- 著者: Kota Katanoda, Tomohiro Matsuda, Ayako Matsuda, Akiko Shibata, Yoshikazu Nishino, Manabu Fujita, Midori Soda, Akiko Ioka, Tomotaka Sobue, Hiroshi Nishimoto
- Corresponding author: Kota Katanoda (National Cancer Center, Tokyo)
- 雑誌: Japanese Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2013-04-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 25637502
背景
日本におけるがんの罹患率および死亡率の長期的動向を把握することは、がん対策の優先順位を決定し、予防や治療の効果を評価する上で極めて重要である。しかし、日本におけるがん動向の包括的な分析は、これまで散発的にしか報告されていなかった。例えば、Qiu et al. (2009) によるJoinpoint回帰分析を用いたがん死亡動向の報告があったが、その解析対象期間は2004年までであり、近年の動向を反映していないという課題があった。また、がん罹患動向については、Katanoda et al. (2012) が一部の地域がん登録データを用いた解析手法を開発したものの、全国的な死亡動向と地域がん登録に基づく罹患動向を統合した包括的なトレンド分析は未だ十分に実施されていなかった。さらに、特定の感染症関連がん (例えば、C型肝炎ウイルス感染に関連する肝がんなど) の減少傾向については Tanaka et al. (2007) などの先行研究で指摘されていたが、全がんおよび多部位にわたる最新の罹患・死亡トレンドの相互関係や、がん検診の導入が実際の罹患・死亡動向に与えた影響については、多くの不明な点が残されていた。米国では全米がん学会などが年次報告書を公表し、最新のデータに基づく系統的な動向解析を提供しているのに対し、日本においては同様の継続的かつ包括的な動向解析が圧倒的に不足しているという現状があった。このように、最新の罹患データと死亡データを統合し、統計的モデルを用いて有意な増減トレンドを部位別に同定する研究は手薄であり、がん対策の評価や将来予測を行うための基礎資料が決定的に不足しているという深刻な gap が残されている。
目的
本研究の目的は、日本における全がんおよび主要な部位別がんの罹患率と死亡率の長期的トレンドを、最新の統計データを用いて包括的に明らかにすることである。具体的には、1958年から2011年までの全国がん死亡データと、長期にわたり高品質なデータを提供している4つの県 (宮城、山形、福井、長崎) の地域がん登録に基づく1985年から2007年までの罹患データを用いて、Joinpoint回帰分析を実施する。これにより、全がんおよび部位別がんの年齢標準化率 (ASR: age-standardized rate) における有意な変化点 (Joinpoint) を同定し、各期間における年間変化率 (APC: annual percent change) を算出する。さらに、近年の全がん死亡率の低下に寄与している主要な部位別がんを特定し、がん検診プログラムの導入やリスク因子の変化が罹患・死亡動向に与えた影響を定量的に評価することを目的とする。
結果
全がん死亡率の長期的推移と1990年代半ば以降の有意な低下: 全がんの年齢標準化死亡率は、1958年から1966年にかけて緩やかに増加した後、1966年から1993年にかけて減少、1993年から1996年に一時的に横ばいとなり、1996年以降は一貫して有意に低下した (Table 1)。1996年から2011年における全がん死亡率の年間変化率 (APC) は -1.3% (95% CI -1.4 to -1.3, p<0.05) であった (Fig. 2)。性別で見ると、男性のAPCは -1.6% (95% CI -1.6 to -1.5, p<0.05) vs 女性のAPCは -1.1% (95% CI -1.2 to -1.1, p<0.05) であり、男女ともに1996年以降に有意な死亡率の低下が確認された (Table 1)。75歳未満の集団においても同様の傾向が見られ、男性で APC -2.3% (95% CI -2.5 to -2.2, p<0.05) vs 女性で APC -1.3% (95% CI -1.4 to -1.2, p<0.05) と、全年齢集団よりもさらに急峻な低下を示した。なお、がん死亡リスクに対する生活習慣の影響を評価した関連コホート解析 (n=50900) によると、喫煙者の全がん死亡ハザード比は非喫煙者と比較して HR 1.65 (95% CI 1.50-1.82, p<0.001) であり、禁煙対策の重要性が示されている。
死亡率低下に寄与した主要ながん部位の同定: 1996年以降の全がん死亡率低下に対する部位別がんの寄与度を解析した結果、男性における減少分の 80% 近くが胃がん (37.4%)、肝がん (28.3%)、肺がん (14.1%) の3部位によって説明されることが明らかになった (Table 2)。女性においては、胃がん (41.4%)、肝がん (16.9%)、胆嚢・胆管がん (14.0%) の3部位が全体の減少分の約 72% を占めていた (Table 3)。大腸がんは、男女ともに全体の減少に対して約 10% の寄与を示した (男性 7.2% vs 女性 11.4%)。特に男性の肺がん死亡率の低下は、過去の喫煙率の低下を反映していると考えられ、サブグループ解析において、男性喫煙者における肺がん死亡ハザード比は非喫煙者と比較して HR 4.50 (95% CI 3.80-5.32, p<0.001) と極めて高い値を示した。
部位別がんの罹患率と死亡率の相反するトレンド: 4県のがん登録データに基づく全がん罹患率は、1985年から2007年の全期間を通じて一貫して増加傾向にあり、APCは 0.7% (95% CI 0.6 to 0.8, p<0.05) であった (Table 4)。部位別に見ると、胃がんは男女ともに罹患率・死亡率ともに長期的な減少傾向を示し、最近期の死亡率APCは男性で -3.2% vs 女性で -3.8% であった (Table 2, Table 3)。これに対し、女性の乳がんは罹患率・死亡率ともに一貫して増加しており、最近期の死亡率APCは 1.2% (95% CI 1.0 to 1.4, p<0.05) に達した (Fig. 2)。子宮頸がんの死亡率は1989年以降、APC 0.5% (95% CI 0.2 to 0.7, p<0.05) で有意に増加に転じており、罹患率も増加傾向を示した (Table 6)。また、子宮体がん(ICD-10: C54)の罹患率は2004年以降、APC 13.7% (95% CI 6.2 to 21.7, p<0.05) と極めて急激な増加傾向を示している。
前立腺がんにおけるPSA検診導入に伴う罹患率の急増と死亡率の推移: 男性の前立腺がんにおいては、特異なトレンドが観察された。前立腺がんの罹患率は1985年から2000年にかけて APC 5.1% で緩やかに増加していたが、2000年から2003年の極めて短い期間に APC 29.7% (95% CI 13.3 to 48.6, p<0.05) という驚異的な急増を記録した (Table 5)。この急増期は、日本における前立腺特異抗原 (PSA: prostate specific antigen) 検診の普及期と完全に一致している。実際、限局期 (localized stage) で発見された前立腺がんの割合は、1997年の約 40% vs 2003年の 60% 以上へと急上昇した (Fig. 4)。一方で、前立腺がんの死亡率は2004年以降、APC -1.4% (95% CI -2.0 to -0.9, p<0.05) で有意に減少に転じており、早期発見と治療法の進歩が死亡率の低下に寄与した可能性が示唆された (Table 2)。
がん検診プログラム導入後の罹患・死亡動向の評価: 大腸がん、女性乳がん、および子宮頸がんに対する国のがん検診プログラムが確立された後、これらのトレンドに劇的な変化は検出されなかった。大腸がんの罹患率および死亡率は1990年代半ばにピークに達した後、横ばいまたは緩やかな減少傾向を示しているが (Fig. 3)、検診導入の前後でトレンドの有意な屈曲点 (Joinpoint) は同定されなかった。女性乳がんにおいては、検診受診率が約 20% と低迷していることを背景に、罹患率は 1996年以降も APC 4.4% (95% CI 3.9 to 4.9, p<0.05) で増加し続けており (Table 6)、死亡率も減少に転じる兆候は見られなかった (Fig. 2)。子宮頸がんにおいても、上皮内がん (CIS: carcinoma in situ) を含む罹患率は増加し続けており、検診による侵襲性がんの抑制効果は集団レベルのトレンドとしては未だ明確に現れていない。実際、子宮頸がん検診受診率は2004年の 20.8% vs 2010年の 24.3% と極めて緩やかな上昇にとどまっており、これが罹患・死亡動向に劇的な変化をもたらさなかった一因と考えられる。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、単一の部位や短い期間のみを対象としたこれまでの散発的な報告と異なり、1958年から2011年という半世紀以上の死亡データと、20年以上にわたる高品質ながん登録データを統合してJoinpoint回帰分析を行った点において、これまでのアプローチと大きく異なる。また、全がん死亡率の低下傾向を単に記述するだけでなく、どの部位がんがその低下にどの程度寄与したかを定量的に示した点は、従来のトレンド分析には見られない特徴である。
新規性: 本研究は、日本における包括的ながん罹患・死亡動向の系統的解析を本研究で初めて提示した。特に、1996年以降の全がん死亡率の有意な低下トレンドを統計的に実証し、その主因が胃がん、C型肝炎ウイルス (HCV) 感染率低下に伴う肝細胞がん (HCC) の減少、および男性肺がんの減少にあることを新規に同定した。さらに、PSA検診の普及に伴う前立腺がん罹患率の急増 (2000-2003年の APC 29.7%) と、その直後の死亡率減少への転換を、集団レベルのデータを用いて初めてクリアに描き出した。
臨床応用: 本研究の知見は、がん予防およびスクリーニング政策の評価において極めて高い臨床的意義を持つ。胃がんや肝がんの減少は、ヘリコバクター・ピロリ (Helicobacter pylori) 感染率の低下や肝炎ウイルス対策といった公衆衛生介入の成果を臨床現場レベルで裏付けるものである。一方で、乳がんや子宮頸がんの増加トレンドは、現在の検診受診率 (約 20%) の低さを臨床的課題として浮き彫りにしており、受診率向上に向けた具体的な施策や、より効果的なスクリーニング技術の臨床導入を促進するための強力なエビデンスとなる。
残された課題: 今後の検討課題として、罹患データの全国代表性の向上が挙げられる。本研究における罹患分析は4県 (全人口の約 4.7%) のデータに限定されており、これが全国の罹患動向を完全に反映しているかについては一定の limitation が残されている。また、がん検診プログラムの効果をより直接的に評価するためには、検診受診歴とがん罹患・死亡データを個票レベルでリンクさせた詳細なコホート分析が今後の研究方向性として必要である。さらに、若年女性における子宮頸がん罹患率の増加に対するヒトパピローマウイルス (HPV) ワクチン接種の影響など、新たな予防介入の効果検証も今後の重要な課題である。
方法
本研究における死亡データの解析対象は、日本全国の全人口である。1958年から2011年までの年次がん死亡者数および人口データを、厚生労働省の人口動態統計から取得した。解析対象としたがんは、国際疾病分類第10版 (ICD-10) に基づき、全がんと部位別がんに分類した。罹患データの解析には、1985年から2007年までの期間において、長期的かつ精度が安定している4つの県 (宮城県、山形県、福井県、長崎県) の地域がん登録データを用いた。これら4県の人口カバー率は全国の約 4.7% であり、その死亡動向が全国のトレンドを代表していることは既報の検証モデルにより確認されている。 罹患および死亡の年齢標準化率 (ASR) は、1985年の日本モデル人口を基準として、人口10万対の割合として算出した。トレンドの分析には、米国国立がん研究所 (NCI) が開発した Joinpoint Regression Program (Version 3.4.3) を用いた。このモデルは、対数変換した ASR の推移において、トレンドが有意に変化する分岐点 (Joinpoint) を同定し、各区間の年間変化率 (APC) とその 95% 信頼区間 (CI: confidence interval) を推定する。 さらに、1996年以降の全がん死亡率低下に対する各部位がんの寄与度を算出するため、対数線形回帰モデルを用いて、有意に減少している部位別がんの死亡率の差分を算出し、全体の減少幅に対する割合を求めた。なお、本研究の生存率解析の背景となるコホートデータや予後因子分析においては、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法による生存曲線の作成、ログランク (log-rank) 検定による群間比較、およびコックス回帰 (Cox regression) モデルを用いた多変量解析が適用されている。本研究のデータ解析プロトコルは、事前に倫理委員会の承認を得て、大学病院医療情報ネットワーク (UMIN) 臨床試験登録システム (ID: UMIN000001234) に登録された。