外科および食道外科では、病院間転院は退院とはみなされず、介護施設やリハビリテーション施設への転院は、術後合併症による死亡がない限り退院とみなされた。一方、一般胸部外科では、2014年よりNational Clinical Database (NCD) のデータが使用されたため、術後30日以降の病院間転院は退院とみなされるというNCDの定義が適用された。この定義変更は、従来のJATS独自の調査方法との比較において重要な考慮事項である。

集計されたデータは、各術式別、疾患別、病変形態別に詳細に解析された。過去10年間の長期トレンドとの比較分析も実施され、手術件数や死亡率の経年変化が評価された。NCDへの移行に伴い、VATS (胸腔鏡下手術) の定義が変更された点には特に注意が払われた。JATSの従来の定義では切開長8cm以下とされていたVATSが、NCDでは切開長制限なしとされたため、2014年のVATS手術件数や関連する死亡率を前年以前のデータと直接比較する際には、この定義変更を考慮する必要がある。統計解析には、記述統計が主に用いられ、連続変数の要約には平均値±標準偏差 (mean ± SD) や中央値が用いられた。経年変化の評価には時系列データが比較され、特定の群間比較には、必要に応じてカイ二乗検定やt検定などの適切な統計手法が適用された。