• 著者: Li Q, Wang W, Machino Y, Yamada T, Kita K, Oshima M, Sekido Y, Tsuchiya M, Suzuki Y, Nan-ya K, Iida S, Nakamura K, Iwakiri S, Itoi K, Yano S
  • Corresponding author: Seiji Yano (Division of Medical Oncology, Cancer Research Institute, Kanazawa University, Kanazawa, Japan)
  • 雑誌: Cancer Science
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-01-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25421609

背景

悪性胸膜中皮腫 (MPM: malignant pleural mesothelioma) は、アスベスト曝露と強い関連を持つ希少かつ極めて悪性度の高い腫瘍であり、胸膜、心膜、または腹膜の中皮細胞から発生する。世界的なアスベスト使用の歴史を反映し、20年から50年という長い潜伏期間を経て発症するため、今後の発症数のさらなる増加が予測されている (Connelly et al. 1987)。現在の標準一次治療はペメトレキセドとシスプラチンの併用化学療法であるが、既存の治療法では長期生存が困難であるという課題が残されている (Vogelzang et al. 2003)。手術、化学療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療が試みられているものの、患者の予後は依然として極めて不良である。このような背景から、従来の化学療法とは異なる作用機序を持つ新規治療法の開発が強く望まれている。

ガングリオシドGM2 (ganglioside GM2) は、セラミドとオリゴ糖から構成される糖脂質であり、細胞膜の構成成分として神経細胞の生存に関与することが示唆されている。GM2は肺がんや神経芽腫、神経膠腫などの多くのがん種において過剰発現している一方で、正常組織での発現は極めて乏しいことから、がん治療における有望な標的抗原として注目されてきた (Hakomori 1985)。過去の研究において、メラノーマ患者におけるGM2に対する抗体力価の上昇が生存期間の延長と相関することが報告され、GM2を標的とした免疫応答の治療的重要性が示唆されていた。しかし、GM2を標的としたワクチン療法は臨床試験において十分な有効性を達成できていない (Eggermont et al. 2013)。

治療用抗体は主に、抗原の中和作用と、エフェクター細胞を介した抗体依存性細胞傷害 (ADCC: antibody-dependent cellular cytotoxicity) 活性、および補体依存性細胞傷害 (CDC: complement-dependent cytotoxicity) 活性によって抗腫瘍効果を発揮する。特にADCC活性は、ナチュラルキラー (NK: natural killer) 細胞などのエフェクター細胞が抗体のFc領域を認識して腫瘍細胞を傷害する重要な機序である。近年、抗体のFc領域からコアフコースを除去するグリコエンジニアリング技術により、ADCC活性を大幅に増強した脱フコース化ヒト化抗GM2抗体 BIW-8962 が開発された。BIW-8962は小細胞肺がんモデルにおいて強力な治療効果を示すことが報告されているが、MPMにおけるGM2の発現状況や、BIW-8962のMPMに対する治療効果についてはこれまで報告がなく、その治療標的としての可能性は未解明であった。MPM治療における有効な分子標的治療薬のデータが不足している現状において、GM2を標的とした抗体療法の可能性を検証することは極めて重要な課題である。

目的

本研究の目的は、予後不良な悪性胸膜中皮腫 (MPM) に対する新規治療標的としてガングリオシドGM2 (ganglioside GM2) の妥当性を検証することである。具体的には、複数のヒトMPM細胞株およびMPM患者から採取された臨床検体におけるGM2の発現状況を体系的に評価し、その発現頻度と組織学的特徴を明らかにする。さらに、ADCC活性を増強した脱フコース化ヒト化抗GM2抗体 BIW-8962 を用い、in vitro における抗腫瘍活性およびその作用機序を詳細に解析する。また、正所性移植マウスモデルを用いて、BIW-8962 単独投与および末梢血単核細胞 (MNC: mononuclear cells) 併用投与時における in vivo での腫瘍増殖抑制効果や胸水貯留への影響を定量的に評価する。これらの多角的な検証を通じて、BIW-8962 がMPM患者に対する新たな治療選択肢となりうるか、その科学的根拠を確立することを目指す。

結果

悪性胸膜中皮腫における既存の標準化学療法の臨床成績: MPMに対する標準治療としての化学療法の効果を検証した先行研究 (Vogelzang et al. 2003) では、pemetrexed + cisplatin 併用療法は cisplatin 単独群と比較して生存期間を有意に延長した。全生存期間 (OS) 中央値は 12.1 vs 9.3 months であり、ハザード比は HR 0.77 (95% CI 0.61-0.97, p=0.03) であった。また、無増悪生存期間 (PFS) 中央値においても 5.7 vs 3.9 months と有意な改善が示された [HR 0.68 (95% CI 0.53-0.87, p=0.002)]。これらのデータは、化学療法による生存ベネフィットが依然として限定的であることを示しており、新規治療薬の開発が必要とされる背景を裏付けている。

メラノーマにおけるGM2標的ワクチンの臨床試験成績: GM2を標的とした過去の臨床試験 (Eggermont et al. 2013) では、ステージIIのメラノーマ患者を対象にGM2-KLH/QS-21ワクチンと観察群を比較した第III相試験が行われた。しかし、無再発生存期間 (RFS) において両群間に有意差は認められず、ハザード比は HR 1.00 (95% CI 0.80-1.20, p=0.99) であった。この結果は、能動免疫によるGM2標的治療の限界を示しており、BIW-8962のような受動免疫療法(抗体医薬)によるADCC活性の増強が極めて重要であることを示唆している。

MPM細胞株におけるガングリオシドGM2の高頻度かつ不均一な発現: フローサイトメトリーを用いて11種類のヒトMPM細胞株 (n=11 cells) におけるGM2発現を解析した結果、全体の73%にあたる8株がGM2陽性であった (Figure 1)。発現レベルは不均一であり、RFI >10 の高発現群が4株 (36%)、RFI 2-10 の低発現群が4株 (36%)、RFI <2 の陰性群が3株 (28%) であった。組織型別では、上皮様型6株中4株、二相性型3株中2株が陽性であったが、肉腫様型2株 (NCI-H28, NCI-H2052) は陰性であった。特に二相性型の MSTO-211H は RFI 19.6 と高い発現を示した。

BIW-8962によるin vitroでの強力なADCC活性の誘導: GM2高発現株 MSTO-211H に対する BIW-8962 の in vitro ADCC 活性を LDH 放出法で評価した (Figure 2)。健常ドナー由来の MNC をエフェクター細胞として用いたアッセイにおいて、BIW-8962 は 1 µg/mL および 10 µg/mL の濃度で、エフェクター/ターゲット比 (E/T比) が 25/1、50/1、100/1 のすべての条件で有意な細胞傷害活性を示した (p<0.01 または p<0.001)。細胞傷害率は E/T比の上昇に伴い増加し、10 µg/mL、E/T=100/1 の条件で約25%に達した。一方、100 µg/mL の高濃度においても CDC 活性は検出されなかった。

正所性in vivoマウスモデルにおけるBIW-8962の顕著な抗腫瘍効果: SCIDマウス (n=8 animals/群) を用いた MSTO-211H 胸腔内移植モデルにおいて、BIW-8962 の治療効果を評価した (Figure 3, Table 1)。コントロール群の腫瘍重量中央値は 550 mg (範囲 380-650 mg) であったのに対し、BIW-8962 単独群 (10 µg/動物) では 360 mg (範囲 0-590 mg) へと有意に減少した (p<0.05)。さらに、BIW-8962 + MNC 併用群では、腫瘍重量中央値が 10 mg 未満 (範囲 0-510 mg) となり、コントロール群と比較して約55倍以上の減少 (55-fold decrease) という顕著な抗腫瘍効果を示した (p<0.01)。また、胸水貯留率および胸水量も減少する傾向が認められた。

MPM臨床検体におけるGM2発現の陽性率と組織学的特徴: 26例のMPM患者 (n=26 patients) の凍結切片を用いた免疫蛍光染色の結果、全体の58%にあたる15例でGM2陽性が確認された (Figure 4, Table 2)。染色頻度は 0-100%、染色強度は 0-3+ と症例間で大きな個体差が認められた。組織型別の陽性率は、二相性型 50% (4/8例)、Desmoplastic型 60% (3/5例)、上皮様型 50% (1/2例)、未分類中皮腫 64% (7/11例) であり、病期 (Stage I-IV) や組織型との間に明確な相関は認められなかった。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、悪性胸膜中皮腫 (MPM) におけるガングリオシドGM2の発現分布および治療標的としての有用性を体系的に検証した最初の報告である。過去の知見では、GM2が小細胞肺がん (SCLC) や非小細胞肺がん (NSCLC) で発現していることは知られていたが、MPMにおける詳細な発現状況や治療標的としての可能性はこれまで報告された研究がなく、本研究の成果はこれまでの知見と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、脱フコース化ヒト化抗GM2抗体 BIW-8962 が、in vitro および in vivo の両方でMPMに対して極めて強力な抗腫瘍効果を示すことが明らかになった。特に、in vivo 正所性移植モデルにおいて、BIW-8962 単独投与のみならず、ヒト末梢血単核細胞 (MNC) との併用により、腫瘍重量がコントロール群の 550 mg から 10 mg 未満へと劇的に減少したことは、新規の免疫療法アプローチとしての高いポテンシャルを実証している。この効果は、抗体のフコース除去技術によって増強された ADCC 活性が主要な作用機序であることを強く支持している。

臨床応用: 本研究の成果は、予後不良な二相性型や肉腫様型を含むMPM患者に対する新たな治療選択肢として、BIW-8962 の臨床応用に強い期待を抱かせるものである。特に、MPM患者の多くが呼吸困難を伴う胸水貯留に苦しむが、BIW-8962 が胸水抑制の傾向を示したことは、臨床的意義が極めて高い。本研究の開始時点で、NSCLC、SCLC、および中皮腫患者を対象とした BIW-8962 の第I相臨床試験 (NCT01898156) が進行中であり、本研究データはその科学的妥当性を裏付ける重要な translational な成果である。

残された課題: 今後の検討課題として、臨床における有効用量の設定が挙げられる。マウスモデルで有効であった 10 µg/動物 (約0.5 mg/kg) という用量をヒトに外挿する際、ヒトの腫瘍組織内における抗体移行性がマウスモデルよりも低くなる可能性を考慮する必要があり、臨床現場では 10 mg/kg 程度の高用量が必要となる可能性が残された課題である。また、臨床検体におけるGM2発現には大きな個体差が認められたため、治療効果を最大化するためのバイオマーカーの確立や、より大規模なコホートを用いた検証が今後の研究の方向性として求められる。

方法

使用細胞株: 本研究では、11種類のヒトMPM細胞株 (n=11 cells) を使用した。組織型別に、上皮様型として ACC-MESO-1、Y-MESO-12、NCI-H290、NCI-H513、NCI-H226、NCI-H2452 の6株、肉腫様型として NCI-H28、NCI-H2052 の2株、二相性型として Y-MESO-8A、Y-MESO-14、MSTO-211H の3株を用いた。これらの細胞株は、10% FBS、100 U/mLペニシリン、100 mg/mLストレプトマイシンを添加したRPMI-1640培地を用いて37°C、5% CO2条件下で培養した。

試薬: 脱フコース化ヒト化抗GM2抗体 BIW-8962 およびアイソタイプコントロール抗体である抗ジニトロフェノール (DNP: dinitrophenol) 抗体は、協和発酵キリン株式会社より提供された。

フローサイトメトリーによるGM2発現解析: 各MPM細胞株におけるGM2の発現は、フローサイトメトリーを用いて評価した。細胞を回収し、非特異的結合を防ぐために10% AB血清でブロッキングした後、BIW-8962 またはアイソタイプコントロール抗体とともに氷上で30分間インキュベーションした。洗浄後、FITC標識抗ヒトIgG抗体とともに氷上で30分間反応させ、FACSCaliburを用いて蛍光強度を測定した。相対蛍光強度 (RFI: relative fluorescence intensity) は、BIW-8962 の平均蛍光強度 (MFI: mean fluorescence intensity) をアイソタイプコントロールの MFI で除した値として算出した。

In vitro ADCCアッセイ: 健常ドナーから Lymphoprep 比重遠心法により分離した末梢血単核細胞 (MNC) をエフェクター細胞として使用した。ターゲット細胞にはGM2高発現株である MSTO-211H を用いた。96ウェルプレートに播種したターゲット細胞に対し、エフェクター/ターゲット比 (E/T比) が 25/1、50/1、100/1 となるように MNC を添加し、BIW-8962 またはコントロール抗体を様々な濃度で添加した。37°Cで4時間インキュベーションした後、上清中の乳酸脱水素酵素 (LDH: lactate dehydrogenase) 活性を測定し、特異的細胞傷害活性を算出した。統計解析には Student’s t-test を用いた。

In vivo 正所性移植マウスモデル: 5-6週齢の雄性 SCID マウス (SCID mice) を使用した。移植2日前に抗IL-2Rβ抗体 (TMb1) を投与してNK細胞活性を抑制した。MSTO-211H 細胞 (1 × 10^6 細胞) を胸腔内に移植し、移植後7日目および14日目に BIW-8962 (10 µg/動物) および/またはヒト MNC (1 × 10^6 細胞) を静脈内投与した。移植3週目にマウスを屠殺し、胸腔内腫瘍重量および胸水量を測定した。統計解析には Dunnett’s multiple comparison test を使用した。

臨床検体におけるGM2発現評価: 26例のMPM患者 (n=26 patients) から得られた凍結組織切片を使用し、免疫蛍光染色を行った。切片をアセトン固定後、DAPIで核染色し、Alexa Fluor 488標識 BIW-8962 またはアイソタイプコントロール抗体と反応させ、蛍光顕微鏡下で観察した。陽性細胞の割合および染色強度 (0から3+) を病理医が盲検下で評価した。