• 著者: Jared Weddell, Manoj S. Chiney, Sumit Bhatnagar, John P. Gibbs, Mohamad Shebley
  • Corresponding author: Sumit Bhatnagar (Clinical Pharmacology and Pharmacometrics, AbbVie Inc., North Chicago, Illinois, USA)
  • 雑誌: Clinical and Translational Science
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2020-09-21
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33073529

背景

抗体薬物複合体 (antibody-drug conjugate; ADC) は、標的抗原への特異的結合とそれに続く内在化を介して、細胞傷害性ペイロードを腫瘍細胞内へ直接送達する画期的な治療戦略である。現在までに複数のADCが固形がんや血液がんを対象に承認され、50剤以上が臨床開発段階にある。しかし、固形がんに対するADCの臨床効果は、腫瘍内における不均一な薬物分布によって著しく制限されることが知られている。Thurber et al. (2008) などの先行研究では、抗体やADCの腫瘍内浸透が全身クリアランスと抗原介在性クリアランスの競合によって制限され、血管近傍に局在化しやすいことが示されていた。また、Cilliers et al. (2018) などの既報では、前臨床種において腫瘍内の空間的分布を記述するためにKrogh cylinderモデルが適用されてきたが、臨床における薬物動態 (pharmacokinetics; PK)、腫瘍増殖抑制、および臨床奏効率 (overall response rate; ORR) を機構的に統合した臨床適用モデルは「不足している」。特に、用量分割 (fractionation) や裸の抗体の共投与が腫瘍浸透を改善する可能性が前臨床で示唆されていたものの、これを臨床現場で最適化するための定量的基盤は「未解明」であり、最適な投与スケジュールを設計する上での大きな「課題」として残されていた。さらに、Simeoni et al. (2004) が提唱した従来の腫瘍増殖抑制モデルは、腫瘍内の空間的な不均一性を考慮しておらず、臨床における治療抵抗性や再発のメカニズムを十分に再現するには「不十分」であった。このように、臨床におけるADCの腫瘍内浸透、受容体占有、および腫瘍縮小効果を空間的かつ動的にシミュレーションする手法は「未確立」であり、臨床試験のデザインや投与経路・スケジュールの最適化を阻む要因となっていた。

目的

本研究の目的は、ADCの腫瘍内浸透と臨床効果の関係を機構的に理解するため、最小生理学的薬物速度論 (physiologically-based pharmacokinetic; PBPK) モデル、Krogh cylinderモデル、および腫瘍増殖抑制モデルを統合した臨床ADCモデリングフレームワークを構築・検証することである。具体的には、トラスツズマブ エムタンシン (trastuzumab emtansine; T-DM1) の臨床PKおよび臨床試験データをケーススタディとして用いてモデルの妥当性を検証し、投与スケジュール (用量分割)、ADCの物理化学的特性 (抗原解離定数 KD、毒素効力 IC50)、および腫瘍特性 (抗原発現量、腫瘍倍化時間) が腫瘍体積減少率 (tumor volume reduction; TVR) およびORRに与える影響を定量的に明らかにすることを目指す。これにより、臨床における最適な投与スケジュールの設計指針を提供することを目的とする。

結果

  1. 最小PBPKモデルによるT-DM1臨床PKの再現と検証: 構築した最小PBPKサブモデルは、転移性乳がん患者 (n=15) におけるT-DM1 (3.6 mg/kg単回投与) の臨床PKデータを良好に再現した (Fig 3a)。シミュレーションされた総トラスツズマブ (結合型および非結合型抗体) およびT-DM1 (結合型抗体のみ) の血漿中濃度推移は、実測値と極めて高い一致を示した。具体的には、3.6 mg/kg投与群における最高血中濃度 (Cmax) および血中濃度時間曲線下面積 (AUC) の予測誤差は25%未満であり、0.1 mg/kgから3.6 mg/kgまでの広範な用量段階 (3.6 mg/kg vs 0.1 mg/kg) (Table S2) においても予測誤差は50%以内に収まった。この結果は、本モデルが臨床におけるADCの全身動態および腫瘍血管への薬物送達を正確に記述できていることを示している。

  2. 腫瘍内空間分布モデリングによる臨床奏効率の正確な予測: EMILIA試験 (NCT00975624) の臨床データを用いて腫瘍細胞殺傷パラメータ (Emax) を校正した結果、モデルはMARIANNE試験 (NCT01120184) におけるT-DM1単独療法の臨床奏効率 (ORR) を予測誤差30%以内で正確に予測した (Fig 3b)。予測されたORRは、複数の臨床試験で報告されている奏効率の範囲 (26%〜64%、平均 43 ± 13%) に良好に一致した。さらに、完全奏効 (complete response; CR) の予測値 2.0% vs 実測値 1.0%、部分奏効 (partial response; PR) の予測値 40.6% vs 実測値 42.6%、安定・進行 (stable disease / progressive disease; SD/PD) の予測値 57.4% vs 実測値 56.4% と、奏効の相対的内訳も高精度に再現された (Fig S1)。

  3. 腫瘍質量変化モデルの導入による治療抵抗性の再現: 放射状の腫瘍質量変化を考慮しない単純なモデルでは、CRを過大予測しPRを過小予測する傾向が見られ、腫瘍内の不均一な薬物分布が治療抵抗性や再発の再現に不可欠であることが実証された。なお、EMILIA試験におけるT-DM1の臨床的有用性は極めて高く、対照群と比較して無増悪生存期間 (progression-free survival; PFS) のハザード比は HR 0.65 (95% CI 0.55-0.77, p<0.001) であり、全生存期間 (overall survival; OS) のハザード比は HR 0.68 (95% CI 0.55-0.85, p<0.001) であった。本モデルはこれらの優れた治療効果の背景にある腫瘍内動態を機構的に説明可能である。

  4. 感度解析によるADC特性および腫瘍特性の影響評価: 感度解析の結果、ADCの標的親和性 (KD) とTVRの間には非単調な関係が存在し、最適なKD範囲 (KD = 5 nM付近) が存在することが明らかになった (Fig 4a)。KDが低すぎる場合 (KD = 0.05 nM)、毛細血管近傍の腫瘍細胞にADCが過剰に結合する「バインディングサイトバリア」が生じ、毛細血管から遠い領域 (>55 μm) へのADCの浸透が阻害され、空間的TVRが低下した (Fig 4a)。一方、毒素効力 (IC50) については、効力が高まる (IC50が低下する) につれてTVRが線形に向上する関係が示された (Fig 4b)。抗原発現量についてもKDと同様に非単調な関係が認められ、最適な発現量範囲が存在した (Fig 4c)。腫瘍倍化時間 (増殖速度) はTVRと線形に逆相関し、増殖が速い腫瘍ではADCによる細胞死が腫瘍の増殖速度に追いつかず、治療効果が減弱することが示された (Fig 4d)。

  5. 用量分割投与による治療効果の最適化と安全性向上: 総投与量を一定に保った条件下で、QW投与とQ4W投与を比較したシミュレーションでは、QW投与によりTVRが最大約30%向上することが示された (Fig 4, Fig 7)。この効果の要因として、QW投与は最大受容体占有率 (receptor occupancy; RO) を約40%に抑える一方で、28日間の投与サイクル全体を通じて平均ROを約35%と高く維持できることが挙げられる (Q4Wでは最大ROは約65%に達するが、平均ROは約20%に低下する) (Fig 5)。QW投与による持続的な標的占有は、毛細血管から遠い領域 (>55 μm) の腫瘍細胞に対しても一貫した薬物曝露を提供し、腫瘍深部での殺傷効率を劇的に改善した。さらに、QW投与は正常組織におけるoff-targetの最大および平均ROを低下させるため、安全性の観点からも有利な投与戦略であることが示唆された (Fig S3)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、前臨床種における腫瘍内空間分布のみを記述していた従来のKrogh cylinderモデルと異なり、臨床薬物動態 (PBPK)、腫瘍内浸透、および腫瘍増殖抑制 (Simeoniモデル) を統合し、臨床奏効率 (ORR) や患者間ばらつきを予測可能な臨床モデリングフレームワークとして構築された。

新規性: 本研究で初めて、腫瘍の放射状質量の動的変化をKrogh cylinderモデルに組み込み、毛細血管近傍での高結合・高細胞死と、遠位部での低結合・高増殖という腫瘍内の空間的不均一性が、臨床における治療抵抗性や再発、さらには完全奏効 (CR) と部分奏効 (PR) の割合を決定する主要因子であることを定量的に明らかにした。また、標的親和性 (KD) が低すぎると「バインディングサイトバリア」によって治療効果が減弱し、中程度の親和性 (KD = 5 nM) が最適であるという非直感的な知見を新規に提示した。

臨床応用: 本モデルが示した用量分割投与 (QW投与) の優位性は、同一の総投与量において腫瘍縮小効果を約30%向上させつつ、off-target毒性を低減できる可能性を示しており、今後のADC開発における投与設計の最適化に極めて重要な臨床的意義を持つ。これは、急性骨髄性白血病治療薬であるゲムツズマブ オゾガマイシンにおける臨床的な用量分割の成功とも整合する。

残された課題: 一方で、残された課題 (Limitation) として、本モデルはT-DM1および乳がんのデータを基に構築されており、他のADC (異なるリンカーやペイロード特性を持つもの) への適用には、ペイロードの遊離動態やバイスタンダー効果の組み込みが必要である。また、腫瘍内の抗原発現や血流灌流の空間的均一性を仮定している点も限界であり、今後の課題として、患者個別の腫瘍不均一性データを反映させたモデルの拡張が望まれる。

方法

MATLAB 2017a Simbiologyを用いて、3つのサブモデルを順次統合した機構的ADCモデルを構築した。(1) 最小PBPKサブモデル:血漿、リンパ、tight組織、leaky組織、および腫瘍血管コンパートメントから構成され、T-DM1の全身動態を記述する。(2) Krogh cylinderサブモデル:腫瘍血管から放射状の距離に応じた離散空間点 (dR間隔) におけるADCの拡散、抗原結合、内在化、およびペイロード放出を記述する。本モデルでは、腫瘍細胞の増殖と死滅に伴って放射状 of 腫瘍質量が動的に変化する機構を新たに導入した。(3) 腫瘍増殖抑制モデル:Simeoni et al. (2004) のモデルを拡張し、各空間点における腫瘍細胞の増殖、損傷、死亡を4つのトランジットコンパートメントで記述する。 モデルの校正には、T-DM1 (薬物抗体比 (drug-to-antibody ratio; DAR) = 3.5) の転移性乳がん患者 (n=15) における臨床PKデータ (0.1〜3.6 mg/kg) を使用した。臨床効果の校正には、HER2陽性転移性乳がん患者を対象としたフェーズ3試験であるEMILIA試験 (EMILIA study; EMILIA) (NCT00975624) のORRデータを用い、モデルの検証にはMARIANNE試験 (MARIANNE study; MARIANNE) (NCT01120184) のORRデータを用いた。 感度解析では、仮説的ADCを用いて、KD、IC50、抗原発現量、腫瘍倍化時間の4パラメータをベースラインから3桁の範囲で変動させ、TVRへの影響を評価した。投与スケジュールの比較では、総投与量を一定に保ったまま、週1回投与 (weekly; QW)、2週に1回 (Q2W)、3週に1回 (Q3W)、4週に1回 (every 4 weeks; Q4W) のシナリオをシミュレーションした。バーチャル患者集団 (500患者×10試験) を生成し、パラメータのばらつきを考慮したモンテカルロシミュレーションを行った。統計的解析には、生存率や奏効率の比較のためにt検定やフィッシャー検定、およびカプラン・マイヤー法による生存曲線解析の概念を導入した。