- 著者: An G
- Corresponding author: Guohua An (Division of Pharmaceutics and Translational Therapeutics, College of Pharmacy, University of Iowa, Iowa City, Iowa, USA)
- 雑誌: Journal of Clinical Pharmacology
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 31793004
背景
TMDD (target-mediated drug disposition; 標的介在性薬物動態) は、化合物が高親和性の薬理学的標的に結合することでPK (pharmacokinetics) が非線形となる現象であり、薬力学 (pharmacodynamics; PD) がPKに逆影響するという独特のメカニズムを持つ。Levy (1994) が小分子薬の異常な非線形PKを記述する概念として最初に提唱し、その後バイオテクノロジー革命により多数のタンパク質薬(大分子化合物)でTMDDが確認され広く注目を集めてきた。Mager and Jusko (2001) は最初の数理的TMDDモデルを提唱し、その後 Dua et al. (2015) がTMDDモデルのチュートリアルを刊行したが、これら既存のTMDD関連文献の大部分は数学的モデリングに焦点を当てており、数理的背景のない研究者・臨床家向けの基礎概念解説が不足 (insufficient) であるという知識のギャップが存在していた。大分子と小分子でTMDDが示す非線形PKプロファイルの根本的差異が体系的に整理されていない点も未解明の課題であり、この知識ギャップが薬物開発現場での誤判断につながりうる。
さらに、2つの主要な誤解がTMDD分野に持続してきた。第一に「TMDDは大分子化合物に限る」という誤解である。TMDDの概念はLevy が小分子薬の非線形PKから提唱したものにもかかわらず、大分子薬の隆盛とともにこの点は「忘れ去られ」た。近年の高特異性・高親和性小分子薬(ABT-384、linagliptin、ASP3662、sEH阻害薬等)の増加に伴いTMDDの報告が増加しているが (An (2017); An et al. (2015))、認識は依然として手薄である。第二に「高親和性結合=TMDD」という誤解であり、高親和性であっても非特異的組織結合が多い場合には標的結合がマスクされ線形PKを示しうる点が軽視されてきた。これらの誤解を解消し、特に小分子化合物におけるTMDD認識を向上させる概念的「primer」が不足していた。
目的
数学的モデリングに深い関心を持たない読者を主な対象として、TMDDの基本概念を「primer」として提示することを目的とする。具体的には、(1) TMDDがどのように生じるか、(2) 大分子化合物と小分子化合物でTMDDが示す非線形PK挙動が根本的に異なる理由、(3) 代表的事例(pegfilgrastim、rhEPO、mAb、ABT-384、linagliptin)における非線形PKプロファイルの特徴、(4) 非線形PKがTMDDに起因するかを同定するための実験的手法、を解説する。特に小分子化合物におけるTMDD認識の向上と誤解の解消が中心的な動機である。
結果
TMDD発生の3必要条件と主要な誤解の解消
TMDDが生じるための必要条件は3点に集約される。(1) 薬物の標的への結合親和性が高いこと(KD値がnM〜pMオーダー)。(2) 標的への結合が特異的であること(非特異的組織結合が少ない)。(3) 標的のキャパシティが相対的に低いこと(高用量で飽和しうる)。これらの条件が揃うと、低用量では投与量の相当部分が標的に捕捉されて全身曝露が低下し、用量増加に従い標的が飽和して非線形性が顕在化する。一方、高い親和性を持ちながらも非特異的組織結合が多い場合(例: 分布容積Vd > 10 L/kg)には標的結合がマスクされ線形PKを呈しうる。大分子化合物は通常、高親和性かつ最小限の非特異的組織結合を持つためTMDDの発生頻度が高く、低用量での標的介在消失が支配的となる。近年の高選択性小分子の増加により、小分子でも同様の必要条件を満たすケースが増えているが(An et al. JClinPharmacol 2017)、その認識は遅れている。
大分子・小分子TMDDの根本的差異:複合体の運命・フィードバック・koff
大分子化合物と小分子化合物でTMDDが示すPKプロファイルが根本的に異なる理由は3要因に集約される。第一:薬剤-標的複合体の「運命」の違い。大分子化合物では、薬剤-標的複合体が内在化(internalization)・エンドサイトーシス(endocytosis)・分解を受け、薬物と標的が共に消失する「標的介在性消失」が主要経路となる。一方、小分子化合物では複合体が分解されず、最終的に解離して遊離薬物が回収される。第二:PK-PDフィードバックの強度の違い。G-CSFやEPOなど増殖因子型の大分子では「薬物→標的細胞増殖→標的受容体数増加→消失加速」という強力なフィードバックループが形成される。小分子では標的の動的変化が乏しくフィードバックは弱い。抗体(mAb)は大分子でも標的細胞を増殖させないため、このPK-PDループは持たない。第三:解離速度定数(koff)の違い。大分子のkoffは比較的速く (分〜時間オーダー)、小分子では非常に遅い (日〜週オーダー) ことが多い (An et al. JClinPharmacol 2015)。実例として、linagliptinの終末消失半減期は110-130時間、ABT-384は投与77日後も肝臓での標的結合が検出可能であり、小分子のkoff ≈ 0.001 h⁻¹以下(半減期>700時間相当)という極端な遅さを示す。この遅い解離が、多回投与後の非線形性消失・異常な蓄積・用量によらず収束する終末消失半減期という小分子TMDDに特徴的なPKプロファイルを生む。
ペグフィルグラスチムと rhEPO:用量依存的・時間依存的非線形PK
pegfilgrastim(PEG化G-CSF)はTMDDを示す大分子化合物の代表例であり、G-CSF受容体を発現する好中球と骨髄前駆細胞による受容体介在性消失が主要消失経路である。ラットに pegfilgrastim を隔日皮下投与(50、100、500、1000 µg/kg、2週間)した実験では、多回投与後の血漿中濃度が初回投与後より低下し、ANC (absolute neutrophil count; 好中球絶対数) は逆に上昇した (Figure 1)。低用量群(50・100 µg/kg)での変化が高用量群(500・1000 µg/kg)より顕著であり、好中球介在性消失が低用量で支配的なことを示した。G-CSF受容体ノックアウトマウスでは、pegfilgrastim 10 µg/kg 投与時の消失速度定数が野生型比約30% (1.5 vs 4.4 mL/h/kg)、100 µg/kg 投与時でWT比約50% (1.8 vs 3.5 mL/h/kg) に低下し、好中球受容体介在性消失の主要経路性が実証された。NSCLC (non-small cell lung cancer; 非小細胞肺がん) 患者への pegfilgrastim 100 µg/kg 投与試験(Johnston et al. 2000)では、化学療法後の好中球減少期にpegfilgrastim濃度プラトーが形成され、好中球回復(day 22頃)とともに消失が加速する特徴的PK-PDフィードバックが観察された(Figure 2)(Johnston et al. JClinOncol 2000)。
rhEPO (recombinant human erythropoietin) も同様に骨髄赤芽球前駆細胞上の EPO (erythropoietin) 受容体を介した受容体介在性消失によりTMDDを示す。ブスルファン誘導骨髄抑制ヒツジ実験では、骨髄抑制後にrhEPOの消失が最大80%低下し(Figure 3)、骨髄(赤芽球前駆細胞)がrhEPOの主要消失部位であることが確認された。大量採血誘導貧血ヒツジモデルでは、採血1日後にrhEPO曝露が増加(EPO受容体一時的飽和)し、採血7日後には低下(赤芽球前駆細胞プール拡大→受容体増加によるクリアランス上昇)するという動的変化が示された(Figure 4)。
モノクローナル抗体の二相性クリアランスとFcRn介在救済経路
多くのmAbで受容体介在エンドサイトーシスによる標的依存性消失が観察される。低mAb濃度では標的介在消失が支配的でクリアランスが高く、高mAb濃度では標的介在消失の飽和によりクリアランスが低下する。この濃度依存的二相性クリアランスにより、高治療用量では血漿濃度-時間プロファイルがS字型を呈することが多い(Figure 5)。IgG抗体では、FcRn (neonatal Fc receptor) を介したリソソーム分解からの救済経路が存在し、他の免疫グロブリンクラスと比較して半減期が延長している。FcRn介在経路は容量制限的で >100 mg/kg で飽和するが、治療用mAbの通常用量は <10 mg/kg であるため(Dirks and Meibohm 2010)、治療域での非線形PKは主に薬理学的標的介在消失によるものである。疾患状態や治療効果による標的発現量変動がクリアランスに影響し、疾患状態ごとに異なるPKパラメータを要するケースも報告されている。
小分子ABT-384:組織標的HSD1結合が生む特異的PKプロファイル
ABT-384は11β-HSD1の選択的・高親和性阻害薬(見かけki 5-10 nM、全種で共通)であり、in vitroでは薬剤-HSD1複合体の解離速度が実験期間中にほぼ観察できないほど遅い。前臨床試験(サルを用いた実験)では、ABT-384が11β-HSD1高発現部位の肝臓に選択的分布し、2ヶ月以上のウォッシュアウト後も肝臓で検出され、投与77日目の肝臓濃度が投与量に依存せず一定値を示した。これは標的(HSD1)への高親和性結合と極めて遅い解離(koff ≈ 0)を反映する。健康成人への臨床PK試験(6用量: 1、2、4、8、30、100 mg、1日1回、7日間)では、投与1日目に低用量群(1〜4 mg)で顕著な非線形PKが観察された一方、7日目には全用量群で用量補正プロファイルが重なり、線形PKへの移行が確認された(Figure 6)。この「初回単回投与での非線形→多回投与後の線形化」は小分子TMDDに特徴的なパターンであり、低容量標的が低用量多回投与でも飽和することで説明される。さらに、終末消失半減期は用量に依存せず収束する特徴的なパターンも認められた。
小分子リナグリプチン:血漿DPP-4結合が生む異常蓄積と持続阻害
linagliptinは高選択性・長時間作用型DPP-4阻害薬(2型糖尿病治療薬)であり、血漿中DPP-4への高親和性・飽和性結合により顕著な非線形PKを示す。in vitroでは血漿タンパク結合率が濃度依存的に変化し、低濃度(<1 nmol/L)では約99%が結合し、高濃度(>100 nmol/L)では70-80%まで低下した。DPP-4欠損ラットおよびDPP-4ノックアウトマウスでは濃度によらず約70%一定の結合率を示し、濃度依存的結合が血漿DPP-4への特異的結合によることが確認された。野生型ラットとDPP-4欠損ラットへのlinagliptin単回静脈内投与(0.01〜50 mg/kg)の比較試験では、野生型で顕著な非線形PKが認められたが、DPP-4欠損ラットでは全用量で線形PK(用量補正プロファイルが重なる)を示し(Figure 7)、野生型と比較して終末半減期が有意に短縮された。ヒトでの治療用量範囲(1〜10 mg/日)においても、用量増加に伴い分布容積とクリアランスが増加し(血漿DPP-4飽和による遊離薬物の増加を反映)、蓄積比が1 mgでの2.0-foldから10 mgでの1.2-foldへと低下するという特異な蓄積パターンを示した。linagliptinは長い終末半減期(110〜130時間)を持つが、この主因は血漿DPP-4からの遅い解離であり、蓄積比は半減期から予測される値よりはるかに小さい。
ABT-384とlinagliptinはいずれも高親和性低容量標的への特異的結合と遅いkoffにより異常な非線形PKを示すが、ABT-384の標的(HSD1)が組織(肝臓)に局在するのに対し、linagliptinの標的(DPP-4)が主に血漿に局在するという差異が、両者で逆の傾向を示すPKパラメータ(組織標的:初回低用量での見かけVd増大→多回投与で線形化 vs 血漿標的:用量増加でVdおよびCL増加)を生む根本的な説明となる。
TMDDを同定するための3実験的アプローチ
非線形PKがTMDDに起因するかを確認するための実験的手法として以下の3つが有効である。(1) 標的ノックアウト動物PK比較:TMDDに起因する非線形PKを持つ化合物は、標的ノックアウト動物では全用量で線形PKを示す。G-CSF受容体ノックアウトマウスでのpegfilgrastimおよびDPP-4欠損ラットでのlinagliptin(Figure 7)がその典型例である。(2) in vivo置換実験:低用量の被験薬物投与後、同標的に結合する大用量の競合物質(置換薬)を投与する。sEH阻害薬 TPPU (soluble epoxide hydrolase inhibitor、0.3 mg/kg、皮下投与、0時間) の投与168時間後に競合阻害薬 TCPU (competitive sEH inhibitor analogue、3 mg/kg、皮下投与) を投与した実験では、TPPU血漿濃度に明瞭なセカンドピークが出現し(Figure 8)、投与168時間後もTPPUの相当量がsEHに結合したまま存在することが証明された。(3) トレーサー相互作用法:微量の放射性標識薬物を投与後、その終末相に大量の非標識薬物を投与する。rhEPOのトレーサー実験では、125I-rhEPO投与4時間後に大量の非標識rhEPOを投与すると、トレーサーの血漿中濃度に有意な摂動(一時的上昇)が生じ(Figure 9)、rhEPOが受容体に多量に結合した状態が長時間持続することを実証した。
考察/結論
これまでの研究との違いと新規性
これまでの研究において、TMDDに関する文献の大部分は数学的モデリングに焦点を当てており(Dua et al. 2015)、基礎概念の体系的解説に主眼を置いたものは既報には少なかった。本論文はこの点で既報のTMDD文献と対照的であり、数学的背景を必要としない読者向けの「primer」としての新規の価値を持つ。さらに本論文は、2つの広まった誤解(「TMDDは大分子に限る」「高親和性=TMDD」)を体系的に解消した点において新規の貢献がある。特に、大分子と小分子でTMDDが示すPKプロファイルの根本的相違を薬剤-標的複合体の運命・PK-PDフィードバック強度・解離速度koffの3軸から明示したことは、これまで報告されていない体系的比較フレームワークである。また、同じ小分子TMDDであっても標的の局在(組織 vs 血漿)によりPKプロファイルが対照的な傾向を示す点(ABT-384 vs linagliptin)を具体事例で示したことも新規の視点を提供した。
臨床応用における重要性
TMDDを示す薬物の臨床応用において重要な示唆が複数ある。第一に、マイクロドーシング試験(microdosing study)は治療用量域のPKを反映しない危険性があり、TMDDの有無を事前に評価した上で試験設計を行う必要がある。第二に、小分子TMDDで特徴的な「初回単回投与での非線形性の消失(多回投与後の線形化)」を踏まえると、単回投与PK試験のデータから多回投与PKを外挿することは妥当でなく、臨床現場での用量設定や生物学的同等性試験設計に本質的な影響を与えうる。第三に、大分子TMDDでのPK-PDフィードバックループ(例: 化学療法後の好中球減少がpegfilgrastimの消失をいったん抑制する現象)は、疾患状態に応じた個別化投与設計の科学的根拠となり、bench-to-bedsideの橋渡し研究に重要な含意を持つ。また、バイオ後続品(biosimilar)の生物学的同等性評価においても、TMDDに起因する非線形PKの存在が試験設計とデータ解釈に根本的な影響を与えうることが示唆された。臨床的意義として、薬物開発の初期段階でのTMDD評価(in vitroにおけるkoff測定、標的発現量定量、前臨床スクリーニング)を体系化することが、後段の臨床試験リスクを大きく低減しうる。
残された課題と今後の展望
小分子化合物でのTMDD発生率増加を踏まえると、薬物開発早期段階でのTMDD評価の体系化が残された課題である。今後の検討として、(1) in vitroでのkoffの正確な測定法の確立と in vivo PK予測への応用、(2) 非侵襲的な標的占有率評価バイオマーカー(PET imaging等)の開発、(3) 患者の生理的状態変化(炎症・腫瘍進行・化学療法による骨髄抑制等)による標的受容体発現変動を動的に組み込んだ集団PK-PDモデルの構築、が挙げられる。本レビューが数学的モデリングを意図的に除外している点もlimitationであり、定量的なTMDD記述には Mager and Jusko 2001 のフルTMDDモデルや Dua et al. 2015 のチュートリアルへの参照が不可欠である。また、概念整理に重点を置いているため、individual patient-levelの変動要因(遺伝多型・共存疾患・薬物相互作用)がTMDDに与える影響はfuture researchとして残されている。
方法
本論文は概念解説型レビューであり、新規実験・臨床試験は実施していない。文献収集はPubMedデータベースを主要ソースとして、TMDD、pharmacokinetics、nonlinear PK、target-mediated drug disposition、large-molecule、small-moleculeをキーワードに1994年(Levy によるTMDD概念提唱)以降2019年までの主要文献を網羅的に検索した。TMDDの概念実証に寄与する前臨床・臨床研究を優先的に採択し、著者自身の先行minireview(An 2017)で網羅した小分子TMDD化合物リスト(warfarin、imirestat、enalaprilat、perindoprilat、cilazaprilat、selegiline、bosentan、ABT-384、linagliptin、vildagliptin等)を基礎とした。
代表事例として大分子化合物はpegfilgrastim [G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor)]、rhEPO (recombinant human erythropoietin)、モノクローナル抗体 mAb (monoclonal antibody) を、小分子化合物はABT-384 [HSD1 (11-beta-hydroxysteroid dehydrogenase type 1) 阻害薬、見かけ Ki 5-10 nM] およびlinagliptin [DPP-4 (dipeptidyl peptidase-4) 阻害薬] を選択した。TMDDの同定法として、(1) 薬理学的標的ノックアウト動物PK試験 (G-CSF受容体ノックアウトマウス、DPP-4欠損ラット)、(2) in vivo置換実験 [sEH阻害薬 TPPU (selective soluble epoxide hydrolase inhibitor) と競合阻害薬 TCPU (competing soluble epoxide hydrolase inhibitor) を用いたマウス実験]、(3) トレーサー相互作用法 (125I標識 rhEPO とヒツジモデル) の3アプローチを解説した。数学的モデリング (フルTMDDモデル、準定常状態近似、Michaelis-Menten型近似) は本レビューの対象外とし、Mager and Jusko (2001) および Dua et al. (2015) に読者を誘導する形をとった。引用研究における薬物動態パラメータの定量には、非線形回帰解析 (nonlinear regression analysis) および集団薬物動態モデリング (population pharmacokinetic modeling) が採用されている。群間の薬物動態パラメータ差の検定には対応のない Student t-test (unpaired Student t-test) または一元配置分散分析 (one-way ANOVA) が用いられ、P<0.05 を統計的有意差の基準とした。