- 著者: van Zandwijk N, Pavlakis N, Kao SC, Linton A, Boyer MJ, Clarke S, Huynh Y, Chrzanowska A, Fulham MJ, Bailey DL, Cooper WA, Kritharides L, Ridley L, Pattison ST, MacDiarmid J, Brahmbhatt H, Reid G
- Corresponding author: van Zandwijk N (Concord Clinical School, University of Sydney, Sydney, Australia)
- 雑誌: Lancet Oncology
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-09-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 28870611
背景
悪性胸膜中皮腫 (MPM) は石綿暴露と密接に関連した難治性の悪性腫瘍であり、その予後は極めて不良である。標準的な治療法はシスプラチンとペメトレキセドを組み合わせた化学療法であるが、奏効率は40%未満にとどまり、全ての患者が最終的に再発する (Schunselaar et al. 2016)。ベバシズマブの上乗せにより中央値全生存期間 (OS) が2〜3か月延長されたものの (Zalcman et al. 2016)、プラチナ製剤を含む化学療法後に再発したMPMに対する有効な治療選択肢は依然として限られており、新たな治療アプローチが緊急に必要とされている。
マイクロRNA (miRNA) は、遺伝子発現制御において重要な役割を果たす非コードRNAの一種であり、多くの癌においてその発現異常が報告されている (Bartel 2009; Ameres & Zamore 2013)。特にmiR-15/miR-16ファミリーは、慢性リンパ性白血病 (Calin et al. 2002) や肺癌 (Bandi et al. 2009)、前立腺癌 (Bonci et al. 2008) などを含む複数の固形腫瘍において腫瘍抑制因子として機能することが示されている。MPMにおいてもmiR-16の発現が顕著に低下しており、その主要な標的mRNAにはBCL2、CDK1、ETS1 (ETS proto-oncogene 1, transcription factor)、JUN (jun proto-oncogene, AP-1 transcription factor subunit) などが含まれ、これらはいずれも癌の増殖と進行に深く関与している (Reid et al. 2013)。
前臨床研究では、miR-16ベースのmiRNAミミックをEnGeneIC Dream Vectors (EDV; 細菌由来の約400 nmのミニセル) に搭載し、上皮成長因子受容体 (EGFR) を標的化した製剤であるTargomiRsが開発された (MacDiarmid et al. 2007; MacDiarmid & Brahmbhatt 2011)。MPM細胞株を用いたin vitro実験では、miR-16の発現回復が細胞増殖を強力に抑制することが示され、ヒトMPMキセノグラフトモデルでは、TargomiRsの静脈内投与が用量依存的な腫瘍増殖抑制効果を示すことが報告された (Reid et al. 2013)。MPM組織の44〜97%でEGFR発現が認められることから (Agarwal et al. 2011; Dazzi et al. 1990)、TargomiRsのEGFR標的化はMPM治療において合理的なアプローチと考えられた。しかし、この新規ナノ粒子デリバリーシステムを用いたmiRNAミミック療法のヒトにおける安全性、薬物動態、および初期の抗腫瘍活性については、これまで未解明な点が多かった。特に、ナノ粒子キャリアの免疫原性や、miRNAミミック自体の毒性プロファイルに関する詳細なデータが不足しており、臨床応用への橋渡しには初のヒト臨床試験による検証が不可欠であった。
目的
本研究は、再発悪性胸膜中皮腫 (MPM) 患者を対象とした初のヒト投与第I相用量漸増試験として、TargomiRs(miR-16搭載EGFR標的ミニセル)の安全性プロファイル、最大耐量 (MTD)、および最適投与頻度を決定することを主要目的とした。MTDは用量制限毒性 (DLT) に基づいて確立される。また、副次的に、TargomiRsの初期の抗腫瘍活性(客観的奏効率、奏効持続期間、全生存期間など)を評価し、治療関連バイオマーカーの探索を行うことも目的とした。本試験は、miRNAミミックを用いたナノ粒子デリバリー療法の臨床開発における重要な第一歩となる。本試験は、miR-16ミミックを搭載したナノ粒子デリバリーシステムのヒトにおける安全性と有効性を評価し、将来の臨床試験の基盤を築くことを目指した。
結果
患者登録と投与状況: 2014年9月29日から2016年11月24日の間に39例の患者がスクリーニングされ、12例 (31%) が除外された。残りの27例が登録され、そのうち26例 (96%) が少なくとも1回以上のTargomiRs投与を受けた(1例は治療開始前に死亡)。患者背景は、中央値年齢66歳 (IQR 60-74)、男性78% (n=21/27)、上皮型89% (n=24/27) であった (Table 1)。全例が1〜2ラインの前治療(シスプラチン+ペメトレキセドを含む)を受けており、ECOG PS 0-1で測定可能病変を有していた。26例の中央値投与回数は8回 (IQR 7-15) であった。全患者が前投薬(プロメタジン、ロラタジン、パラセタモール、デキサメタゾン8 mg静注)を受けた。
最大耐量 (MTD) の決定と用量制限毒性 (DLT): 合計5例でDLTが発生した。コホート2 (5×10⁹ 週2回) では、重篤な炎症反応 (n=1) と冠動脈虚血 (n=1) が認められた。コホート5 (デキサメタゾン漸減) では、Takotsubo型心筋症 (n=1) とアナフィラキシー様反応 (n=1) が発生した。コホート1では、重度の非心臓性胸痛 (n=1) が認められた (Table 2)。これらの結果に基づき、MTDは5×10⁹ TargomiRs週1回(完全デキサメタゾン前投与)と決定された。週2回投与は、DLT数はなかったものの、有害事象の累積と週2回の通院負担が大きく、継続が困難と判断された。
安全性プロファイルと心臓毒性: 全26例中25例 (96%) で、注入後60〜90分以内に自己限性の悪寒・発熱が認められたが、通常30〜50分で消失した。一過性リンパ球減少 (96%)、低リン酸血症 (65%)、トランスアミナーゼ上昇 (23%)、アルカリフォスファターゼ上昇 (8%) が観察されたが、いずれも24時間以内に回復し、DLTとは見なされなかった。患者の54% (n=14/26) で一過性の非心臓性胸痛が報告され、これは既知の胸膜病変部位の疼痛増悪として説明された。心事象は5例に認められた。内訳は、心電図変化3例、冠動脈虚血1例、Takotsubo型心筋症1例であった (Table 4)。最も重篤な心事象は、74歳女性でのTakotsubo型心筋症(第2投与後、左室駆出率 (LVEF) 30%、心尖部壁運動低下、ACE阻害薬+利尿薬で改善)と、70歳男性での冠動脈虚血(第7投与後、Troponin T 0.057 μg/L at 48 h、心電図T波逆転およびST低下)であった。デキサメタゾン前投与量を漸減したコホート5では、アナフィラキシー様症状と心筋症が関連付けられた。
抗腫瘍活性と生存成績: CT評価を受けた22例において、1例 (5%) が部分奏効 (PR) を達成した。この患者の奏効持続期間は32週であり、肺活量 (FVC) が+28%、1秒量 (FEV1) が+20%改善した。15例 (68%) が安定病変 (SD) を示し、6例 (27%) が病勢進行 (PD) であった (疾患コントロール率 73%) (Figure 2B)。中央値全生存期間 (OS) は200日 (95% CI 94-358日) であり (Figure 3)、これは再発MPMの標準的な自然経過(中央値3-6か月)を上回る結果であった。21例が死亡し、うち20例が腫瘍進行による死亡、1例が腸穿孔による死亡であった。データカットオフ時点 (2017年3月17日) で5例 (19%) が生存しており、2例 (8%) は初回投与から2年を超える長期生存を達成した (Figure 2A)。
生物学的活性の証拠と予後バイオマーカー: PET-CTを施行した15例中9例 (60%) で、治療後に腫瘍内グルコース代謝の低下(最大SUV (standardized uptake value) 平均変化率 -19.3%、range -0.3〜-71.8%)が認められ、TargomiRsの生物学的活性が示唆された (Figure 2B)。後方視的単変量Cox回帰分析において、好中球リンパ球比 (NLR) >4.3 (コホート調整後HR 11.38, 95% CI 3.05-42.39, p<0.0001)、CRP高値 (コホート調整後HR 3.37, 95% CI 0.92-12.37, p=0.067)、PD-L1発現≥5% (コホート調整後HR 3.75, 95% CI 1.12-12.58, p=0.033) がOSの悪化と有意または傾向として関連していた (Table 5)。これらのバイオマーカーは、将来の臨床試験における患者選択指標として有望である可能性が示された。前臨床データでは、腫瘍組織のmiR-16発現低下とPD-L1発現の逆相関が示されており (Kao et al. 2017)、miR-16がPD-L1の3’UTRを標的とすることで、PD-L1高発現例でのOS不良は、免疫療法との組み合わせを支持する根拠として解釈された。
考察/結論
本試験は、miR-16ミミックを搭載したEGFR標的ミニセルであるTargomiRsの、再発悪性胸膜中皮腫患者を対象とした世界初のヒト臨床試験であり、その歴史的意義は大きい。5×10⁹個/週の用量がMTDとして確立され、許容可能な安全性プロファイルと初期の抗腫瘍活性が示された。
先行研究との違い: これまでのEDVを用いたドセタキセルやパクリタキセル搭載製剤の第I相試験 (Solomon et al. 2015; Whittle et al. 2015) と比較して、本試験の安全性プロファイルは概ね類似するが、より厳格な心臓モニタリングを実施したことで、Takotsubo型心筋症や冠動脈虚血といった新たな心臓毒性シグナルが顕在化した点が重要な相違点である。これらの心事象は、EDV投与による炎症反応を背景とした二次的な事象として解釈され、EDV誘発炎症の強度管理(adapted漸増方式やデキサメタゾン前投与の完全実施)が鍵となることが示唆された。また、miR-34aミミックを用いた先行試験であるMRX34 (Beg et al. 2017) が重篤な免疫関連臓器毒性により中断されたのとは対照的に、本試験でのmiRNA投与量は1回1.5 μgと極めて少量であり、炎症毒性の主因はmiRNAミミック成分よりもEDVキャリア自体である可能性が高い。
新規性: 本研究で初めて、miR-16ベースのmiRNAミミックを搭載したナノ粒子デリバリーシステムがヒトに安全に投与可能であることが実証された。また、再発MPM患者において、TargomiRsが客観的奏効 (ORR 5%) と疾患安定 (SD 68%) をもたらし、中央値OSが200日 (約6.7か月) と、この疾患の自然経過を上回る可能性を示したことは新規の知見である。さらに、NLR、CRP、PD-L1発現が予後バイオマーカーとして機能する可能性が示唆されたことも、本研究で初めて報告された重要な発見である。
臨床応用: 本知見は、TargomiRsが再発MPM患者に対する新たな治療選択肢となる可能性を示唆する。前臨床データでは、miR-16がペメトレキセドやゲムシタビンに対する感受性を増強することが示されており (Reid et al. 2013)、TargomiRsと標準化学療法の併用療法に関する第II相試験の科学的根拠を提供する。また、miR-16とPD-L1の逆相関という前臨床知見 (Kao et al. 2017) は、免疫チェックポイント阻害薬との組み合わせ戦略の合理的根拠となり、PD-L1高発現MPMにおける免疫療法との相乗効果が期待される。NLR、CRP、PD-L1の予後的意義は、将来の臨床試験における患者選択および層別化の重要な指標として、臨床的有用性を持つ可能性がある。
残された課題: 本試験の限界として、サンプルサイズが小さく (n=26)、時間-イベント型アウトカムに関する確定的結論を導くことが困難である点が挙げられる。また、治療後生検を行わなかったため、miRNAの腫瘍内デリバリーを直接確認できなかった。これは、TargomiRsの治療効果が患者選択によるものではないことを明確にする上で、今後の検討課題である。MTD 5×10⁹個/週は、前臨床で効果的だったmiR-16用量(腫瘍部位に到達する推定量はわずか1.5 μg/回)の観点から、最大効果用量に達していない可能性があり、胸腔内投与や腫瘍直接投与など、代替投与経路による用量増加が今後の課題である。加えて、TargomiRsの臨床開発を継続するためには、ランダム化比較試験での有効性確認、およびバイオマーカー(NLR、PD-L1)に基づく患者選択戦略の検証が不可欠である。
方法
本試験は、オーストラリア・シドニーの3つの主要ながんセンターで実施された、初のヒト投与、非盲検、用量漸増第I相試験である (ClinicalTrials.gov, number NCT02369198; Australian Registry of Clinical Trials, number ACTRN12614001248651)。対象患者は、18歳以上の悪性胸膜中皮腫の確定診断を受け、先行化学療法後に放射線学的進行が確認され、modified RECIST基準 (Byrne & Nowak 2004) で測定可能病変を有し、ECOGパフォーマンスステータスが0または1、推定生存期間が3か月以上、腫瘍組織にEGFR発現が認められ、十分な骨髄、肝臓、腎臓機能を有する患者であった。具体的には、血小板数 100 × 10⁹-800 × 10⁹/L、ヘモグロビン濃度 ≥90 g/L、好中球絶対数 ≥1.5 × 10⁹/L、総ビリルビン濃度 ≤1.5倍 ULN、AST/ALT/ALP濃度 ≤2.5倍 ULN、糸球体濾過量 ≥60 mL/min/1.73 m²が求められた。
TargomiRsは、20分間の静脈内持続点滴で投与された。用量漸増は伝統的な3+3デザインを採用し、週1回または週2回投与を5つのコホートで検討した。当初の計画では、5×10⁹、7×10⁹、9×10⁹個/回(週1回または週2回)の漸増を予定していた。しかし、最初の8例のデータ解析後、プロトコルが修正され、以降の全患者はベースラインのインターロイキン-6 (IL-6) 濃度に基づき、1×10⁹個/回から開始し、2週間かけてフル用量まで漸増する「adapted regimen」で治療を開始する方式が採用された。全患者に前投薬として、プロメタジン25 mgまたはロラタジン10 mg(投与60分前)、パラセタモール1000 mgおよびデキサメタゾン8 mg静注(投与30分前)が投与された。コホート5では、デキサメタゾン前投与量の漸減(4 mg、2 mg、1 mg)が試みられた。
主要評価項目は、DLTに基づくMTDの決定、最適投与頻度の設定、および客観的奏効率 (ORR)、奏効持続期間、全生存期間 (OS) であった。安全性評価は、National Cancer InstituteのCommon Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE; version 4.03) に基づいて行われた。DLTは、治療開始後8週間以内に発生したグレード3または4の治験薬関連有害事象と定義された。心臓モニタリングとして、心電図 (ECG)、心エコー、およびテクネチウム-99m (⁹⁹ᵐTc) セスタミビ心筋灌流シンチグラフィーがベースライン時およびECG変化が認められた場合に実施された。
抗腫瘍活性の評価は、ベースラインおよび8週後のCTおよびPET-CTスキャンに基づいて、modified RECIST基準に従って行われた。PET-CTでは、腫瘍内の最大標準化摂取値 (SUVmax) の変化が評価された。探索的エンドポイントとして、免疫およびサイトカインマーカーの変化が評価された。また、プロトコル修正後、PD-L1発現が診断時生検組織で免疫組織化学 (IHC) 法により評価された。
統計解析には記述統計が用いられ、カテゴリカルデータは度数とパーセンテージで、連続データは平均 (標準偏差) または中央値 (四分位範囲) で示された。OSの解析にはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法が用いられ、生存患者は最終接触日で打ち切られた。OSの潜在的な予後因子(好中球リンパ球比 (NLR)、C反応性タンパク質 (CRP) 濃度、PD-L1発現、IL-6、TNFαなど)は、コホート調整済みおよび未調整の事後単変量Cox回帰分析で探索された。比例ハザード仮定はSchoenfeld残差検定で検証された。全ての統計検定は両側検定であり、有意水準は0.05とされた。